SCENE9
とにかく先に進むしかない。二人のA子、そして生きているB子、どちらも行方不明である以上、周辺から攻めていくしかない。私は彼女たちの共通の知り合いを探し出し、話を聞いてみることにした。成績の悪い探偵といえど、その程度のことは通常業務の範囲内だ。
コンタクトが取れたのはA子のアルバイト先の同い年の女で、A子を通じてB子とも親しかったという。私は彼女とQカフェで会うことになった。
「探偵さんには、とっても興味があるな」
今や常連となってしまった感のあるQカフェのテラスで、彼女はカールした長めの髪に指を入れてぐるぐる回しながら言った。ファッション系のモデルを思わせるA子たちとは違う地味なタイプだったが、どちらかと問われれば美人だった。このところ私は美人に縁がある。ロマンティックな秋。C警視からのプレッシャーの反動からか、そんなくだらない考えが頭に浮かんだ。
私のいくつかの質問に答えた後、彼女はホットのカフェオレを飲みながら、「今 思い出したんだけど、B子、前にストーカーっぽくされたことがあるって言ってた」
「それって元クラスメイトとかじゃないかな」私はとっさに、現場を目撃した例の青年のことを連想した。C警視が示唆したように、やはり彼をもう少し調べる必要があるのか。
「うん、知ってる子だったみたい。でももう終わった話だって」
確かに彼は好きだった、と過去形を使っていた。そうであれば今回の事件との関係は薄いということになる。
「ところで探偵さん、ラプラスの悪魔って知ってる?」彼女は私の方にぐっと身を乗り出して、唐突に言った。
「もちろん知っている」と私は答えた。このところ私は連日、高度な物理学と格闘していたのだから。「ニュートン力学では、例えばボールを投げる位置と角度、強さが正確にわかれば、その落下地点も正確に計算できる。同様に世界に存在するすべての原子の位置と運動量がわかれば、我々の未来を正確に予測できる。そんな途方もない計算ができるのが、全知全能のラプラスの悪魔だ」
「正解。つまり、今私たちを構成している原子の状態をすべて把握している悪魔がいれば、その悪魔は私たち二人が今夜何をするのか、すでにわかってる。ねえ探偵さん、今夜私を調査してみない?」
そう言って深く吸い込まれるような瞳で下から私を見上げた。
彼女が本気で言っているのか判断がつかないまま、私は彼女の身体から得られるだろう快楽を無意識のうちに測ろうとしていた。そう、例えば後戻りできない何かを刻印する快楽を。
「フフ、冗談よ」彼女は悪戯っぽく笑うと、さっと立ち上がり、「ごちそうさま、バイバイ」唖然としている私を残して、止める間もなく通りの方へと歩き出す。
数メートル歩いたあたりで不意に振り返り、「B子はもう死んでる。神はサイコロを振ったりしない」と言った。
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