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目が醒めた私は目を瞬かせる。
最初は二度寝に成功したのだと思った。
何故なら全く知らない部屋にいたし、自分の手とは思えないゴツゴツとした荒っぽい手だからだ。
しかし、頬を抓っても痛みはあるし、何より意識がはっきりしている。
私以上にずさんな部屋。
足の踏み場がないくらいに着替えなどは散らかっている。
うわぁ、カップ麺の空多すぎ…虫かなんか湧きそう。
って、そんな状況じゃないって!
ここどこ!?
まさか監禁されたの!?
一瞬不審者の3文字が頭をよぎり、より一層不安な気持ちになる。
いや、まさかまさか。
だって私、さすがに家の鍵は閉めたし、あれから一歩も外に出てないはずだし…
「ん」
ん?えらく声が男っぽい声になってるな。
風邪ひいてたし、喉でも枯れたんかなぁ…
とりあえずその場から起き上がり、部屋を探索する事にした。
奥のほうに姿見を発見したので、立ち寄ってみる。
「―――――」
誰だこいつ。
いつもの私のプリティなお顔はどこにいったのかしら?
鏡に映っているそれなりに若い男性に私は疑問を浮かべる。
顔は中々にイケメンっぽいが、なんでわたしの姿が映っていないのだろうか。
おもむろに自分の手を動かしてみる。
イケメンの手が動く。
首を傾げてみる。
イケメンも傾げる。
重大な事実に気づいた私は背中から一気に汗が止まらなくなったことに気づく。
「えええええええええっ!?」
私、イケメンに転生した。
完。
なわけないでしょ!!
「うるっさいわよぉ佐伯さぁああん!! 今何時だと思ってんの!!」
「ひゃっ!? す、すみません!!」
唐突に部屋の扉を叩かれ、中年おばはんの怒鳴り声が聞こえる。
いや、どっちかっていうとおばはんのが近所迷惑ですわ。
ふと時計を見てみると時刻はまだ夜中の二時。
「夜中の…二時?」
…まてまて。
私が起きたのは朝の10時じゃなかったか!?
なんでこんなに時が過ぎてんのよ。
てか、ここどこ。私は誰。
ってかそんなテンプレいらんから!!
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とりあえず状況を整理しよう。
ぐるぐると思考を悩ませて早一時間。
時刻は夜中の3時。
「私は一体何をしてるのでしょーか」
野太い声で呟きながら布団へと倒れ込む。
中々に柔らかい布団で、そのまま寝入ってしまいそうだ。
夢オチなんてことだったらどんだけ嬉しい事か。
「はぁ…」
落ち込み気味にため息を吐く中、布団の隅でガサガサと何が動いた気がした。
ん?
ふと起き上がって蠢く物体の先を見てみる。
黒い生命体。
それは女子にとっては最大の天敵となるわけで、出会った瞬間には。
「ぎゃあああああああ!!!!」
「佐伯さああああん!!」
こうなるわけだ。
ついでに大家らしきおばはんから叱責を食らい、しゅんとなる私。
ちなみにGは窓からなんとか逃がしました。
どうやら彼の名は佐伯というらしく、年は私より少し下の様子だ。
中々にイケメンなのだが、なんというか、部屋がすっげぇ残念。
駄女子である私より散らかっているこの有様。
とりあえず情報収集が先なので、外に出かける事にした。
しかし彼の姿は現在完全に寝巻姿なわけで、しょうがなくクローゼットを整理。
男物の服なんてコスプレの男装とかしかしたことないしなぁ。
ガチャリと部屋の隅にあったクローゼットを開けてみる。
「…これはまた」
えらく黒っぽい服が多いな。
なんなの?中二病的設定なの?腕に何か飼ってるの?
ズボンから上着から、全体的に黒ずくめの恰好ばかりだ。
しょうがないから適当に見繕う。
黒いズボンに黒のTシャツ。
寒さに耐える為の黒のジャケットを羽織る。
「――――っ!?」
重大な事実に気づいた。
こいつ…まさか。
喉がカラカラに乾き、少しばかり嗚咽が漏れる。
こいつ…私が出くわした奴と恰好が一緒だ。
間違いない。
顔は全く見えなかったが、見た目が同じ。
「…まじか」
てか、不審者じゃなかったんじゃないの?
ただ単に黒っぽい服が好きな人なのかもしれない。
…まぁとりあえず出かけるか。
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外は夜中ということもあり、冷たい風が体に当たる。
見た目は怪しいが、ジャケットがかなり優秀でそれなりに温かった。
しかし、それでも寒い事には変わりはないようで、身震いしながら少しずつ錆びれた階段を下りる。
おー。内装も汚いと思っていたけど、外観もぼろっちいアパートだなぁ。
自宅らしきアパートから抜け出し、全体を見渡す。
なんかどちらかというと幽霊とか出そうなタイプ。
まぁ信じないけど。
とりあえずアパートの場所を記憶に残しつつ、道路へと歩みだす。
なんか見覚えのある風景な気がする。
この人物がほんとにあの不審者だとしたら、私の家から近いのかもしれない。
それでもいきなり知らない場所に飛ばされたら道なんてわかるわけないんだけどね。
「あれ?」
丁度道路の曲がり角を曲がったところで立ち止まる。
『立川精肉店』
ここ…やっぱり私の住んでる町だ。
立川精肉店。子供の頃はお母さんとよく一緒に買いにきたっけ。
今となっては場所もうろ覚えだけど、なんとなくわかる。
と、なると…バイト先のコンビニはこっちかな?
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20分ほど歩き続けると、先ほどまでいた気がするコンビニが目に着いた。
間違いようがなく、私の今の勤務先である。
ていっても夜中のシフトなんて誰が入ってるか知らないし、知り合いなんていないだろうしなぁ。
「いらっしゃいませー」
間の抜けた声に思わずずっこけそうになるが、必死に隠し通した。
蒲生さん…何やってんすか!
相も変わらずニコニコした笑顔で対応している店長に私はどっと疲れが出る。
姿が違うからばれようがないのだが、そそくさと立ち読みコーナーへと逃げた。
てか、蒲生さんほんといつ寝てんのよ。
まさか24時間勤務とかじゃないよね。
「
「あ、はーい」
可愛らしい女子の声が聞こえて私は思わず振り向く。
棚出しをしていた店員が蒲生さんの声を聞いてその場から立ち上がり、箱を片付け始める。
あ、目があった。
「……あの。何か?」
「いぇ!? あ、なんでもないです」
思わず噛んでしまった。
なんていうか、すっごい美形の女の子だ。
黒髪のポニーテールがよく似合ってる。
胸が大きくて、制服がピッチピチや!
…いかんいかん、今の恰好でこんなこと考えてたらただの変態だ。
夜中のシフトにこんなに可愛い子がいていいんだろうか?
私の知らないところでもこんな人がいたりするんだなぁ。
結局財布を持ってない事に気づいた私は、何も買わずに立ち読みのふりをしてその場から去る。
結局何をしに来たかって?
暇だから。
ていうか情報収集しようにもどうしろっていうのよ。
財布の場所は正直わかったけどお金はいってなかったし!
カードから降ろそうにも暗証番号わかんないし、一歩間違えたら犯罪だし!
しかも免許証もってないから誰だかよくわからないし!
…はぁ。
だめだ、より一層意味がわからん。
なんで私はこんなところでこんな人物になってるのだろうか。
…ん?そうなると本当の私はどうなってるんだ?
そこに重要な鍵がある気がする事に気づいた私は足を早めた。
行先はもちろん本当の自宅である。
もうすぐ着くだろうというところでポケットから激しい振動音を感じた。
なんだろ?スマホとか持ってなかったはずだよね?
ポケットにいつのまにか感じていた感触を取り出す。
「…はぁ!?」
私の携帯だ。
今の姿になる前の…ダメ女子の私の携帯であることに一寸の狂いもない。
なんで?今の私は黒い恰好が大好きな中二病的イケメンでしょ?
Why?訳がわからないよ。
混乱しながらも取り出したスマホのロックを解除してみる。
あ、やっぱり私のだわ。暗証番号も同じだし、壁紙も変わりない。
ぴこんとメッセージの着信音のようなものが聞こえる。
SNSの通知か何かだと思っていたが予想は外れた。
勝手にウインドウが立ち上がり、文字を起こす。
『今、幸せですか?』
…はぁ?イミフ。
てかなにこれ、消せないんだけど。
何?答えろって事?
質問を重ねても画面に映る文字は変化を起こしてはくれなかった。
観念したように私はため息をつき、幸せの定義について考えを張り巡らすことにした。
幸せ…か。
「…幸せなわけないだろ」
当たり前だ。
好きでコンビニのバイトなんてやってるわけないだろう。
私なりに努力した結果がこれなんだ。
人一倍努力したって全部空回り。
仕事だって一生懸命に打ち込んできたはずなのに…。
なんですべてにおいて持っていかれるのか。
好きな人がいなかったわけじゃない。
信頼してた親友だっていた。
その親友から裏切られる気持ちは誰にもわからないはずだ。
「くっふ…ふざけんなよ」
今まで発したことのない汚い言葉が漏れる。
ずっと我慢してた感情が爆発した。
気が付けば涙が溢れていた。
必死に止めようとするが、無情にも地面に落ち、小さい水たまりを作る。
水たまりは少しの間で、気が付けば蒸発している。
そんな私を捕まえて幸せ?
ふざけんな。
幸せなわけないだろうが。
できることなら。
―――人生をやり直したい。
ピコンとまた音がなってスマホの画面が切り替わる。
涙をなんとか止め、私は再度画面に視線を移す。
「――――」
そこにはよりいっそう意味がわからない文章と、何やら見覚えのある写真が貼り付けてあった。
『幸せになりたければ、この人の人生を台無しにしてください』|
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