ランティルナ・デル・ディアボロス

淵湖 鷲

第1話

あるところに、メアリという女の子がいました。

メアリはおばあさんからもらった猫のぬいぐるみが大好きで、どこへ行く時もいつも持っていました。


ある日、メアリはお母さんから買い物を頼まれました。

メアリは買い物かごと、大好きな猫のぬいぐるみを持って、森のむこうのお店まで行きます。

メアリが森に入ると、急に暗くなりました。

メアリは以前、お母さんから聞いたことがあります。

「晴れている日なのに、急に暗くなって、森の中に三つの灯が見えたなら、

それは悪魔が来たしるし。悪魔が来たら、決してしゃべってはいけないよ。しゃべったら、魂をとられてしまうからね」

メアリは恐ろしくなってぶるぶる震えていました。


やがて、目の前に、恐ろしい悪魔が現れました。

悪魔は背が高く、細身の男の人の格好をしていました。

悪魔がメアリに話しかけます。

「お前はだれだ?」

メアリは答えません。悪魔は怒りました。

「私がせっかく聞いたのに、お前は答えなかった。

罰として、お前には悪魔のような尻尾が生えるだろう」

メアリは泣きました。でも、声は出しませんでした。

悪魔が消えると、メアリには悪魔のような、黒い尻尾が生えていました。


メアリは恐ろしくなり、早く森を抜けようと小道を駆けだしました。すると、また悪魔が現れました。


今度は、太っちょで、背の低い悪魔です。

「お前はだれだ?」

メアリはやっぱり答えません。悪魔は怒りました。

「私がせっかく聞いたのに、お前は答えなかった。

罰として、お前には悪魔のような翼が生えるだろう」

悪魔が消えると、メアリには悪魔のような、黒い翼が生えていました。

メアリは泣きました。でも、声は出しませんでした。

メアリは森から逃げ出そうと、一生懸命走りました。すると、また悪魔が現れました。


今度は黒いマントで全身を覆った悪魔です。

悪魔は、メアリに話しかけました。

「お前はだれだ?」

メアリは涙をこらえ、じっと黙っていました。悪魔は怒りました。

「私がせっかく聞いたのに、お前は答えなかった。

罰として、お前の魂をもらおう」

メアリはびっくりして、ぶるぶる震えました。

悪魔が手を伸ばし、メアリの頭に触りました。すると、メアリの体がらすうっと青白く光る炎が抜け、悪魔の手のなかに入りました。

「ふはは!娘の綺麗な魂だ。」

メアリはもうだめだ、私は死んだんだ、と涙を流しましたが、それでも声は出しませんでした。

悪魔が言います。

「お前はもう死んだのだ。そうして、お前はもはや、悪魔の仲間になったのだ。

見るがいい。お前の体には、すでに黒い尻尾と、黒い翼がついている。

お前を人間だと思うものなど、もう、誰もいない」

メアリはお父さんやお母さんにも、もう会えないんだ、と悲しみました。


メアリは悪魔の住む森の奥へと連れていかれました。

森の奥には、不気味な小さな小屋がありました。

そこに、三人の悪魔がいました。背の高い悪魔が言いました。

「お前はもう、悪魔になったのだ。

ごらん。お前には悪魔と同じしっぽがある。

背中には、悪魔と同じ翼がある。

そして、お前はわれら同様、魂を失った。

お前はもはや人間ではなく、悪魔の一人になったのだ」

メアリは悲しかったけれど、決して声は出しませんでした。

3人の悪魔はあきれて言いました。

「なんて強情な娘だ。こんな娘は見たことがない。

まあいい。お前に仕事を与えよう。

お前はもう、私たちの仲間なのだから」


背の高い悪魔が言いました。

「お前は毎日、私のランタンを磨くのだ。

私のランタンのススは、特別なヒカリゴケで磨かなければ、きれいにならない。

ヒカリゴケは、凶暴なお化けヒキガエルが守っている。

ヒキガエルがお前を見つければ、毒を吐き、一口に飲み込んでしまうだろう。

お前はヒキガエルに見つからないように、毎日、ヒカリゴケを集めてくるのだ。

私は毎日ランタンの蝋燭を取り換える。その間、お前はそのヒカリゴケでランタンを磨き、ピカピカにするのだ。

もしできなければ、私はお前を捕まえて、八つ裂きにしてしまうからね」


次に、背の低い、ふとっちょの悪魔が言いました。

「お前は毎日、私のランタンを磨くのだ。

私のランタンの蝋は、凶暴なタカである、ハチクマの爪でなければ、落とせない。

ハチクマの爪は、高い木の上に作られた巣のなかにある。

お前はハチクマに見つからないよう、毎日、その爪を集めてくるのだ。

ハチクマがお前を見つければ、鋭い嘴と爪で、お前を引き裂いてしまうだろう。

私は毎日ランタンの蝋燭を取り換える。その間、お前はその爪でランタンを磨き、

ピカピカにするのだ。

もしできなければ、私はお前を捕まえて、八つ裂きにしてしまうからね」


最後に、残りの一人の悪魔が言いました。

「私のランタンは不思議な力を持っていて、磨かなくてもススはつかないし、

蝋を落とす必要もない。

ランタンが自然にきれいになるので、お前の力を借りる必要はなく、

私は自分で蝋燭を取りかえるだけでよい。

ただ一つの約束ごとは、どんなことがあっても、お前は私のランタンに近づかないこと。

もしお前が私のランタンに近づいたら、

私はお前を捕まえて、八つ裂きにしてしまうからね」


メアリは恐ろしさでいっぱいで、震えながらうなずきました。


翌日からは、メアリは悪魔のいいつけに従わなければなりませんでした。

「さあ起きろ。ヒキガエルのところへ行くんだ」背の高い悪魔が言いました。

「早くしろ。さっさとハチクマのところへ行け」と背の低い悪魔が言いました。

三人目の悪魔は何も言わないまま、ランタンを持ってどこかへ出かけてしまいました。


メアリは何とかしてヒキガエルとハチクマのところへ行こうと思いました。

でもメアリは声を出すことができないので、場所を聞くことができません。

このままでは、悪魔に八つ裂きにされてしまいます。

メアリが困っていると、すぐ傍で「にゃあ」という声が聞こえました。

それはメアリが腰につけていた、黒い猫のぬいぐるみでした。

メアリは思わず「あっ!」と声を出しそうになりましたが、ぐっと我慢しました。

猫はメアリに話しかけました。

「メアリ、決して声をださないで!

大丈夫。僕が助けてあげるから。

君はただ、僕の言うことを聞いていればいいんだよ」

メアリはうなずきました。

猫が言います。

「約束だよ。君は決して声を出してはいけない。

そしてまた、君は決して僕を身体から離してはいけない。いいね?」

メアリはうなずきました。

「よし。君はまず、ヒキガエルのところへ行くんだ。

三人の悪魔は、毎日、新しい蝋燭を調達しに出かける。

そしていつも最初に帰ってくるのは背の高い悪魔だ。

だからまずは、ヒキガエルのところへ行こう。

ヒキガエルは、東側の沼にいる。君はヒキガエルの傍へ行き、そのしっぽを蛇のように動かすんだ。ヒキガエルは驚いて逃げ出すから、そのすきにヒカリゴケを集めるんだよ」


メアリはさっそく、ヒキガエルのところへ行きました。そうして、言われたとおりにしっぽを動かしてみました。すると、不思議なことに、メアリのしっぽは大きな黒い蛇の姿になってヒキガエルを脅かしました。

ヒキガエルが驚いて岩の下に隠れているすきに、メアリはみごと、ヒカリゴケをとることができました。


小屋に戻ってしばらくすると、猫の言った通り、背の高い悪魔が戻ってきました。

悪魔はランタンから古い蝋燭を取り出すと、新しい蝋燭を取り出し、炎をそちらへ移しはじめました。メアリは悪魔からランタンを渡されました。メアリはヒカリゴケで悪魔のランタンをピカピカにしなければなりません。メアリがヒキガエルのところでとってきたヒカリゴケを使うと、ススはきれいになくなりました。

悪魔はきれいになったランタンを見て満足し、新しい蝋燭を置きました。


メアリがほっとしていると、猫が言いました。

「次は背の低い、ふとっちょの悪魔が帰ってくる。だからハチクマの爪を集めに行こう。

ハチクマの巣は、ここからずっと遠いところにある。崖のてっぺんの木の上だ。

君は今、悪魔から翼をもらっているだろう。その翼で空を飛び、巣に近づくんだ。

巣の中には、ハチクマの爪のかけらが落ちているから、それを拾えばいい。

ただし、そのまま近づけば、君はハチクマに襲われて、殺されてしまうだろう。

だから、巣の下にハチの巣をおいてハチクマをおびき寄せ、巣が留守になったところを狙うんだ。君には魔力が備わっているから、ハチは決して君を襲ってこない。」

メアリが言われた通りにすると、ハチクマの爪を簡単に手に入れることができました。


メアリが小屋に戻ると、すぐに背の高い悪魔が帰ってきました。

背の高い悪魔からランタンを渡され、メアリはハチクマの爪でせっせとランタンの蝋を落としました。蝋はきれいに落ちました。

悪魔は蝋が落ちたランタンを見て、満足し、新しい蝋燭を置きました。


メアリが胸をなでおろしていると、猫が言いました。

「メアリ、あとは最後の悪魔だ。あの悪魔はきっと、機会があるたびに、君に猫のぬいぐるみをはずせと言ってくるだろう。でも、決して離してはいけない。黙って、僕をただ抱きしめているんだよ。」

メアリはうなずきました。


ずいぶんと経ってから、三人目の悪魔が帰ってきました。

三人目の悪魔は、メアリが無事に二人の悪魔の要求をこなしているのを見て、ちっ、と舌打ちしました。

「おまえは、気に食わない娘だ。

それに、お前の持っているそのぬいぐるみも気に入らない。こちらによこせ。」

メアリは黙ったまま、ただひたすら猫のぬいぐるみを抱きしめました。

悪魔はメアリに近づき、恐ろしい顔をしてにらみつけましたが、メアリは猫のぬいぐるみを抱いたまま、決して離しませんでした。

悪魔は憎々しげに舌打ちをし、何もせずにそのまま立ち去りました。

「メアリ、よくやったね」

猫が優しく言ってくれました。メアリは恐怖から解放されて、涙を流しました。

「大丈夫だよメアリ。僕がついている。僕を離さないで」

メアリはうなずきました。



翌日。

三人の悪魔は、昨日と同じように出かけていき、メアリはまたランタンを磨く材料を集めなければなりません。

森のなかで、猫が言いました。

「昨日と同じようにすれば、しばらくはランタンを磨くことができるだろう。

でもそれも、長くは続かない。今日から君は、別の準備をしておくんだ」

猫は、ヒカリゴケを取ったあと、ヒキガエルの落としていった汗を集め、小さな小瓶にいれて持ってくるよう言いました。メアリが言われた通りヒキガエルの汗を集めてくると、猫はそれを沼の傍に埋めるよう言いました。


次に、ハチクマの巣に行きました。猫はハチクマをおびき寄せるためのハチの巣を少しだけ切り取り、壺の中にいれ、地面に埋めるよう言いました。メアリはその通りにしました。


家に帰ると、また猫が言いました。

「君は毎日、何も言わずに、悪魔にこのチーズを出すんだ。

チーズを見た悪魔は、どうしてこんなものを用意したんだ、というだろう。

君は黙って、食器棚を指さすだけでいい。そうして、悪魔がいないときに、

かならず三人目悪魔の椅子をチーズで磨くんだ。いいかい?」

メアリはうなずきました。

しばらくすると、二人の悪魔が帰り、最後に三人目の悪魔が帰ってきました。

メアリがチーズを皿に入れてだすと、悪魔はいぶかしそうにメアリを見ました。

「どうしてこんなものを用意したんだ?」

メアリは猫に言われたとおり、黙って食器棚を指さしました。

そこには魔法のお皿があり、そのお皿は望めばいくらでも欲しいものが出てくるものでした。

背の高い悪魔と背の低い悪魔はチーズに口をつけず、ただ苦笑いするばかりでしたが、三人目の悪魔はにやりと笑い、黙ってチーズを食べました。


メアリが部屋に戻ると、猫が言いました。

「うまくいったね、メアリ。だがメアリ、君はまだやらなければならないことがある。

君は僕そっくりのぬいぐるみを作るんだ。できるだけ僕そっくりに作るんだよ。

悪魔に見られないよう、こっそり作るんだよ。いいかい?」

メアリはうなずきました。

メアリはこの日から、寝る時間を惜しんで猫のぬいぐるみを作りました。

メアリは猫が何をしようとしているのか不思議に思いましたが、猫はただ、毎日くりかえすよう言うだけでした。


そうして、何日か経ちました。


メアリは猫のおかげで、毎日、悪魔の要求をこなすことができました。

でもある日、いつも通りヒキガエルをしっぽで脅かそうとしましたが、ヒキガエルはもう怖がりませんでした。逆に、メアリの姿を探し、メアリを食べようとしました。メアリは慌てて、森の中に逃げ込みました。

その日は、ヒカリゴケをとることができませんでした。


メアリは小屋にもどらず、そのままハチクマのところへ行きました。

ところが、ハチクマの巣にはもう、爪は落ちていなかったのです。

メアリは巣の中をくまなく探したけれど、どうしても見つかりませんでした。


メアリは、この日、ヒカリゴケもハチクマの爪も手に入れられませんでした。

このままだと悪魔に八つ裂きにされてしまいます!


猫が言いました。

「大丈夫だよ、メアリ。今日はいつもと少し違う準備をするんだ。

ええと。君はもう、ぬいぐるみを完成させていたよね。」

メアリがうなずきました。

「分かった。じゃあ、もう大丈夫。

君は小屋の横に生えているコケを取ってくるんだ。それから君はもう一度、ヒキガエルの沼に行って、沼の傍に埋めた小瓶を持ってくるんだ。できるだけ急ぐんだよ。」

メアリは言われた通りにしました。

猫は帰る道すがら、小魚を少しずつ落とすよう言いました。


小屋に帰ると、猫が言いました。

「メアリ。悪魔はきっと、ランタンがきれいにならないといって怒るだろう。

悪魔が怒ったら、君は小屋を飛び出し、全速力で、沼めがけて走るんだ。

悪魔は君を追いかけてくるだろう。そうして、追いつかれそうになるだろう。

そうしたら、この小瓶の液を悪魔にかけるんだ。いいかい?」

メアリはうなずきました。


家に着くと、背の高い悪魔はすでに帰っており、メアリが遅いのを罵倒しました。

「こんなに遅いとはどういうことだ!ちゃんとヒカリゴケは用意できているんだろうな!」

メアリが震えながらうなずくと、悪魔はメアリを罵りながら蝋燭をはずし、ランタンを渡しました。

「早くピカピカに磨くんだ!」メアリはただのコケでランタンを磨きましたが、ランタンは全くきれいになりませんでした。悪魔はそれを見て怒りました。

「なんだこれは!まったくススが取れていないじゃないか!お前、ちゃんとヒカリゴケを使わなかっただろう!」

悪魔はメアリをにらみつけました。

「約束だ。ヒカリゴケで磨けなかったときは、お前は八つ裂きだ!」

悪魔の姿がみるみる変わり、それは大きなムカデの姿になりました。

メアリはびっくりしましたが、猫の言いつけ通り、沼を目指して一目散に駆け出しました。

悪魔が恐ろしい顔をして追いかけてきます。

「そうら、捕まえてやる!」

悪魔の手が伸びた時、メアリは振り向かず、小瓶のふたをあけ、中の液を悪魔にかけました。

「ぎゃあああ!」悪魔がけたたましい悲鳴を上げます。

ヒキガエルの汗は悪魔の皮膚をただれさせ、悪魔の目をやけどさせました。

でも悪魔はまだ追いかけてきます。

ヒキガエルの沼までとても持たない!そう思ったとき、メアリの目の前に巨大な影が現れました。

それは、あの沼のヒキガエルです。

ヒキガエルは猫の落とした小魚を拾い、小屋に向かってきていたのでした。

ヒキガエルは大ムカデを見ると、長い舌を出し、ひと飲みにしようとしました。

大ムカデはそうはさせないと、抵抗します。

猫が言いました。

「メアリ、小瓶に残った液を全部、ランタンの蝋燭にかけるんだ!」

メアリが急いで蝋燭にかけると、大ムカデはのたうち回って悲鳴をあげました。そうしているうちに、ヒキガエルはオオムカデを飲み込んでしまいました。

不思議なことに、悪魔のランタンの火が、急に細くなりました。

「ふーっ!」

猫はランタンの炎に勢いよく息を吹きかけ、完全に消してしまいました。

猫は満足そうに笑いました。「よし、次は背の低い悪魔のほうだ」と言いました。



「次はハチクマの爪だ。小屋の裏にカラスの巣があるから、君はカラスの爪を集めておいで。

それから、集めておいた蜂の巣をもってくるんだ」

猫は帰る道すがら、蜂の巣を少しずつ落としていきました。

家に着くと、猫が言いました。

「背の低い悪魔は、ランタンの蝋が落ちていないと言って怒り出すだろう。

そうしたら、君は黙って逃げるんだ。ハチクマの巣に向かって、全力で走れ!」


しばらくすると、背の低い悪魔が戻ってきました。

背の高い悪魔は、ランタンを見ると、きちんとハチクマの爪で蝋を落としていないと言って怒り出しました。

「この小娘め!きちんとハチクマの爪で磨かなかったな!約束を破ったものは、八つ裂きだ!」

悪魔は姿を変え、それは巨大なスズメバチの姿になりました。

メアリは家を飛び出し、猫に言われた通り、ハチクマの巣めがけて全力で走りました。

だが悪魔はずっと素早くて、あっという間に追いつかれてしまいました。

「お前を毒で殺し、八つ裂きにしてやる!」悪魔が毒針をメアリに刺そうとしたとき、空に巨大な鳥が現れました。

それはあのハチクマです!

ハチクマは、猫の落としたハチの巣に誘われ、家の近くまで飛んできたのでした。

悪魔は悲鳴を上げて逃げようとしたが、ハチクマはスズメバチに襲い掛かり、あっというまに足で握りつぶしてしまいました。

同時に、悪魔のランタンの火が、急に細くなりました。

猫は「よし、うまくいった」と言い、ランタンの火を吹き消してしまいました。


メアリがほっとしていると、猫が言いました。

「メアリ、いままでので分かったとおもうが、ランタンに灯っている炎は、魂の炎なんだ。悪魔は呪われた存在で、炎を消さないように、毎日ランタンの手入れをしなければならないのさ」

メアリは、なるほど、と思った。猫が続けた。

「メアリ、最後の悪魔は一番手ごわいやつだ。

悪魔を倒すには、ランタンの火を消せばいい。だが、あいつは普段からランタンを隠していて、隠し場所がどこだかわからない。そこで、僕は今から、チーズのにおいを頼りにあいつの隠し場所をみつけてこよう。

君はそれまで時間を稼いでくれ。

あの悪魔は、二人の悪魔がいないことで、すぐに君が何かしたと察するだろう。

そして君を殺そうとするはずだ。僕の言うことを、よく聞くんだよ」

メアリは不安げにうなずきました。


「メアリ、君が作った、僕そっくりの猫ぬいぐるみを持って来て」

メアリが猫のぬいぐるみを持ってくると、腰につけていた猫のぬいぐるみが自分からすとんと、地面に降りた。

「驚かなくてもいいよ。僕は実は動けるんだ。君は僕の代わりに、そのぬいぐるみを腰につけておくんだ」

メアリは言われたとおりにしました。

猫が言いました。

「悪魔が帰ってきたら、君は黙ってここに座っているんだ。

悪魔は仲間の悪魔がいなくなっていることに気づいて、すぐに怒りだす。そうして、悪魔は君に、そのぬいぐるみをよこせ、と言ってくるはずだ。

でも、どんなによこせと言われても、君は最初は渡してはいけない。悪魔がどんなに恐ろしい顔をしても、どんなに恐ろしい恰好をしても、決して渡してはいけない。」

メアリは怖くなったが、うなずきました。

「そのうち、悪魔はメアリの魂を取り出し、そのぬいぐるみをよこさなければ、お前の魂を握りつぶしてしまうぞ、脅すだろう。そうしたら、初めて、ぬいぐるみを出すんだ。」

メアリは震えながら、うなずきました。

「よし。僕はちょっと出かけてくるよ。ランタンを見つけなければ」

猫が窓から飛び出そうとするのを見て、メアリは慌てて、猫のぬいぐるみを抱きしめました。

「大丈夫。僕は必ず帰ってくる。そうして、君を助けてあげる。

僕の言ったことを守っているんだよ。そうすれば、君は助かるから。」

猫のぬいぐるみは、そのまま本物の黒猫の姿となり、あっという間に窓から外へ飛び出してしまいました。

メアリは一人、自分で作った猫のぬいぐるみを腰につけ、途方に暮れていたが、まもなくメアリを呼ぶ声がしました。

三人目の悪魔が帰って来たのです。

メアリは真っ青になり、震えながら三人目の悪魔のところへ行きました。

三人目の悪魔は、ひどく不機嫌でした。

「おい。二人の悪魔がいないじゃないか。いったいどうしたんだ!」

メアリは黙って、ただ首を横に振るばかりです。

「どういうことだ!お前!何かしたな?一体、何をした?!」

メアリはやはり、首を横に振りました。

三人目の悪魔が恐ろしい顔をして、メアリに近づきました。

「お前、自分がどういう立場かわかっているのか?

俺がその気になれば、お前なんて、あっという間に八つ裂きにできるんだぞ?」

メアリはそれでも、首を横に振るばかりです。

「いいかげん、しゃべったらどうだ?なぜお前はしゃべらない?

俺は最初からお前が気に食わなかったんだ。いっそのこと、今ここでお前を食ってやろうか…?」

悪魔が口を大きく開けました。口が耳まで裂け、鋭い牙がずらりと並んでいます。

メアリはうずくまり、ぶるぶる震えたが、それでも声をだしませんでした。

悪魔はメアリを頭から飲み込もうとしましたが、急にぴたりと止まりました。

「おおっと。そういえば、お前は私の大嫌いなぬいぐるみを持っていたんだ」

悪魔がじろりと、メアリの腰を見ました。

メアリは腰にさげた、自分で作った猫のぬいぐるみをぎゅっと握りしめました。

「それをよこすんだ!さあ、早く!」

悪魔が恐ろしい顔をして言いました。

メアリはぬいぐるみを放しません。

「おい!早く出せと言っているんだ。さもないと、お前を引き裂いてやる」

悪魔の爪が伸びて、カマのようになりました。

悪魔はその爪を、メアリの首元に突き付けます。

「さあ、早くだすんだ」

メアリは恐怖でいっぱいでしたが、猫の縫いぐるみを握り締めたまま、うずくまっていました。

悪魔は、長い爪で、メアリの束ねた髪の毛を切り落としました。

ばさっ!

メアリの髪の毛が切られ、床にちらばりました。

「さあ、さあ!早く渡さないと、お前の身体もこんなになってしまうよ…!」

メアリは恐ろしくなり、少しだけ悪魔に向けてぬいぐるみを差し出すしぐさをしました。

悪魔はそれを見逃さなかった。

「よし!よし!さあ早く!」

だがメアリは、身体こそ悪魔のほうに向けたものの、ぬいぐるみを握り締めて放しませんでした。

「まったく!なんて強情な娘だ!はやくそれを渡せ!!」

悪魔が巨大なクモの姿に変わりました。

悪魔は長い腕でメアリを捕まえ、指先にある鋭いかぎ爪でメアリの腕をひっかきました。

「どうだ!痛いだろう…?怖いだろう…?

さあ早く!それを渡すんだ!さあ、渡せ!!!」

メアリは泣き出したが、決して声は出さず、ぬいぐるみを放すこともありませんでした。

「くっ…。こいつ。なんて強情なんだ」

悪魔はメアリを離し、クモの姿からふっと元の姿に戻りました。

悪魔はじろりとメアリをにらみつけ、マントの下から一つのランタンを取り出しました。

ランタンには青い光がともっています。

「これはお前の魂だ」

悪魔が言いました。

「この炎を消せば、お前は死ぬ。

言うことを聞かないと、俺がこの炎を吹き消してしまうよ…!」

メアリははっと顔を上げました。

メアリはぶるぶると首を横に振り、腰にさげた猫のぬいぐるみにそっと手をやりました。

悪魔はにやりと笑いました。

「そうだ!それだ!早く!早くそれをはずして、渡すんだ!!!」

メアリは震える手で、ぬいぐるみをはずそうとしましたが、手が震えて、なかなか外せません。

悪魔がぐっと迫ってきます。

「早くしろ!さもないと、お前を殺してしまうよ…!」

悪魔がメアリの魂の入ったランタンをゆらゆらと揺らします。

メアリは焦りました。そしてなんとか、ぬいぐるみをはずすことができました。

黙って、ゆっくりと、悪魔に差し出しました。

悪魔は恐ろしい顔をして、笑いました。

「ふふふふふ!ははははは!

ようやくこいつを手に入れた。なんとも嫌なぬいぐるみだ!

見ろ!こうしてくれる!」

悪魔の爪が見るまにカマになり、猫のぬいぐるみは八つ裂きにされました。

猫のぬいぐるみは粉々になり、中の綿が、無残に散らばります。

「さあてと…次はお前だ。」

悪魔が迫ってきました。

「あのぬいぐるみがあったせいで、俺はお前に近づけなかったのだ。

私は猫が嫌いなのでね…。さあ、もう、怖いものはなくなった。

お前を食ってやろう」

悪魔の姿がみるみる変わってきた。それは黒くて大きく、熊ほどもある巨大なネズミでした。

メアリはなすべき手段もなく、恐ろしさに身を縮めるばかりです。

その時、バン!とドアが開く音がしました!

黒い猫が戻ってきたのです!

猫は口に、青く光る炎の燃えるランタンを咥えていました。

それは、悪魔の魂の入ったランタンです。

「ぐっ…、どうしてそれを…!」

悪魔はいまいましそうに猫をにらみつけました。猫は悪魔の衣服についたチーズのにおいをたどって、ランタンの隠し場所を見つけていたのでした。

黒猫は毛を逆立てて威嚇しながら、メアリのところに来て、ランタンを渡しました。

「悪魔が弱ったら、このランタンの炎を吹き消すんだ」

そうして、黒猫は巨大ネズミを睨みつけました。

「おばあさんの敵め、覚悟しろ!!!」

部屋中にすさまじい悲鳴が響いた。猫がネズミに飛びかかり、ネズミの首に牙を突き立てました。

ネズミは悲鳴をあげてもがいたが、猫はかまわず、バキバキを音を立ててネズミの首の骨をかみ砕きました。

すると、メアリが持っているランタンの炎が、すうっと細くなりました。

猫がメアリに合図しました。

「いまだ!メアリ!」

メアリはすかさずランタンのふたを開け、思い切りふうっ!と息をかけました。

「ぎゃああああ!!!」

絶叫とともに、悪魔のランタンの炎が消えました。

悪魔の姿は黒い霧となり、部屋にただよった後、跡形もなく消えてしまいました。

それと同時に、悪魔に捕らわれていたメアリの魂がランタンから飛び出し、メアリの身体に戻ってきました。

メアリに生えていた翼も、しっぽも、跡形もなく消えてしまいました。


悪魔が消えてしまうと、あたりが急に明るくなってきました。

今まで住んでいた小屋も消えてしまいました。メアリはただ、巨大な木の根元に立っているのでした。

「メアリ、もうしゃべっても大丈夫。君は家に帰れるよ」

黒い猫が言いました。

「よく頑張ったね、メアリ。おかげでおばあさんの敵を討つことができた。

さあ、もう大丈夫。気を付けてお帰り。ぼくは元のぬいぐるみに戻るよ。じゃあね」

メアリはぬいぐるみを抱きしめ、ついに言葉を発しました。「ありがとう!」

メアリが声を出したその瞬間。

森に、まぶしい太陽の光が差し込んできました!

木々の間には、一本の小道が続いています。あの道を行けば、家に帰れるのです!

メアリは猫のぬいぐるみを腰にさげ、家へむかって歩き出しました。






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