「……照兄、咲、確認だけど二人にも会話の内容は把握出来てる?」

「ああ、ばっちりな」

「さすが異世界! 翻訳魔法ですよ翻訳魔法!」


 咲は無邪気にそう言うが、幹人としてはどうも腑に落ちない。


「極めて興味深いがひとまず脇に置いておこう幹人。で、冒険者協会って言ってたな」

「冒険者、っていう職業だか生き方だかがあるんだね、つまりは」


 現代地球においては一部の探検家の人々がそう自称したり他称されたりするくらいで一般的なものではないが、この世界はどうやら違うようだ。


「情報やら仕事を仕入れるって言ってたし、ここはあのおじさんの言うとおり素直に登録すべきかな?」

「条件をしっかり聞いてからにしよう。義務があったりするなら考えなければならん」

「そっか、そうだなあ」


 高額の上納金を収めたり、兵役が課されるのであればなかなか簡単には登録できない。


「……あえー、美味しそー」


 そんな話をする脇で咲はと言えば、食べ物の匂いに釣られて飲食店の方をじいっと見ている。


(……買ってやる事も出来ないんだよなあ、現状)


 なかなか歯がゆい話である。そのためにはとにかくやはり、情報が必要だ。次に、できるのならば仕事も。


 そんな事を思いながら白い建物の前に着く。冒険者協会と聞いたからか、威圧感のようなものが肌に刺さらないでもない。

 ともあれ、突っ立っていても始まらない。意を決して、幹人は内外両開きらしいドアを内側へと開けた。


(……うお、見られてる)


 室内に足を踏み入れた途端、あからさまではないが視線がいくつも飛んできた。

 その送り主は部屋の右隅あたり、少し行儀の悪い姿勢で設えられたテーブルについている人々だ。傍目にいかつい人間も多く、いかにもという風体である。


「……酒臭い感じを想像していたが、ちょっと違うな」

「綺麗だね~、なんかおしゃれかも」


 照治と咲が零した通り、建物の中は割合健全でこざっぱりとした印象だった。飲んだくれがくだを巻いているような様子は見られない。そういうのは、外に居並ぶ店でやるのかもしれない。

 正面には木で出来た大きく長いカウンター、その奥では職員なのだろう人達が机に座って書きものをしていたり、カウンターに来た人間の応対をしている。


「とりあえずは、俺たちもカウンターかな」

「だな」


 そんな話をしていると、カウンターの向こうにいる一人の女性がこちらを見ながら手を上げ、にっこりと微笑んだ。


「よし、あそこにしよう」

「お兄ちゃん、女の人だからじゃないよね」

「暖かい対応をしてくれそうだからだよ」


 少なくとも、問答無用で追い返されたりはしなさそうである。


「こんにちは。ブレイディアの冒険者協会支部は初めてですか?」

「ブレイディアっていうのがここの名前だって、今知ったくらいには初めてです」

「あら、それはそれは」


 穏やかに笑う彼女は、肩口で切り添えられた髪に青みがかった銀という見慣れない色を宿している。年の頃は二十代前半と言ったところだろうか。


「その服、可愛らしいですね」

「これですか? ふふ、冒険者協会なんてどこも同じ服じゃないですか」


 おそらく制服なのだろう、彼女の衣装は他の職員の女性と同じものだ。一枚の布を身体にぴったりと寄り添う細身に仕立てた、前合わせの立襟が上着。下は同じくスラリとしたズボンで、早い話がベトナムの民族衣装であるアオザイによく似ている。


「それが、こういうところに来るのは初めてなんです」

「あ、なるほどそうでしたか、と言うことは冒険者新規登録ですね? お仲間もいるみたいだし、ギルドの結成もされていかれる予定ですか?」

「……ごめんなさい、引かないで下さると助かります。実は僕たち、冒険者登録ってものが何を意味するのか、具体的にどんな義務と権利があるのか、そういうレベルの知識すらないんです。すさまじい辺境から来たもので」

「……そうでしたか! ごめんなさいっ」


 一瞬、ちょっと面食らったような顔をしたが、そこはさすがの受付嬢。すぐに笑顔を作ってくれた。


「それじゃあ簡単に説明しますね。冒険者登録というのは身分証明と情報共有のためにある仕組みです。ある程度の規模の街であれば、必ずこのような冒険者協会支部が置かれています。だから、どこそこの街で登録した冒険者であるという情報があればある程度身元がわかりますし、どこそこのどのような依頼を受けてきた事、その達成率などを記録しておけば、違う街へ行った時にいちいち実力を何らかの方法を示さなればならないという手間もなくなります」


「なるほどなるほど」


「権利としては、各冒険者協会支部で種々の依頼を受ける事、そのための情報を協会から貰う事ができるようになります。義務、というのは……報酬の内の何割かを手数料としてこちらに納めて頂く事、ですね」


 中間マージンを取る形で運営資金を得ていると、そういう事らしい。


「登録は、お名前、手形、指紋なんかを控えさせてもらって、ちょっとお待ち頂きます。そうしたら小さな金属の板でできた冒険者証というものをお贈りするので、それで完了です。あ、ごめんなさい、それから最低限度の戦闘能力がある事を確認させてもらう必要もあります」


「……それは、具体的には?」


「そうですね、どのようにして戦うのか、武器をこの場で少し振ってもらったり、簡単な魔法を使ってもらったり。審査というか、一応の確認程度です」


 これはまずい。その焦りが表情に出る事だけはなんとか抑えた。

 武器は、先端にタオルを巻いた状態で自動刺突熱槍を持ってきてはある。持ってきてはあるが、正直、キビキビ振れるわけではない。

 しかし、彼女が言ったもう一つに至っては。


「……あの、やっぱり魔法があるんですか!?」


「え? ええ、それはもちろん……え? あの、どういう……」

「こら咲ちゃん」

「むぐっ」


 瞳をキラキラさせてカウンターにがぶり寄った咲の口を抑え、後ろの照治へ引き渡す。


「……いやあ、本当に辺境でして。魔法というものも知らないんです」

「ええ!?」


 今度ばかりはさすがに、受付嬢は大きく驚きの声を上げた。むべなるかな、である。


「……そんな事が、そ、そうですか。……ええと、それでは、戦うというのは」

「使うものが普通の武器ではないんです。刃がめちゃくちゃ熱くなったり、動きを補助してくれたりする仕掛けがありまして」

「……こ、ここら辺では聞かないようなものですね」

「なんというか、自作……になりますかね。一からじゃないですけど」

「自作……、なるほど……うーん、ですが、うーん、……どう、かな、う~ん」


 受付嬢は実に悩ましい表情でウンウンうなり始めた。


(せめてテツさん連れてくるべきだったか? ……でもなあ)


 皆の頼れる巨漢のタフガイ、鉢形鉄次郎が居ればせめて、少しは戦える風に見えたろう。しかし彼は防衛の要としてガレージに残してある。連れてくるというわけにはいかなかった。


「おいおい、どうしたどうしたお悩みか?」「その兄ちゃんたち、新人なんだろ? さっさと登録したげりゃいいんじゃねえのか?「何をそんなに時間食ってんのよ」……



受付嬢が悩んでいると、そんな言葉を零しながらやってきたのは隅でくつろいでいた冒険者たちだった。


 あっという間に十人程度が幹人たちを取り囲む、暇だったのだろうか。


「皆さん。いえ、この方々はちょっと特殊かなあと思いまして」

「何が特殊だっつのよ?」


 代表のように答えたのは、軽くウェーブした金色の髪とオレンジの瞳が印象的な若い女性だった。文句なしに美人ではあるが、雰囲気といい口調といい、気が強そうである。


「実は、魔法を知らないみたいなんです」

「……はあ? そんなヤツいんの? ってか、それで冒険者登録とかなに考えてんの? なにも考えてないんじゃないの? ばっかじゃないの?」


 お腹いっぱいになれるほどの舌禍が一息で飛んできて、ちらりと後ろを伺えば照治が顔を顰めている。


「でも、その代わりに特殊な武器をお持ちで。刃先が熱くなったりするらしく」

「はーあ? そんなんあるからなに? このひょろっちいのが魔法なしで戦えるっつの? ……ねえアンタ、結局、魔法はホントに知らない? 使えない? なんにも?」

「使えないです、なにも」


 幹人が質問に答えると、女性は少しの間黙って。





「……アッハハハハハハハハ! すっげえホンモノのバカだああああ!」


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