サヨナラの数
数日前から、誰かが僕の事を尾行している。
熱狂的なファンだろうか、いや、そんな人が黒服を着てトランシーバーで連絡を取り合いながら人を尾行するだろうか。
「家の周りまでウロチョロするのは、止めていただけますか」
人通りの少ない道に入ってすぐ、僕は後方でコソコソと動く男に語りかけた。
「僕にも、家庭というものがあるんですよ」
振り向いて続けるが、相手はしらばっくれてるつもりなのか一切反応を示さない。
「お兄さん、コイツに用があるんでしょ?」
路地の曲がり角から出てきた男が、電柱の影に隠れてた黒服男を引きずり出して路地の真ん中へと放った。
「僕も最近生活圏内をコソコソ嗅ぎ回られててね、出先でたまたま見かけたからこっちから接触してやろうと思ってて」
路地の先の大通りから、車のヘッドライトの光が差し込む、光が当たったその男の瞳に、縦横に走る不思議な線が浮かび上がった。
「お兄さん、あなたは早く帰った方がいい、家庭があるって、自分でそう言ってましたよね」
どこから取り出したのか、柄の長いペイント用のローラーを手にした男が地面にへたり込んだ黒服男にそれを突き付けた。
「……何でここに!?」
後ろの方から、馴染みの深い声が聞こえる。
「DECO君……!」
「その人は危険だ! 早くこっちに!」
重たく鈍い音と共に、コンクリートの破片が飛散する。 友人に手を引かれてなかったら破片が直撃してたところだった。
「何アレ……重り……?」
「異能だよ、最近、ボカロPとか色んなクリエイターが妙な特殊能力を身につけ始めたんだ」
「つまりあの人は……?」
ローラーを肩に担ぐ男をじっと観察する、先端が黄色と黒の縞模様になっている特徴的なローラー、どこかで見た、いや、何かの動画で、MVで見た気がする。
「とにかく、あの人は危害を加えるつもりは無いみたいだけど、いちいち威力が強すぎるんだ、早く逃げないと巻き添えだ」
友人に手を引かれて走る路地、だんだんと遠くなっていくその路地で対峙する黒服男とローラー男の間に、バットのようなモノを持った男が割って入るのが、小さく見えた。
* * * * *
『どういうこと? しばらく帰れないって』
電話の向こうで、最愛の妻がハテナマークを浮かべる。
「ちょっと色々あって、あの子たちにも伝えておいて、ごめんねって」
『事情はよく分からないけど、無茶はしないでね』
それからしばらく話し、電話を切る。
「DECO君、さっき君が言っていた異能対策部隊の話が本当なら、本当にこれで安全なんだろうね?」
「彼らは危険な異能者が目当てだからね、あまり怒らせるような事はしないんじゃないかな」
友人が見たところ、どうやら僕にもその異能というやつが目覚めてるらしく、このままだと異能対策部隊という厄介な連中に命を狙われるということらしい、先ほどの黒服の男がその一員なのだろうか。
「安全が確保できれば、君の家族を安全な場所に連れていくのもいいかもしれない」
「僕が居なくなってもそれをやってくれると嬉しいな」
夜道を歩き出す僕の発言に、友人は苦々しげな笑顔を見せた。
「君が居なくなったら、君を連れ戻さないとあの人は動いてくれないと思うよ」
それから数週間、僕はDECO君たちと行動を共にし、そしてあの日がやってきた。
* * * * *
「泣けるな、家族の絆ってやつか」
冷ややかに笑う男が、扉の小窓から覗いた。
「人が愛する人を盾に脅すような連中には、きっと理解できないと思いますよ」
硬い椅子に腰掛け、僕は扉へと背を向けた。
──ああ、最後に連絡でも取っておくんだった……
spin-off*週末、事の始まり ナトリカシオ @sugar_and_salt
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