とりあえず、収穫はあったのでこれからの事を話に一旦ガレージに戻るべきだろう。このまま魔物退治に向かってしまってもいいかもしれないが、危険が伴う事なのでその前に情報を共有しておきたい。






「くっそなんなんだあの女は! バカにしくさりやがって!」




「照兄も相当な事言ってたけどね」

「あっちが吹っ掛けてきたんだあっちが!」


 協会支部から出て門へと歩きながらも、照治は中っ腹である。


「でもさ、あの人の言い分もわかるって。照兄だって『全然経験とかないしパソコンとかよくわかんないけどスマホアプリ作って食っていきまーす』って奴がいたらさ」


「……いや、まあ、言わんとする事はわかるがなあ! あの態度はないだろ! 俺はあんな風には笑わんぞ!」

「程度問題だよ、程度問題。俺は結構あの人好きだよ、あのゲスい感じ」

「お前……ほんとクセのある奴好きだよな……」

「だから照兄とこんなに仲良いんじゃん」

「んーっ……そりゃ違いない!」


 はっはっはっはと二人で笑って、なんとなくオチがつく。


「で、そんな事よりも俺たちにはちょっと話し合わなきゃいけない事があるでしょ」

「そうだな。……ああ、だからお前、さっきわざわざドイツ語で」

「そうそう、あれで何が確定したってわけでもないんだけど参考にはなる……ん?」


 グイグイと手が引かれる。見やれば、キラキラした目の咲である。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、魔法の話ですか!? 魔法の話!」

「あー、それもあるんだけど、それより先に違う話」

「えー……? ……じゃあ大人しくしてます」


 寂しそうに言う咲は、こちらの手は握ったまま。特に支障もないのでそのままにさせておく。


「幹人、なぜか言葉が通ずる問題だろ?」

「そうそう。これについてまず俺の考えをちょっと聞いてくんない? おかしい事言ってたらその都度突っ込んで」

「よしきた」


 さすがノリの良い兄貴分である、しっかり聞いてくれる姿勢の彼に幹人は始める。


「まず、単純に考えられるのは『この世界のこの国の人間が日本語の話者だった』、『自分たちがいつの間にかこの世界のこの国の言語のネイティブな話者になっていた』なんかだ。ただ、これらはありえないと思う」

「そうだな。前者はそもそも文字が違う。後者は、俺たちの思考言語がどうやら日本語のままな点から言って不自然だ」

「思考言語が違うものになれば、思考の内容そのものにも大きく影響するはずだもんね。少なくとも、絶対に違和感には気づくはずだ」


 ここまでは二人の意見に違いはない。うんと一つ頷いて、幹人は続けた。


「それじゃあ三つ目、俺たちは変わらず日本語を使っているし、相手も相手の言葉を使っているんだけど、『自分たちの話した言葉と相手が話した言葉が発声時点、もしくは耳に届いた時点、あるいはその中間点のいずれかで翻訳されている』」

「まあ、本命な考えだよな。で、お前はどう思うんだ?」

「お話としてはスッキリしてていいんだけど、現実でこれを本気で思っているのだとしたら、それはかなりグロテスクだと思う」

「ほう」


 促す照治に、幹人は続ける。


「だってさ、翻訳されているっていうのは、翻訳している誰かがいるって事でしょ? この世界から見たら異世界である地球の、日本語っていうマイナー言語に精通している誰かが翻訳し続けてくれているなんて考えは、ちょっと自分本位過ぎない? そういう意味合いでグロテスク」

「うーん、……なるほどなあ。たしかに、そう言われればそうかも知れん」

「そこでね、最後にすっげえ突拍子もないような案を俺は推したい」


 そんな風に前置きをしてから、幹人は自分の中の本命を口にする。


「『言葉と一緒に、それの元になった思考そのもののような情報も発されていて、会話相手に届く。受けた相手はそれを自分の使う言語で解釈する』、だから自動翻訳されているかのように会話が出来る、っていう」


 どう? と聞くと、照治は腕を組んでううんと唸った。


「……な、るほど、なーぁ。いやいや、うん、……なるほど。特定の言語で構成されているわけではない、純粋な思考そのものみたいな存在が人間の頭の中にはあって、それが直接なんらかの形で会話相手に伝搬されるので、お互いが使用する言語の違いに阻まれないコミュニケーションが可能となっている?」

「そーそー!」


 打てば響くような反応、さすがの素早い理解である。


「うーん、……面白い。お前は面白い事を言う。最後にドイツ語を使ったのは日本語だけじゃなく違う言語でも会話が成り立つって事を確認したんだよな? この案の裏付けの一つとして」

「そうそう。英語でも良かったんだけど、より日本語と離れた言語で試したかった」


 最後に受付嬢に向けたドイツ語の言葉の意味は『貴方のお名前は?』であるが、彼女は少しの戸惑いもなく答えてくれた。まるで、言語の切り替わりになんか気が付かなかったように。


「言葉と一緒に飛んでいく、『思考そのものみたいな何か』で相手はこちらの伝えたい事を読み取る。だから口から話す言葉がドイツ語だろうが日本語だろうが異世界語だろうが関係ないんだ」


「……お兄ちゃん、何の話なんだが妹にはさっぱりわかりません」

「つまりな、乱暴に言うとこの世界では口から言葉を出した時に、一緒にテレパシーみたいなのもビビビッと相手に送られているかもって事だ。日本語でも異世界語でも関係なしに通じる奴が。だから違う言語でもやり取りが出来る」

「あえー、テレパシー……!」


 胸を踊らされるワードだったのか、咲は眼を輝かせた。


「……テレパシーか、そうだな、そんな表現も出来るだろう。そういうものがあり、それを受け止めるインターフェイスが人間にはあり、それは異世界間でも共通……うーん、面白い、面白い考えだし、確かにある程度上手く説明もできていると思う」


 そこまで言って深く息を吸ってから、しかし照治は言った。


「が! が、だ。幹人、残念ながらその仮説には色々と穴がある。中でも極めて大きいのは……そんなもんがあるんなら、わざわざ口で音声として発話する必要がない事だ」

「……完っ全にごもっともですわ」


 照治の反論に対しては、ぐうの音も出ない。それはその通りだった。


「重ね重ね言うが、面白い仮説だとは思うぞ? もう少し考えてみても良いとも思う。だが俺としては翻訳仮説の方を推すな。少し考え方を変えるんだ」


「と言うと?」

「つまりだな……」


 ああでもないこうでもない。納得の行く落とし所はないものか――。




《お兄ちゃーん、聞こえる?》




 照治と議論を重ねる幹人の頭に、それは突然響き渡った。

 ぎょっとして隣を見れば、じいっとこちらを見つめる妹の顔がある。


《あっ、うそ、聞こえた? おーい! 咲ですよ! お兄ちゃんの最愛の女!》


「待て待て、おい、ちょっと待った。……咲?」


《そうです!》


 どうだ! と言わんばかりの得意げな笑みは可愛らしいが、微笑ましく思っている場合ではない。


「幹人、どうした?」

「いや、その、……照兄には聞こえてないのか? 咲、それ……なにが、どうなって」


《お兄ちゃんがテレパシーがあるかもって言ったんじゃん! だから出来るかなーってさっきから試してたんだけど》


 それで、出来たと言うのか?

 妹の、妹のものだと感覚でわかる声は幹人の頭の中に直接響き渡っている。フィクションでよく見るテレパシーと、それは遜色がなかった。

 驚き、なんてものではない。


「……マジか?」


《えー、だって聞こえてるんだよね? 出来てるんじゃないの?》


「……仰るとおり。そう、そうだな。…………そう、だな、……ええ? でも、なん、ええ?」


 妹だと認識できるその声は、試しに繋いでいた手を離してもなお鮮明に幹人の頭の中に響く。

 これはいよいよ、これではいよいよ、本当にテレパシーである。


「なんだよ、さっきから何をやってんだお前ら? 俺を置いてくなよ寂しいだろ!」

「咲、それ、照兄にも出来るか?」


《やってみる! ええっと……》


「……おおおおわああああ! なんだなんだ!?」


 照治が突然、その長身をビクリと大きく跳ね上げた。今度は幹人には聞こえないが、照治に対して咲のテレパシーが発動しているのだろう。


《ちょっとコツが掴めてきました! どう? 二人に送ってるつもりなんだけど》


「俺には聞こえてる……。咲、お前、すごいな……兄ちゃんちょっとなんて言えばいいかわからん」

「俺にも聞こえてる! マジかお前これ! マジなのかおい!?」


《できた? すごい? やったー!》


 衝撃的な展開に自分も兄貴分も遽然として大混乱だが、当の妹は無邪気である。


「ふー……しんけー使ってちょっと疲れるかも。お兄ちゃんと照兄もやってみて!」

「やるやる! 教えてくれ、どうすればいいんだ?」

「咲、頼む!」


 音声発話に切り替えた咲に、照治と揃ってがぶり寄る。


「えーっと、……お兄ちゃんたちみたいに説明できないけど、なんかこー、喋ってるつもりで、でも喋んないで、喉とか舌とかも動かさないで、でも喋ってるつもりで、頭で考えるだけじゃなくて喋ってるつもりで、でも喋らないで、それで……伝えたい人に狙いを、……ピント? みたいなの合わせて、……そんな感じ!」


 ふわっとした説明だが、言わんとする事はなんとなくわかる。

 喋っているつもり、だが喋らない。それでいて思考するだけとも違う。その匙加減と言うか、切り替えが重要なのだろう。


「本日ハ晴天ナリ、……これを喋らないで」


 音声テストの定型句を口に出さないようにもう一度唱える。が、喉や舌が動いている。咲の説明が正しいなら、これでは駄目なはずだ。


(本日ハ晴天ナリ……こうでもないか)


 今度は思考しただけなのだろう、狙いを定めたつもりの咲に特に反応はない。

 微妙な、しかし明確な違いを掴めるか掴めないか。その違いになってきそうだ。

 咲がこちらに送ってきたあの頭の中へ響く声をお手本として思い返しながら、試すこと数度。



《本日ハ晴天ナリ……お?》

《あ! 聞こえたあ! お兄ちゃんそれそれ!》

《出来てる?》

《出来てる出来てる!》



 出来ているというのが、なんとなく自分の感覚でもわかった。言葉を発したのでもない、考えただけでもない、どちらとも違う感触。


《……いよっしゃああ! ありがとう咲愛してる!》


《いえーい! 私もー!》


 謎テレパシーを使って妹と喜びを伝え合う。発端は自分かも知れないが、この大手柄は間違いなく妹のものだろう。


(ていうか、ってことは俺の思考伝搬仮説が合ってるって事か? ……でも照兄の突っ込みは依然、疑問として残るよなあ)


 どうしてわざわざ口で言葉を発するのかという謎は解決されない。やはりもう少し、色々考える必要がありそうだった。


「おいなんだ? まさか幹人お前もう出来たのか!? 待て待て待て!」


《照兄、ファイト!》


「うわあ聞こえた! 本当に出来たんだな!? なんでお前らそんな簡単に!」


 照治はどうやら苦戦しているらしく、まだ掴めないようだ。

 結局、彼がそれをものにしたのは二時間の道のりを歩き、ガレージに着く頃だった。


◇◆◇

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