両手をパンパンと叩きながらの大爆笑だった。


「アッハハハハハ! アハハハハハハ!」


 過呼吸になりそうな彼女以外の冒険者たちはと言うと「……笑い過ぎだが、まあ言ってるこたぁ合ってんな」「とーちゃんかーちゃんにちゃーんと止めてもらえなかったのかねえ」「自殺志願者か何かか?」等々、口々に言っている。



「アッハハハハハッ、イッヒヒヒヒヒ……! ウソでしょ? いやいや、イッヒヒヒヒヒ……、超ファック! 頭ン中ファッキンホット! ほんとに、ねえ、まじ、すごいすごい、超バカ!」


「し、失礼ですよ!」

「だってさあ! てかあんたもはっきり言えっつの!」


 受付嬢に言い返す彼女は笑い過ぎたせいだろう零れた涙を指で拭う。


「んなおもちゃ持って来てなに夢見てんだって! 大方冒険者に憧れちゃった痛い痛い勘違い君だってこいつら!」

「……そ、そうやって決めつけて可能性を摘むのは、冒険者協会のすべき行いでは!」

「はーあ? ヌルい事言ってんじゃねえよカタブツ女」

「いたっ!」


 笑いながら受付嬢の額を指で弾いて、金髪の彼女は幹人の方を向いた。


「カァックイイ冒険者ンなれれば女にもモテてあわよくばドーテー卒業とか考えてるような勘違いこじらせ君がスペルマ抱えたままくたばろうがどーしようがどーでもいいんだけど! 冒険者のレベルを下げないでもらいたいワケ! わかる? 困んのよ、アンタらみたいのが冒険者名乗っちゃうとさあ、アタシらまで低く見られんじゃない!」


「それだけ品性下劣ならこれ以上低く見られる事もないだろうよアバズレ女」

「……あぁ?」


 嫌悪感と苛立ち丸出しで悪態を返したのは照治だ。睨めつける女性の威圧にも負けず、眉間にしわを寄せて睨み返す。


「少なくともお前に関しちゃ周りは高く見積もっちゃいないだろうから安心して野外ファックにでも励んでそっちでキャンキャン吠えてろ尻軽」

「……使ったこともねえもんぶら下げてるチェリーちゃんが調子に乗んなよオイ」

「ちょっとちょっと照兄」

「おい、お前ももうやめとけ」


 照治と女性の間に幹人が身体をねじ込めば、女性を周りで見ていた冒険者の男性が後ろから羽交い締めにして照治から引き渡す。


「離せよオッサン! 抱きてえんなら金払えっつってんだろ!」

「お前みたいなおきゃんを相手に出来るほどもう漲っちゃいねえよ。そもそも払えねえような大金吹っ掛けてくる癖によく言う」


 暴れる女性をため息を吐きながら抑えつつ、おそらくは初老だろうが大柄で筋肉質な彼は受付嬢へ言う。


「だが、言い方はひどいが、こいつの言っている事自体は俺たち冒険者側の本音ではある。その坊主たちの方も納得はできねえだろうがな」

「一応、一つ目の熊は倒した事あるんですが」

「一つ目の熊……モノーコロか? ……信じてやりたいがな、証拠がなくては」


 幹人の言葉に、男性は困ったように苦笑した。

 他の獣が寄ってくるかもしれないという事であの熊の死体はすっかり燃やしてしまっている。今さら証拠を何か引っ張ってくるのは不可能だ。


「どうだ、ではここは一つ、簡単な依頼を受けさせて様子を見るっつうのは。熊とは言わん、兎三頭くらいが適正だろう」

「……なるほど」


 男性の意見を受け、受付嬢はカウンターの下から一枚、紙を出してきた。

 そこにサラサラとなにかしらを書き込んで、幹人たちへ見せるように向きを直す。


「これはコニャッラという魔物の討伐依頼で、難度としては討伐系では最低ランクです。貴方がたはまだ冒険者ではありませんが、私の名前でこの受注に許可を出します」


「それを達成できたら登録して頂けるという事でしょうか」

「はい。少なくとも最低ラインは越えているという事になりますから。ちなみにこれがそのコニャッラの絵。大きさは人間の膝から腰くらいまで」


 また一枚、カウンターの下から紙が出てきて、そこには兎の目つきを強烈に鋭くして爪と牙を巨大化させたような生き物の絵が描かれている。

 中々どうして、凶暴そうである。


「魔物ですからね、危険ではあります。どうしますか?」

「やろう、有り難くやらせて頂く」


 ずいっと前に出て答えたのは照治だった。


「おいおいヘニャチン野郎、大丈夫かー? ヤラずにこの世からバイバイだぞお前」

「はっ、お前みたいなこっちのブツが機能しなさそうな奴にされる心配じゃない」


 相手も相手だが照治も照治、双方なかなか酷い良い様である。

 その明け透けで下品な会話のせいで、可哀想に、咲が赤くした顔を俯かせている。これはもう、さっさと聞くことを聞いて出て行くとしたものだろう。


「すみません、討伐の証は何を?」

「明らかに長い牙が一頭につき一組ありますので、それを持ってきてもらえれば」

「わかりました。期限は? あと、どこに出るとかは教えて頂けますか?」


「期限は特に切りません、達成時に来て下されば結構ですよ。場所は、ここと道で繋がってる近くの門が南口なんですが、それではなくて、この建物に向かって左手、西部にある出入り口から出て、少し歩いたあたりの森林によく現れます。奥に入るともっと強力な魔物が居ますし、さらに奥の山の方へ行くと非常に危険なので、浅い場所で探してみて下さい」


 入ってきたところが南口、そこではなくて西口の方。方角という概念がこちらにもあるらしい、ではそれは何を基準に決定されているのだろう……というのは、今聞くべき事ではなさそうだ。


「ご丁寧にありがとうございます」

「いえいえ、……あの」


 少し顔をこちらに寄せて、受付嬢は言う。


「無理だって思ったら、その時はちゃあんと諦めてくださいね、絶対に。約束ですよ」

「……わかりました」


 子供へ対するような言い方に情けない話だが、なんだか少し安心する。なるたけ彼女のような人とは今後も友好的にやっていきたい。


「テメーみてーな奴ぁ、私にかかりゃ一瞬だぞ一瞬! ヤラせてやんねえけどな!」

「お断りだボケが! 変なもん貰いたくないからなあ!」

「ほら、照兄行くよ」

「ん、ああ、おう……」


 何やらまだまだやり合っている照治をグイグイ押して、カウンターから離れて協会支部を出る……前に一度、カウンターへ振り返る。





「あ、そうだ……。お姉さん! Wie heißen Sie?」


「あら、言ってませんでしたね、ごめんなさい。リュッセリアと申します」






「しっかり覚えておきます、本当に色々ありがとうございました」


 もう一度そう礼を言って、初めての冒険者協会を後にした。

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