1:遠き夢への入り口

 アークス王国首都ハレイドに位置する高級住宅街、マッセンネの一角。

 瀟洒な邸宅の一室にまるで相応しくない、ラフな装いのヒビキ・セラリフは、友人たちと並んでソファに身を預けていた。

 矢鱈と座り心地の良いソファの感触も、品の良いテーブルの上に並ぶ、彼が見たことが無いような凝った意匠の茶菓子も、今は完全に興味の外だ。

 油の切れた人形同然のぎこちない挙動で、首を左右に向ける。三者三様ながらも「何故ここにいるんだ」という疑問は等しく有している。それは恐らく自分も同じと思いながら、ヒビキは視線を戻す。 

「楽にしてくれて構わない。あくまで仕事の話だから」

 対面者からの鷹揚な言葉も、緊張緩和には何ら貢献しなかった。

「ヒルベリアの『塵喰いスカベンジャー』が、四天王の自宅に呼ばれるなんて想像してないからな」

「貴方達はもうそこに甘んじる事は出来ない筈よ。世界も、貴方達自身もね」

 幾度となく戦地に赴いているにも関わらず、雪の如くきめ細かな白磁の肌と、腰元まで伸びる紫髪。口がさの無い者が揶揄に用いるハゲワシのような鋭い吊り気味の眼に気品と活力を宿し、飾り気のない礼服に身を包んでも尚、圧倒的な風格を醸し出している。

 四天王の最後の一人。通称『証明者セルティファー』ルチア・C・バウティスタは、ここまで対峙した三人と全く異なる存在と肌で理解し、唐突にヒルベリアに現れた彼女が自宅まで招き入れた理由を探る。

 ――言いたかないけど、俺達は他三人と面識がある。幾らでも難癖は付けられるんだよな。

 二人と命のやり取りを行い、判定上勝利した事実は確かにあり、何らかの理屈で仕掛けてくる可能性も無きにしも非ず。だが、応接室に通されるまでに伴侶と思しき男性の姿を彼は見ている。

 公開されている情報を信じるなら、彼は軍や公的組織との関わりが薄い医師。巻き添え覚悟で事を起こすのは愚策だろう。

 対峙済の三人を基準にすると、彼女もまた常識と狂気の狭間に立つ者。必ずしも先手を奪うことが最善ではない為、こうしてルチアの挙動を窺っているのだ。

 杯を傾けるルチアの紫眼が、四人を捉える。敵意は無いように見えるが、腹の底に抱えた物の隠蔽を容易に成す相手では、警戒心は否応なく高まっていく。

「単刀直入に話しましょう。アルベティートが人類に対する宣戦布告を行った。無論、我がアークス王国は黙って絶滅を受け入れる意思など無い。思想を共有する国々が、資金や兵を拠出する連合部隊で迎え撃つと結論を下した。貴方達にも参戦して貰いたい」

「あれをアークスは信じたのですね。『戦争を起こしたい何処かの国が発した詐術』の声もありますが」

「少なくともインファリス大陸全土。アークスと敵対関係にあるドヴァイドや、政治的な力が皆無である大公海に点在する島々にも、多種多様な方法で宣言は流れた。陰謀論を真とするなら、そのコストを用いて攻める方が有益でしょう」

 遠く離れたバディエイグや北部アメイアント大陸諸国でも、全くの同時刻に宣言が為されたと伝え聞いている。電子機器の整備が遅れている地域では、野生生物の鳴き声などで放たれた徹底ぶりは、戦争を望む気狂い国家の仕業としては度が過ぎている。

 それでも、人類であった方がエトランゼより希望が見える。その一点に縋った問いに無情な切り返しを受け、沈黙したフリーダの姿にヒビキは唇を噛む。

「必要な装備や人員は凡そ揃った。貴方達に声を掛けたのは、陛下の勅命よ」

「……アリアか。何だって俺達に」

「貴方達が戦列に加わり、そして生き延びたら語られるかもしれないわね」

「教えるつもりがないなら、そう言ってくれよ」

 幾つもの死線を越えようと、エトランゼとの戦闘は想像の外にあった。

 殆どの記録が消失し、僅かに残る資料に記されているのは、記録者の正気を疑いたくなる超常現象染みた惨劇。多大な代償を払っても、引き分けに持ち込めた事が奇跡に等しい敵なのだ。 

 ルチアが語る『備え』の詳細は、機密保持の観点から現時点では開示されず、知るのは地獄の船に乗った後。そして、ルチアやアークスを信ずる材料は不足している。

「理由は何であれ、手札を増やす為に俺達を呼んだなら、アリアは勝ちたいと思ってるんだろうが、アイツは経験が少なすぎる。事実上、これを仕切っているアンタはどう落としたいんだ」

「それは」

 ぱたぱたと軽い足音が届き、ルチアの声が止まる。何事かと四人が顔を見合わせた時、部屋の扉が軽快に開かれる。

「ただいま!」

 肩口で切り揃えられた紫髪に小さな花飾りを載せた童女は、ルチアの次に招かれた四人を見て、そしてヒビキを指さす。

「ママ、このわるものみたいなお兄さんだぁれ?」

「わる……ライラ、お前何噴き出してんだ」

 不景気面を筆頭に様々な罵倒を浴びてきたが「悪者」は未経験。初対面の子供から言われるなど想像しておらず、形容し難い珍妙な表情を浮かべたヒビキを他所に、童女はルチアに飛びついた。

「ルカちゃん、この方たちはお客様。大事なお話をしているから、お部屋に戻ってなさい」

「帰ったらあそぶ約束してたもん! あそぼうよ」

「このお話が終わったら遊びましょうね」

「やだ! 今がいいの!」

 唐突に始まった微笑ましいやり取りに、四人は顔を見合わせる。

 禁足地で散った元・同僚から、ルチアが家族を持っていると聞かされていたが、こうして目の当たりにすると彼女も普通の人に思えてくる。

 ひりついた話より余程心地良いが、今は陰鬱な本題を進めねばならない。加えて、死の影がちらつく話を幼子の耳に入れるのは不味い。

 冷徹な思考と人道的な配慮を無言のまま共有した四人の内、ゆかりが徐に手を挙げる。

「私がルカちゃんと遊んでいましょうか? ご存知の通り、この世界の者ではないので、聞いたら不味いお話もあるかと」

「それなら……お願い出来るかしら?」

「ルチアさんとルカちゃんが問題なければ」

「では……ルカちゃん、ちょっと来なさい」

「はーい!」

 娘とゆかりを連れ、ルチアが一旦部屋を出る。扉越しに届く無邪気な囀りと、それに応じるゆかりの会話で緊張を緩めかけた三人だったが、戻って来たルチアの面持ちによって強制的に引き戻される。

 見せる義理も無く、そもそも題目が重すぎる為に当然なのだが、ルカが入ってきて退室するまでの時間が夢だったと思わせる程に、彼女は変貌していた。

 憑かれたように吊り上がった眼にぎらついた光が灯り、たおやかな手には毒々しさを感じさせるまでに血管が浮き上がって脈を打つ。肉食生物に捕捉されているような悪寒を覚えたヒビキの脳裏に、蛇に睨まれた蛙とは自分達の事かと、実にどうでも良い感想が掠めた。

 そうでもしなければ、恐怖に圧し切られて暴発していただろう。四天王の持つ物の重さは、形こそ異なれど全員が有しているのだ。

「アンタ、一気に雰囲気変わったな」

「癖みたいな物よ。申し訳ない」

「いや、別に構わないけどな」

 見た目で判断するなら、自分など犯罪者だ。

 自虐的な笑みと共に手を振り、続きを促そうとしたヒビキは、ルチアの眼差しが窓へ向けられている事に気付く。

 手入れの行き届いた芝の上に遊具が配された庭で、ゆかりとルカがゴムボールを投げ合いながら談笑している。年の離れた姉妹が遊んでいるような和やかな光景は、地獄への片道切符を押し売りされている部屋と、同じ屋根の下とは思えない代物。

「他者を踏み躙って登り詰めた者が、自分の子供が絡むと感情を見せる。滑稽と思われても仕方ないわね」

「思いませんよ。寧ろ、その方が僕達も話しやすくなる。娘さんはお幾つですか?」

「今年で六歳。家を空けてばかりなせいか、見る度に変化しているように思う。けれども、子供とは良いものね」

「……だな」

 養父の死を引き起こした負い目を除外しても、幼少期の生活に良い思い出は少ない。『塵喰い』の生活を成立させる力を付けて生き延び、早く大人になって抜け出したいという気持ちの方が強かった。

 ルカの振る舞いや、庭で繰り広げられる光景によって揺らぎが生じていると自覚し、この光景すらルチアの策かもしれないと警戒しながらヒビキは視線を戻す。

「ロザリスは主力の機甲部隊が壊滅して勘定に入れられない。オルレンスやヴァイマル鋼国は主力を出せない。ノーティカはいつも通り沈黙、アメイアント大陸の連中は動きが読めない。アンタが旗になるにしても、戦力はどこから絞り出す? あまりにも少ないなら、俺達だけで挑む方がよっぽど生存率は高くなる」


 四人もしくは三人でエトランゼに勝てるなど、有り得る筈も無いが、この発言にはそれなりの意味がある。


 指揮官が正規軍人でも実働部隊に傭兵が組み込まれていれば、正規軍の戦術を使えず、そもそも連携が成立するかも怪しい。

 練度不足を帳消しにするには突き抜けた個の存在か、圧倒的な物量が必要になるが、状況的に期待は出来ず、大前提としてエトランゼ相手にそのような物は存在しない。

 集団に埋没し流されるまま死ぬより、スタンドプレイに徹して死ぬ方がマシという主張を、ルチアは予見していたのか淡々と受け止めた。

「全てを明かす事は出来ませんが、覚悟の証明に一つ。私の権限で『トーレス烈士隊』を参戦させました」

「……アンタ正気かよ」

「名前は聞いた事あるけど、そんなにヤバいの?」

「先々代の四天王候補まで行った軍人が、拗らせまくって設立した傭兵組織だ。ロクな連中じゃない」

「ミサイルや戦車を保有してるし、戦力増強って意味だと理に適ってはいる。黒社会やテロ組織との繋がりが濃いし、違法行為上等だけどね。アークスが潰していないのが不思議な集団だよ」

 実際に対峙したヒビキとフリーダの説明に、何気なく問うたライラの頬が引き攣る。

 創設者にして総指揮官のエルケ・トーレスは、能力こそ高いが激烈な人種差別主義者で、組織内でも個人の論理を振りかざす気質故に排斥された。

 ゆかりが現れる前の話だが、賞金首討伐で構成員と激突した経験が二人にはある。戦いに決着が付いた頃に現れたエルケは、敗北の許しを乞う男をその場で生きたまま解体した後、初対面のヒビキを『アークスを汚す××××××』と罵り砲撃を仕掛けて来た。

 高い実力と、歪みきった価値観を並立させて持つ者ほど厄介な存在はない。多くの人種が参戦する有志部隊でも、彼女達は確実に問題を引き起こす筈だ。

 そして元軍属であろうと、一般人にも黒社会との癒着が知れ渡っている集団を招聘するなど、アークスに消えない汚点が刻まれる。

 結果を問わず、生き残ってしまえばあらゆる形で粘着される事は目に見えており、戦後に重い処罰が待ち受けている。それをルチアが理解していない筈はない。

 非難と軽蔑が入り交じる視線を、二代連続で四天王となった女傑は小動こゆるぎもせず受け止める。この種の反応を予想していた。それだけでは説明しきれない泰然自若ぶりは、逆に三人をたじろがせる。

「持たざる者の平凡な生活を守る為に、私はこの道を選んだ。そして今は家族がいる。生態系の頂点や惑星の代弁者を名乗ろうが、脅かす相手なら退けるまで。どのような汚名を被ろうが構わない。後に残るのは、勝敗の結果だけでしょう? 

 ならば、何も問題ないわ」

 悪魔の表現すら生温い、煮凝った眼光を湛えたルチアの宣言で、会見は締め括られた。


                   ◆


 満足そうに手を振るルカと、彼女の手を握り締めるルチアに見送られ、四人は邸宅を辞した。「三日待つ」と宣告され、宿泊費用を先方が負担すると申し出を受けた。

 返事をせぬまま遁走という道を許さず、ハレイドに留める打算があるのは見えていたが、固辞する理由も無い。申し出に乗った四人はバスでハレイド中央部に移動し、到着した頃には日が落ちていた。

 不慣れな土地、しかも夜となればリスクが増える。食事を摂って休むべきと意見を一致させた四人は、価格の安い大衆レストランに足を運んだ。

 ありふれた店なのだろうが、フリーダを除く二人は都市部で私的な行動を取った経験が少ない。首を左右に動かして、目に映る物全てを興味深そうに眺める様は、店員すらたじろぐ程だった。

「飲み放題だって! ユカリちゃん、取りに行こう!」

「ドリンクバー? うん良いよ……って、走ったらだめだよ!」

 メニュー表を見るなり、意気揚々と駆けていくライラを見送ったヒビキもまた、供された料理を口に運ぶなり仮面が剥がれ落ちた。

「何だこれすげぇ旨い! しかも千スペリア!?」

「声が大きいよヒビキ。そりゃ首都だし、チェーン店だから……聞いてないか」

 フリーダの指摘を右から左へ聞き流し、魚卵のクリームパスタを勢いよく口へ放り込んでいく。

「極東系の社員が開発しました」と店員が補足していた通り、やたらと口に合っているのか。四百ガルムという少なくない量のパスタを、ヒビキは下品にならない速さで減らしていく。

「ご飯食べるぐらいで大袈裟だよ!」

「ライラちゃん、ソースが口元に付いてる。後、沢山頼んだけど食べきれる? 無理そうだったら言ってね」

「大丈夫だよ!」

 バスカラートを筆頭とする、本来食用に不適格な肉が混ぜられていないハンバーグに、質の良い米だけで作られたチキンライス。

 そして新鮮な野菜が目に眩しいサラダと、一人で三皿も頼んでいるライラも、ヒビキの事を言えない浮かれ方を披露していて、元の世界で経験が豊富であろうゆかりはフリーダと共に苦笑を浮かべた。

 若さに興奮が加われば、食事はすぐに終わる。

 三十分もしない内に全員が完食して一息入れようとした時、フリーダが徐に店の奥を指さす。

「このチェーンはお菓子作りの実演を見られるよ。結構面白いから、見てきても良いんじゃないかな?」

「何それ凄い! よし、行こう!」

 陸上競技の選手すら目を見張る機敏な挙動で人波に飛び込み、ものの数秒もしない内に姿が見えなくなる。

 大人のように振る舞いたがり、事実二人より安定した生活基盤を持つ彼女も、目新しい光景には年齢よりも幼い反応を見せる。

「ユカリちゃん、悪いけど付いて行ってくれないかな。変な事になっても不味いからさ。僕達はここで待ってるよ」

「二人は良いの?」

「食べ過ぎたから入らないよ。ヒビキもそうだろうしね」

 目を白黒させていたゆかりも、そのように促されてライラの後を追う。若干の引っ掛かりを覚えた様子だが、追及を行うことなく背を向けた彼女がいなくなると、席には余所行きの仮面を捨てたヒビキとフリーダが残る。

「話したいのは分かるが、今のは流石に不自然だ」

「早い方が良いし、寝る前に景気の悪い話はしたくないだろ? 君は、ルチアの話を聞いてどう思った?」

「嘘は言っていない筈だが、あくまで俺の見立てだ。感情の起伏を隠す術ぐらい持ってるだろうな。……大体決まってる。けど」

「ユカリちゃんの事なら心配しなくて良い。参戦するかは彼女自身が決める。そこまであの子は弱くない。寧ろ、僕は君が心配だよ」

「俺が? 何も心配することなんてないだろ」

 笑い飛ばそうとしたヒビキは、友人が放つ強い憂いを察してそれを引いた。

「エトランゼや、それに匹敵する敵と本当に戦うとしよう。万が一を起こせるかもしれない君を司令部は確実に前線に送る。……使い続けて、君は耐えられるのか?」

「フルで力を使わないし、短期決戦で終わらせるから大丈夫だ」


 当人すら自覚する空虚な答えに、フリーダの憂いは濃度を増す。


 積み重ねた経験から、越えてはならない一線をヒビキは掴んだ。カロンに力を託された後もその一線に大きな変化はなく、真髄の数歩手前まで力を行使する術も体得した。

 それら全てが自己欺瞞に過ぎないとも、分かっているのだが。

「痛み止めの量も増えて、反動も強くなった。今はまだ『アタリ』を避けられているけれど、幸運がこの先も続く保証はない。最大の目標に届かずに死ぬぐらいなら、この戦いに乗るべきじゃない」

 延命処置のツケは時限爆弾に等しく、いつ炸裂するか誰にも分からない。提示された戦いの相手が誰であっても、ここまでの戦いより楽になる事だけは有り得ない。

 追及されるような犯罪履歴もなく、権力闘争に乗る意思が無い以上、ヒビキ達は召集を蹴っても今まで通り動ける。「誰か」に任せる選択は恥じる物では決してない。

 そのような言外の指摘に、ヒビキは唇を噛む。

 指摘が想定外だった訳ではない。真っ当な人間性を持ち合わせている友人が事情を知れば、いつかは踏み込まれるとヒビキも覚悟していた、自分から答えを示さなかったのは、甘えと言わざるを得ない。

 目前の杯が軋むまで強く握り締め、ヒビキは思考を回す。店員すら距離を置く、穏やかな場から著しく乖離した淀んだ空気を払うように首を緩く振り、似たような面持ちのフリーダを見据える。

「エルフィスの書にな、世界を繋ぐ鍵は頂点が持つ。って記述があった」

「!」

「頂点が何を意味しているのか、正確にはまだ分からない。エルーテ・ピルスのような山なのかもしれないし、もしかしたら歴史上の誰かかもしれない。けど、ユカリがこの世界に来たのはカロンの力だ」

「頂点が自然現象を示す可能性は低い。つまり……」

「この戦いは決して避けられない通過点だ。俺は出るよ。ルチアが直々に声を掛けて来たからって、俺達が重用される筈が無い。褒められた考えじゃないが、成果を掠め取るぐらいのつもりでやるさ」

 解けかけていた右腕の布を弄びながらの宣言には、ヒビキの強烈な意思が滲んでいた。

 戦闘が始まるなら、否応なしに頂点とやらに近付ける。辿り着くべき場所への鍵が兆しだけでも見えているなら、受けない選択は始めからない。

 険しい道から逃げても、その先にあるのは別の険しい道。地獄が待っていようと、この道に乗るべきだと判じたのだ。

「君の意思は分かった。僕は最初から乗るつもりだったし、一緒に行こう。でも、辛くなったら言ってくれ。理解も消してあげることも出来ないけれど、知っておきたいからね」

 他者の苦しみを正しく理解することなど、ヒトには出来ない。フリーダがそうであるなら、ヒビキもまた然りだ。

 整備された終わりへの道を走る苦しみと、それを見届けるしかない苦しみは別の物だが、両者が持つそれに差など有る筈もない。

 分からないなりの覚悟を決めたが、本当の願いは別の所にある友人への敬意と、後者を叶えられない痛み。

 内側で等しく存在する二者が齎す重圧から逃れるように、ヒビキは左手を掲げる。

「大丈夫だ、ちゃんと言うよ」

「出来るならユカリちゃんとライラにも、ね」

「条件増やすなって」

 意図を解してフリーダも拳を掲げ、両者のそれが打ち合わされて鈍い音を発する。

 気安く、そして重い形で針路は決まった。

 

 少年達が決意を固めた頃、別の場所では新たな戦士が参戦を表明した。

 事態は確実に進み、そして始まろうとしている。

 待ち受ける結末を知る者は、現時点では誰もいなかった。

 

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