フロントライン町田

黒周ダイスケ

フロントライン町田

 ベッドタウン町田。


 JR町田駅の前に“光の舞”というオブジェがある。大抵の人間には“あのウネウネ”と言えば通じる。どうにも形容しがたい形状でグルグルと回っているそれは、デパートの並ぶビル街から差し込む光、あるいは夜のネオンを反射し、複雑な表情を見せる。

 あれが何のためにあるのか。どうしてJR町田駅という位置にあるのか、考えた者はいるだろうか。

 ――あれは、遥か未来からもたらされた、ある目的のために設置された機械である。


 2016年。2020年。もっと、それより遥か未来から、あのウネウネは来た。そしてその根元には、実は現代の我々が知らぬ未知の言語が刻まれている。


 近年、その一部が翻訳された。そこにはまるで祈りの文字のように、こう書かれていた。


『町田は東京』


 ―――


 言うまでもなく、現在、町田は東京に属する市である。だが実際のところは「天気予報は神奈川を見たほうが正確」「市外局番の一部は神奈川と共通」「一歩足を踏み外せば神奈川」などと囁かれる始末。加えて隣市の相模原市は、これまで数多の市町村を取り込んでいるモンスターだ。このままではいずれ、町田は相模原へと吸収され、それを契機に西東京は神奈川へと侵食されるだろう。それを水際で防ぐのが、町田という土地の、真の役目なのだ。


 数十年前、丸井デパートの上空から開いたゲートから、あのウネウネ……“光の舞”がもたらされた。そして人々は遥か未来で何が起きたかを悟った。滅亡した未来の町田から一筋の希望をつなぐべく、時空を超えてきたのが“光の舞”だ。

 それだけではない。町田市を隅々まで歩けば、ウネウネだけではなく、至る所に設置された一種の“防衛機構”ともいうべきオブジェやロケーションがそこかしこに存在しているのがわかるだろう。芹ケ谷公園にある迎撃機構を備えたメカニカルシシオドシ。リサイクル文化センターにそびえたつ宇宙電波送受信装置兼煙突。水に含まれた成分で瘴気を跳ね返す境川。リス園でどんぐりを喰らいながら着々と戦いの日を待つバイオリスソルジャー。咲き誇るサイバーダリア。


 すべてに、意味がある。


 ―――


 かつて、歴史が変わる前の未来を“視た”者がいた。


 遥か未来。“国境戦争”末期の事。


 フロントライン町田。

 町田に張り廻られたインフラはかつての平和利用を捨て、軍事目的として使用された。横浜線からはベヒモスの如き要塞列車(艦載砲を搭載した化け物である)が町田へと侵攻を開始。対抗手段として建造された武装ロマンスカーが新宿から到着して奮闘するも数日であえなく轟沈。後方拠点である多摩センター“ピューロランド要塞”からの援軍を運ぶためのモノレールの建設が急がれるも、ついに完成はしなかった。


 境川は血に染まった。東京と神奈川のお互いが武力を投入、その間を武器商人『Y・C』が暗躍し、戦いはいつ終わるとも知れないほどに泥沼化していた。東京政府軍の防衛兵士達はそんな地獄のような状況で、しかし一歩も引かず果敢に戦い続けたという。絶望的な戦力差の中でも、撤退命令を下す者はいなかった。誰もが仲間の屍を踏み、その場に留まり続けた。町田は東京。それを合言葉に。


 その地獄を終わらせようとする者……いや、物があった。


 数ある防衛機構の統制装置として戦争初期に作られた“光の舞”は高度なAIを搭載していた。“彼女”はある日、自律的に一つの決断を下し、自らのコアをオーバードライブさせはじめた。何の命令もなしに、である。

 突如として高速回転し、テスラコイルじみて電光を放ちはじめる“光の舞”。それが何を意味するのか、東京政府軍の科学者達は一瞬で理解した。臨界点を迎えた装置はパルスと共に巨大な電磁フィールドを形成するだろう。そして一つの犠牲と共に、東京神奈川両方の人々を飲み込み、町田を人の住めない土地へと変える。考え得る限り最悪の“戦争終結手段”。それをするしかないと、彼女は判断したのだ。


 異変を聞いた科学者達は、命を顧みずに戦場へと赴いた。銃弾が飛び交う町田駅のコンコースを抜け、いくらかの犠牲を出しながら、彼らは走った。やがて“光の舞”の袂に辿り着いた一人は硝煙に煙る空を仰ぎ見、そして祈りの言葉と共に装置下部にあった赤いレバーを引いた。


 その瞬間、あたりに光が満ちた。こうなってしまった歴史を書き換えるべく、“光の舞”は彼らの祈りを抱いて過去へと跳躍したのだ。時を同じくして、その他の防衛機構もまた次元の彼方へと散り散りに消えた。


 ―――


 今、町田は多くの家やそこに住む幸せな家族をゆりかごのように包み込み、静かに佇んでいる。ベッドタウンの一つとして、戦いとは無縁の平和な日々が続いている。

“光の舞”もまた、穏やかに回転しながら通勤ラッシュで足早に歩くサラリーマンや学校帰りの高校生達を優しく見守っている。未来から託された使命を果たしながら、そして、二度と同じ未来を繰り返すことのないように。


 どうか『神奈川県町田市』などと言わないでほしい。

 それらが生む噂、概念は、いずれ未来に繋がり、町田を窮地に陥らせてしまうからだ。


 ――町田は、東京。

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