父親

 やけに足の早い人だ。

そう思いながら、美咲はまたネオンと街灯だけが照らす道へと向き直る。


 すると、そこにはスーツを着た凛々しい顔の男性がいた。

見たところによるとどうやら帰宅途中らしいその男性は、しばらくその場で呆然としていたが、美咲の顔を見るなり声を上げる。

「美咲……? 美咲なのか?」

 しかし美咲はその問いに答えることはなかった。

お前など眼中に無いとばかりに踵(きびす)を返すと、近くの路地裏へと走り、そのまま闇の中に消えようとする。が、

「待て美咲……っ! ドコへ行くんだ!?」

 その前にその男性が美咲の前に立ち塞がり、美咲はその男性と距離を取るために、再びネオン灯の下へと退いた。

「退いて」

 美咲は顔を伏せたまま、目の前の男性に端的にそう告げる。

「ダメだ、お父さんは退かない」

 それに対して通せんぼうをしている男性――美咲の父親は、毅然とした態度でその言葉を切り捨てた。その態度を見てとりあえずは観念したのか、美咲は大きなため息を吐く。


「……仕事はどうしたの? いつもは12時過ぎてしか帰ってこないのに……」

 大手企業に務める美咲の父は本来こんな時間に退社しない。仕事熱心で、そのうえ人の良い美咲の父親は、上役でありながらいつも会社に1人残って残業をしている。

大体家に帰ってくるのは深夜12時過ぎ。夜も勉強を強要されている美咲でさえ、きちんと顔を合わせるのは1ヶ月に1回あるかないか程度なのである。

だというのに、その父親がどうして自分の目の前にいるのかという質問を特に話題がなかったので美咲は父親に投げかけてみた。

 すると父親の方も、その質問を心待ちにしていたとばかりに微笑むと、諭す(さとす)ように答え始めた。

「美咲が出て行ったってママから聞いて、急いで会社から抜け出して来たんだよ。……無事でよかった」

「……そう」

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このティッシュ、水に流せます いひとよ @173-30

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