二章 お前たちは必ず
1
「……なんだかんだ生きていけてるね、俺たち」
「そうだなあ……」
この謎の世界へ訪れてから、今日で一週間。
薄茶色の地面の上、膝ほどまで高さのある石に幹人と照治は腰掛けていた。
視界には、謎のアイテムが入った荷車。そしてそれに群がり、熱心に漁る部員たちの姿がある。
ここはガレージの前に広がる少し拓けたスペース。荷車はここまで引いてきたのだ。
「……水も美味い」
「まったくだよ」
照治に同意を返しつつ口元で傾けるのは、水筒代わりのペットボトルである。まとめてゴミに出そうと部室の片隅に溜まっていたのだが、今では大活躍だ。
「今の所、体調不良とかも起こってないし、大丈夫そうかな、この水」
「大丈夫でもダメでも、もう俺たちが元から持っていた分はないから飲むしかない……とは言え、上流がどうなっているのかわからんが結構綺麗そうだし、一応手も加えてある。大丈夫、と思いたい」
今飲んでいる水は、川で汲んできたものだが、照治の言った通りそのままではない。作った簡易な濾過装置を通した上で煮沸処理を加えている。
「加熱器を発見できたのは極めて僥倖と言わざるを得んな」
「だね」
煮沸の際の燃料問題を解決したのは、荷車の中に入っていた謎アイテムたちだった。
幹人と魅衣が発見した、引き寄せ器と呼ぶことにしているどういう理屈かはわからないが運動エネルギーを発生させるらしい品と同じように、熱エネルギーを発生させるらしい品も発見されたのだ。
見た目としては平坦な板にスイッチとダイアルのついたシンプルなもので、IHクッキングヒーターと似ている。使い方もほぼ同じで、その上に加熱したい物体を置くだけ。IHクッキングヒーターと違うのは、その素材は問わない事。
「でも、どれもこれも電池、じゃないんだろうけど、動力切れを起こしていなさそうな事を見る限りさあ、あの荷車と荷物、棄てて行ったってんじゃないよね……?」
「……だろうな」
一応、それでも荷車を回収しに来た者は今のところいない。と言うか、この世界に来てから今まで、人に遭遇した事は一度もない。
「例えば、棄てて行ったんじゃなくて、置いていかざる得なかった、とか?」
「棄てて行くにしては中途半端なところだったしな、そっちの線かもしれん」
「もし持ち主が現れたらさ、……まずいよね」
「まずいなあ」
なにせ、勝手にバラバラにしたり組み替えたり部品取りしたりと好き放題である。もし売り物であるならば、商品価値は大幅減だ。
弁償しろと言われたら、金は当然持っていないので大変によろしくない状況になる。
「ま、それはもし現れたらその時に悩もう。何よりも俺たちが考えなければならんのは、どうやったら元の世界に帰れるかという事だ。で、……それにはやはり、これらが重要になってくるんだと思う」
「それは……そうだね、きっと」
照治が言ったこれらとはもちろん、謎アイテムたちの事である。幹人と照治の足下には、工具を駆使して分解したものやそれらを組み合わせたものがいくつか転がっている。
「本当に、俺たちからすればマジックアイテムとしか言えないような動作だが……」
「そうだね、マジックアイテム……う~ん、魔法かあ……でもさ」
ちらり、分解してある謎アイテムを見やる。躯体にパーツ、導線らしきもの。
「仕組みはあるんだよね。こいつらの構成って規則があるっていうか、決まりがあるっていうか、言っちゃえば回路っぽいじゃん。だから、魔法って言ってもただほんわかメルヘンな代物ってんじゃなく、ちゃんとこういう風に設計した理屈が下にあると思う」
銀色のコインのような円形薄型の物体、キューブ状の黒い物体、色や形がそれぞれ違う半透明な水晶のような物体、そしてそれらを繋ぐ薄いブルーの線。
他に細かい部品も様々あるが、この投棄場らしき場所で見つかる謎アイテムはどれも、主に以上の四つで構成されていた。それらの配置にはある程度の規則が透けて見え、理屈の元に設計されているように思える。
「だな。……今のところ、水晶みたいな奴がどうやら運動エネルギーやら熱エネルギーやらを放出している出力用の部品らしく、」
「さらに、もしかしたら逆に周囲のエネルギーだったりを検出するセンサー的役割も持ってるかもっていうのは、色々いじって確かめたわけだよね」
今日に至るまで、幹人たちはもちろんただ謎アイテムを分解して遊んでいたわけではない。少しでも構造を把握しようと、種々の実験を繰り返していたのだ。
「ブルーの線はたぶん、そのまま導線。黒いキューブと銀色のコインがそれぞれ何かは確定していないけど、おそらくどっちかが動力源でどっちかがマイコン的な演算制御装置、かな」
「だろうかなあ、……今までの常識の範囲外ではあれど、俺たちの考え方自体は通じそうというのは福音だよな」
そう言って、照治は少し顔を伏せて続ける。
「論理でない不思議メルヘン魔法的世界観でこれが作られていたら、俺たちにはお手上げだ。もしそうなると、こうして何かに繋がるかもと思ってこの謎アイテムたちをいじっていても続く道は太くないだろう」
わけのわからない場所に放り出されて、今、幹人たちには頼れるものが圧倒的に少ない。そして、そのごく少ないものの内の一つが、自分たちが今まで磨いてきた技術や科学的思考だ。
「帰るための情報や方法を手にいれるためには何かしらの力が必要だ。……この謎アイテムには、俺たちにとってのそれになってもらいたい」
「そうだね……でなきゃあ」
「……いや、悪い、不安にさせる話をした。お前たちは必ず元の世界に返す」
硬い声で、照治は言った。
自他ともに認める空気のあまり読めない性質で、色んなところが妙に子供っぽいのだが、それでも彼という人間は、本質的には極めて真面目で責任感が強い。
そのアンバランスさにはどこか不思議な魅力があって、だから中久喜照治は誰もが認める部長なのだ。
「もちろん信じてるよ、全員で帰るんだってね。で、この体験を話してお金を儲けてめっちゃ良い3Dプリンターとか買って、そんでじーちゃんと色々作って遊ぶと決めてんだけど、照兄も交ざんない?」
「……お前、そんなんお前」
強張っていた表情を解いて、照治はにやっと笑う。
「オシロスコープとファンクションジェネレータも追加しようぜ! この際、これもめっちゃ良い奴!」
「いいねえ! うちにあるオシロ、まだアナログだからなあ」
不安になっても良い事はないだろう。こんな風に夢の広がる話をして、明るい展望を持つべきだ。
そんな事を話している時だった。
「おにーちゃーん! てるにー! ごはーん!」
高く通りの良いその声は、誰より聞き覚えのある音色。
「桃とー! お魚! お魚ですよ!」
サイドテールの黒髪を活発に揺らす声の主は、木々の向こうから駆けてきてあっという間にこちらに着いた。彼女はその手に木の枝や皮で出来た籠を抱えている。中には言葉通り、三人分なのだろう桃と焼かれた川魚が入っているようだった。
「おー、咲、ありがとう」
「うん! あのねお兄ちゃん! テツさんにね! お魚の上手な焼き方教えてもらった! それでね、私がねっ、焼いたんだよ!」
「ほほー、そっかそっか。偉い、非常に助かる」
「うんっ!」
妹の頭をぐしゃぐしゃといつものように撫でると、いつも以上の笑顔が返ってきた。
(……ん、なんか)
ちらりと、少しだけ幹人は照治と顔を見合わせる。
「それでね、あとねっ、森の中も色々探検しててね! 桃以外の食べられそうなもの、探してて!」
「……咲」
「もしかしたら、またあの荷車みたいなのも見つかるかも――」
「咲」
必死に明るく言葉を積み立てる妹の頭をぽんと、軽く叩く。抱えていた籠を受け取り地面において、幹人はその手を出来る限り優しく握った。
「咲、ありがとう。ありがとな。俺たちは大丈夫だ。そんなに落ち込んでもいないし、むしろほら、こんなにおもちゃがあって、楽しくて仕方ないくらいだ」
「…………」
妹の顔が、みるみる陰って俯いていく。こんな顔をさせたいわけじゃなかったのだけど、無理もしてほしくなかったのだ。
先ほどの話を聞いていたのではないだろうが、不安になって不安定になっているのは、当然だがこの娘もだ。それが自分たちを励ます方向に発露するというのが、泣きたいくらいにいじらしい。
それに、どうして彼女がこんな風に言い出したのかが今日になってなのかというのも見当が付く。
「来年、な」
幹人の隣、照治が膝を折ってその高い背を縮め、凛と目線を合わせた。
「来年の全国大会、幹人が俺のツナギを着て試合に出るって、そんで優勝するって言うんだ。一緒に客席から、その言葉が本当かどうか見てやろうぜ」
「……お兄ちゃん、照兄」
今日でここに来てから一週間。向こうで言うなら十一月の第三日曜日。それは、東京の両国は国技館にて、全国高等専門学校ロボットコンペティションが行われる日だ。
幹人たちの出るはずだった、夢と栄光と誇りと意地と、その他泥臭くって情けないものまでたくさん含めた色々を懸ける、輝かしい勝負が、行われる日だ。
「……大丈夫、なの?」
「大丈夫、大丈夫」
大きな瞳を滲ませる妹に、軽く答える。
もちろん正直、堪えていないかと言えば真っ赤な嘘にはなってしまう。そんな生半な気持ちで目指していた舞台じゃない。
だけど、少なくともこの状況下は、それで塞ぎこんでいるべきではないのだ。
「あー、つうか、咲。お前こそ……、その、不安だったりするだろ。俺たちみたいにもの弄って元気出せるわけでもないし……」
「私は大丈夫だよっ、……お兄ちゃん、いるし」
えへへ、とさっき涙を浮かべた顔で笑う咲。
一応、長年連れ添っている兄としての勘も嘘は吐いていなさそうだと判断している事に、とりあえず安心する。
「お前は本当、良い妹だよ」
「え、そう? そう? んふふふふ……!」
「良好な兄妹仲で結構だ。幹人、咲、飯にしよう」
照治の言葉に三人揃って地面に腰を下ろし、籠の中身に手を伸ばした。
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