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バイトの開始時間まで残り五分。
コンビニの裏口から中へと、野球選手ばりのギリギリスライディングのように駆け込む私。
「あれ? 新島さん珍しく遅くきたんだね、お疲れさん」
「はぁ…はぁ…昨日休んですみませんでした」
「いいよいいよ。てか、大丈夫?」
激しく息切れを起こす私を心配げに見つめる蒲生さん。
やめて、今まともに返事返せないから!
「とりあえず、着替えますね…」
「あ、うん。あと新人さん来てるから、よろしく頼むね」
「あ…はい」
5分足らずの道を全力疾走してきた私にはまともに思考する余裕もなかった。
てかガチで忘れてた…めんどくせぇ。
溜息を吐きながら控室にさっと入る。
そこには姿見で自分の恰好を整えている若めの女の子がいた。
控えめの茶髪にゆるふわのショートボブ。
顔は若干幼げに見えるが、かなり整っている。
待て待て、どうみてもコンビニ店員のスペックではないだろう。
恰好が整ったのか、「よし」と小さな声で呟いた彼女。
ようやく私に気づいたのか、朗らかな笑みを浮かべながら一礼をする。
「あ、どうも! 昨日から配属になりました、
「あ、こちらこそ。新島早苗です、よろしく」
何この子!眩しすぎるんですけど!
挨拶もそこそこに、私は急いで着替えてバイトの時間にギリギリ間に合うのであった。
◇◇◇◇
「新島さんておいくつなんですか?」
どうやら彼女もイマドキ系の人種だったらしく、客の少ない空き時間を見つけてはぐいぐいと質問を投げかけてくる。
コミュ障である私はぐいぐい来られるのが苦手なのだが、何故か彼女とは問題なく喋れるのだ。
まともに言葉のキャッチボールを交わせるのは彼女が2人目。一人目は蒲生さんだ。
あれ?実はコミュ障じゃない疑惑キタコレ?
「29歳だよ」
「あーやっぱり年上なんですね。どうりで大人びていると思ってました!」
「そんなことないよ。高木さんっていくつなの?」
「私24なんですよぉ。早く大人になりたいお年頃なんです」
髪の毛を指先でくるりといじりながら高木さんは答えた。
この都内でカフェ店員でもしてそうな彼女は何故わざわざコンビニの正社員になったのであろうか。
満を持して私は聞いてみる事にした。
「高木さんてなんでコンビニ受けたの?」
「え? どうしてです?」
「いやあ、私と違ってすごい可愛いじゃん? わざわざコンビニの店員にならなくてもよかったんじゃ…」
私の質問にきょとんとした顔を浮かべる高木さん。
彼女のスペック的にはコンビニの店員って立場はすごい勿体無い気がする。
アイドルとか、芸能人とかにでもなれるんじゃないかっていうぐらいのレベルなのだ。
「あははは!」
唐突に笑いだす彼女に私は唖然。
どうしたこの子。怖いんだけど。
あ、でも笑い顔も可愛いなちくしょう。
「自分の事卑下しすぎですよぉ。新島さんも綺麗だと思いますよ? お化粧なしでそれでしたらお化粧されたら格段です」
「なっ…!」
やっべえ!化粧してないの忘れてた!
といっても私はいつもそこまで化粧には手をかけない。
ほんとに整える程度なので、ぶっちゃけすっぴんに近い。
うわぁ、だらしない人とか思われたらどうしよう。
先輩としての威厳が…でもアルバイトだしなぁ。
高木さんは周囲をきょろきょろと見渡し、人がいない事を確認する。
それから自分のポケットをまさぐったあと、携帯の画面を私へと見せた。
「―――この子は?」
「これ、高校の時の私です」
「ええっ!?」
写真に写った人物はクラスに一人はいるであろう三つ編みの地味目の女の子。
完全に文学少女、もしくは便所で一人飯を食らう程度の人物ではなかろうか。
何があったんだこの子。ビフォーアフターすぎるだろ!
「地味な自分を変えたくて、メイクの専門学校に進んだんです。ある程度化粧もできるようになって周りの目もどんどん変わりました」
「いや、ある程度っていうレベルじゃないんだけど…」
「うーん。まぁそこは元々光るものがあったんですかね?」
「さりげなく自分の可愛さを否定しないところが凄いな!?」
「自分に自信が付けばその分綺麗になれます。…まぁとある事情でメイク学科もやめちゃったんですけどね」
「―――」
そう呟く彼女は少し寂しそうで。
人には知られたくない事情というのが大体ひとつはある。
彼女が学校をやめてしまった理由というのもその一つではなかろうか。
どちらにしろ、私は深く追求するのをやめた。
「就職活動があまりうまくいかなくて、偶然このコンビニの正社員に採用されたって事ですよ」
「ああ、なるほどね」
話題を変えるように人差し指を上へと向け、高木さんは話を振る。
曖昧に頷いた私のなんともいえない感情に気づいたのか、高木さんは少し罰の悪い顔をする。
「てか、もしよければ苗字で呼び合うのやめませんか? 沙也加って呼んでもらえたらうれしいです」
「うぇ!? …沙也加?」
「はい! 私は早苗さんって呼ばせていただきますね。少ない同僚になるので、これからよろしくお願いします!」
「あ…うん。よろしく」
眩しい笑顔に私はなぜか気が恥ずかしくなって顔を背けながら呟く。
なんだろう。すっげーいい子だ。
ゲームとかやるのかな…趣味が合ったら遊んだりもしてみたいな。
あれ?私リア充まっしぐら?まじか!脱コミュ障か!
ちなみにそんな二人の会話の聞きながら蒲生さんが温かい目でこっちを見ていたのでチョップしておきました。
◇◇◇◇
「お疲れ様でした早苗さん」
「あ、お疲れー」
いつものようにバイトが終わり、控室のテーブルに突っ伏しているところへ沙也加から声をかけられる。
彼女は控室に戻ってくるなり、着替えもせずノートに何かを書き始める。
「あれ? 帰らないの?」
「はい。私は少し仕事が残っていますので、終わったら帰ります」
ああ。そういえばこの子正社員だったな。
仕事時間が終わってからすぐ帰る私と違って、内側業務も何点かあるはずだ。
「いやあ、高木さんが入ってくれてすごく助かってるよ」
「やっぱり蒲生さんの仕事が減るって事ですかね」
「この時間帯のシフトの正社員は僕しかいなかったからね。アルバイトの新島さんには任せられない大事な業務とかもあったんだけど、高木さんなら安心して任せられるよ」
「なるほどねぇ、正社員だけしかできない仕事かぁ」
アルバイトという存在よりも役立つ正社員の存在に、私は少し疎外感を食らいながらも呟く。
まぁ私はフリーターなのでしょうがないし、かといって正社員でバリバリ働くのなんてまっぴらごめんだ。
そう考えると今の仕事バランスがちょうどいい塩梅なのだ。
「正直店長一人でやるには厳しすぎる膨大な量の仕事だと思うんですが…」
「沙也加だめだよ。店長は普通の人間じゃないから。不眠不休で働く事ができるアンドロイドなんだよ」
「まじですか! 駄目ですよ店長! 人間やめちゃったら!」
「女の子二人を雇ったら僕が酷い扱いを受けている件について」
そんなこんなで今日も仕事が終わった。
ちなみに前回の不審者情報もあるので、念のために沙也加と一緒に帰った。
沙也加の家は私の家の先らしいので、私の家の前も通り道になっていた。
二人で談笑しながら帰宅。
別れを告げた私はそのままシャワーを浴び、疲れ切ったのかそのまま寝てしまった。
まぁ明日は休みだし、早めに寝るのもたまにはいいかな。
正直期待していなかった新人とも早速仲良くなれたし。
今後は少しばかり楽しく仕事ができるかなぁ。
淡い期待を抱きながら眠りへと落ちる私。
だが、私はまだ知らなかった。
この高木沙也加という存在が。
ただの可愛めの若い女の子が。
今後の事件に深く関わってくる事を、今の私には知る由もなかった。
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