やけくそやけ食いどうでもごはん

cagm

マックと吸い物

 お腹すいた。


 ずっとさっきからそればっかり考えている。

 じゃあ何か食べればいいじゃん。

 そう言われるかもしれないけど、でもここは我慢。我慢なのだ。


 今日はどうでもご飯の日だ。

 カロリー盛り盛りで身体に悪いものを食べて食べて、食べまくる日なのだ。

 この後、なんのためらいも無く身体をいじめる為に、飢えを我慢していると言っても過言ではない。


 考えに気が取られて、ついつい足を動かすのが早くなってしまったので、ゆっくり深呼吸をしてペースを戻す。

 身体をいじめるなどと言っておきながら、暴食の前にこうやって運動をしてしまうところが、わたしの小心なところだ。

 でも、自分を慰める為に食べるんだから、食べることの罪悪感を少しでも軽くして、自分に赦されてから食べたいというのが人の心ってもんだ。




 ああ、今日は何食べよっかな。




 普段は健康で文化的な最低限度の生活を送っているわたしだが、時々急に健康も文化もへったくれもあったもんかという気分になる時がある。

 それは健康や文化に対する反抗なのかもしれないし、ただ単に気分が落ち込んでいるだけなのかもしれない。人によっては女性特有のホルモンバランスの乱れとか言うだろう。でも、決まった周期がある訳でも無し。

 まあ要するにわたしにも分からないのだ。

 何でこんな風になってしまうのかは分からないけれど、とにかく、定期的にわたしはどうしようもなくなってしまうのだ。

 人は少なからず、どうしようもなくなってしまう時があると思う。

 そして、その解消法を、それぞれ少なからず見つけていると思う。

 お酒を飲んだり、SNSに書き散らしたり、やたら友人と連絡をとってみたり、歌ってみたり、寝てみたり。


 その中で、わたしが救いを見出したのは食べる事だった。


 どうでもいい、安くてカロリーが高くて身体に悪くて、まともな人がこのメニューを見たら眉を潜めるそういうものを思いっきり食べることだった。


 走りながらふと目を上げると、田舎の街並みに生える毒々しい黄色の「M」が未確認飛行物体のように浮かんでいる。

 なんてすさまじい吸引力を持っているんだこのロゴは。どこにあっても目に飛び込んでくるカラー。特にジャンクなものが食べたい時ならなおさらだ。

 UFOにキャトル・ミューティレーションされるがごとく、わたしの足はふらふらとマクドナルドの方へ向かっていった。




 マックに入ったときに何をするか。

 わたしはまずクーポンを見る。

 高校時代から染みついてしまった癖で、アプリのクーポンを探す。実際クーポンは便利なのだ。何を食べたいのか自分ではっきりしていない時など、クーポンの中からこれならいいんじゃないかなというものを選べばいいだけなのだから。

 さて、今日のクーポンは。運のいいことに、わたしの好きなバーガーベスト3にランクインしている。てりやきマックバーガーがあるしこれにしよう。まあ正直てりやきマックバーガーは大抵クーポンに入っているから、大抵これを食べるのだが。

 バーガーは単品だったので、同じくクーポンでLサイズのポテトと、ナゲットとドリンクのセット。結構な量が買えてお安く済む。クーポン様様だね。

 すべて持ち帰りにして自宅へと帰る。家族連れでにぎわう中、一人でがつがつこれだけの量を食べつくす程、わたしはメンタルが強くない。




 さて、ご飯の前に、もう一品作ろう。

 何か汁物が欲しい、汁物が。

 冷蔵庫には卵があるし、かきたまのお吸い物でもいいけど、ネギがない。不覚。

 薬味のないかきたま汁なんて。未練たっぷりに野菜室をかき回していると、コロンと出てきたのが、いつか買った茗荷。上出来だ。

 すぐさまお湯を沸かし、中にめんつゆを適度に入れる。かきたまは卵1個で3杯以上作るのがベストだと思う。一人で食べるには少々多いが、まあ夕飯とかにでも回せばいいでしょう。少し醤油も入れてしょっぱめにしたところに刻んだ茗荷をぶち込んで、ぐつぐつなったら弱火にして溶き卵を入れる。

 ぶわあああと卵が上下に暴れるのをゆっくりとかき回して火を止める。

 これで良し。


 あとは食べるだけだ。若干マックが冷めてしまったがそれも良し。

 とりあえずしなっとなったポテトにかじりつく。うん。マックの味だ。いつ食べても変わらない、安心する味だ。すぐさまてりやきバーガーもほおばる。べたっとするくらいのテリヤキソースとマヨネーズソース。薄い豚肉のパティ。ちょっと温とまったレタスがずるっとはみ出てくる。安定の味その2。ただ、てりやきバーガーはおいしいのだけれども、何かもう一味欲しいといつも思ってしまう。

 そうだ。冷蔵庫の卵入れの横。ここにわたしは納豆についてる辛子を貯めている。基本使わないんだよね辛子って。玉ねぎ納豆にする時くらいか。さあ。使い道のない君たちを、使い倒してやろうじゃないか。

 3袋たっぷりパティとバンズの間にかけて、いただきます。

 おいしい。

 過剰な辛味がジャンクさを一層際立てている。口の中がジャンクになったところで、吸い物を一口。ああ、ほっとする。でもジャンキーではない。じゃあ、とりあえず七味でもいれるか。うん。これならちょっと刺激的になって合うかも。


 さて、忘れてた訳じゃないよ。マスタードソースをたっぷりつけて、ナゲットを一口。あー、なんか甘くてすっぱくてよく分からん味だー。でも好きだー。ポテトもつけて食べる。当然のごとく合う。というか、折角ポテトのL買ったんだから、色んなソース試しても良くないか?

 というわけで、王道のケチャップと粒マスタード、マヨネーズにオーロラソース。そして辛子と同じく余らせがちな、スーパーで餃子を買うとついてくる餃子のタレ。一本一本試すようにつけつつ食べる。

 まあケチャップとかマヨネーズは間違いはないよね。問題は、餃子のタレだ。おいしいかおいしくないかと言われればおいしいよ。餃子のタレは。でもタレの味にすべて消されている。ポテトの良さが。でも止まらない。餃子に比べてタレを吸い込む量が多すぎるから、刺激的なすっぱさが口内を駆け巡る。ラー油もかなりダイレクトに来る。でも、餃子のタレは好きだから、合えてたっぷり染み込ませて台無しにして食べる。Lサイズもあるんだから、ポテトの良さを台無しにする贅沢くらいしてもいいだろう。あぁ、ラー油がピリッと来てたまらない。そうだ。吸い物にラー油も入れてみよう。おいしい方がいいから、ぜいたくに食べるラー油をぶっこみ。なんかここまで来たならやっちゃえと、てりやきバーガーにもマヨネーズを増量して、それらを一気に食べる。

 ああおいしい。ああしあわせ。

 すごくカロリーの高くて、おかしな組み合わせのものを、誰に文句も言われず食べている。




 吸い物の底に残ったラー油の具を一気に掻き込み、少々むせつつも、満足感に浸る。

 ああ、しあわせだった。

 また明日からがんばろう。

 結末をとっくに知っている、刑事ドラマの再放送をだらだらと見つつ、パンパンの胃袋に更に紅茶を流し込む。

 これがわたしにとってのしあわせだ。

 でも人様には見せられないしあわせだ。


「今度は何食べよっかな」


 わたしと同じく紅茶を飲んでいる刑事に向かって呟く。

 そういえば彼は行きつけの小料理屋があったな。そこでご飯を食べることが、彼にとってはけ口なのだろう。ご飯を食べるところは同じでも、一人ではなく、誰かがいる空間をはけ口にする。彼はきっとさみしいんじゃないだろうか。じゃあ、わたしはさみしくないのか?いや、そんなことはない。でも、今はとてつもなくしあわせだ。何も余計なことは考えず、惰性のままに、このしあわせを享受しよう。

 わたしのしあわせな休日は、そうやってしあわせなままに終わっていくのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やけくそやけ食いどうでもごはん cagm @cagm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ