「……あ、そうだ! テツさんね、また鶏みたいなの捕まえてたよ! それで今、捌いてる!」

「マジ? さすがテツさん、もはや熊でも狩れそうだ」


 テツさんこと鉢形鉄次郎、大自然で暮らす親戚筋から仕込まれたというスキルの数々とその肉体でもって、八面六臂の大活躍だ。

 釣りを得意とする部員が魚を捕る他に、彼がたまに野生動物を仕留めてくれるおかげで、貴重な肉にありつけている。


「どうなることかと思ったけど、総勢十二人もいると色んな技能持ちがいるもんだね」

「俺達も早いところまともに貢献しないとな……よし、幹人、続きをやるぞ!」

「よしきた」


 飯はまだ食べている最中だが、ながらでも作業は出来る。果実を片手に、幹人は照治とやりけだった作業と向き合う。


「もーお行儀悪いよ! ……えと、で、それはなにしてるの? なにその棒……槍?」


 地面に転がるあれこれのうち、最も大きなシルエットを見て、咲は首をひねった。

 長さ一メートル半ほどの細長いそれは、ほとんどが木だ。先端の尖った刃部分だけが銀色をしている。


「そう、槍。一応護身用というか、とりあえずというか。まだまだ調整中で結構危ないんだけど」


 言いながら両手でしっかりと持ち、手元に取り付けてあるスイッチを押し込む。すると、すぐに槍の先端部分が赤熱し始める。


「お、でもそれなりに安定動作しているな。結構結構。咲、絶対さわるなよ」

「さ、さわらないよ! そんなに馬鹿じゃないよ照兄! それでなにこれ、熱いの?」

「めっちゃ熱い。兄ちゃんたちも何度かは知らん」


 熱を発生させるユニットを荷車の謎アイテムから剥いできて、同じく尖い金属片も調達。それらを森で見つけた、やたらと焦げづらい熱耐久の高い木の先端に組み合わせて取り付け、スイッチの導線を延長して手元に持ってくれば完成だ。


 木と刃となる金属片は、木にはめ込みを作ったり金属片に元から空いていた穴に棒を入れこんだりと、試行錯誤をしてそれなりにしっかりとした固定を作り出している。

 元々は、薪として使おうと思ったらやたらと燃えない木を発見した事から思いついた代物だが、なかなかえげつない武器が出来上がった気がする。


「苦労したぜえ、ここまで温度を上げてくれるユニットを探すの」

「手当たり次第試してる最中、俺も照兄も危うく指溶かしそうになったけどね」

「なー! 結果オーライ結果オーライ!」

「結果オーライ結果オーライ」




「結果オーライ、じゃないよ! 危ないよ!」




 叱りつける妹の声に、ごめんごめんと謝るもののあまり反省はしていない。


 どのアイテムが何を起こすか、当然試さなければわからない。ゆえにリスクは常に付きものだと受け入れる他ないのだ……などというのは言い訳で、正直な事を言えば作りたい欲求が向こう見ずにさせているだけだという自覚はある。

 未だに怪我人が出ていないのはそれなりに奇蹟に近いだろう。誰かが大怪我するような事があれば、対処のしようがない。


「これの二本目作ったらさ、次はテツさん用のめっちゃごっついの作ろうぜ照兄! 俺たちじゃ振り回せないような豪快なやつ!」

「いいな! しかしあいつに槍は似合わん、分厚い斧にしよう!」


 怪我人が出たら、という話はそれなりに考えなければならない問題だよなあと思いつつ、幹人は槍のさらなる改良と二本目の追加、加えて新たな武器の製作にやはり意識を奪われる。


 元の世界に帰れる可能性とこの世界で生存出来る確率を上げるため、それに異世界に来てしまったらしいという事への現実逃避という動機は、非常に大きい。

 だが、正直に言えばとにかく、純粋にこの興味深すぎるアイテムたちをいじって遊ぶ事がやめられないというのが、ごまかせない本音だ。

 こういう所が自分たちの最高に駄目な点だと理解しながら、改善はできそうになく。




 こんな風に呑気にしていた己の行動を後悔する羽目に陥るのは、そう遠くない日の事だった。



◇◆◇



「もっと出力でかいユニット! でかいユニットがあればさあ、絶対出来るって!」「小さいのを複数個組み合わせて作るにしても、数が足らないですよね……もっとパーツを! それがあれば!」


 テンション高く語る友人二人に、幹人も同じような熱さで答える。


「そうだねえ……そしたら俺たちの! 夢の異世界式バイクが!」


 今、わいわいと森を進んでいる幹人も含めた三人は、ロボ研部の中でバイクに乗る面子である。一人が機械科三年という同級生、もう一人が電気科二年の後輩。


 大山高専は他の多くの高専と同様、バイク免許取得にも通学にも許可が出ているため、嗜んでいる人間はそれなりに多い。謎の動力で運動エネルギーを発生させられるユニットを見て、これで乗り物を作れないかと思わないでいるのは不可能な事だった。


「でも制御がねー、ユニットの内部的な設定とかにアクセスできないから、あんまり細かい事も都合の良い事も出来ないのが痛い」

「そーなんだよなあ……」「惜しいですよね……、いやほんと」


 幹人の言葉に、二人は肩を落とす。

 今日でこの世界に来て十日。謎アイテムを構成するユニットの概要はそれなりに掴めて、その有効利用を色々な形に出来始めてきた。

 しかし、その中に書かれているだろう動作の命令文などを変更する手段がないため、今一歩、自由度に乏しい。


 現在はただ、欲しい動作をするユニットをツギハギしているだけなので結局、程度が低いのだ。


「キューブ型部品にアクセスポートみたいな穴は空いてるんですよね。プログラム的なものが書き込まれているのがあのキューブ型部品なんだとしたら、その穴に何かを繋げて書き換える事が出来るんじゃないんすかねえ」

「それが出来たらいいよなあ。そういう意味でも、やっぱそろそろ、あの荷車にあるもんだけじゃ限界なんかな、アメちゃん」


 自分を雨ケ谷という名字の頭文字からアメちゃんと呼ぶ、同学科同学年で同じ部活な縁深い友人の言葉に、幹人は渋い顔で頷く。


「うーん……そうだね。機材がないことにはどうにもならない事はあるよね……」


 自分たち自身の知識をより高めるためにも、新たな物品を手に入れたいところだ。

 そんな事をわいわい話しながら、夕日で赤く染まった森を進む。食糧調達やら周辺調査やらで毎日毎日ぞろぞろと皆して往復しているせいで、森の中にはもう立派な轍が出来ていた。


「今日の夕飯当番誰だっけ」「俺とアメちゃんで昨日やったから……」「今日は釣り名人ですよ、大漁だって言ってました。仕掛けも改良して日に日に効率を上げてます」


 脳天気に喋りながら、最早歩き慣れた森を行けば、やがてガレージが見えてきた。これからの事に思いを馳せながら歩を進めて。





「妹ちゃん逃げろぉおおおおおおおおお!」





「……は?」


 突然耳に届いた叫びに、揃って足を止める。普段では絶対ありえないくらいに緊迫してはいたものの、声の主はついさっき話していた釣り好きな部員のもので。

 いや、それは今、おそらくあまり重要じゃなく。




「……なんだ? 逃げろ?」「やばそうな声でしたけど、ていうか」




 一緒にいる二人が、そろって幹人の顔を見た。

 そうだ。

 誰に逃げろと言っていた?

 妹ちゃん、なんて呼ばれているのは。


「あ、アメちゃん!」「雨ケ谷先輩! ちょっと待って!」


 制止の声は、しかし幹人の脳みそには届かない。走りだした足は全速力でガレージ方向へ身体を運ぶ。

 やがて森が終わり、ガレージ前の少し開けた空間に転がるように飛び込むと、そこには。





「……グゥルルルルル」


「あ、……え、え、あ」


 ぼうっと立ちすくむ妹、その目は大きく見開かれ、肩筋は見るからにこわばっている。

 そして彼女の前には、一頭の巨体。

 二足歩行と四足歩行の中間のような姿勢、毛皮に覆われた身体はパーツパーツが異様に太く、まるで丸太じみている。

 脳みそが本能でも理性でも極めてやばいと大音声で告げる、それは巨大な熊だった。


「グゥアアアアアアアア……ッ!」


 しかもただの熊ではなく、血走った大きな一つ眼を持つどうやら地球では絶対にいなさそうな種類。いよいよ異世界じみてきたが、そんな感慨にふけっている状況ではない。



「あ、あ…………や、だ」



 妹は、巨体の前で動けていない。あんなものを前にして、恐怖で身体を固めるなというのはあまりに厳しい要求だろう。


「ふ、ざけ……く、そ」


 幹人だって、足が地面に縫い付けられたかのよう。

 こんな光景嘘だろうと、気持ちが現実を拒否しかけ。


「お、にい、ちゃ……」

「……――ッ!」


 それでも、妹の唇がその言葉を零した時には、幹人は思い切り地面を蹴り出していた。そうする事が出来るくらいには一応、兄貴をやれているのだなと、妙に冷静に思う自分がいるのが少しおかしかった。

 熊がその大きな腕を振り上げて、硬質な爪が夕焼けの赤をその先端に纏う。

 それは容赦なく妹に振り下ろされて、



「……おおおあああああああッ!」

「……っ! お、お兄ちゃん!」



 しかし間一髪、横っ飛びに妹の華奢な身体をかっさらい、なんとか躱す事に成功。

 奔った肩口の違和感に視線を向ければ、それなりに丈夫な素材で出来ているはずのツナギがざっくりと切り裂かれていた。




(ヤバイヤバイヤバイヤバイ、マジでヤバイぞこれ……)




 妹を地面に下ろしながら、自分の呼吸の浅さを自覚。顔は多分、漂白されたかのようになっているだろう。

 焦るでも驚くでもなく、熊はぐるりと余裕を感じさせる態度でこちらに視線を向ける。いつでも殺せる、簡単に食える、肌に生々しく伝わるのはそんなメッセージだ。


「……咲、兄ちゃんが合図をしたら、皆の居るガレージまでダッシュで逃げなさい」

「ま、まって、え、お、お兄ちゃんは……っ?」

「……いいから」

「っやだ! そ、そんなのやだ! 絶対やだ!」


 もちろん、幹人だって嫌だ。

 嫌で怖くて嘔吐しそう、絶対に死にたくなんかない。ましてや化け物一つ眼熊に喰われて死ぬなどまっぴらごめんだ。

 だが、自分がそうなるのと、妹がそうなる光景を見るのとであったら、まだ前者の方がきっと絶対にマシだろう。




(じーちゃんより先に、ばーちゃんのとこへ行く事になるなんて思わなかったな……)




 違う世界で死んだとしても、逝く先というのは同じなのだろうかと、なんとなくそんな事を考える。こんな思考でもしていないと、身体が動きそうにない。


「咲、いくぞ。三、二、一で走れよ」

「やだ! やだやだやだぁ!」


 地面に落ちている大きめの石を握りしめる。動物は急に動き出した獲物を狙うと聞いた事がある、妹に走らせるのならば、同じタイミングで注意を引かなければならない。


「……三、二」

「やだ! お兄ちゃんッ、やだよ!」


 背中に隠した妹が、ぎゅっと服を握る感触。お願いだから言うことを聞いてくれ。


「……一」


 こん、と。

 一つ目熊の頭に小石。


「……え?」


 しかし、幹人の手の中でまだ石は握りしめられたままで。






「……こ、こっち、向きな、さい!」


「なにやってんだよみぃちゃん先輩ッ!」


 では誰が。その答えは、自分たちから見て熊の左方向、いつの間にかそこに立っていた長い前髪で瞳を隠した先輩だった。

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