第3話 佐藤 流の戦 3(完)

 一ヶ月の間に何度か胸が苦しくなったこともある。自分の限界に挑戦するために無茶な生活をした報いだろう。それでも私は逃げるわけにはいかなかったのだ。限界を超えたところに私の望む私が存在していると確信しているからである。よってこの胸の痛みも私の成長の一歩だったのだ。

 我が鉄壁の籠城体制は基本玄関の鍵を常に閉めた状態にし、カーテンは常に閉じたまま、しかし初夏の暑さには流石の私も根を上げ窓とベランダに繋がる戸は常に全開にし、扇風機を常に回している状態である。幸い、私の部屋はアパートの二階に位置し、ベランダの位置は人通りの多い車道側に面しており、侵入者の心配はほぼ無いと思われる。

 常に窓と戸を全開に開いていようと常にカーテンを閉じているので私の城は日中は暗くはなく、しかしながら眩しさは一切ない。直射日光を遮断し、傍から伺えば非常に不健康な状態で籠城をしている訳であるが、これには立派な理由があるのである。前に述べたように私はと向き合うべく部屋に立て籠もり、自身を鍛え上げている。その為には外界の魅惑に揺れてはならぬのである。その為視覚的に誘われぬようにカーテンを閉じ、意図的に意識を自身に向けるべくカーテンを閉じているのである。

 断じてベランダ側の車道を歩く男女のカップルばかりが視界に飛び込み、劣等感という刃が私の心の傷口を弄ぶからではない。

 その日は籠城を決め込み二週間程経過した日であった。昼夜問わずにカーテンを閉じていると生活リズムが非常に可笑しくなってくるものである。最初の数日は比較的規則正しい生活をしているが、一週間とたたずに昼夜逆転の生活に代わってしまった。

 しかしながら、お天道様が上にあろうとお月様が輝いていようと私の修行には何一つ差し支えはない。体に悪い生活リズムでも一つの修行の一環であると私は何も気にしないのである。

 しかしその日は珍しく夜間にまどろみ、早朝には目がすっきりと冴えわたった。

 これも何かの縁であるかと思い最近していなかった部屋の掃除を行うことにした。

 昼夜逆転した最近の私が掃除機をかけようものなら薄い壁の向こうの住人が壁に憤慨の一撃を決めるであろうことは解りきっていたので最近は掃除がご無沙汰していたからである。

 六畳に散らばった本やゴミを片付け、まともに歩けるだけのスペースを確保し、前に動かしたのが何時なのか思い出せない掃除機をコンセントに繋ぎ起動させた。動かなかったらどうしたものかという一抹の不安を余所に掃除機は元気に回転音を鳴らし起動した。

 掃除とは一度始めるとなかなかやめられないもので部屋から台所、風呂場、玄関まで隅々まで掃除をすることにした。完璧を求める私の性分は掃除に対する妥協も許さないのである。決して六畳程度を掃除機で吸っただけで掃除機のゴミがアラームを鳴らし、私が想像していたよりも部屋が汚く、このまま汚い部屋で生活したら私の体に変調をきたし、病気などになったらどうしようと戦慄、恐怖したのではない。決してビビった訳では断じて無い。

 玄関まで二時間かけて掃除し、掃除を終えた時に下駄箱に鞄が置いてあるのに気が付いた。籠城した直後から玄関に鍵を掛け近づかなかったから置いたことを忘れていたが。大学に向かう際に使っている鞄である。最近見てないと思ったが、よもや下駄箱と同化していたようである。鞄を六畳に持っていき鞄を開けると筆箱と携帯電話だけが入っていた。思えば大学のロッカーに教材類は置きっぱなしである。

 最近やることも無くなっていたので教材があれば勉学に励むのも悪くはないと思ったのだが非常に残念である。

 無念の気持ちで鞄に入っていた携帯電話を取り出し開いてみる。二週間も放置していたので電源が切れていた。

 電源を付けるために充電器に差し込み携帯電話を起動した。

 本来ならば外界との情報を遮断し自己鍛錬に勤しむべきであるが、大学にも顔を出さず連絡も取れない私の身を案じて警察に連絡する学友や教員がいるであろう事を失念した私はあわてて充電器に繋げたのだ。


着信件数 一件

一件目 非通知


メール着信 三通

一通目 From 未登録 題名「絶対儲かる方法教えます」

二通目 From 未登録 題名「若くて可愛い女の子があなたを待ってます」

三通目 From 筒井一歩 題名「無し」


 ひとまず、警察に連絡を入れた人は、いないようだ。


 学友や教員が私に連絡を入れてはいないようだが、流石は我が親友の一歩は我が身を案じメールを入れているようである。

 初めの二通は開かずに削除し、一歩のメールを開いた。

 中々タイムリーな事で今から二時間前、昼の十二時頃に連絡を入れている。このタイミングで掃除をし、携帯電話を発見し、長時間を置かずに一歩のメールに気付くあたり、私と一歩の親友指数は高いと見える。メールの内容はこの様なものであった。



| 前に貸したDVD      

| の女優の新作のDVD

| 2900円くらいで

| Out garageで発見

| 1000円程度、援

| 助できるだろ。金を

| けろ。



 どうやら私の身を案じた内容ではなく中古屋で良いDVDを見つけたので金をせびって来ているようである。

 まあ、私と一歩の親友指数を持ってすれば会ってなくとも、連絡を取っていなくとも相手が無事であることも手に取るようにわかるものだ。私が現状深い問題も無い事は事実。よって奴が私の心配をしていないことは当然である。私たちの高次元の親友力ならば、仮に私が何かに困っているならば直感的に一歩は気付くであろう。同様に一歩が窮地ならば私もその危機を察知出来るであろう。


 ひとまず私も返信を入れた。


| 2000円も負担すると、

| 時々一歩の太っ腹ぶり

| に驚くな。

| いいだろう。少し見た

| くも思うので援助する。


 返信し十秒ほどで


| 頼む


 と返信がきた。

 一歩の返信を確認し、携帯を放り投げて私は床に就いた。まだ明るく、掃除で体を動かした後だったので眠気があった訳ではないが、少々胸の苦しさを感じたためである。現状大きな問題は無いが、二週間の籠城による自己鍛錬で日に日に私の体力は奪われ消耗しているのだろう。しかしながらこの程度の苦しみで修行を投げ出すつもりは毛頭ない。私は自身を更なる高みに置くためにこの程度の苦しみで妥協は許されないのである。私は決意を新たに消耗する体が訴えた胸の苦しみを飲み込み今日も精練するのである。

 二週間も大学を自主休講しているのに友人たちから心配の連絡をしてこないことに悲しみを覚えたのではない。



「外」と一瞥もせずに答えた和泉の背にまた私は問いかけた。

「何か面白いものでもあるのか?」

「面白くはないけれど、この季節のこの感じ好きなんだよね」

 そう言うと、和泉は立ち上がり窓を開けた。廊下の方で窓が開いているのか、和泉か開けた窓から風か吹き込み廊下の方へと流れて行った。窓を開けた事で講義室に染み込んでいた、ひぐらしの鳴き声が音量を増した。

「見てても聞いてても飽きない」

 そういって振り向いた和泉の髪は綺麗になびいて美しく、彼女は女神なのではと本気で思ってしまった。

「好きです。私と付き合ってはくれないですか」

 このシチュエーションならば私の気持ちを受け入れてもらえるような確信を覚え私はつい告白した。

 その後和泉は溜息をつき「またか」と呟き。

「友人として付き合っているだけでも感謝しろ。いい加減に諦めれば?」と笑った。


 私はその場に膝を付き三度目の告白は夕暮れとともに地に沈み、ひぐらしの鳴き声は後ろで爆笑をする一歩の声とすり替わった。



 その後、私は籠城開始一ヶ月の後に大学に帰還を果たした。あまり望んだ結果ではなかったが私は大学に行くことを決めた。そもそも優才な私にとって大学に行かずとも自身で学問に励むことが出来るのであるが、私は大学に赴くことを良とした。

 久方ぶりに大学に赴く私の足はバスの中でガタガタと震えていた。一ヶ月にも渡る己との対峙という修羅の道を歩いた自分の成長に武者震いをしたのだろう。

 彼女の顔が頭を過ぎった訳ではない。しつこい位に断言するが私は諦めの良い男である。

 最後に私が大学に戻ることを決めた理由を述べよう。

 それは両親への感謝の念のためである。いくら私が優れた者でも一人で生きて今に到ったわけではない。今の私に到るまでには多くの友人や教師、我が両親の協力なくしては成しえなかっただろう。彼らには多大なる感謝をしている。

自分に自惚れ感謝できなくなるようなものはただの愚者である。私は諦めが良いだけでなく、感謝できる男なのである。

 その今まで育ててくれた両親から先日沈黙を決め込んでいる携帯電話に連絡があり大学に行くようにとの連絡があった。愛する両親からの子を心配する便りと願いを断ることが出来ようか。否、そのような愚行に及ぶことは許されざることだ。

 まだ自分自身と向き合う部分もあろうが、私は親愛なる両親の助言を切に受け止め私は大学に戻ることを決意したのである。

 今ほどの境地に到れば、更なる高みには大学に行きながらでも成しえると判断した。それくらいは器用にこなしてみせようではないか。

 一つ疑問があるのは私が大学を休んでいる情報を両親に漏洩させた者はいったい誰であるかだ。

 蛇足であるが敬愛なる両親からきた連絡はこのようなものである。


「大学行け馬鹿息子。行かなかったら学費も生活費も今月から送らないことを覚悟しておけ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「201号室愚行戦記」 大和 @yamato-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ