第59話 ホテル・ウォルソン大阪

 私と千里が出会ったことによって始まった、インペリアルホテルを巡る一連の騒動によって、公私共に目まぐるしい日々が続きましたが、秋の気配を感ずる頃には全てが落ち着き、大阪インペリアルホテルは『ホテル・ウォルソン大阪』と名称を新たにし、今回の大勝利の功労者であった進とピロシに特別ボーナスとして、ホテルをそっくりそのままプレゼントしました。

 ホテルの事業は進とピロシに任せて、私と紳は奈良のリニアに関する事業をメインに、坂上さんと一緒に東興物産の後始末を手伝ったりしながら、それなりに忙しい日々を送っておりましたが、仕事が一段落した所で、千里の念願であった披露宴を行うことになったのですが・・・

「いやいやいやいや、ぜ~ったいにいやっ! 私は絶対に出席せぇへんで!」

「でも、せっかく進とピロシが、手作りの真心を込めた、」

「もういい! な~にが手作りの真心を込めたハートウォーミングな披露宴やの! 

 その真心が一番怖いねんって! 

 そんなん、絶対にハートウォーミングになんかなれへんし、ハートブレイクの間違いやろう! 

 圭介はあの二人が、地下の劇場で何をやっているのか、もう忘れてしまったの?」

「うぅん、憶えてる」

「じゃあ、断りなさいよ! なんであんな劇場で披露宴なんかせなあかんのよ? インペリアルホテル大阪で披露宴するねんから、それ以上、何を望むの?」

「・・・・・」

「昨日、大阪の支配人と会って、インペリアルホテル東京の総支配人も出席するし、インペリアルホテルが総力をあげて演出してくれるって約束してくれたやんか! そんな披露宴を挙げたあとで、何のために進君とピロシ君の演出で披露宴なんかせなあかんのよ? どうしても断られへんねんやったら、圭介が一人で出席しいよ!」

「・・・・」

 ということで、千里の鬼ギレによって、進とピロシの真心は踏みにじられ、真に残念でございますが、第2披露宴は新婦の出席拒否により中止せざるを得ないということになりました。

 しかし、よく考えてみると千里がキレるのも当たり前の話で、進とピロシは自分たちのホテルとなった地下の劇場で、

『ゲイの、ゲイによる、ゲイのためのミュージカル』

 というスローガンを掲げてミュージカルを主催し、二人は総合演出兼俳優として参加しており、ホテルの利益のほとんどを注ぎ込んで、本格的に劇場経営に乗り出してしまったのです。

 私は千里と紳とマリと、4人で何度も観劇に行ったのですが、私は一度だけ宝塚歌劇団を観に行ったことがありまして、その迫力と華やかさに、驚嘆と感動を覚えたのですが、進とピロシが目指している方向は、宝塚歌劇団の『清く、正しく、美しく』の真逆を行くような、『汚く、まがまがしく、おぞましく』といったスローガンとしか思われないような、とてもお下劣なミュージカルでありました。

 しかし、それはそれでゲイの間で評判になり始め、近頃はゲイだけではなく、ホモやニューハーフ、レズやおナベ、SM愛好家やスカトロジストといった、様々なジャンルのエキスパートたちにも評判が広がり、

「スローガンをゲイに限定するのは差別だ!」という抗議を受け、

『変態の、変態による、変態のためのミュージカル』という概念に拡大解釈し、今後は演目もミュージカルだけではなく、様々なジャンルに挑戦していくと、進とピロシは話しておりました。

 その後、二人は公言通りに、多くの売れない芸人や、ネタがお下劣過ぎて、テレビなどに出られず、日の目を見なかった下ネタ芸人たちを集めて、定期的にライブを行うようになり、テレビなどで活躍する若手の芸人なども客として出入りするようになったことで、劇場は大繁盛となりました。

 こうして、進とピロシの成功を目の当たりにした今となっては、彼らは間違いなく一流の演出家であり、芸術家であり、実業家であると認めざるを得ないでしょう。

 しかし、進とピロシの演出は過激の一途をたどり、次第にマスコミからも注目を集めることになってしまいました。


 そんなある日、滋賀のお母さんから電話が掛かってきました。

「お母さん、進はもう、俺がどうとか言えるレベルじゃなくて、あいつは間違いなく、超一流の本物やったわ」

「そう・・・・ 圭介がそう言うんやったら間違いないやろうけど・・・

 私もな・・・ 親として進を応援したいし、あの子のミュージカルとか時代劇とかを見に行ってあげたいねんけど・・・ 

 でもな、私は親である以前に、一人の人間として見に行かれへんねん! うあぁ~! 」

「お母さん、大丈夫?・・・・ 泣いたらあかんって・・・」

「私、どうしたらいいんやろう?・・・ 進がどんどん遠くに行ってしまう~・・・ うわぁ~・・・・」

 その後、お母さんは20分間泣き続けました。


 そして、お母さんが懸念していた、進が遠くへ行ってしまうという心配事は、ある日突然、何の前触れもなく現実に起こってしまいました。


 月日は流れ、3年後。


「パパ、早く起きて! 今日は進君が帰ってくる大切な日なんやから、千尋と京介の着替えを手伝って」

 私は千里に言われたとおりに、ベッドから起き上がって長女に服を着せていると、

「でも、2年半なんかあっという間やったね」と、長男を着替えさせながら千里が言いました。

「そうやなぁ、紳が一生懸命に弁護してくれたおかげやし、進本人もよう頑張ったから早く出てこれたなぁ」


 進はスカトロ冒険時代劇『見て!肛門、からの~?』の公演中、


「人~生、浣腸ありゃム~チもある~♪ 

 しょ~んべんのあとには バ~バもでる~♪

 き~ば~って~ イ~ク~ん~だ~ し~っか~り~と~♪

 自分のク~ソを 噛~み締~め~て~♪」


 と、テーマソングで幕が上がり、勧善懲悪なストーリで劇は進み、物語の終盤、最大の見せ場である、

『見て!肛門、からの~? 脱○!』をする寸前に公然猥褻で現行犯逮捕され、進は駆けつけたマスコミのカメラに向かって、

「ゲイ術は爆発よ!」と叫んだあと、

「ちなみにゲイジュツのゲイは芸能の芸じゃなくて、私たちゲイのゲイだから、そこんとこヨロピク♡」

 と言って、パトカーに乗せられて連行されていきました。


 その後、進の裁判が始まり、当然、紳が弁護をすることになり、裁判が始まったのですが・・・

 ただの公然猥褻の弁護が、いつのまにか古代ギリシャの裸の彫刻から中世ヨーロッパの裸婦画の芸術論となり、そこから日本古来の裸祭りに於ける全裸の正当性と信仰心について熱く語った後、最後は『ゲイの刹那主義に於ける破滅論と、露出癖と人間の尊厳について』という、訳の分からないテーマにすりかえて弁護を展開し、裁判官は途中で何度も笑いを我慢するのに裁判を中断するといった、異例な奇妙さで裁判は進み、紳の主張は当然ながらほとんど認められなかったのですが、裁判官も人間なので、ただの公然猥褻なのに面倒くさいと思ったのか、ある程度の情状酌量が認められ、執行猶予中に同じ罪での2度目の逮捕にしては、随分と軽い判決を勝ち取ることに成功したのです。


 ということで本日、千里と長女の千尋と生まれたばかりの長男の京介、千里の両親、紳とマリ夫妻、進の両親、竹然上人、珍念、渡瀬さん夫妻、木村さん夫妻、坂上さん夫妻のみんなで、ホテル・ウォルソン大阪に集まり、進の出所祝いをすることになっておりまして、しょんべん刑で先に出所していたピロシが進を連れて到着しました。


「アニキ~! ただいま~♡」

「おぉ~! すすむ~! 元気やったか~!」


 親父と母さんへ。 これが俺の大切な家族です。


 守ってみせますよ、これからも。



        了

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インペリアルホテルの逆襲 岩城忠照 @walson

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