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『祓光ノ騎士団』三席ジルヴァとの交戦と、目的の空振りを経た二人は、訪問予定の無かったイルナクス連合王国首都イルディナに降り立った。

 新旧の文化が入り交じり、唯一無二の空気を醸し出す街並みに目も暮れず、ヒビキは無線機をモチーフにした標識が掲げられた煉瓦造りの建物に飛び込む。

 業務用の非の打ち所がない笑みを向けてくる女性に「アガンスまで繋いでくれ」と告げ、指し示された通信機器の元まで人波を掻き分け進む。

「ヒビキ君、ここは?」

「越境通信の施設だ。手持ちの通信機だと、色々不味い」

 ある程度共通のシステムが導入された現代でも、個人が国境を跨ぐ通信を行うのは決して容易ではない。低性能の機器では十中八九失敗し、仮に接続が叶っても正確なやり取りは難しい。

 とは言え、国家間の行き来が増えた現代では国を跨いだ通信の頻度も増える。そこで登場したのが、各国の首都に設置された越境通信施設だ。

 設置国に内容を把握されるリスクはあるが、そこまで機密性を重視する者ならば、自前で別の手段を用意する。未開の地やそもそも機器を持たぬ相手を除く、安定的通信が金を払えば叶う施設は、慎重論を駆逐して先進国で定着を果たした。

「どうした」

「釣果は無い。で、アンタに一つ聞きたい事がある。エデスタ・ヘリコロクスを知ってるか?」

 数度の呼び出し音を経て届いた、通信の相手。アガンス在住の『氷舞士』マルク・ペレルヴォ・ベイリスは、ヒビキの問いを受けるなり動揺を露骨に表出させた。

「世間一般の認識。それとも、私個人の認識。どちらが欲しい」

「両方で頼む」

 なるべく回避したいが、相手がこちらの情報を把握している以上、あの不審人物との再戦を意識しておくに越したことはない。どんな些細な情報でも欲しいのが、ヒビキの偽らざる本音だった。


 通信機越しに両者沈黙。長い溜息と共に、マルクが言葉を紡ぐ。


「エデスタ・ヘリコロクス。年齢四十二歳。性別は男。出会ったのなら既知だろうが、幼少期にカルス・セラリフから指導を受けている」

「……そうか」

「あの国は傭兵の輸出が主産業だ。見込みのある子供は強制的に『ガレオセード』という施設に入所させられ、戦士となるべく訓練を受ける。カルスの戦闘術を叩き込まれた輩は、奴以外にもいる。

 話を戻すぞ。エデスタはカルス・セラリフから『セラリフ式戦闘術』を継承した後、軍に配属された。だが十四年前にノーティカを出奔し、今はフリーの傭兵だ」


 養父の戦闘術を、最も忠実に受け継いだ男がいる。

 ヒビキ個人には痛い事実だが、それを除けば軍人から傭兵への転籍は別段珍しい話でもなく、エデスタの名はそこまで知れ渡っている訳でもない。

 疑問が脳裏を掠めたのを読み取ったかのように、マルクが言葉を紡いでいく。

「行動原理は誰にも分からない。小国を転覆させる実力を持っているが、富や名誉、強者との闘争といった類でないのは確かだ。ただ、一度目を付けた事象に対しては、それが完結するまで決して離れない。そうなった時、ノーティカ人特有の水中戦闘と、奴自身の高い能力の掛け合わせは脅威だ」

「……そう、なのか」

「恥を晒す形になるが……先日、我が事務所の部隊長四人が奴に一蹴された」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声が口から飛び出す。


 隣に立つゆかりのみならず、周囲の利用者や職員達までもが一斉にヒビキへ視線を向けるが、周囲へ配慮する余裕は彼から消え失せていた。

 マルク・ペレルヴォ・ベイリスの事務所で部隊長を張る四人は『歌姫』に纏わる事件で共闘した。その時に、彼等の力量は身を以て体感している。

 あの時より自分が強くなった確信は、ヒビキにもある。だが、全く異なる戦闘様式の四人を同時に相手取れば、勝率は八割程度だろう。

 語られた事実を統合すると、エデスタ・ヘリコロクスなる不審人物は、どれだけ弱くてもマルクと同等。下手をすれば四天王に匹敵する強敵。

 世界の繋がりに纏わる事象を探す。イルナクス連合王国に降り立った本来の目的は、まかり間違ってもあのような不審人物と戦う事ではない。

 無いのだが、先述した自分達の置かれた状況と、マルクから得た情報を掛け合わせると、再戦は決定付けられたに等しい。

 エデスタと相見えた時、カルスの戦闘術をより正しく受け継いだ男に勝てるのか。そもそも、精神を普段と同じ状態に持って行けるのか。

 年齢不相応な、長く倦んだ溜息を吐く以上の後ろ向きな挙動を抑え、ヒビキは通話機越しに頭を下げる。

「いきなり悪かった。忠告、ありがとうな」

「手掛かりが少しでもあれば、すぐに連絡する。……生き残れよ」

 重い言葉を最後に、氷舞士との通信は終わりを告げた。

「マルクさんは何て言ってたの?」

「あの不審者と変な形の知り合い。で、この前ルーチェ達が四人纏めて負けた。そのくらいの敵らしい」

 ゆかりの表情も、ヒビキ同様急速に強張っていく。旧知の実力者が負けた事実は敵の脅威に現実味を与え、現状と嚙合わせる事で恐怖に変わる。

 伝えるべきではなかったと後悔が掠めるが、それも一瞬の事。

 ――嘘や誤魔化しで敵の力を見誤って死ぬ事が、一番避けるべきオチだし、ユカリもそれを望まない筈だ。

「出来るだけ守るし、アイツと戦わずに済むように動く。今の俺には、これだけしか言えない」

 強気な言葉は口の中で溶け落ち、結局情けない言葉が滑り落ちる。正しい戦力分析に基づけば妥当な着地点だが、励ましとするにはあまりに弱く空虚だ。

 巡り始めた嫌な思考を振り切るように、施設を足早に辞する。

 薄曇りが多い。そんな伝聞とは異なり、本日のイルディナは快晴。容赦なく殴りつけてくる日差しに目を眇めた時、銃声が響き渡った。

 意識が強制的に切り替わる音に、二人は目配せを交わして走り出す。

 先進国と評して差し支えない国の首都とあれば、銃声は聞き慣れない物のようで、人々は足早に逃げていく。彼等と逆方向、即ち銃声が生まれた方向へ走る二人は、短時間で発信源に辿り着く。

 怒号と魔術発動の余波が飛び交う先に、伏した竜を模した紋章が踊る建造物が映る。

 アルビオン号の船内で何気なく目を通した書物から、建造物がイルナクス最古の銀行『チェスター・ワーズ銀行』本店と知識を得ていたヒビキは、そこに集う武装集団の目的も解した。


 ――騒ぎを起こしたく無いけど、見ちまったのは仕方ないよな。


 腹を括って、地面に転がっていた石片を投げつける。突入の役割を担うであろう一人の首筋に石片が直撃し、物も言えずに頽れる。

 集団はここでヒビキの存在に気づき、全身を舐め回すように検分した後、やたら波打った金髪が目を引く男が口を開いた。

「黄色いサルが何の用だ?」

「強盗を見逃す阿呆はいねぇだろ。義理も預金もないが、テメエ等を倒して警察に突き出す。それだけだ」

 端的な排除宣告を受けても、集団に恐れはない。それどころか、ヒビキに憐憫の眼差しを向けてくる。怪訝な物を感じたヒビキの前に、集団の中から鈍色の甲冑に身を包んだ男がゆっくりと進み出る。

 周囲の反応から判断すると、集団の頭目と思しき男は、銀行強盗をしでかしているとは思えぬ落ち着いた様子で口を開いた。

「子供に正しい情報を与えるのも大人の役割。少年、この王国は腐敗している」

「どこの国にも、問題の一つや二つあるだろうよ。で、何をどうしたら銀行強盗に繋がるんだ?」

 煽り交じりの問いにも、男は動じない。ロクデナシであろうが、集団の頭を張る者は一段違う領域に立っている。

 どこかで聞いた理屈を証明するように、男は悠然と両手を広げる。構成員の肌と頭髪から、凡その主張を読み取っていたヒビキだったが、敢えてスピカを抜かず拝聴する姿勢を保つ。

「純イルナクス人を政府は軽視し、少数の移民や混血を優遇している。その結果、奴らに影で操られる所まで堕落したのだ。

 雇用や社会福祉の対象選別。果ては犯罪の量刑まで。愚劣な余所者を擁護し、古来から連なる正当なイルナクス人を軽んじる事が、近年の衰退に繋がっている。この銀行とてそうだ。融資の基準を……」

「テメエ等の言うクソ共には甘くして、純イルナクス人には貸し渋ってる。そう言いたい訳か?」

 重々しく、頭目が首肯する。対称的に、ヒビキの顔には嘲りと失望の色が浮かんでいた。

「世界がどれだけ、戦争や国体維持の出鱈目な婚姻を重ねたと思ってる? 定住地が不明で他種族との交わりが薄いドラケルン人以外で、純血なんざヒトが猿だった時代まで遡らない限りいやしねぇよ。それに、だ」

 一度言葉を区切り、中性的な貌に極大の悪意を滲ませる。気圧された集団を嗤いながら淡々と宣告する。

「移民や混血に支配されているのを事実としても、だ。少数の劣等種に操られるなら、純イルナクス人がそれだけ能無しってだけの話じゃねぇの?」

「××××××ッ!」

 鼻白んだ頭目の横から構成員の罵声が投げられ、集団が沸騰する。狙い通りの状況に集団が嵌った様を醒めた目で見つめながら、ヒビキは終着点を目指す。

「思想信条は自由だ。けど、無関係な人を巻き込む犯罪が証明の必須条件になるなら、そりゃ前提から間違ってんだよ。証明したけりゃ、正当なやり口でやれ。純イルナクス人とやらの三割ぐらいから賛成を集められたなら、政府も聞くんじゃねぇの」

 差別主義者以前に、只の犯罪者が練り上げた妄想を、ヒビキは悪意と正義感を以て完膚無きまでに粉砕した。憤怒で顔を歪め、集団が一斉に武器を掲げる。

「総員撤退だ!」

 爆発寸前となった瞬間、頭目が意図に気付いて叫ぶ。だが、既にヒビキは彼らの中にいた。

 武器を構えた集団の中心に飛び込んだヒビキは、跳躍の勢いをそのまま転用し一回転。振られた拳と足、スピカの柄が男達を強かに殴打する。

 意識を手放し昏倒する一人を踏みつけ、唖然とした面持ちで見上げる集団に『器ノ再転化』を行ったスピカを突き付ける。

「じゃあな」

 酷薄な宣告が放られる。

 引き金が引かれ、紡ぎ出された『泡砲水鋸バボルム』の巨大な泡が集団に降り注ぐ。銃弾や『牽火球フィレット』が来る。そのような読みが外れたせいか、愚かにも動きを止めた集団に、泡が接触するなり悲鳴と血飛沫が場に生じる。

 竜の甲殻をも引き裂く高速噴流で装備ごと肉体を破壊され、集団の大半が沈む。血肉舞う空間を駆け抜け、着地と同時に異刃に回帰したスピカで横薙ぎの斬撃を放つ。

 集団の誰一人捉えられない速度で駆けたスピカが、真昼の町に蒼の流星を描く。軌跡の内側に存在した得物は、一つの例外もなく滑らかな切断面を曝け出していた。常識外の現実を提示され唖然とする男達は、翻ったスピカに急所を切られ、赤を散らして意識を手放した。

「貴様、何者だ!?」

「テメエ等の辞書に則って応えるなら、劣等人種の黄色いサルだ」

 問答に応じず、頭目の右腕にスピカを撃ち込む。深々と食い込んだ非情の刃が右腕を縦断し、慈悲を乞う悲鳴諸共斬り捨てた。

 部下より秀でている事がこの場では仇になり、脂汗を垂れ流して喘ぐ頭目を踏みつけ、ヒビキは視線を遠くへ向ける。恒常的に用いている以上の力を引き出さず、完勝した事実が示す通り、御大層なお題目を掲げる集団とヒビキには致命的な実力差が存在していた。

 隠していたと言えど、実力を見抜けず舐めてかかる敵ならば、力を解放せずとも勝てる。ある種残酷な領域に片足を到達したヒビキは、ガラス越しに親指を立てるゆかりの姿と、徐々に接近する緊急車両の警笛に緊張を緩める。

 法律に照らし合わせれば極刑に成り得ない集団を、皆殺しにするつもりなど元より彼には無い。言葉による説得が期待出来ない相手と理解していたにも関わらず、まずは会話で引き延ばしを試みた。

 別動隊が存在する可能性を踏まえて、行内に潜入したゆかりが通報を行い、警察の到着が間に合えばよし。軽挙を起こせばヒビキが捻じ伏せる。

 頭目が腕の一本を失った程度は、喧嘩の授業料で済む範囲。内部の人々もゆかりの表情を伺うに無事の筈。最善手を打った自覚がある故、車両から続々と降りてきた警官に笑みを返す。

「市街地に於ける交戦許可証の提示を」

「はぁ?」


 感謝の言葉ではなく威圧的な指示。しかも、聞き覚えの無い代物。

 

 二つが合わさって、思い切り礼節を欠いた反応を見せたヒビキに、警官は呆れ顔で言葉を重ねていく。

「旅行者か?」

「そんな所だけど……いや、これ正当防衛どころか社会的正義の行動だろ」

「どんな理由があろうと、この国では暴力の行使に許可証が必要だ。法典にも記載されているぞ」

 凄惨な大戦の教訓から、個人の過度な暴力行使を防ぐ目的で交戦許可証が発行されていたのは事実。一定の基準に基づいて行動に枷を嵌められれば、治安維持を始めとして様々な観点から素晴らしい利益を齎していただろう。

 ヒトがどれだけ子供じみた理屈で争いを展開したのか。過去の事実を照合して考えれば、終着点は分かり切っていたのだが。

 発給基準や保持者の罰則等の制定で躓き、大半の国でロクに運用される事なく消えた制度だが、女王が統括する治安維持部門の権限が広いイルナクスでは、現代でも機能している。

 昨日今日で変わった訳でもなければ、余所者を狙い撃ちにした恣意的な産物でもない、時代錯誤だが公平な代物。知らなかったが通る余地は皆無の、ヒビキ個人の失策だ。

 法律的な意味では初犯かつ、一応治安維持に寄与したので罰金刑で済むだろうが、時間の浪費は金銭で換算出来ない痛手になる。

 白昼スピカを抜いた自分はともかく、銀行内部で捕縛を行ったゆかりを逃がす事は出来ないか。公権力の恐ろしさと反旗を翻す困難さを知るが故、及第点の落とし処を模索するヒビキの肩を、声を掛けてきた警官が叩く。

「いきなり極刑は無いから安心しろ。まずは署で話を聞く」

「申し訳ないが、二人の身は私が預からせてもらう」


 場にいた全員が振り返る。すると、長身の老人がそこに立っていた。


 品の良い黒の背広を纏う姿はやり手の実業家を想起させるが、精緻な装飾が施された杖を突き、右足を引き摺って歩む様は、既に彼が時代の波から取り残された事を暗示しているように見えた。

 伸ばせば手が届く距離まで老人が接近。くすんだ茶の目を見るなり、ヒビキの体が強張る。皺やシミが目立つ年相応の顔に嵌る目は、経験に起因する自信と意思が刻まれていて、全身から微かに放出されている魔力も強者に括られる質を持っていた。

 年齢とそれが齎す外見的要素を除けば、前線に出ていて然るべき物を持つ老人が、ここで現れる合理的な理由は見つからない。

 老人が歩を進める度に警官達が後退し、しかも彼らに恐れや嫌悪が無い様子から考えるに、彼の持つ社会的地位も相当高い。

 疑問に対する全ての答えが見つからず混乱するヒビキを他所に、老人の言葉が紡がれる。

「手助けをしよう。あの子と一緒に来たまえ」

「……は?」

 万が一を想定し、マルクとのやり取りでも目的は伏せた。初対面の老人に動きが割れているとなれば、既に隠す意味は破綻している。帯刀しているが、それ以外に特筆すべき物のないヒビキ達に、現時点で当たりを付けられる人物は、現段階では少ない筈だ。

 ここで徒に喧伝されれば、最悪の終局を迎える。反面、自分達の動きを掴める力を持つ者の「助力」を得られるのであれば、目標達成への道が再び見えるかもしれない。

 逃避以外の打算も籠めたヒビキの首肯を、老人は穏やかな笑みで受けた。

「交渉は成立した。申し訳ないが、これで失礼する」

 周囲の警官が一糸乱れぬ動きで最敬礼。開かれた道を悠然と老人が征き、ヒビキはおっかなびっくり追従する。

「この人……誰?」

「少なくとも敵ではない。今はこのくらいで構わないよ」

 銀行から出てきたゆかりにそう答えながら前進する老人は、やがて一台の発動車の前で立ち止まる。暗緑色で塗られた車体のドアが開かれ、二人は躊躇いながらも後方座席に乗り込む。

 大排気量発動機特有の太い音を響かせながらも、粗野な側面を見せることなく発進した発動車は、イルディナから離れる道を進む。

 抵抗は無駄。そう理解している為に後部座席で沈黙を守る二人に、声が投げられたのは発進から約四十分が経過した頃だった。

「君達の国に、ヴァネッタ社の発動車は無いだろうね」

「この国の会社だろ? だったら、俺達は絶対に知らないな」


 ――イルナクスの発動車メーカーは、外国企業の傘下に入るか、潰れるかの二択が殆どだねぇ。他の機械と違って、変な拘りを捨てられないのが特徴だからさ。


 ライラに授けられた知識を反芻しながら、生返事を投げる。

 困窮した暮らしから、発動車に関する知識は彼女が保有するトラックの操縦程度。自身で保有する選択など、脳の片隅を過ったことすらない。そんなヒビキの目にも、忙しないギアチェンジが必要な大排気量車は時代遅れに映る。

「コルデック共和国やロザリスの高級車専門企業でも、小型化と過給機の搭載に切り替わっている。マニュアルトランスミッションも化石に近い。利便性の排除や懐古趣味に起因するロマンはあるが、シェア獲得の視点では著しく愚かしい選択だ」

「分かってて乗るなんて、アンタも変な趣味だな」

「代々続く株主だからね。それに、生まれてからずっと乗り続けていれば愛着も湧くさ。大きく変えようにも、数少ない純イルナクス資本企業の冠を結果的に戴いた以上、彼女から了承を得る事は難しくてね」

「彼女?」

 唐突に挿入された「誰か」の詳細を、老人は明かさなかった。興味は湧いたが、何気ない世間話に話題を転換され、和やかだが非生産的な会話が車内に満ちる。

 車重を物ともしない軽快な挙動で駆ける発動車の窓に映る景色は、会話を交わしている間に長閑な田園風景に変わる。既にイルディナからかなり離れたのだと自覚した頃、発動車の速度が徐々に落ちていく。


 緩いアップダウンが繰り返される道には、減速を強いる要素はない。


 目的地に着いたのか。窓を開けて外に顔を出したヒビキの口から、蛙と山羊の鳴き声を混ぜたような音が飛び出す。音に釣られて彼と同じ選択をしたゆかりも、目が真円を描いて硬直する。

 目前を埋めるのは巨大な門。その傍らには、古めかしい板金鎧と長槍で武装した兵士が立っていた。

 面覆越しでも伝わる殺意を秘めたまま、傍らを過ぎていく発動車に敬礼する彼等の姿も、危機感を喚起させられるが、それも近付いてくる建造物に比べれば生温い。

「城……だよな?」

「一般的な定義で、そして私の尺度で測れば確かに城だ」

 蔦植物が至る所に絡みつく、砂岩と石灰岩が原料と思しき煉瓦で組まれた壁が屹立し、見る者全てに威圧感を放つ。壁の隙間から垣間見える城の輪郭は、長き時を生き延びて来た事で生まれる計り知れない圧を放っていた

 利便性や維持管理。そして長い歴史を持っているほど、現状を崩さずに修繕する義務が生じる。これらをクリアする難易度の高さから、城の保有は只の成金には不可能。先の兵士も訓練を積んだ熟練の戦士であり、警備目的での雇用は過剰と言わざるを得ない。

 朧気ながら老人の持つ物をヒビキが理解し始めた頃、発動車が停車。

 促されるまま車を降りた二人を前に、古城を背に立つ老人が貴族の作法で体を折る。


「遅くなったが名乗ろう。第十一代スワルチオ公爵……いや、君達にはこちらの方が分かりやすいな。元・アークス王国四天王『札術士スイッチャー』ジャック・エイントリー・ラッセル。目的は一つ、君達の助力だ」


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