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 赤道直下に位置するグァネシア群島はバディエイグ。

 数週間前に軍事政権からの脱却を果たした、小国の首都ウラプルタに設けられた官邸で、黒髪の少年が机に突っ伏していた。

 露出がやや多い伝統的な衣装から覗く華奢な手足や、生命力に満ち溢れた黒瞳が性別の判断を困難にさせている、バディエイグ新指導者ハンヴィー・バージェスの前には、無数の書が堆積していた。

 唐突ではあったが、最終的に覚悟の上で指導者の座に就くと己の意思で決めた。未熟は承知で、波乱万丈の道も予想はしていた。

 国民から罵詈雑言に満ちた手紙が押し寄せる事態は、完全に予想外だったのだが。

「流石に早過ぎないか? まだ数週間だぜ」

「神の遣いだかなんだか言われたお前が、悪の独裁者の路線を踏襲してんだ。そりゃ文句言うわ」

 部屋の隅で書類を弄びながら、雑な言葉を放った男をハンヴィーは睨む。

 痩身に削げた頬。罅割れた遮光眼鏡とくたびれたスーツ。全ての外見的要素が噎せ返る胡散臭さを醸し出す男、ティム・ブレスロウは国家元首の抗議を鼻で流す。

 尖った耳が示す通り、長命のシルギ人たる彼の実年齢は八十半ば。二代前の為政者、つまり民主主義国家だったバディエイグの中枢にいた過去を持つ。


「えっ? 世界に誇れる国になる為の無駄遣いを止めたら、涙を流して豚箱に叩き込んだ政府様が俺を招聘するんですか!? いやぁーバディエイグも変わったなぁ」


 開口一番そんな暴言を吹っ飛ばして来たが、およそ事実だ。

 二代前の統治者ラジアによる国家予算の私的流用を発見・糾弾した結果、国家反逆罪に問われた彼は瞬く間に投獄された。国民も統治者の意に反する行動を起こした彼を「非国民」と罵り、手を差し伸べるどころか家族にまで危害を加える有様だった。

 ベラクスによって釈放こそされたが、表舞台に戻る事を拒んだ彼がバディエイグに良い感情を持っている筈も無い。

 だが、急な体制変更で人材が払底している国では、ブランクがあれど真っ当な経験を持つ者は貴重。

 投げられた様々な条件を呑んで迎え入れた、ティムの助言も取り込んで政策を打ち出しているのだが、現状はあまり芳しくなかった。

 軍による過剰な統制が敷かれていたのは間違いなく悪だが、民主主義を謳っていた頃に行われていた野放図な振る舞いの結果、財政難に陥っていたバディエイグにとって、ベラクスの政策はそれなりの正しさを持っていた。

 客観的に見れば新政権の施策は灰色の、即ち短期間で破綻しない妥当な物を打ち出している。ただ、国民の意に沿っていないだけの話だ。

「ベラクスの前、ラジアみたいなバラマキをやったら、今度こそ国が終わる。文化も土地も何もかも無くなるから、あの路線には戻れない。説明してるのになぁ」

「説明で納得する程、ヒトは頭良くないんだよ。昔の連中は今でも古いバディエイグを、つまり適当な言葉で国民の自尊心だけ満たして、自分達は旨い汁吸おうとする形の復活を望んでる。お前が消えた瞬間、アホみたいな体制に逆戻りだ」

「逆戻り、で済まないんだけどな」

 観光以外ので外貨獲得手段に乏しく、政府の意向に反した学者や技術者の大半は国外に流出した。ベラクスでさえ兆しを掴めず、道半ばで去った難題をハンヴィーが放り投げれば、この国は再起不能に陥る。

 そうなれば、結末は大国の傀儡か富豪の遊び場の二択。生まれ故郷が選ばされることを回避する為、私欲を捨てて座った統治者の椅子は想像以上に厳しい代物だった。

「深く考え過ぎるな? 結果が出る頃、お前は確実に死んでる。結果が出る前に別の誰かが取って代わる事も全然あり得る。正しいは正義じゃないかもだが、国の舵取りじゃその逆も然りだ。お得意の殺し合いよか、楽だと思うぜ」

 殺し合いが得意の部分は言い掛かりだが、国に選別されて職に就いたにも関わらず、国賊として投獄された男の言葉は胸に響く。

 ――それもそうだよな。どうなるか分からないんだから、やれるだけやるだけか。

 やや無責任な気もするが、存在しない正解を探し求めるのは時間の浪費に過ぎない。そこに振り向けるぐらいなら、次の一手を模索する方が何倍も建設的だろう。

「よっし、そんじゃ次は……」

 下を向きかけた頭を引き戻し、ふと窓の外を見る。視界の先にあるのは当然ながら首都ウラプルタの風景で、特段の異常は見受けられない。

 雨季やハリケーン到来時を除けば青が広がる空の一点に、小さな揺らぎを目撃して首を捻るハンヴィーの様に、当然ながらティムは疑問を浮かべる。

「どうした? ……ん、あれは」

 波紋程度だった揺らぎは、ティムの目に映る頃には陽炎に。やがて津波の如き激しい振動に転じ、唐突に亀裂が奔る。

 超常現象を前に動けない二人を他所に、一条の光が亀裂から生まれた。明滅しながら七色に変化する光は一直線で官邸へ向かい、ハンヴィーの体に絡みつく。

 何者かの作為であるのは明白。逃れようとするが、水中にいるかのように体が重くなりままならない。そうこうしている内に彼は宙に舞い、唖然とする両者の距離は瞬く間に離れていく。

「安心なさい。こちらの時間では五分以内に返すわ」

 金管楽器の奏でる音のように美しいが、何処か浮世離れした声と共に、ハンヴィーの姿は忽然と失せる。

 官邸の一室には元の静寂と、一人の財務官僚が残される。

 会議室での暗闘は経験豊富でも戦闘経験は皆無に等しい上、魔術の知識も乏しい。怪奇現象を前にしても何も出来ることはない。

 そして、ロクでもない経験が豊富故なのか。ティム・ブレスロウという男はそれなりに非情でもあった。

「五分待って、帰ってこなかったら考えるか。何とかなるだろ、継承者なんだし」

 なかなか非情な結論を側近が出した事を知らぬまま、裂け目に引きずり込まれたハンヴィーは、やがて戒めを解かれて己の足で何処かに降り立った。


 そして、何処とも言えない空間の奇妙さに首を傾げる。


「……宇宙か? いやでもなぁ」

 上下左右どこを見ても、広がるのは静謐な黒と散らばる白光ばかり。思い切り足で蹴りつけると、軽い音と共に光の粒が舞う。

 即死しなかった事で酸素の類が存在し、体質的に自動発動する防御魔術が紡がれなかった事で大気中に有害物質が無いと理解するが、あまり気持ちが良い空間ではない。

「だらだらしてると、葬式をやられそうだ。早く帰ろう」

 帰り道を探して一歩踏み出す。特段の違和感や魔術発動の兆しはないが、見知らぬ場所故足取りは鈍い。

 亀よりも遅い歩みで前へ進むハンヴィー。彼の目に、忽然と人影が見える。

「おい、大丈夫か!? ……って、アンタもしかして」

「おぉ、救世主様なのですね。この流れでお会いした人、以前にもいましたねぇ」

 駆け寄る時に生じた飛沫の音で覚醒したのか、地面に伏していた人影が起き上がり、目を擦りながら振り返る。

 緩いウェーブの掛かった栗色の髪と、蒼空をそのまま切り取ったような美しい瞳。ハンヴィーより少し背の低い体が纏う衣装は派手だが、それに負けない「気」を纏う少女の名を、彼は一方的な形で知っていた。

「アイリス・シルベストロ!」

 芸事に疎い者でも名前程度は知っている人気歌手、アイリス・シルベストロはハンヴィーの不躾な呼び方にも、そして異常な空間にいる事実にも揺らぎを見せずに微笑んだ。

「えぇそうです。あなたのお名前も教えて欲しいですね」

「オレはハンヴィー・バージェス。バディエイグ人だけど、あんたはどうしてここにいるんだ?」

「フォルトンでコンサートがあるんです。出番を待っていたら、いきなりここに」

 記憶が正しければインファリスの一都市であるフォルトンから、バディエイグへの直通経路は無く逆もまた然り。

 更に言うなら、このような空間も存在しない筈だ。他に誰かいるならまだしも、見渡す限りの漆黒に存在を許されているのは歌手のアイリスと、急造国長のハンヴィーだけ。

 関連性も脈絡もなさ過ぎる要素を組み合わせても、何も生まれない。

 唇を噛むハンヴィーの肩を叩きながら、アイリスは泰然とした笑みを湛えたまま宙を見上げる。

「入れたなら戻れます。それに、入る時に声を聴きましたよね。あの声は」

「そう、貴方達を呼んだのはこの私」

 アイリスの言葉を遮り、尊大さを感じさせる女性の声が届く。

 美しい虚無から忽然と現れたのは、亀裂から伸びた光と同様の変色を見せる瞳を持つ、幻想的な空気を湛えた女性。水晶の髑髏を想起させる装甲と、彼女が背負う巨大な鎌で正体を察したハンヴィーは息を呑む。

「お久しぶりです、先生」

「アガンス以来かしら、確かに久しいわね。『継承者』ハンヴィー・バージェス、貴方とは初めまして。私はカロン・ベルセプト。今日は貴方と、そしてアイリスに用があって招き入れました。現実の時間だと、五分も掛からないわ」

 異空間に引きずり込まれたと思ったら、有名な歌手に遭遇。混乱している内に、今度は伝承の世界に住まう者との邂逅を果たす。

 あまりに状況の展開が速過ぎる。そして、伝承の存在が現れるなど楽しい話がある筈も無い。

 確信に等しい予感を抱いたハンヴィーを他所に、何処か超越者らしからぬ焦りと疲労を滲ませるカロンが手を打ち鳴らす。

 当人同様、忽然と現れた七つの球体が旋回し。厖大な魔力の放出で揺れる空間で、カロンは宣告する。

「私の力を授けたアイリス。そして『継承者』ハンヴィー・バージェス。私が斃れた後、貴方達が異なる世界との道を繋ぐ。使う事は恐らくない筈だから、これは保険の様な物よ」

 平静を装った言葉とは裏腹に、船頭の声は覚悟と悲壮な決意に満ちていた。

 根源が何であるのか。その答えが少年少女に与えられる事はないまま、カロンが紡ぐ不可思議な時間は流れていく。


                   ◆


 現代の戦争では魔術以上に兵器が戦局を左右する。

 余程の小国を除く大半の国家が理解している言葉を、インファリス西部の大国ロザリスは徹底的に実践して、国力の増強を図った。

 自爆兵上がりのロドルフォ・A・デルタが、政権奪取後に総力を技術開発に注ぎ込んだ結果、生み出された機械兵器はロザリスを劇的に変えた。

 竜鱗から着想を得て生み出された、強靭さと柔軟さを両立する『ストラトス合金』を惜しげもなく使用して開発され、実戦投入された歩行式機械兵。

 開発コード『HF』は砲弾や魔術を無に帰す防御力と、軍用竜や装甲車に劣らぬ機動性を両立する悪魔の兵器だった。

 市街戦から対巨大生物戦に至るまで幅広い局面の対応を可能とし、旧態依然とした軍隊を蹂躙した。

 圧倒的な戦果を獲得しても尚、何かを恐れるようにロドルフォが開発を促進した結果、現代では有人型の『S4』・無人型の『16V』の二種が実戦投入されている。

 歩兵部隊を一人で蹴散らすヒトの到達点の一角たる、隣国アークスの『四天王』すら押し返す強靭な部隊によって、ロザリスは大国の立ち位置を確たるものとした。


 そのような機械兵器が一夜にして粉砕されるなど、妄想に憑かれた者でさえも予想しなかっただろう。


 黒煙と死臭が満ちるテージス機甲基地を、肥満気味の男が歩む。

 男、いやロザリス総統ロドルフォは、己の眼に映る惨状に陰鬱な色を浮かべる。

 全ての格納庫に大穴が穿たれ、無敗を誇った機械兵は揃って機関部を破壊され、金属の骨格標本に成り下がっている。形の判別が可能な物は上等な部類で、数少ない有人機は影も形も消え失せ、確認できない機体数からの逆算でようやく存在を認識できる有様だった。

 整備や修復を担うファクトリーの外壁には巨大な斬線が刻まれ、電力供給等の設備は緊急時の自家発電ユニットも含めて、基礎部分から完膚なきまでに失われた。

「これはアレだ、詰みって奴だな。フラン、そっちはどうだ?」

「兵は無事ですが、設備は論外ですね。専門家は放棄を推奨するでしょう」

 紅茶色の髪に怜悧な顔立ちを強調する眼鏡。絶望を喚起する廃墟にまるで似つかわしくない給仕服と、調和を崩す無骨な機械の右腕。

 要素を過積載する美女にして総統の忠臣、フランチェスカ・アヴェンタドールは合流するなり悲惨な現実を端的に提示した。

「不味いよなぁ、いやこれはマジで不味い」

 最大規模の基地を失った所で、即座に崩壊する程ロザリスは弱くない。国民の不満を九割無視して増強を続けた結果、機械兵器が壊滅しても国体維持に支障はない。

 しかし、それはあくまで敵をヒトと仮定した話だ。

 何の前触れもなく襲撃し、修復不可能な状態まで基地を破壊。そして詰めている人員や基地の外への被害を最小限に留める攻撃は、己が被害を受けた前提を外せば芸術的な代物と言える。

 基地に詰めている人員は超一流で、襲来したのが正規軍であれば昼夜を問わず即応戦していた筈。彼等に存在を検知させない特殊部隊の類なら、ここまでの大破壊を起こせない。では、この惨状を引き起こしたのは誰か。

 疑問と、恐怖を解消させない敵であれば、応戦の難易度は飛躍的に上昇する。何も分からないまま闇雲に戦力を動かしても、備蓄の枯渇と無惨な敗北を招くだけ。そうなれば、ロザリスは終わりを迎える。

「エトランゼの襲撃でしょうか」

 基地襲撃と重なるように成された、惑星の最高到達点による人類抹殺の宣告。

 不快感と恐怖に耐えて絞り出したフランの推測は妥当。放送が為された瞬間に、ロドルフォも同じ発想に至っていた。

 誰もが飛びつきそうな妥当な結論を、しかしロザリス総統は受け入れられずにいた。

 徐に指を弾いて立体映像を展開。『エトランゼ』による破壊の記録は、少しずつだが確実に世界各地で観測され始めていた。

 人的・経済的な被害は甚大で、恐らく再起不能に陥った国や地域もあるだろうが、現時点の攻撃すら彼の者達には挨拶代わりに過ぎない。アークス王国が旗を振る合同作戦すら、勝算を見出だせないのが実情だ。

「そう考えるのは分かる。だが、俺はちょいとばかり違和感を覚えている」

 人類絶滅の予兆が齎す、本能的な拒否反応を捻じ伏せ、地図を見ながらロドルフォは己の思考を紡ぐ。

「『エトランゼ』の攻撃はロクでもなくて、そんで無差別だ。けどな、よくよく見ると何となくの法則が見えてくる。今まで狙われたデカい施設を読み上げてみろ」

「え? ロズアの自動車工場。サルデビアの石油採掘・貯蔵施設。コルデックの大規模輸送船格納庫……」

 この先にも幾つかの施設や都市の名が挙がるが、いずれも人類の生活維持に直結する要素。物流や燃料の類を担っていた物ばかりで、軍事施設単体が標的になった事例は皆無。

 当地が『最初の事例』になったと言えばそれまでだが、彼の者達の徹底した行動からのブレは、ロドルフォにとって何処か不可解な物だった。

「宣戦布告を仕掛けた以上、ヒトが反抗するのは連中も分かってるだろうよ。そいつらを真っ向から叩き潰して精神的な希望を奪い、インフラ周りを破壊して物質的な反抗の目も摘み取る。最後は蹂躙して終わらせるグランドデザインが、連中にはある筈だ」

「……嘘偽りを用いるのは、ヒトの特権でしたか」

「竜やら古塊人ゴーレムの言い分だとな。既に三十か所近くを破壊した後で、純粋な軍事施設のここを潰しに掛かるのは妙だと思わないか?」

 力に絶対の自信を持つが故の傲慢か、エトランゼが前言を翻す事は稀。二千年前の大戦で同胞を殺害されて退いたのが、人類が観測した唯一の事象。

 まだ前哨戦に過ぎず、消耗が皆無の状況で彼等が筋を曲げることは有り得ない。つまり、基地襲撃は別の存在に依る物。

 混乱した状況で役者が加わるのは、決して好ましくない。それが正体不明の輩と来れば猶更だ。

「別の敵が居るとなると、我々も結構大変ですね。実戦から離れた私じゃあまり役に立ちませんし、ハンナちゃんもいない。レーヴェ君は泥沼に浸るには若すぎます」

「あいつから何も連絡ないのか?」

 数か月前、鍛錬を目的にした休暇を申請した『ディアブロ』の片割れハンナからの連絡は、出発してすぐに途絶えた。

 何の便りも目撃情報もない現状では不安の一つでも覚えそうな物だが、彼女の義姉たるフランは緩く首を振った。

「便りなしは健在の証明。そう考える方が健康に良いですし、あの子はロザリスで収まる器じゃありませんから。帰ってきた時、きっと大きな戦果を挙げていますよ」

「そういうモンかねぇ。まぁ、アイツ等を頼るのは考えないさ。他の……」

 過度の緊張を解す意図もあった会話が、体内通信の無粋な音で途切れる。緊急時に発せられる音が届いた事で、無意識に警戒態勢を執ったロドルフォの目が円を描く。

「カラゴルムの軍が北上!? グレリオンやヴァイマル相手に仕掛けただと!」

 インファリスから南下したハディラ半島に存在する、政教一致国家カラゴルムはその性質上他国との軋轢が激しい。融和路線を選んだ為政者が暗殺され、現在は国教に忠実な世界を目指して半島中で紛争を引き起こしていた。

 当然ロザリスを含めた国々も警戒はしていた。だが、コーノス山脈という天然の壁を越えてまでの侵攻は困難で、歴史に於いても何度も失敗に終わった記録がある。

 故に現実味のある危機という認識が薄く、エトランゼ侵攻に上乗せされる形で混乱が加速する。

「半島は化石燃料の埋蔵量が多い。血晶石だけでは賄いきれず、我々もそれに頼る側面はあります。……そして、インファリスの各地で施設が多数破壊されている」

「禁輸した上で消耗戦に持ち込めば、今なら絶対に勝てる。対エトランゼがあるせいで、全体の協調も期待できないから、脆弱な部隊でも勝てるってか。嫌な話だが、アークスの案に乗らなくて正解だったな」

 宗教は救いや歴史を作る道筋として大きな意味を持つが、都合よく解釈する輩が現れると劇薬と化す。

 カラゴルムは最も過激な部類で、或る文脈の解釈を歪めて『戦場で死ねば神の御許に行ける』と喧伝し、一般人を平然と最前線に送り込んでくる。

 名前の出たグレリオンやヴァイマルは、ロザリスであっても容易に落とせぬ軍事力を有しており、戦力だけで考えればカラゴルム軍の勝ちは薄い。だが外聞や人道的配慮をかなぐり捨て、肉の盾を無数に重ねて消耗戦を展開されると、予測は覆されかねない。

 二国が落ちれば、指針を決めかねている半島の国々に賛同者が現れる。そうなれば、インファリス全土にまで混乱は広がる。

「ご命令を」

「フランもすぐに準備しろ。温存したかったが、遠慮なく叩き潰せ」

「御意に。ですが、まずはあれをどうにかしなければなりません」

 混乱が過ぎて逆に落ち着いたのか、フランが機械の右手を上に掲げる。何事かと目線を上げ、元々よろしくないロドルフォの貌は更に凶悪さを増した。

「フランや、俺の見間違いでないなら、アレは飛竜の群れか」

「怪鳥類もいますね。一際大きい白い個体は『シャパラル』かと。アメイアント大陸の暴風が、何故にここへ来たのでしょうか」

「そこじゃねぇだろ。連中は明らかにここを狙ってる。倒さねえと、マジでロザリスが壊滅する」

 翼開長が二十メクトル近くに達する怪鳥シャパラルは、強靭な体で長距離飛行を可能する上、竜に匹敵する魔力から風属性の魔術を自在に行使する。コルデック合衆国を始め、アメイアント大陸で姿を見せる度に大惨事を引き起こす、まさしく暴風の形容が似合う怪物なのだ。

 突然変異個体故か、営巣地を持たず世界中を飛び回っていると推測されていたが、インファリスに現れるのは初の事象。学会に報告すれば、新たなる可能性を学究の徒がこぞって議論するだろう。

 二人は只の軍人で、命の危機を前にして希望を膨らませる寛容さを持ち合わせてはいないのだが。

「援軍は?」

「一応呼びました。それなりの時間、持ち堪える必要はありますが」

「そうかい。……この基地の復旧予算、どっから出すかねぇ」

「総統の資産でやりましょうよ。支持率、上がりますよ」

 義手を起動し剣に変形させたフランの言葉に、苦笑しながらロドルフォは腰から銃を抜く。過去の経歴云々の前に、彼に竜との戦闘経験は殆どない。

 補給が十全に受けられない状態では、頼みの綱のフランも存分に力を振るう事は難しい。

 援軍が到達するまでの間、生きて居られるのか。自身が抱いた疑問が解消される日は来るのだろうか。


 最悪の問いを抱えて、ロザリスの統治者は久方ぶりの戦場に身を投じた。

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