2-4

 次の日の朝、佐伯さんが持って来たチラシは、ぼくにとってかなり衝撃的だった。

 本気なのだ。新聞係になったからとりあえず作った学級新聞や、夏休みの宿題だからとりあえずやった自由研究とは違う。「公害」とか「利権」とかショッキングな言葉がバンバン並んでいて、それがとんでもないやる気を感じさせる。

 チラシには代表者の名前と電話番号が書いてあった。佐伯さんは机の上にチラシを置き、その電話番号を示しながら、ぼくに問いかける。

「どうする? 連絡する?」

 連絡しなくちゃ何も始まらないよ、と言いたげな感じ。でもぼくはなかなか踏ん切りがつかない。だってこんな本気の人たちと関わるなんて、ちょっと怖い。

 ぼくはもじもじと答えを引き延ばす。やがて苛立った佐伯さんが、机の上をトントン叩きながら、ぼくに言い放った。

「やるの! やらないの! どっち!」

 怒らせてしまった。ぼくはもう、それはもう、必死に答えた。

「やります!」

 ぼくはその勢いのまま、学校の公衆電話を使って、反対運動の代表者である安藤さんという人に電話をかけた。興味があるから話を聞かせて下さいとお願いしたら、安藤さんは快く応じてくれた。とりあえず第一段階は、成功だ。

 電話をした日は佐伯さんが塾だったので、次の日の放課後に、ぼくと佐伯さんで安藤さんの家に向かった。住所を聞いただけでは分からなかったけれど、安藤さんの家は地元では有名な大きなお屋敷だった。父さんは「あそこには大地主さんが住んでいる」と言っていた。なんで知っているのかはよく分からないけれどけれど、父さんはずっとこの辺に住んでいるから、きっと昔から有名なのだろう。

 インターホンを押してしばらく待つと、屋敷の中からちょっとふくよかなおばさんが登場した。年齢はたぶん、ぼくの母さんと同じぐらい。おばさんはぼくたちを大きな畳の部屋に案内してくれた。ピカピカに光る漆塗りのテーブルの前に二つ並んだ座布団。来客をもてなす準備は万端のようだ。

 やがて、さっきのおばさんがお茶とお菓子持ってきてくれた。小判みたいな形のつぶあん入りモナカ。口の中にもちもち甘さが広がっておいしい。こんなおいしいものをくれるなんて、きっといい人に違いない。ぼくはあっさり買収される。とらじろうのことを言えないぞ、ぼく。

 そしてふすまが開いて、待望の安藤さんが、部屋に入って来た。

「やあ。待たせたね、君たち」

 安藤さんはおじいちゃんだった。じいちゃんとどっちが上かは分からないけれど、ふざふざした白髪で、眼鏡をかけて、頭良さそうな感じ。ぼくは何となく、反対運動なんて大変なことをするんだから若い男の人だろう思っていた。意外だ。

 まずは自己紹介。ぼくたちの訪問動機は、森が無くなるのがイヤでどうにかならないかと思ったから。秘密基地のことはまだ秘密だ。安藤さんはぼくたちと軽く話をした後、先生みたいに問いかける。

「君たちはゴミ処理場がどういう公害をまき散らすか、分かるかな?」

 ぼくは首を横に振った。お勉強が得意な佐伯さんは、ハキハキと答える。

「二酸化炭素が地球温暖化や酸性雨を引き起こすって聞きました」

「そう。他にもゴミを燃やせば様々な有害物質が出る。ダイオキシンは知っているかな?」

「発がん性がある有害物質ですよね。ビニール類を燃やすと発生するって習いました」

「その通り。よく勉強しているね、お嬢ちゃん」

 それに比べてそこの坊主は。そうは言われなかったけれど、恥ずかしい。

「他にも有害物質は色々と出る。燃やした結果だけではなくて、ゴミそのものも有害物質になる。君たちのような小さい子どもは特に心配だ。健康被害は今すぐじゃなくて、将来子どもを産むときに発生したりもするんだ。何十年も身体に残る毒なんだよ。対して――」

 安藤さんが両手を広げる。ちょっと芝居がかった仕草。

「森は真逆の効果を持っている。二酸化炭素を酸素に変えて空気を綺麗にしたり、微生物を使って土を豊かにしたり。つまり森を削ってゴミ処理場を作るっていうのは、地域の環境をもの凄く悪い方向に変えてしまう行為なんだ。君たちは、そんなことになっていいと思うかい?」

 佐伯さんはすぐに「思いません」と答える。安藤さんは満足げな顔をして「君は?」とぼくに質問。ぼくはいきなりで焦ってしまい、何か佐伯さんと違うことを言わなくちゃと思って、派手に返答を間違える。

「でも、あの、ゴミ処理場は全部そうですよね」

「……どういうことかな?」

「えっと、だから、それがダメだと、どこにもゴミ処理場作れないなって……」

 安藤さんが思いっきり眉間に皺を寄せた。失敗した。ぼくのばか。おおばか。

「だから我々は我慢しろってことかい?」

 安藤さん、言い方は優しいけれど、目が笑ってない。怖い。

「いえ、そういうわけじゃないですけど……」

「けど?」

 もう許して。ぼくは首を竦めた。安藤さんが、ふんと鼻を鳴らす。

「まあ、君の意見も正しい。ゴミ処理場なんてものは誰かが我慢しなくちゃ出来ない。だからと言って自分たちが我慢できるかどうかは別問題だ。特にあのゴミ処理場は、我々の街が使う用じゃないからな」

「そうなんですか?」

「ああ。この街のゴミより、隣街のゴミを処理する量の方が圧倒的に多いという計算が出ている。それは納得いかないだろう?」

 ぼくは頷いた。それはさすがに、ちょっとおかしい気がする。

「でもそれじゃあ、なんでここにゴミ処理場が出来るんですか?」

 佐伯さんの質問。安藤さんは、ぼくと話すよりもなんだか優しい感じで答える。

「そこに偉い人の利権や駆け引きがあるんだよ。でもそんなものは我々の生活に何の関係もない。だから反対運動を展開して止めさせるんだ」

 反対運動。そうだ、それを聞きに来たんだった。ぼくは秘密基地さえ残れば、その理由は何だっていいのだ。

「反対運動って、何をするんですか?」

 ぼくは、運動なのだから何か武器を持って戦うのだろうと勝手にイメージしていた。そしてもちろん、そんなわけはなかった。

「我々がゴミ処理場を望んでいないことを街に訴え続けるんだ。集会をしたり、意見書を提出したりしてね。そして希望通りに止めてくれることを期待する」

「じゃあ、お願いし続けるだけなんですか?」

「そうだよ。無理やり殴って止めさせるとでも思っていたのかい?」

 思っていました。ぼくは縮こまり、安藤さんは愉快そうに笑う。

「そんなことをしたら犯罪だろう。反対運動どころじゃないよ。出来る範囲で出来ることをやるんだ」

 出来る範囲で出来ること。それなら――

「ぼくにも、何か出来ることはないですか」

 安藤さんの頬が、ピクリと動いた。

「ぼく、本当にあの森に無くなって欲しくないんです。なにかぼくに出来ることがあるなら教えてください。お願いします」

 腕を組んで考える安藤さん。ぼくはじっとその答えを待つ。

「反対運動の話を広めて貰うことかな。特に、大人の人に」

 違う。そうじゃなくて――

「そうじゃなくて、なにか、ぼくじゃないと出来ないことを教えてください」

 ぼくは訴える。ぼくは子どもで、家族で選挙に行っても外で待たされてしまう。だけど、そんなぼくだから出来ることがきっとあるはずだ。

 お願い、安藤さん。教えて。秘密基地を守るために、ぼくがやるべきこと。

「――例えば」

 安藤さんが口を開いた。ぼくは息をするのも止めて、その言葉をぜんぶ聞こうとする。

「君たちのような子どもが、どれだけあの森に思い入れがあるか。それが形になって伝われば、偉い人たちも工事を中止してくれるかもしれない」

 子どもからマムシの森への想い。それを形にして、伝える。

「偉い大人はね、子どもの真っ直ぐな意見は無視しづらいんだ。だから、子どもたちからあの森は大事なんだという意見が集まれば、それはとてもよく効く」

 とても良く効く。その言葉に反応して、ぼくは身を乗り出した。

「分かりました。作文、書きます!」

 前のめりすぎる言葉。安藤さんは、苦笑いを浮かべた。

「君一人から貰ってもしょうがないよ。学校中からいっぱい集めないと」

 学校中からいっぱい。そんなの、無理だ。ふと見えたかすかな光が遠ざかる。その感覚はぼくに、光が見えていなかった頃よりも深い絶望を与える。

 だけど安藤さんは、そんなぼくをさらに強い光で照らした。

「集めてあげようか?」

 救いの声。ぼくは目を丸くした。

「我々としても出来ることがあるならば試したい。君たちの学校の校長先生と知り合いなんだ。君たちからお願いされたという形なら、体裁も保てる。君たちが協力してくれるなら、小学校であの森への想いを集める活動を始めてもいいよ」

 校長先生と知り合い。どうやら、とてもすごいお屋敷に住んでいるだけあって、とてもすごい人みたいだ。

「どうする? やってみるかい?」

 ぼくはちらりと横の佐伯さんを見た。佐伯さんは無言で一つ、首を小さく縦にふる。それを見てぼくは、心を決めた。

「お願いします」


     ◆


 安藤さんの家を出る時、最初に案内してくれたおばさんが、ぼくたちを屋敷の玄関までもう一回案内してくれた。そしておばさんにお礼を言ってから帰ろうとした時、その人がぼくたちを呼び止めた。

「君たち、待って」

 おばさんが、かがんでぼくたちと目線を合わせた。どこか困ったような、あんまり楽しそうじゃない顔をしている。

「あのね、君たち。反対運動のお手伝いなんか、やらない方がいいわよ」

 反対運動のお手伝い「なんか」。おばさんは、はっきりとそう言い切った。驚くぼくに、おばさんは話し続ける。

「あの人は、ゴミ処理場が公害をまき散らすとか、貴重な自然が無くなるとか、反対運動をする理由にそんなことを言ってたと思うけど、本心はぜんぜん違うんだから。大林さんって知ってる?」

 ぼくは首を横に振る。大林さん。少なくとも友達やクラスメイトにはいない。

「あの森を持っている地主さん。その大林さんがちょっと癖のある人で、色々な人に嫌われているの。君たちが今日お話しした人も大林さんとはずっと仲が悪い。それがね、あの人が反対運動をやっている本当の理由なのよ。大林さんと仲の悪い人たちが集まって、そこにちょっとした権力者がいっぱいいたから、こういうことが出来ちゃったの」

 マムシの森を持っている人と仲が悪くて、それが反対運動をする理由。ぼくにはあまり意味が分からなかった。だって――

「持ってる森が無くなっちゃうなら、むしろ『ざまあみろ』なんじゃないですか」

 ぼくの質問に、おばさんは眉をひそめた。

「君たちは森が大事かもしれないけど、普通の大人はそうじゃないの。土地を売ればお金がいっぱい入るでしょ。それが気に喰わないのよ。売れない土地ばっかり無駄に持ってるって、大林さんのことをずっと馬鹿にして来たんだから」

 おばさんが溜息を吐く。安藤さんをいっぱい見て来た人間ならではの溜息。

「普通の人間はね、自分のためにしか動けないの。自然とか、公害とか、そういうぼんやりしたもののためには動けない。あの人の場合はそれが大林さんなのよ。だからまだ純粋な君たちは、そういう裏がある運動に関わらない方がいい」

 言葉が、ぼくの胸にグサリと刺さった。ぼくも安藤さんと同じだ。純粋なんかじゃない。秘密基地さえ守れれば他はどうでもいい。ゴミ処理場と同じだけの公害を出す施設が出来ても、秘密基地があのまま残るならば、ぼくは許す。

「君たちは、どうしてそんなにあの森を守りたいの?」

 おばさんが問いかけて来た。ぼんやりした答えはきっと納得して貰えない。でも秘密基地のことは秘密だから言えない。どうしよう。

 何か、具体的で、確かなもの。ぼくはどこかに落ちている答えを探すようにせわしなく視線を動かす。そして薄い雲がかかった空を見上げた時、思いついた。

「星が」

 ぼくはたどたどしく、どうにかこうにか、言葉を紡ぐ。

「あの森から見ると、星がすごく綺麗なんです。どんな星座でも描けそうなぐらいにぎっきり星が詰まっていて、ぜんぶの星がキラキラしていて、眩しいんです。プラネタリウムよりもずっと綺麗で、だからぼく、それ見るの好きで、あの……」

 話し始めたはいいけれど、落としどころを考えていなかった。だんだんと口ごもるぼくに、おばさんは笑う。

「分かった。それは、素敵な理由ね」

 許された。ぼくはほっと息を吐いて、肩から力を抜いた。だけど次におばさんから出た言葉に反応して、再び全身が別の緊張につつまれる。

「でも今日お話しした人みたいになっちゃダメよ。大人はみんな子どもの先生だけど、あの人は悪い例にしなさい」

 大人はみんな子どもの先生。それは――

「今の、聞いたことあります」

「え?」

「大人はみんな、子どもの先生っていうの」

 ぼくはじいちゃんのことを思い浮かべる。そしておばさんも、同じだった。

「田原先生を知っているの?」

 田原先生。ぼくの知らないじいちゃんを知っている人がいた。ぼくは何だか嬉しくなって、弾んだ声で答える。

「はい。知ってます」

「そうなんだ。私は昔、あの人の生徒だったの。君はなんで知ってるの?」

 喜んでいる場合じゃなかった。ぼくは言い訳を探し、見つからず、ぼかしつつ正直に言うことで対応する。

「遊んでいる時に、偶然、お話ししたことがあるんです」

「ふーん。まあ田原先生、子ども好きだからねえ」

 軽く流してくれた。とりあえず良かった。だけど、まだもうちょっと聞きたい。

「田原先生ってどんな人だったんですか」

 田原先生。口にすると何だかむずむずする響き。そういう風に呼んでいた人もたしかにいるんだろうけど、ぼくにとってはやっぱり「じいちゃん」だ。

「素晴らしい先生よ。私がああいう大人になりたいって思った、最初の大人」

 じいちゃんが褒められた。ぼくにはそれが、なんだかとても嬉しかった。

「田原先生が担任の先生の時にね、親友と喧嘩したの」

 おばさんが目を細めて斜め上を見る。そして昔を思い出しながら、ゆっくりとじいちゃんの思い出を語り出す。

「今考えるとすごく下らない喧嘩なんだけどね。その時は真剣で、お互いに一歩も譲らない感じになった。そしたら田原先生がね、『俺の息子はお前たちぐらいの時に同じように親友と仲違いして、今でも後悔している。素直になったらどうだ』って言ってくれたの。それでずっと後悔するのはイヤだなって思って、仲直りした」

 おばさんが笑う。でもぼくは、話を聞いて固まっていた。そんなぼくを見て、おばさんは悲しい顔をする。

「知っているのね。先生の息子さんは五歳で亡くなっている。先生は、私を動かすために嘘をついたの」

 ひゅうと、ぬるい風が吹いた。

「私、それ知らなくて、仲直りした後に『息子さんに御礼を言っておいて下さい』とか言っちゃった。でも後で他の人から全部聞いた。先生の息子さんは、先生と一緒に買い物に行っている時に、先生の目の前で車に轢かれて死んじゃったんだって」

 そんなところまでは知らなかった。じいちゃんの気持ちを想像して、胸がきゅうと締め付けられ、息苦しくなる。

「謝らなきゃと思った。だから謝った。そしたら先生、『何のことだ?』って。『仲直りできてよかったな。息子も喜んでたぞ』って。私、先生の前でボロボロ泣いちゃった。その時にこういう大人になろうって思ったの。自分の傷口を他人を癒すために開ける大人に。だから――」

 おばさんがぼくの肩を叩いた。母さんとはまたちょっと違う、柔らかくて厚い手。

「君もそうなりなさい。間違っても、私のお父さんみたいになっちゃダメ」

 お父さん。安藤さんの娘さんだったのか。ぼくは納得し、娘さんは自分の失言に気づいたのか、「あ」と口に手を当てた。


     ◆


 帰り道、佐伯さんはぼくに怒っていた。

 反対運動は「我慢できない人」の集まりなんだから「我慢しろ」は絶対にダメだそうだ。でもぼくだって別に安藤さんを怒らせたいわけじゃないんだから、それならそうと先に言っておいて欲しい。とりあえず、話題を逸らして逃げよう。

「でも、安藤さんの娘さんの言ったことにはびっくりしたよ」

「反対運動の理由の話?」

「ううん。じいちゃんの話」

 じいちゃん。ぼくには教えてくれなかった、辛い思い出。

「じいちゃんの子どもが死んじゃったのは知ってたけど、じいちゃんの目の前で死んじゃったなんて知らなかった。きっと、すごく辛かったよね」

 ぼくには分からない重さ。僕にだって分からない。それでもぼくは、必死に、分からないなりに、じいちゃんの気持ちを考えようとしていた。人の想いを汲み取ろうとする意思は、間違いなく僕よりもぼくの方が強い。

「――あの家、頑張って守ろうね。おじいさんのためにも」

 佐伯さんが力強い言葉を吐く。本当に佐伯さんはいつも、正しくて強い。ぼくは憧れに近い感情を覚えながら、佐伯さんの横顔を見つめる。

「そういえば」

 佐伯さんがぼくを見た。ぼくは佐伯さんを見ていたから、視線がいきなりぶつかってドキリとする。

「あの森から見る星が綺麗って、本当なの?」

 森から見える星空。世界中のお星さまをいっぺんに集めたような光のパレード。本当も本当の大本当だ。

「本当だよ。学校で行ったプラネタリウムより、ずっと綺麗」

「へー。天体望遠鏡とかで見てるの?」

 天体望遠鏡。その発想はなかった。でもたしかに、そろそろ本格的な天体観測をしてみてもいいかもしれない。興味はすごくある。

 ――そうだ。

「ううん。肉眼。だけど、そろそろ天体望遠鏡も使いたいなって思ってる」

「持ってるの?」

「持ってないよ。誕生日が近いから、その時に買って貰うつもり」

 誕生日のプレゼント考えておいてね。母さんのミッション、クリア。そして――

「それで、望遠鏡買えたらさ――」

 ぼくは両手を広げ、弾んだ声で佐伯さんに語りかけた。

「一緒に星を見ようよ」

 佐伯さんと二人で天体観測。ゲームなんかよりよっぽど、ロマンチックで素敵なアイディアだ。

「せっかく秘密基地仲間になったんだからさ。一緒に森から星を見よう。望遠鏡を手に入れたら、すぐ。温かくなって来たし、きっと楽しいよ。本当に綺麗なんだから」

 ぼくは早口にまくしたてる。だけど佐伯さんは、すぐ提案にはのってくれなかった。

「家族に買って貰うんだし、最初は家族で見た方がいいんじゃない?」

 家族。たしかにそうだけど、それは――

「それは、いいよ」

 ぼくは俯く。家族のことを話す時の顔を、佐伯さんにはあまり見られたくない。

「ぼく、一人っ子だし。父さんはあんまりぼくにかまってくれないし、母さんと二人きりで天体観測も変だし。だからぼくは、佐伯さんがいい」

 口にしてから、ぼくはハッとなる。佐伯さんがいい。どさくさに紛れてすごいことを言ってしまった。もう半分ぐらい告白だ。

 佐伯さん、困っていないかな。イヤだって言われちゃったらどうしよう。ぼくはおそるおそる顔を上げる。そして佐伯さんは――いつもの、ぼくにしか見せない、しっとりした笑顔をぼくに向けていた。

「分かった。一緒に天体観測しよう」

 ぼくの心臓が強く波打つ。ぼくは、僕と違って、その笑顔の意味を知らない。

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