SCENE10

 秋は一段と深まり、その週末、私は自分のマンションの部屋から一歩も出ずに過ごした。何をすべきなのかはわかっていたが、どのようにすればいいのかは、まるでわからなかった。3階の窓のちょうど同じ高さにある街路樹はほとんど葉を落とし、年老いた雄鹿の寂しげな角のように鋭角の先端を天空へと延ばしていた。

 別れた枝の中ほどに、名も知らぬ鳥が一羽止まっていた。この辺りに棲んでいる鳥の名前を、私は一体いくつ知っているだろう。カラス、スズメ、ハト。それだけ、まさか。そうだ、ウグイス。しかし、鳥の姿形を見てそれがウグイスだと言い当てる自信はまるでなかった。鳥はそんな私に気を止めるはずもなく、静かに飛び去った。

 空はどんよりと曇り、灰色のビル街のくすんだ壁が陰鬱な気持ちをより暗いものにさせた。ビルの重なりの間から、さらに遠くのビル群が薄く霞んでいて、この都市のとりとめのない広がりをイメージさせた。

 キッチンへ行き、ティーポットにダージリンをいれた。美味しい紅茶のいれ方というのがあったと思うが、私には分からなかった。いつだってティーバッグにただ熱いお湯を注ぎ込むだけだ。

 鳥の名前も知らず、紅茶のいれ方も分からない。いったい今まで何をやって生きてきたのだろうと思う。多くの人々が歩むであろう規定のフォーマットから外れた私の人生。それは本当に私が選んだものだっただろうか。今こうして紅茶を飲んでいる自分の重ね合わせとして別の自分が存在するなら、その自分は今何をしているのだろうか。

 そんなことに想いを巡らせているうちに、私はふとあることに気づいた。この事件について、私は重大な何かを見落としている。

 その時、玄関のチャイムが鳴って、モニタに男の姿が映し出された。いつもと同じスリムのブラックスーツ。C警視だった。

「僕の自宅がよく分かりましたね。さすが警視さんだ」

「だいぶ寒くなりましたね。ただし、まだレザーのコートが必要なほどじゃない」

「僕にはレザーのコートを買うほどの余裕もない」

 それを聞いてC警視はハッハッハッと笑った。私はジョークを言ったわけではなかったのだが、訂正するだけ無駄な気がした。あまり気が進まなかったが、私は彼をリビングへ通した。

「どうですか、調査の方は進んでいますか」

 C警視は、部屋の中が暑いのか上着を脱ぎ、私がすすめたソファに腰をおろしながら話しかけてきたが、先日までの真摯な姿勢は感じられず、何か空々しい雰囲気が漂っていた。

「方向は見えたんですが、方法が分からない、といったところですかね」

 多少投げやりに返事を返すと今度はフフンと笑い、「さて今日はキミを案内したい場所があってお伺いしました。この事件に関して重大な進展があるかもしれません」

「僕にヒントをくれよう、というわけですね。ちょっと痺れを切らした感じなんでしょう?」

 最初に感じた空々しさがひっかかり、私はなお投げやりに応えた。

「まあ、そう言わずに。ちょっと出かけてみましょうよ」

 C警視は、腰掛けたばかりのソファから立ち上がると上着を引っ掛け、さあさあと私を促した。

「で、どこへ行くんですか?」

「もちろんP公園です」

 そう言うと彼は、さっさと戸口へむかった。

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