SCENE1

 何かの会合で、探偵をやっている、と言うと大抵の人は目を輝かせて私の側に集まってくる。

 えっ、探偵? どれどれ、と近寄ってくる彼ら彼女らは、自分の家族、恋人、友人知人はもちろん、さして親しくもない職場の上司や同僚といった相手にまで、実はこの間ホンモノの探偵に会ってね云々、と自慢話をしたいからだ。

 ベストセラー小説やミステリードラマにあるような奇想天外な事件に巻き込まれたり、警察の代わりに犯人を割り出したり、そんな話が聞ければベストだが、まあそこまではいかなくても、浮気調査で美人の奥さんを尾行していたら愛人が雇ったコワモテの兄さんに監禁されて半殺しの目にあったとか、そんな程度なら何かあるでしょう、というわけだ。

 そして、私からそのようなスリリングな話はどうも聞けそうにない、とわかると、それならストーカーの証拠写真を撮ったとか、なんでもいいですから、とすがるような思いで私の顔を見つめるのだ。

 しかし残念ながら、そんな淡い期待さえ私は裏切らなければならない。なにしろ私が直近で依頼を受けた案件は、迷子になったトライカラーのビーグル犬を探し出して、ついでにその日の散歩をさせてから飼い主の家に届けるという、ジュニアスクールの女の子が焼き立てのマドレーヌとのトレードオフで引き受けるに充分な内容だったのだから。

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