聖なる夜に

「ま、こんなもんかの」


 とある戦場。そこを見下ろすように、ソリが一台、空に静止していた。


「こんなもん、て、おまえ、こっちはマジで疲れたんだけど」


 いくらサンタクロースといえど、満天の空と雲の無い雪を用意するには方々に掛け合う必要があった。そのために赤鼻はソリを曳いて走りに走ったのであった。


「この程度で音を上げるとはのぅ」

「地球一周分走ったら流石に文句言われねぇと思った俺が間違ってたよジジイ!」


 白髭は「ほほ、冗談冗談」と笑って赤鼻の角を撫でた。「助かったぞ」


「……わかりゃいいんだ。わかりゃ」


 赤鼻は照れたのか「ところでよ」と、話題を変えた。


「これで戦争は終わんのか?」

「は? 終わるわけないじゃろ」

「おい」


 何言ってんのこいつ、とでも言うような顔で白髭が首を捻る。こいつはいつか絶対ひどい目に合わせよう。赤鼻は決意した。


「話し合いでどうにもならないから戦争が起こる。戦争は起こればそう簡単にやめることは出来ん。多くのものが絡みすぎとる」


 しかしな、と白髭は続ける。戦場の真ん中に置かれたクリスマスツリーに気付いたのか、一国の兵士が塹壕から地上に出てきた。銃声はない。相手国に武装解除の指令が下ると、兵士たちは即座に銃を置いた。今までのどの訓練よりも淀みない動きだった。もう一方の塹壕からも、兵士が一人、また一人と上ってきた。


「彼らは、血と硝煙の匂いが充満する暗い夜に、思い出す」

「何を?」

「透き通る空に散りばめられた星の輝きを。地上に分け隔てなく降り注いだ甘い恩寵を。そして、自らの手で生を奪う悲しみを」


 どこからともなく、歌が聞こえた。赤鼻も白髭も、その歌を知っていた。


 『きよしこの夜』


 それは徐々に大きくなり、戦場に木霊した。誰もが塹壕から姿を現し、向かいの軍の兵士と向き合っていた。もう、誰も塹壕から出るのに躊躇しなかった。


「さて、帰るかの」

「最後まで見ていかないのか」


 白髭があっけらかんと言い放つと、赤鼻は意外そうに鼻を鳴らした。


「サンタクロースにそんな暇はないわい。それに、あとのことは大体わかるしのぅ」

「……今日と明日だけは停戦ってとこか?」

「じゃろうな。戦わなければ将校の首が飛ぶわ」


 文字通りにな、と白髭が呵々大笑する。ヒドいセンスだ。


「しかし、もし将校がそれでも戦わないことを選択するならば……分からん」


 今度は赤鼻が笑う番だった。


「自分が死ぬのを分かってんのに戦わない人間なんていないだろ。銃を持ってて、敵が目の前にいるのに撃たない馬鹿がいるか? それと同じだ」

「かっかっ! それがな、結構いるんじゃよ。だからわしは人間が好きなんじゃ。わしは彼らが、心底誇らしい」


 白髭が遠くを見るように笑うと、赤鼻は「ふーん」と興味無さげに呟いた。変な奴らもいるらしい。


「でもよ、そいつが撃たないせいで死んじまう味方もいるかもだぜ」

「それでもじゃ。誰もが、撃たなかった彼らを非難しようとも、わしは彼らの選択を尊いと思う」


 わかんねぇなぁ、と空を仰ぐと、白髭はかっかっと笑った。サンタはふぉっふぉっ、と笑うのではないのか。赤鼻は突っ込もうと思ったが、やめた。こっちのほうが白髭によく似合っている。


「なんにせよ、後のことは彼ら次第じゃ。サンタクロースの仕事はプレゼントを届けることだけじゃからな」


 白髭はもう一度だけ眼下を見て微笑むと、手綱を握った。


「じゃあ今度からサンタの仕事に『トナカイを労わる』ってのも追加してくれ。労働環境悪すぎる」

「かっかっ! 考えておこう!」


 白髭のことだからすぐに忘れるんだろうな、と赤鼻は嘆息した。なんだかいつもこの爺さんに上手いこと使われている気がする。

ふと空を見上げると、思ったよりも近くに星はあった。


 ――ま、たまにはこういう残業も悪くないな。


 手綱が引かれる。


 赤鼻は、小さく笑って星の下を走り出した。

 

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聖なる夜に残した仕事 ナルミ @narumi

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