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「そうだよなあ、考えてみればこうして普通に息が出来てるのだって奇蹟的、なのかな? 地球の空気は、ええと、酸素が二割くらいで」
「体積比で窒素約78%、酸素約21%、アルゴン1%足らず、二酸化炭素0.03%くらい、その他、微量なものを含めれば色々」
スラスラと継いでくれたのは化学科の女子学生だ。
「おお、よく覚えてんね。この割合が崩れると人間ってやっぱやばい?」
「どれがどれくらい多くなるか少なくなるかによるけど、例えば二酸化炭素、これが三とか四%くらいになると頭がガンガンするわ目の前ふらふらするわオエって吐きそうにもなるわ、飲み過ぎちゃいましたみたいな状態に」
「地味にやだなあ」
飲んでもいないのにそんな状態、損しかない。
「もうちょっと増えるとどうなんの? もっと気持ち悪くなるの?」
「8%を超えてくると意識を保ってられない、9%を超えれば数時間で死ぬわね」
「え、二酸化炭素こわ……」
彼女の説明は数%程度、地球の大気の構成が変わっただけでも人間は死んでしまう場合があるという事を示している。
だと言うのに、星だか世界だかの単位で環境の違う場所に来ていて、普通に息ができるというのはやはりかなり奇蹟的だろう。
「本当に運が良い……と言うべきか? 異世界にせよ異星にせよ、違和感を覚えないくらいにはとりあえず物理法則が同じで、こうして普通に呼吸できるくらいに地球と大気組成が変わらなくて、他にも気温だの気圧だのも問題のない範囲というのは。例えば気圧が激低だったら体内の水分が速攻で蒸発してインスタントミイラになっててもおかしくなかったわけだろう」
さらりとした口調で恐ろしい事を照治も言った。
「感謝するしかないよね、やたらと俺たちにとって自然なこの環境に。つうか、謎のワープ現象に太陽が三つって要素がなけりゃ、何の疑いもなく地球だと判断してるよ」
「あの、お兄ちゃん、私にはいまいち何を言っているのか……というか、皆さんよくそんな事に考えがいくよね、本当……」
「その代わり、兄ちゃんたちは一般常識とかを捨ててきたからな」
「う、ううん、それはどうなんでしょう……いいんでしょうか……」
良いか悪いかで言えば決して良くはないのだが、これが変えられないものなのでどうしようもないのだ。
「ていうか、難しく考えることないですよ! 私たちは……そう! 召喚! きっと必要があって喚ばれたんです! だから私たちが住めるような環境なのは当たり前!」
「うーん……また強引な論ではあるが、確かに何かの偶然で違う世界だか星だかに移動して、そこがたまたま俺たちが生きていられる環境だったなどという明らかに奇蹟的な事象だとするよりかは、恣意的に選ばれたという方が自然……か?」
咲の言葉に、眉間にしわを寄せてそんな風に照治は言う。彼はひとしきり唸った後、切り替えるように手を叩いた。
「ともあれ! とりあえず物理法則に今のところ大きな、つまり気をつけなければならない違いはなさそうだ! それがわかったら次にやらねばならない事がある!」
その言葉に、各々近くの人間と様々な考察を交わしていた部員たちが、水を打ったように静まり返った。
「食料、水、安全の確保! 俺たちはひとまず、サバイバル生活をしていかねばならん! 二人か三人組に分かれて、それぞれ周りの調査に行くぞ!」
「はい! …………あれっ?」
手を挙げながら元気よく返答を返したのは、咲一人だった。彼女は当然、不思議そうな顔で幹人に尋ねてくる。
「……お兄ちゃん、なんで皆返事しないの?」
「周りの人たちの表情をよく見て、ブツブツ漏らしている声を拾い取ってごらん」
「ええ? えーっと……」
こちらの言葉通り、素直に咲は周囲の人間たちの様子に注目し、
「帰りたい……サバイバルなんて無理だよお……」「大自然とか怖いよお……」「電気がなきゃ生きてけねえよ……」「SNSなしじゃ一時間と自己同一性を保てない……」
「……えええええええなんで!? なんでいきなりそんなネガティブモードに入っちゃってるの!?」
彼女の口から飛び出たのは悲鳴に近しい突っ込みの声だった。
「だってさっきまで! さっきまであんなに冷静に色々話し合ってたのに!」
「咲、咲、咲ちゃん、聞いてくれ。あれはね、兄ちゃんたちの得意分野、いわばホームの領域だったからね。でもサバイバルなんていうともう話は違うじゃん? 基本インドア派だし、高専生って」
「だからってこんな落差! 限度ってものがあるでしょう! お兄ちゃんたちちょっと偏り過ぎだよ! 生き方が偏り過ぎだよ!」
「返す言葉もない」
こればっかりは完全に、妹の言が正論である。
しかし結局、皆やることをやらねばまずい状況だとわかってはいるのだ。よろよろと重い腰を上げ、やがてそれぞれ組みになって外へと向かい始める。
「あまり遠くにも、危険そうなところにも行くなよ! あくまで様子見で構わんからな! 幹人、お前はどうする? 咲と一緒に行くか?」
「それでもいいんだけど、……ここらでうちのエース、起きてくれたりしないかなーって思ってるんだよね」
ちらりと壁に掛かった時計を見やれば、なんだかんだでもう午前九時過ぎ。
「ああ、どうかな、あいつの低血圧っぷりは筋金入りだしなあ。一旦起きればもう起きるが、そうなるまでは死体と変わらん。だから今の今まで起こさなかったわけだし」
「そうなんだけどさ、でも流石にそろそろ状況説明はしておきたくて…………お?」
それはまさに、そんな事を話していた時だった。聞いていたわけでもないだろうが、室内の端に置かれたソファの上、もそりと動く影が一つ。
「……んん、………………いま、なんじ?」
少し癖のある長い黒髪を揺らしながら、彼女は枕元に置かれていたスマートフォンを手に取り、その画面を見て。
「……くじすぎ…………あれ、Wi-Fiきれてる。…………ん、キャリア回線もだめ」
「それなんだけどさー、ちょっと聞いてちょうだいな」
「え、あ、……っみ、みき君、あの、あ、お、おは、おはよう」
「おはよう、みぃちゃん先輩」
幹人がみぃちゃん先輩と呼ぶその人は、すこしぼさぼさになっていた髪を手櫛で抑えつけながら、その白い顔を俯かせた。瞳を覆うほどに長い前髪と、細い体へ似合わないくらいに豊満な胸が揺れる。
「起きたか、三峯」
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