5
晴天下に不似合いな雷鳴が鳴り響き、紅が瞬く。
『
アトラルカ大陸に多く生息する、ゾウ科生物の一種が異常進化を遂げた『パラゴファス』の腹部に雷光が炸裂。
焦げた皮膚や肉が散って地面を汚し、腕自慢が振るう長槍に匹敵する二本の牙を持つ、約十五メクトルの巨躯が跳ね上がる。
「――っし!」
狙いが嵌った事に短く快哉を上げ『這咬霆』を放ったクレイは迷わず接近を選択。『流槍ラディオン』を掲げ、土埃を巻き上げ突進していく。
「クレイ、まだ気を緩めちゃ駄目!」
「分かってる! けど、ここまで来たらこうした方が速いだろ!」
ルチアの忠告を文字通り聞き流し、前肢が掲げられた事で晒された胸部にラディオンが届く場所へ到達。
「インファリスにいない生物は、本当は保護すべきなんだけどな。民間人を三ケタぶっ殺してるお前には、その理屈が適用外でな。運が悪かったと思え」
動物愛護活動家が聞けば卒倒しそうな言葉を吐いて、クレイが踏み込む。位置取りや角度、放たれたラディオンの速度と、どこから見ても理想的な攻撃。
最早パラゴファス討伐は完了したも同然。余裕の面持ちで唇を舐めたクレイの身体が、横へ吹き飛ぶ。
「邪魔だ」
鉄球の雨が無警戒だったクレイを襲い、躱しきれなかった一つがパラゴファスの足諸共彼をぶん殴った。
飛散する土塊と背の低い草を巻き込み、派手に転がっていく同僚の姿にルチアは目を剥き、高所に立っていたこれまた同僚の少年に叫ぶ。
「オズ! あなた何を……」
「組み立て通りに進めているだけだ。無視したアレが悪い……」
「ほーそうか。……だったら、テメエこそ邪魔だッ!」
「がっ!」
握り拳大の石が、オズと呼ばれた少年の頭部に見事命中。裂傷から血を撒きながら落ちた少年は、墜落直前に体勢を立て直し着地。
反撃を仕掛けたクレイへの怒りに燃える目に、同僚や仲間といった言葉で括られる存在に、本来向けるべき感情は何処にも無い。
「邪魔をするな!」
「脳が無いのか? それとも耳か? 初期案の墨守しか出来ないカスは要らねぇよ……すっこんでろッ!」
「ならばお前は不要だ!」
敵意を剥き出しに、二人の少年は互いに魔術を激突させ、元々荒れているダート・メアの大地が更に削られていく。
だが、彼らの目的であるパラゴファスには掠りもせず、攻撃対象から外れたと察した巨象は脇目も振らず逃走に移る。
「二人とも! 標的が逃げ……聞きなさいよ!」
拘束用の『
役立たず二人を諦め追走に動いたルチアの目に、忽然と人影が浮かび上がる。
極東の装いを纏う人影は、地を震わせ駆ける巨象の進路上に立つ。邪魔だと言わんばかりの咆哮にも動じない、堂々たる姿を見て、追走していたルチアの足が無意識の内に止まる。
警告は無意味と理解したのか、象徴にして強力な武器の牙を前方へ向け、人影を貫かんと加速。相も変わらず動かない人影との距離が瞬く間に詰まる。
両者の距離が限りなくゼロに近づいた瞬間。
ダート・メアに、一迅の風が吹いた。
人影が放った白光が、パラゴファスの頭部に奔る。
すぐに消えた光をなぞる形で巨象の頭部に赤の線が生まれ、そこから上に位置する部位が傾斜していく。
脳を含めた頭部の大半が地面に落ちる。
生命維持に必要な部位を切り取られた巨象は、リズムの狂った足取りでドタドタと人影の脇を駆けるが、それも長く保たなかった。
ようやく痛みが追い付いたのか、不意に身体を震わせた巨象の膝が折れ、横倒しになって地面に頽れる。一度だけ全身を突っ張らせた後、脱力して呼吸を止め、生命活動を停止した。
ルチアが、間抜けな争いをしていた二人すら目を奪われる圧倒的な光景を作り出した人影、スズハ・カザギリは左手に握っていた異刃『マサムネ』を鞘に納め、三人に歩み寄る。
怒りの色は無い。
無いのだが、それが逆に恐怖を喚起させ失策を犯した馬鹿二人のみならず、何の罪も無いルチアの心胆も射貫かれ硬直する。
「ルチア、ひとまずお疲れ様。クレイ、そしてオズ。君達は何故戦っていた。本来の目的を放棄して、だ」
「最初の組み立て通り仕掛けていたら、彼が噛みついてきた。それだけです」
「流れが変わって、仕掛けの手も変わったのをこの馬鹿が理解出来なかった。で、故意に魔術をぶつけてきたからやり返した」
「故意? 勝手な行動をした奴に配慮する必要がどこにある?」
「教科書の丸暗記で生きていたいなら、戦闘で飯食うの辞めろ。大体……」
スズハの指を打ち鳴らす音で、強制的に言い合いを中断させられた二人の背が伸びる。
「帰投後、二人共私の部屋に来るように。先にクレイ、その後にオズだ。以上」
やはり怒りの色はない、普段と変わらぬ口調でスズハは足早に去っていく。項垂れそうになった二人だが、互いが視界の端に相手を捉え、弱みを握られまいと顔を背けて別々の方向に歩き出す。
「帰投用の発動車、一台しかないんだけど……」
そして、ルチアからの至極真っ当な指摘を受け揃って脱力した。
◆
「失礼します」
「ルチアか。どうかしたかい?」
ハレイドに存在する高位軍人の宿舎。
ドアを開ければ極東への旅が出来ると評判の、スズハの部屋にルチアはいた。
靴を脱いで『タタミ』なる異国の床に足を踏み入れ、膝から下を太腿の下に敷く形で座す。この座り方を長時間続けていると、足が痺れて立つ事に難儀する。
スズハからも「胡坐で構わないよ」と言われたが、一応上司が相手である以上はと固辞した上で、彼女は抱えていた疑問を投げる。
「四天王を、本当にこの編成で継続されるのですか?」
無礼極まる疑問は、アークス上層部の大半が持つ物だった。
四天王が結成されて一年。オズワルド・ルメイユとクレイトン・ヒンチクリフの関係は、先程のパラゴファス討伐任務が全てだ。
根本的に反りが合わず、相手への敬意や理解が一片たりとも存在していない。個々の力量は申し分ないが、隊を組んで行動するとあの有り様。
遥かな高みに立つスズハが尻拭いを行っている為、大きな問題に発展していないだけで、状況は非常に悪いと言ってしまえる。
気の早い者は再編成を、前のめりな者は四天王の解体を提唱していると噂が流れている状況を、編成した当人はどう考えているのか。
湯呑みをルチアに差し出しながら、異刃使いは迷いなく口を開く。
「再編成が頭を過ったことはないよ。当代四天王は、この四人だ」
現実を見て言っているのか、この馬鹿は。
彼女でなければ、そのような罵声が飛びそうな言葉を放ったスズハは、湯で口を湿らせた後、滔々と言葉を紡いでいく。
「彼らが反目するのは似た物同士だからだ。上を目指したい意思、優れた才覚、認めた者に対して敬意を払える精神。それに出自まで似ているとあれば、鏡に映る自分を見ているように思えるだろう」
理解不能、と切り捨てる程ではないが、大衆を納得させる理由ではない。加えて、二人の出自が似ているとはどういう事だ。
疑問がルチアの顔に出たいたのか、スズハは微笑む。
「オズの家名、何処かで聞き覚えは無いかな?」
「ルメイユ、ですか……」
思考の海に耽ることなく、答えはすぐに出た。
生物学者として世界を飛び回る中で、画期的な魔導剣を開発。現代では量産型武器のシェアトップクラスを誇る大企業、オルーク社を創設したダグラス・ルメイユが、スズハの指すルメイユ姓の人物だろう。
富を得る観点で見ると、正気を疑われる速さでオルーク社から身を退いた彼の動向は、功績と反比例するように情報が少ない。ただ、ルチアには一つだけ思い当たる節があった。
「少し、資料の確認に行ってみます」
「行ってらっしゃい。……似ている者が皆、信頼関係を構築出来るとは勿論考えていない。あの二人ならと思ったのも私の勘で、君が否定することを私は否定出来ない。もう少し信じていてくれると、嬉しいけれどね」
意味深な呟きを零したスズハに頭を下げ、ルチアは勢いよく立ち上が……ろうとして派手に転げた。
「胡坐で良いと言っただろう」
「す、すみません……」
そのような会話が行われているとはつゆ知らず、話題の片割れクレイトン・ヒンチクリフは城内のとある個室で荒れに荒れていた。
「あんのクソ××××××ッ!」
一リットルの水が入った水差しを一息で煽って床に放り捨て、背負っていたラディオンを壁に乱雑に立て掛け、眼前にあった木箱を蹴り飛ばす。
壁に激突してぶち撒けられた、空気が詰め込まれた緩衝材すら気に食わず『牽雷球』で全て撃ち抜く。焦げた臭気と爆裂音を堪能しても尚物足りないのか、典雅な装飾が施された窓硝子に碧の両目を固定し――
「破壊しても構いませんが、あなたのお給金では修繕出来ませんよ」
呆れ声で負の集中を解かれ、魔術の構築も中断させられる。本当に破壊していた場合、指摘通り膨大な借金を背負う事になっていた事実に、ようやく我に返ったクレイは振り返り、目を見開いた。
声の主、先代四天王レヴァンダ・グレリオンは小さく嘆息しながら歩み寄り、彼の頭を軽く叩いた。
「この一年の仕事ぶりは聞いています。何をやっているのですかあなたは」
親同然の存在から放たれた、直球極まる物言いにクレイは押し黙る。
「人間同士、合う合わないがあるでしょう。ですが、そんな悠長な思考が許される立場でないと理解しなさい。相手……オズワルド・ルメイユが折れないのなら、あなたが折れなさい」
「俺だけのせいって言いたいのか!?」
「そうではありません。ただ、どちらも折れなければ突っ張ったままです。先んじて思考を変える事で、変わらない相手がおかしいと思わせる。そのような形ででも変化を生じさせなければ、無意味な時間が流れ続けるだけです」
翠の瞳に宿る、真摯な感情に撃ち抜かれ、クレイは思わず目を逸らした。
諸事情でアークスに留まっていたレヴァンダも、二月後には祖国へ戻る。残る三人は既に去っていて、教え子だったクレイが泥沼に嵌っているとは知らない。
教導した存在の間抜けな姿しか見れず、帰国する事に忸怩たるものがある。この状況で人が抱くであろう普通の感情よりも、実の子供に向ける感情の方がレヴァンダの持つ物の形容として正しい。
何も知らない連中からの罵倒や指摘なら鼻で笑って流せたが、人の皮を被った野良犬の頃から今までを共にして、返しきれない恩があるレヴァンダに言われてしまうと、クレイに反論の術など無い。
言語の態を成していない呻きを零した後「努力はしてみる」と呟く事が精一杯だった。
◆
「つっても、何をすれば良いんだか……っと」
「……」
その後レヴァンダと近況報告を暫し行った後、部屋の片づけを終えたクレイは、飯でも食おうかという発想に至り、食堂に向かっていた。
そこへ向かう道で、当のオズワルド・ルメイユと対峙する事になるのだが。
目を細めそうになるが、説教を受けたばかりでそうするのはガキの振る舞いと、己に言い聞かせながら相手の姿を観察すると、少年が身に余る大きさに肥大化した背嚢を背負っている事に気付く。
「運搬任務でもあんのか?」
至極真っ当な発想が口から転げ落ちたが、反応は無い。
そもそも、そのような話は誰からも出ていないと思考を訂正している内に、オズワルドはクレイに背を向け去ろうとするが、バランスが悪いのか足取りは非常に奇怪な代物になっている。
「おい、無理そうなら運ぶぞ。中身が何なのかは知らねぇが、腰を痛める」
助ける道理も無いが、先程レヴァンダから受けた指摘や、戦闘でないなら揉める要素もないだろうと判断したクレイの言葉。
返答は、無視だった。
「おい、聞いて……」
「聞こえている。聞こえているが、お前の手を借りる必要などない」
絶対零度の拒絶を残し、少年は危うい足取りで去っていく。
暫し阿呆のように立ち尽くしていたクレイだったが、相手の対応をじっくり咀嚼、嚥下が完了して頭に血が急上昇。怒りに任せて拳を振り上げようとした時、遠方からの声に気付き咄嗟に物陰に隠れる。
軍人同士と思しき会話の内容は、最初は単なる仕事上の愚痴だったが、やがて国への愚痴、そして四天王への愚痴にシフトしていった。
「また揉めたらしいですね、あのイロモノ集団」
「黄色いサルが頭で、残りも生まれの分からない奴と平民の女だろ。そりゃマトモな仕事が出来る訳ないって」
「そりゃそうですよね。大体……」
お前らのその言い草が、マトモさの証明なのか。
普段なら飛び出して噛みついていただろうが、相手のやり取りに見出した引っかかりが、クレイの足を止めていた。
黄色いサル、は極東出身のスズハを、平民の女はルチアを指す。問題は生まれの分からない奴、という括りにオズワルドが含まれている点だ。
親も本名も知らない自分がそう形容されるのは慣れている上、事実故に感情も波が立たない。舐めた口を叩いて喧嘩を売ってきた輩も、ソイツを叩き潰した事例も、数える事を放棄した程度にはある。
対して、オズワルドはどうか。
己の力に絶対の自信を持っているが、生まれや財をひけらかす事も無ければ、ルチアと違い家族の話をする事もない。そういう観点では実にマトモなのだが、気にならないと言えば嘘になる。
疑問を膨らませるクレイに気付かず、軍人達のやり取りは加速していく。
「金髪の方は馬鹿だから良いけど、あのチビはホント何考えてるか分かんねぇわ。一切喋らねぇから連携も取れないから邪魔でしょうがねぇ」
「黄色いサルのケツ追いかけてるだけ、ですからねぇ。そういや知ってます、アイツ食堂から廃棄予定のパンとかを大量に買ってるらしいですよ。乞食みたいな真似して、何がしたいんでしょうね?」
「四天王サマの考えることを理解しようとするな。余所者と欠陥品が選抜された先代から当代は特に、な」
飛び出して暴力を行使しなかったクレイは、褒められるべきだろう。
他に聴衆がいればそう感じる悪罵を余さず聞いた少年に、しかし怒りの色は薄い。
寧ろ、同僚が廃棄予定の食品を購入している事実に興味を覚えていた。
――倫理的には良くないんだろうが、ちょっと調べてみても良さそうだ。
軍人共の気配が失せた事を確認し、クレイは窓の一つから身を投げ、ハレイド市街へと溶けて行った。
◆
一・八五メクトルと高身長ながら、捨て子時代の経験と技術を更に磨いたクレイの隠密行動は、戦場に於いても十全に機能する。
転倒と荷の破損防止に注力しているオズワルド相手に、当然気付かれることなく、寧ろ遅すぎる相手の足取りに、若干の苛立ちを感じる程に尾行は順調に進む。
日が傾き始めた頃、二人の四天王はハレイドの端に位置する区画に辿り着いた。
荒い息を吐きながら一度足を止め、何度か深い呼吸を行った後、同僚は眼前に立つ今にも自壊しかねない古びた建物へ入って行く。
内部で幼い子供の嬌声が生まれた事と、『ルメイユ記念学園』の看板を視認して、おおよそ理解に至ったクレイは、物陰に隠れて思考を整理する。
当人の自覚が無いほどに長い時間を消費し、オズワルドも去った頃、ようやく纏まったクレイは立ち上がり、自身の隣に小さな女の子が座っていた事実に気付く。
「……何してんだ?」
「みはり?」
路上生活時代の自分よりマシ。
その程度の古びた衣服を纏った女の子は、年齢不相応な言葉と共に首を傾げる。言葉を選べと言いたいが、自分の行動がよろしくないと理解しているクレイは反論せず、女の子の汚れた顔を雑に拭いながら問う。
「君もあの施設の子か?」
「うん!」
「じゃ、戻ろうぜ。もう夜になるからな」
「まだ捕まってないからいや!」
何らかの遊戯中なのだろう、女の子は勢いよく首を振る。ただ、外れに位置するとは言え夜は幼子に優しい時間ではない。
初対面のチンピラが、幼子を納得させて施設に連れて行く方法を模索し始めたクレイだったが、その時間はすぐに終わる。
「あ、せんせいだ」
「アンリ! やっと見つけた!」
アンリ、と呼ばれた女の子は、施設職員と思しき若い男性の元へ駆ける。女の子に怪我の類がない事を慣れた動きで確認した男性は、警戒していると、朗々と主張する動きクレイの姿を捉え――顔を蒼白にして頭を下げた。
「いきなり頭を下げられても反応に困る。取り敢えず頭上げてくれ」
「四天王に一瞬でも嫌疑の目を向けてしまい、大変申し訳ありません!」
「あーそっち方面か……」
軍人共のやり取りは極端な例だが、特段の後ろ盾を持たない若者であるクレイは、組織内ではあまり敬意を向けられていない。
加えて、連携がガタガタの現状では良い成果を出せない、というスズハの判断で大衆の目に晒される任務の経験は少ない。
一応外見は周知されているが、ここまで激烈な反応をされた経験は無かった。
四天王という肩書きの持つ物を思わぬ形で実感し、天を仰ぐクレイと、頭を下げたまま動かない職員。
状況を掴めない女の子の笑い声だけが、その場に響いていた。
◆
「オズワルドとカザギリさんはよく来ていますが、それでも四天王と一日に何度もお会いする事は初めてかしら。粗茶ですが、どうぞ」
「頂きます」
リーク・ルメイユと名乗った中年と壮年の狭間に立つ女性に促され、クレイは杯の紅茶を口にし、水同然に薄い液体で喉を湿らせて姿勢を正す。
「クレイトン・ヒンチクリフさん、オズワルドは貴方達と上手くお付き合い出来ていますか?」
「……プライベートの付き合いは無いですが、仕事では特に問題なくやれています。彼の人格は真っ当ですしね」
いきなり答えにくい質問をぶつけられ、嘘混じりの答えを辛うじて絞り出す。クレイの動揺を知ってか知らずか、リークはうっすらと微笑む。そこには、笑みが本来示す物と大きくかけ離れた、隠し切れない疲労が滲み出ていた。
「この施設、ルメイユ記念学園の出身者は皆創設者と同じ姓を名乗ります。……祖父の遺志を正しく引き継げているのは、今ではこの点だけです」
現在二人が座している応接室や、ここに至るまでで見た施設の設備。そして、子供達の衣服や食事を見れば、相手の主張と施設の窮状は容易に読み取れた。
「国やオルーク社からの支援は無いのか。児童養護施設なら公益性が高い。間違いなく通る筈だ」
「ダグラス・ルメイユは、道半ばで富を持ち逃げした罪人。そう扱われてオルーク社の歴史から抹消済みです。国の方も私設機関に十全な援助が出来る余裕はありませんし、現在の多数派はスクライル社から支援を受けている者が大半。関係性は知っていても、商売敵に利する可能性に賛同はしません」
真っ当だが甘い問いがあっけなく粉砕されたクレイは、方向を変えた問いを重ねていく。
「……オズワルドがここに来た時からそうだったのか?」
「もっと前からです。家の恥を晒すようですが、父は施設運営を望まず、他の事業に注力して失敗しました。元々利益の無い事業だった施設運営だけが残りましたが、頼るアテも失われた」
孤児だけを引き取って養育する施設は、多大な労力を要する割に見返りが薄い。
クレイ自身がそうであったように、ロクでもない習性を身に付けた存在を非暴力で教育するのは苦難を極め、育てても真っ当な道に進めるのは少数。大抵はすぐに行き詰まる。
「あの子も、他の子と同じように入口の前に箱詰めされていた子供の一人です。身体の弱い子でしたが、特殊な眼と強い意思を持ち、色々な意味で目立つ子でした」
「あの眼は先天的な物だったのか」
「ええ。最初は本当に些細な事しか出来ませんでしたが、すぐに職員が護身用魔術を模倣出来るようになりました。ですが……」
リークが言葉を濁した意味を、およそ察したクレイは「飛ばして構わない」とばかりに手を振った。
感情の制御が未熟な子供が、身に余る力を手にすればどうなるのか。問いの答えは誰もが分かる上、実際そのような事態が引き起こされたのだろう。
「四年前カザギリさんが訪問されて、オズワルドを勧誘しました。施設に強い愛着を持っていた彼は当初拒んでいましたが、彼女の言葉と熱意に打たれて承諾し、今に至ります」
「貴重なお話感謝する。……一つ教えてくれ、彼は一体何を持ち込んでいる?」
「ギアポリス城で出る廃棄予定の食品や古着です。本人は決して語りませんが」
中枢部の廃棄基準は非常に厳しく、普通なら問題なく食べられる範疇の物も廃棄されている。
苦しい施設にとって非常に大きな意味を持つ行為は、オズワルドにとって生まれた場所を守る為であり、どれだけ陰口を叩かれようが構わないのだろう。
「給金の大半を寄付してくれる上、来る度に『ボクが成し遂げて施設への偏見を拭う』と語ってくれるのは嬉しいのですが、彼はオズワルドであり、ルメイユの人間ではない。もう少し、個人の幸せを追求して欲しいものです」
締め括り、リークはクレイに視線を固定する。
言外に籠められた彼女の思いは伝わってくるが、即答出来るほどクレイは感情整理に精通しておらず、それを隠して嘘を吐ける「大人」になっていなかった。
「何もない場所ですが、気が向いたらまたお越しください」
リークからそのような言葉と共に見送られ、クレイは施設を辞して家路につく。
もう少しだけ、優しくしても良いかもしれない。
そのような感情を抱きながら。
「いや、やっぱりナシだ! 死ね××××××!」
数日後の任務で、そのような決意は微塵に粉砕されるのだが。
四天王の完全な団結には、もう少し時間を要する。
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