SCENE3

 アポイントの時刻のちょうど五分前に、身体にフィットしたブラックのスーツを着た刑事が私の事務所に現れた。

 刑事は警察手帳ではなく名刺入れから名刺を取り出し、何ともいえず不快な仕草で私に名刺を渡した。その不快さは、以前に自分の娘の素行調査を依頼しに来た著名なクリエイティブディレクターに感じたのと同様の不快さだった。そしてまた彼も、メジャーな探偵事務所に出入りしてマスコミに嗅ぎ付けられると嫌なので私のところに来た、といっていたことを思い出した。

 刑事の名刺の肩書には『警視』とあった。警察組織に詳しいわけではないが、いわゆる現場の刑事ではないのだろう。私より幾つか年上なぐらいだから、大したエリートなのだ。

 初対面の私をまだ何か警戒しているのか、来客用の椅子には座らず事務所の中をぐるぐると歩き回りながら彼が話してくれた事件は、確かに風変わりなものだった。おおよそのアウトラインは大体次のようになる。

 公園で若い女が殺された。殺したのも若い女で、その時公園にいた多くの人に現場を目撃された。突然の出来事に周りの人々が呆然としている隙をついて加害者の女はうまくその場から行方をくらませたが、当然すぐ足が付いて全国に指名手配された。事件はすぐに解決するかと思われた。

 ところが、殺人が行われたその同時刻に、被害者と容疑者である二人の女が全く別の場所で目撃されていた。現場の公園から数キロほど離れたカフェで二人を見た、という証言が寄せられ始めたのだ。しかも、そう証言したのもひとりだけではなかった。なぜそんなに多くの目撃者が出たのかというと、答えは簡単だった。二人とも、一目見たら、しばらくは記憶にとどまり続けるだろうと確信できそうな美人だったからだ。そして、カフェでのその後の二人の足取りはつかめていない。

 このようにしてひとりの美人が死体となり、ひとりの美人が行方不明となった。あるいは二人の美人が行方不明となった。死体はその時点で確かに存在していたが、同時刻になぜ離れた場所で生きている被害者が目撃されたのか。同時刻になぜ離れた場所で容疑者が目撃されたのか。容疑者にはアリバイがあると言えるのか。

 この奇妙な状況に異議を唱えようが唱えまいが、それが私が協力を依頼された事件のすべてだった。

「で、私は何をすればいいのでしょうか」

 現場の刑事ではなく、警視という肩書きの人間が来た時点でなんとなく想像はついたが、念のために私は尋ねた。

「もちろん、事件の真相を突き止めてほしいのです。もう、現場に打つ手は残っていません。我々警察にはできない方法で、キミにこの事件を解決していただきたい」

 歩き回るのをピタリと止めた警視は、私の目を正面から見据えていった。


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