現れたのは、大きさも姿かたちも様々な物達だった。


「なんだろね……食べ物じゃあなさそうだってのはわかるけど」


 四角かったり長細かったり、丸かったり尖っていたり。装飾のあるなしや作りの細かさも色々で、シンプルなものから凝ったものまで多種多様。

 素材は陶磁器のような質感のもの、あるいは金属らしいもののどちらかだ。


「なんかの道具って感じだね……謎アイテムだ」

「うん……あ、みき君、み、みて。文字とか、刻印あるけど、何語だか全然……」

「うわ、ほんとだ……うわうわ、なんか異世界ってか少なくとも異文化には来てしまった感が急激に強まったぞ!」


 もちろん、何と書いてあるのかはまるでわからない。シンプルな字形なので表音文字だろうかという予想が着く程度である。


「で、なんでこれはこんなところに放置されてるんだろう」

「棄てて行った、とか? ……でも、壊れてるようには、見えない、けど」

「ね。これとか綺麗なもんじゃない? なんだろ、ペンみたいな」


 円柱形をしたひとつを手に取る。カラーは鮮やかなオレンジ、咲が好きそうな色だ。


「なん、だろうね。……あ、先端に、何か球体みたいのが、いくつか付いてる。真ん中に、大きめの、その周りに、小さいの」

「ほんとだ、……気になるね。ううーん……みぃちゃん先輩、ちょっと離れてて」

「え? う、うん。ええっと、こ、ここら辺でいい? どうしたの?」


 こちらの言葉通り離れてくれた魅依に頷き、幹人は荷車から取り出した謎のアイテムを地面に向けて構えた。


「いや、スイッチ的な何かがあったから、ちょっと押してみようと思って」

「え、ええ!? あ、危ないよみき君! ……わ、私がやります!」


 やらないという選択肢が出なかったところを見ると、やはり魅衣も未知の品々に好奇心が疼いて仕方ないのだろうか。


「や、でも一応、そういう危ないかもしれない事は男の俺が」

「わ、私の方がお姉さん、です!」


 気弱な彼女だが、こういう時は案外と頑固だ。非常に豊満な胸の前で手を握りつつ言うその口調は、それなりに退かない音色をしている。

 前髪の奥の瞳としばし見つめ合い、結局折れたのは幹人の方だった。


「……わかった、お願いしていい?」

「う、うん!」


 観念し、蓋を開けたままの品を魅衣に手渡す。咲ならばあの手この手で御せるのだが、彼女は少々難しい。

 魅依は受け取った細長いそれをぎゅっと握りしめ、下方に向ける。


「じゃ、じゃあ、いきます…………えいっ、…………………………え?」

「え?」


 魅依がスイッチを押し込んだ途端、ふわりと目の前で浮き上がったのは地面に転がっていた小枝。

 それはそのまま糸で釣られたかのように宙を進み、やがてコンッと音を鳴らして魅依の手元、細長い謎アイテムのその先端に張り付いた。


「…………え? ……え? みぃちゃん先輩、今、見た?」

「う、うん、い、いま、ふわって……。……え、な、なんで……?」


 自分と同じく困惑している魅依の様子を見るに、今のは幻覚じゃなさそうだ。


「……みぃちゃん先輩、もし実は魔法少女だったってんなら、素直に申告してくれると助かる」

「ち、ちがいます! もう少女、っていう歳でも、ないし……」

「いや、十九歳は少女だね。魔法少女だね。で、それは置いておいて、だ」


 幹人は改めて、魅依が手に握る細長いアイテムとその先端に張り付く小枝を睨む。


「…………この小枝が鉄みたいに磁力に反応する性質で、この謎アイテムがめっちゃ強力な電磁石、とか?」

「どう、だろう……、木が強磁性を持つっていうのは……。それに、今みたいに、一メートルとか動かすとなる、と、かなり強い磁力でないと……あ」


 ぽろり、謎アイテム先端から張り付いていた小枝が地面に落ちる。


「スイッチから、指、離したら……」

「落ちた、と……。……ちょ、ちょっと俺にも貸してくれる?」

「う、うん。危なくは、なさそうだから。でも、気をつけて、ね」

「了解です、ありがと。じゃあ試しに」


 魅依から受け取った謎アイテムを、三メートルほど先にある石ころに向け、スイッチを押し込む。小さく押し返してくるような感触があるのは、地球によくあるバネ入りのスイッチと同様だ。

 やはりと言うべきか、石が飛んできて先端に張り付く。


「……うわ、石もくっつくな。ほ、他のものだとどうなんだろ、素材が明らかな奴がいいよな」


 腰のバッグからちょっとした油なんかを拭くために入れてあるクロスを取り出し、それへと先端を向けてスイッチを押した。

 クロスの素材は何の変哲もない綿である、当然、磁力であれば反応はしない。


「……おおぉ」

「く、……くっついた、ね」


 しかし、引き寄せられた布は幹人の手を離れ、謎アイテム先端へと見事に張り付いた。


「布がくっついた……じゃあ磁力じゃない? だとすると……だとすると、何だ?」

「な、なんだろう。……みき君、あの、これって」

「うん、うん、みぃちゃん先輩、これはさ、もしかしてだけどさ」


 魅依と二人、顔を見合わせながら幹人は自分の言葉を、その事実を味わうように言う。


「出会っちゃったんじゃない……? 異世界の、謎テクノロジー的な、謎エネルギー的な、例えて言えば、その、……マジックアイテム的な、そんな奴に」


「う、うん、うん……!」

「だよね、だよね……」


 こくこくと頷く魅依の前、深く深く息を吐く。

 そして大きく空気を吸い込み――。



「……ぃいよっしゃあああああ興奮してきたああああああああああ!! さいっこうじゃんここおおおおおおおおお!! 宝の山じゃああああああああああああんッ!!」



 謎アイテムを握りしめながら、幹人は叫んだ。

 荷車の中には未知なる力だか何だかを利用していると思われる道具が、まだまだある。


「みぃちゃん先輩! 俺たちは大当たりを引いたよ!」

「うん! うん!」


 このテンションの沸騰具合、例えば咲が居たならドン引かれていたかもわからないが、しかし目の前の女性は完全に同類である。前髪の奥にちらちらと見えるその瞳は、極めて眩く輝いている。


「て、手当たり次第、いろいろ、試したいね、調べたい、ね……! 作りたい、ね!」

「ね! ね! うひいいいい、やばいやばい! なんだろなんだろ、そんでまずこいつは何なんだろ!? 離れたものを取るための便利グッズ的なものかな!?」


 興奮したまま、近くに転がる適当な小枝に狙いを定めスイッチを押せばやはり見事、吸い寄せられてくる。


「う、うん! でも、何度見ても、すごい……! そもそもの動作原理も、知りたい、し、制御! 制御も気になる……! た、単純な力の発生装置、みたいな動作じゃない……! よく見ると、ちゃんと目標値に対して、制御が……!」


「そうそうそうそう! 今もそうだったけど、引き寄せられたものが先端に当たる近くになると、速度が緩やかになってたよね!? 筐体が壊れないための、ごく当たり前ながら重要な配慮だ!」


「うん! それで、最後は、い、一定の力加減になって、張り付く状態に安定! つまり、せ、制御のためのセンサーとか、マイコンみたいなものが躯体の中にある!」


 異世界だろうが謎の力を発揮するアイテムだろうが、そういう技術はちゃんとあるんだなと実感出来るというのは、技術者的には大変興味深い。


「どれくらいのものが引き寄せられる限界なんだろう? 大きさは? 重さは?」

「も、目標物に何らかの力を、加えているんだとして、そこにどう照準を合わせてるんだ、ろう?」

「気になる気になる気になるぞ! あああーこれ一個でこんな興奮……他にもまだまだこんな……照兄たちに連絡……ああ携帯使えないんだった! じゃあ戻って皆に報告だ! 行こうみぃちゃん先輩!」

「う、うん!」


 謎アイテムを大切に握り締め、魅依と共に幹人は帰り道へ、行きとは比べ物にならないくらい明るい気持ちで踏み出した。



 ◇◆◇



「いよーし半円卓会議を始める!」


 全員が揃ったガレージ内、ホワイトボードの前で宣言するのは当然、部長の照治だ。

 幹人は魅依と隣り合い、ホワイトボード正面前あたりに座っている。


「周辺調査の報告会だ! とりあえず俺たちから! 咲、あれを」

「はいっ、……じゃん!」


 照治と共に調査に行っていた咲が立ち上がり、その手に持ったものを掲げる。


「桃! みたいな果物です!」


 言葉通り、妹の手には確かにピンク色をした実に緑の葉がついた、桃に似た果実があった。地球で見るそれよりも、少しばかり大きいようにも見える。


「おおー! どうなんだろ、食えるのかな?」

「皮剥いて食ってみたが、結構美味かった」

「……え、食ったの?」


 こちらの言葉にあっさり答えた照治へ、幹人は驚愕の視線を返す。

 得体の知れない物体である、口に入れるなんてかなり勇気がいるはずだ。咲も困った顔で「私は止めたんだけど……」と零している。


「それがな、鹿みたいな生き物もいて、そいつが齧ってたんだ。だから確実に大丈夫だ、なんて事は言えないが、参考にはなるだろ。結局は誰かが最初に食わなきゃならんだろうから、しょうがないリスクでもあるしな」


「照兄って結構、そういうとこ神経太いよ」

「そう褒めるな。美味かったぞ? 五分後に死んでるかもしれんが」


 可能性を言えばありうる。兄的存在がそうならない事を全力で祈る幹人だった。


「ともあれ、まあ俺がしばらくしても死ななそうなら皆も食って良いと思う。かなりの量はあったし、広い範囲で実っているようだった。俺たちの他にも見た奴いるだろ?」


 そう問われ、部員たちからパラパラと手が上がる。幹人たちは見なかったが、どうやら本当にそれなりの数があると期待して良さそうだ。


「ほい、そんじゃあ皆の報告を聞こう」

「こっちも木の実採ってきました、食えそうな感じ……」「でかい鶏みてーな動物がいました、さすがに捕まえらんなかったけど、写真は撮ったっす……」「川がありましたー、めっちゃ綺麗で魚も結構泳いでましたよ……」……そんな風に、部員たちから順々に報告が寄せられる。


 川があるというのはとりわけ、明るいニュースだろう。それも魚がいるなら、水質にも期待が持てる。


 しかし、


「……お兄ちゃん、皆テンション低いね」

「そうだな……」


 咲が小さく言った通り、高専生たちのテンションはいかにも最低だ。「サバイバルかあ……陽の下で頑張るのかあ……帰りたいよ……」というインドア派として実にまっとうな絶望に打ち据えられているのだ。


「だが、見ていなさい妹よ。すぐに皆元気になるから」

「え? ほんと?」

「俺がお前に嘘を吐いた事があるかい?」

「週に四回くらい……」


 そんなに多いだろうか、妹の言葉に首を捻るが横には振れないのがこの身の疚しさだ。


「幹人、三峯、お前たちはどうだ?」

「よくぞ聞いてくれました。ねえみぃちゃん先輩」

「う、う、うん! えと、その、と、とても、大きな、発見、が、ありました……!」


 おお……! と、部室が驚きの声にどよめく。控えめな魅依が「とても大きな発見」とまで言うのはよほどの事だと皆、身を乗り出したのである。


「ほんとに大発見よ。まあ皆さん、ちょっとこちらを見て下さいな」

「なんだそれ? ライトか何かか? お前そんなの持ってたか?」


 幹人がポケットから取り出したのは件の謎アイテム。それを見て、照治は怪訝な顔だ。


「持ってない持ってない。みぃちゃん先輩と一緒にこっちで見つけたんだ」


 その言葉に、部室内が大きくどよめく。


「なに!? それは本当か!? おいおいマジで大発見じゃないか!」

「驚くのはまだ早いんだなあ照兄や。なんとこいつはこんな事が!」


 スイッチを押し込み、先端を向けるのは部室端に積んでおいた空き缶の山、その一番上だ。狙い違わず、最も高いところにあった一つが引き寄せられ、謎アイテムの先に張り付いた。

 甲高い衝突音が室内によく響いたのは、皆が息を呑み、静寂を作ったからに他ならないのだろう。


「…………そ、れは」


 やはりと言うべきか、沈黙を破ったのは照治。


「磁力、か? あ、いや、だが、缶が一つだけ? 磁力にそんな指向性は……」

「いやーわかんないんだけど、磁力じゃあなさそうなんだよね。だってこんなものまで寄せられる」


 スイッチから指を話して空き缶を落としつつ、次に引き寄せたのは、少し離れた位置にあるテーブルの上に置かれた箱ティッシュだ。金属素材はどこにも使われていない品である。

 こちらも先ほど同様、宙を舞って幹人が手に持った謎アイテムの先端へと辿り着いた。


「なんかもうこれ、下手すると運動エネルギーを直に発生させてるんじゃないかなーなんて推論が、俺とみぃちゃん先輩との間では出てます」

「こ、荒唐無稽、ですが、こ、こんなにスマートに、一つのものだけを、素材を問わず、その、よ、寄せられるのなら、そんな考えも、ありなような気もしま、す」


「…………」


 無言である。照治を筆頭に、場の部員たちは見事に無言。

 つばを飲む音さえはばかられるような、静寂は、しかし。



「幹人幹人幹人幹人貸してくれ貸してくれ! どうなってんだお前それ!」「動力どっからきてんのそれどっからきてんのそれ!」「距離は!? 最大距離は!?」「間に遮蔽物置くとどうなんだ!?」「対象物は何でもいいの!? 大きさは!?」「操作中に持ち手動かしたら追従するんすか!?」……エトセトラ、エトセトラ。

 


 建物ごと揺らすような熱気あふるる叫びでもって、粉々に砕かれる。


「埋もれる、埋もれる……埋もれる、から。あの、同じ、ような、ものが……」


 たくさん詰められて放置された荷車が近くにある。そんな言葉を続けて紡ぐのに大変苦労するほど、寄って来た部員たちでもみくちゃだ。


「ほ、ほんとに皆元気になっちゃった……」


 喧騒の中、そんな妹の言葉が耳に届いた。

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