神社しか紹介する気のない観光案内

卯月

櫛田神社、筥崎宮、その他いろいろ

「お前、福岡ふくおかの出身だったよな」

 会社の先輩が、そう訊いてきた。

「今度、福岡市に出張で行くんだが、面白いとこないか?」

「――それを、私に訊きますか」

「え、何で」

「紹介するのは構いませんが、私の趣味は偏ってますよ?」

「偏ってるって、どんな風に」

 私はしばし考え、比較的有名な部類から話を始めることにした。

「福岡市は、武士の町・福岡と、商人の町・博多はかたがくっついた町です。那珂川なかがわで東西に分かれていて、新幹線の博多駅のある東側が博多、福岡藩黒田氏の城跡がある西側が福岡です。そのうち、博多側には三大祭があります。どんたく、山笠やまかさ放生会ほうじょうや

「あー、ニュースで聞いたことある」

「山笠と言えば、博多の総鎮守・櫛田くしだ神社です。最寄駅は福岡市営地下鉄の中洲川端なかすかわばた駅。山笠の祭り期間は七月一日から十五日ですが、その間、博多っ子は胡瓜きゅうりを食べてはいけない、というタブーがあります。輪切りにした胡瓜の断面と、櫛田神社の神紋が似ているんですよね。学校給食の献立にすら、その期間は胡瓜は含まれないらしいです。私は福岡側なので、関係ないんですが」

「……何でいきなり、胡瓜について語り出すんだ」

「じゃあ、筥崎宮はこざきぐうにしましょう。地下鉄に箱崎宮前はこざきみやまえ駅がありますが、駅名や付近の町名と神社はハコの漢字が違います。ここで、三大祭の一つ・放生会ほうじょうやが九月に行われます。全国的にはホウジョウエと読むであろう漢字表記ですが、博多ではホウジョウヤです。

 ついでに博多で『ちゃんぽん』と言ったら、息を吹き込んで音を鳴らす硝子ガラス製の玩具おもちゃです。所謂『ビードロ』です。決して麺類ではありません」

「お、おう」

「放生会では毎年、巫女さんが絵付けしたちゃんぽんと、博多人形師さんが作ったおはじきが販売されますが、あっという間に売り切れます。

 ところでこの神社、一月に、僧侶の団体が参拝して読経して帰る、というとても楽しいイベントがあります」

「――は?」

「昔、中国に仏教の勉強をしに行った高僧が帰国する際、船が玄界灘げんかいなだで嵐にあったんだそうです。そのとき、筥崎宮に祈ったら無事に日本に帰りつけたので、以後、その高僧が開いた禅寺、承天寺じょうてんじの住職たちがお礼参りをするようになりました」

「高僧、祈る相手はそこでいいのか……?」

「神仏分離前ですし」

 先輩が釈然としない様子なので、話題を変えることにした。

猿田彦さるたひこ神社、というのが、地下鉄の藤崎ふじさき駅の近所にあります。猿田彦は、天孫降臨てんそんこうりんの際に天から降りてきた神々の道案内をしたので、普通は、旅行安全に御利益があると言われる神様だと思います」

「てんそん……?」

 先輩はピンときていないみたいだったが、気にせず続ける。

「普段は神職も常駐していない、住宅街の中のひっそりした神社ですが、暦でその年最初の庚申かのえさる、『初庚申はつこうじん』の日だけは、朝五時前から行列ができます。その日に素焼きの猿面を買って玄関の外側に掛けておくと、『魔が去る』んです。周辺のほとんどのお宅に掛かっています。必ずお返ししてお焚き上げとかするわけでもないので、ウン年前からのコレクションが揃っているお宅もあるんじゃないでしょうか。

 昔は地元民のマイナーなお祭りだったと思うんですが、今では遠方から来る人もいて、二回目・三回目の庚申の日でも買えるようになったみたいですね。ちなみに、この猿面も博多人形師さんの作だそうです。山笠の人形ももちろんそうですし、人形師さん大活躍」

「何でそういう、ピンポイントなイベントばかり紹介するんだ」

「……じゃあ、いつでも行けるところがいいですか? 福岡市から出ちゃいますけど、福津ふくつ市の宮地嶽みやじだけ神社いいですよ。西鉄にしてつ宮地岳みやじだけ線がなくなっちゃったらしいんで、今はどうやって行くのか知らないんですが。

 本殿とは別に、奥に、横穴式石室の古墳がそのまま神社になってるところがあって、一粒で二度美味しいです。あ、私、古墳も趣味で」

「俺は、古墳はいい……」

「そうですか。では、これも福岡市から出ちゃいますが、太宰府だざいふ市の太宰府天満宮とかいかがですか。福岡市内の天神てんじんから西鉄に乗れば着くので、行くのは割と楽です」

「お、それは有名だな」

「学問の神様、菅原道真すがわらのみちざね公が祀られている神社ですね。私が高校受験の頃は、『参道の太鼓橋でつまづくと、試験に落ちる』という噂が流れていました」

「学問の神様……?」

「よそで話しても知っている人がいないので、私の中学だけのローカルなジンクスかもしれません。ローカルじゃない話としては、道真公は牛と縁が深く、境内に寝ている牛の像があります。自分の身体に悪いところがあるとき、牛の同じ部分を撫でると治ると言われています。前に参拝した際、牛のつのを撫でているおばさんを見たんですが、この場合どこが治るんでしょうね? 私、長年の疑問で」

「俺に訊くな」

「あと、御神木の飛梅とびうめ。道真公が京都から左遷される際に、自宅の庭の梅が主人を慕って、九州まで飛んできたという伝説があります。枝も根っこもついた立派な樹木が空を飛ぶ様子を想像すると、未確認飛行物体もビックリですよね」

「……花だけ飛んできたんじゃないのか……?」

「そのほうが絵的に美しいですけど、花だけじゃ根付かないじゃないですか。一緒に飛んできた松は、途中で力尽きて、兵庫県に着陸したらしいです」

 沈黙する先輩。

「あ、天神にも水鏡天満宮すいきょうてんまんぐうという道真公を祀った神社があるので、太宰府まで行く暇がない際はそちらへどうぞ。他に、私が知ってる神社だと、福岡市東区の香椎宮かしいぐうもお薦めです。西鉄でもJRでも行けますよ。余談ですがJR、昔の国鉄香椎駅と西鉄香椎駅は、松本清張の『点と線』にも出てきます。

 宗像むなかた市の宗像大社むなかたたいしゃとか、北九州市の和布刈めかり神社にも行きたかったんですけれど、ちょっと遠くて、福岡に住んでる間に行く機会がなかったんですよねぇ……」

 私が心底残念そうに語ると、

「ああ、うん」

 先輩は、疲れたように肩を落とした。

「……お前の趣味が偏っているのは、非常によくわかった」

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