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「あ、お、おはよう、ございます、部長、すみません、皆もう、起きて、ますよね」
「おう。お前が死ぬほど朝弱いのも、死ぬほど夜遅くまで頑張ってくれてたのも皆知ってる、問題ない。ところで、色々説明しなきゃならんことがある」
「……? な、なにか、あったんですか?」
俯き加減、言葉も常に詰まりがちな彼女の様子は、特に普段と変わったものではない。と言うよりもむしろ、会話相手が幹人や照治という慣れた人間なので、これでもかなりスムーズな方である。
彼女、みぃちゃん先輩こと三峯魅依は、コミュニケーションが抜群に苦手。
情報科所属の四年生にして大山高専きっての、どころか業界でも学生にして名の通った凄腕プログラマーであるのだが、人間相手の情報通信には悲しいくらい不向きだった。
「ええっとな……幹人、任せてもいいか? そうしたら俺は咲とでも行ってくるが」
「あー、うーん、そうした方がいいかな? わかった、じゃあお願い」
「おう」
片手を挙げつつ、スタスタと照治は咲のもとへ。
「咲、俺とそこら辺回り行くぞ」
「照兄と? いいけど、え、お兄ちゃんは……」
「幹人は三峯とだ」
「え、あ、……うぅ、いいけど……いいですけど、わかりましたけど……」
ちらりちらりと視線を残しながら、照治に連れられて咲は外へと出て行った。心配ではあるが、照治が一緒なら大丈夫だろう。
「み、みき君、あの、なにが……」
「みぃちゃん先輩、俺たちもね、全然状況は把握出来てないんだけど、とりあえず一言で言わせてもらうとね」
「う、うん」
「どうやら異世界だか異星だかに来ちゃったみたい」
「……?」
前髪の間から僅かに見える瞳には、理解の色はもちろんない。こんな事を言われてすぐに「なるほど、そうですか」と飲み込める人間なんていないだろう。
「とりあえず、ちょっと来て。ここからでも見えなくはないんだけど」
「わ、わかった」
ソファから立ち上がった彼女と一緒に、開いたシャッターの傍へ。そこから広がる、明らかに学内ではない景色に、魅依が息を飲む音が聴こえた。
「……これ、…………あ、え、異世界?」
「うん。ほら、太陽らしきもの三つあるし。偽物とか人工的な何かにも見えない。あれがどうにもねえ、説得力抜群だ。加えて、こんなわけのわからないところに建物ごといつの間にか移動してるっていう謎現象もありで、これは俺たちの知っているものとは違う法則で動いている世界なんじゃないかって、そんな結論に今のところなってる」
「…………」
呆然と空へ視線を投げながらこちらの言葉を無言で浴びる横顔を、なんとなく見やる。
今は上を向いてはいるものの、切れ長の瞳を長い前髪の下に押し込めながら、鼻筋の通ったかんばせを俯かせているのが彼女のデフォルト、実はかなりの美人だという事はロボ研の誰もが知っているが、まともに見られる機会は極端に少ない。
吹き抜けた風が彼女の前髪を優しく跳ね上げ、一歳年上の女性の顔が珍しく陽光の下に躍り出る。
前に見たのはいつだったろうか、久しぶりのそれはやはり、美しかった。
「……空は、青いんだね」
「え? あ、そうだね」
「色がある、ってことは、大気層はあるんだ、ね。息も、出来てるし」
「みぃちゃん先輩のそういうとこ、俺、最高だと思うよ」
空の色に大気層を思う人間は、おそらくは少数派だろう。
「散乱だよね? レイリー散乱?」
「う、うん。太陽光が、空気の窒素とか酸素の分子に当たって、乱反射、みたいな事を起こして、光の強さと、大気層の厚さによる、けど、何色かが、空いっぱいに……」
「そうだよね、よかったよかった。理解が合ってた。前に咲に説明したんだけど、違う事言ってなくてよかった」
妹にはよく嘘は吐くが、間違った知識を教える事はしたくない兄心である。
「それはさておき、皆であのホワイトボードに書いてあるような法則やらは確認したよ。観測範囲内では地球と変わりなかった」
「あ、うん、……運動系はほぼ変わらない、と見ていい、のかな。あ、ご、ごめんなさいっ、私だけ寝ててっ」
「気にしないで。そんでね、今はとりあえず皆、食料やら水やらの調達のために外の調査に行ってるんだけどさ、どうする? 俺と一緒でいい?」
ちなみに、どうやらこのガレージには鉢形が残るようだった。彼が拠点を護ってくれているのであれば安心である。
「う、うん、え、み、みき君は、私とで、いいの?」
「もちろん」
「じゃ、じゃあ、その、はい、い、いきます……!」
「そ? よし、探検に出発だ」
一応いつも身につけている、諸々の道具の入った革製のウエストバッグを腰元へ巻きつつ、おどけて言ったこちらに彼女は頷いた。一緒に靴を履き替え、揃って外へと出ると、作り物ではありえない生の自然の存在感を四方に覚える。
「皆があまり行ってない方に向かうべきだよな。ええっと」
ガレージ入り口から正面と裏方向、左方向には何組か向かって行ったのは見たが、右方向はいただろうか。手薄かもしれない。
「みぃちゃん先輩、とりあえずこっちに行ってみようと思うんだけど、いいかな?」
「う、うん。付いて、いきます……」
頷いた彼女と歩調を合わせ、いざ探索開始である。
「足元、気をつけてね」
「わかった、ありが、とう」
木々の間に足を踏み入れ、注意深く進んでいく。緑の密集具合は薄く、特に歩きづらくもなければ陽光も届く明るい環境でもあるが、用心に越したことはない。
「……うーん、それにしても、植物が地球のものと違うかどうかの判別は全く付かないね。生き物だの植物だのは完全に専門外だ」
「そうだね……さっぱり、だね」
最近は専門だけでなく幅広い範囲で知識を持つタイプの技術者になりなさいと言われる事も多くはなったが、つまりそう言わなくてはいけないくらい、基本的に高専生、ひいては工業系の人間は自分の分野に特化した専門バカが大半だ。
「調べようにもネット繋がんないしなあ。ググり癖のついてる現代っ子は駄目だね」
「100Kbpsで、いいから、欲しい、ね、ネット回線……」
「ねー」
こんなのんきな会話をしているのはもちろん、謎の環境での遭難というヘヴィな状況に頭を支配されて気落ちしないようにである。
この点、コミュニケーションが達者ではない魅衣と一緒に来たのが、理工系には少数派という自覚はあるが、逆に口の回るタイプの自分で良かったと思う。
同じ部活という付き合いの深さもあり、一応、ロボ研どころか学校全体で見ても、彼女と最もスムーズに話せるのは自分だろう。
「……お?」
引き続き、あれやこれやと四方山話を展開して、多少の時間が経った時だった。歩く先、木々の合間に何かが見えた。
「みぃちゃん先輩、あれ」
「あ……なんだろ、ね」
地面に倒れこんでピクリとも動かないそれは、生き物ではなさそうだった。
近寄って見てみれば、四角い躯体に車輪の付いた簡素なシルエット。全長は三メートルほどで、それほど大きくはない。素材も全て木であり、素朴な印象に拍車を掛ける。
「……荷車、かな? 随分オールドスタイルな作りだけど」
「そう、だね。……何を積んでるんだ、ろ」
おそらく荷車だろう横倒しになったそれの上部は布製らしいホロで覆われていて、中に何が積まれているかは見えない。
周囲をぐるりと見渡して、持ち主らしい人影のいない事を確認。
「よし、積み荷を拝見だ」
「気になる、けど、い、いいの、かな」
「持ち主いなさそうだしいいんじゃない? もしやばい物が入ってたら忘れよう!」
「……え、と、う、うん!」
腐臭は特にしないが、もしかしたら人の死体やらが入っているかもしれない。
(食料とかだったら嬉しいんだけど……エグいもん出てきませんように)
祈りながら内心おっかなびっくり、四隅の固定を外しホロをゆっくりとめくって。
「……うん?」
「……な、なんだ、ろ」
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