14 キリングダンスと赤い花:上

 樹木と緑が織りなす空間が、黄金に引き裂かれる。

 垣間見えた蒼から流れ込んだ無数の赤は、螺旋を描き地面を這う者を襲う。

 フリーダ・ライツレもその一人。仕掛けの視認と同時に回避不可能と判断。『鋼人壁クロルド』を発動。両の手に鋼玉の盾を掲げて赤、即ち花弁を押し退けながら数メクトル先のラフェイアに突進。 

 重力の縛めを振り払ったように何度も空中で姿勢を変え、ラフェイアが振り回すセイリルスと打ち合うヒビキは、彼を目の端で捉えて敵の刃を蹴り距離を取る。

「おぉっと」

 滑り込んできた蓮華が放つ斬撃を、ラフェイアは右足を上げて軽く躱し、そこから踵を打ち降ろす。対する蓮華は水彩を投げ捨て、両腕を交差させ足を食い止めるに留まらず両手を槍に変え射出。

 状態を保ったままラフェイアは捌くが、上半身のみの移動で完全回避は困難と悟ったか花弁の盾を形成し槍を止める。その過程で生まれた隙を、二人は狙っていた。

 絶対不利な光景を前に、ラフェイアが嗤う。

「まぁ王道の組み立てよな。面白味が無さ過ぎて欠伸出そうだけど」


 声、風、そして浮遊感。

 

 三つを感じ取った瞬間、両手ごと盾を引き千切られたフリーダは、赤い尾を曳きながら先刻駆けた道を強制的に逆走。激痛に蝕まれながら、切断面から緑が伸びる様を捉えて生じた恐怖は急速に白濁していく。

 背後の岩に叩きつけられるか、寄生の完了が先か。

 最低の二択もまた押し流され、脳内で死が踊り狂う。身体と精神の崩壊は、想像と異なる感触を背部に受け、腕から上ってくる不快な書き換えと同時に停止。

「まだやれるか」

「……なんとか、ですねカガミさん」

 ヒノモト風アレンジの重装歩兵。そのような風情の老戦士が地面に突き刺した、大斧の刃に受け止められたフリーダは、再生しつつある両手を睨みながら苦い言葉を紡ぐ。

「一斉攻撃を止められて押し返された挙句、寄生もされて死にかける。相手としておかし過ぎる」

「団員の大半を『慈母活光マーレイル』発動に徹させ、書き換えを打ち消しているが、彼らの魔力が尽きれば終わりだ。一人を除いては、な」

「一人?」

 相手の魔力を吸収して情報を書き換え、肉体を植物に変える『喰命昇転舞花アヴァ・ターシア』には、不意打ちとは言えヒビキも抵抗出来なかった事実を鑑みれば、相殺手段が消えれば全滅する筈だ。


 ――相殺出来ても、戦況を考えれば一人だけじゃ死ぬ。早く突破口を……


「そこの二人ぃ、仲間が無駄な足掻き頑張ってるのに、トークで盛り上がっちゃ駄目だぜェ?」

 二人の周囲に黄金色の円環が生まれ、溢れた液体に乗って緑の球体が続々と転がる。焼却を試みるが、放った火球は意思を持ったように跳ねる液体と激突し、燐光と化して消滅。

 ならばと拳打や斬撃で潰しにかかるが、増加速度が減少を上回り、潰しきれない球体の成長を許す。その結果、木製の個性的な武器を構えた緑の戦士に二人は包囲される。

「別の場所と繋げて持ってきているみたいですが、何とかなりませんかね」

「空間の切断と再構築はシグナの固有能力だ。武器を破壊するか、ラフェイアの打倒。対処法はこの二つのみ。来るぞ」

 声帯が無い筈の植物が、爛れた咆哮を上げる。意思を明朗に読み取った、フリーダと頼三も各々の武器を構えて動く。

「魔術で逃げられませんか!?」

「ラフェイアが構築した空間で、我々の組み立てが通ると思うな!」

 絶望的な現実を叫びながら、最上層の一角で乱戦が始まる。

 全員でラフェイアを一斉に叩く当初の計画は、札二枚の脱落であっさりと崩壊した。


                  ◆


 抜き放たれたスピカをセイリルスが受け止め、魔力の粒が散る。離れ往く後者に前者の蒼が迫るが、乱入してきた緑の盾がそれを払うと同時、側方から炸裂音。

「おおおおおおおおッ!」

 全身を槍とした蓮華が突撃。背部から炎が噴射され、亜音速の速力を叩き出すサムライを、地面から湧き出した蔦や植物人形共は捕捉出来ず、食らいつくヒビキの存在で回避も出来ない。

「それとこれの挟撃なら、逃げ場はねぇな」

 進退窮まる状況や諦観の言葉と裏腹に、ラフェイアは爛々と目を輝かせ、左手のエルナトを杖のように振るう。

 反射的に飛んだヒビキの下方、突進する蓮華の眼前に光輪が出現。回る円環が映すは、踊り狂う緑に対峙する黒の獣。

「まあ、こういう手も――」

「読んでるよ、その程度」

 笑う怪物の緑髪。跳ね回っていたその一部が持ち主と分かたれて舞い、回避した蓮華の肩から『放仙火バルサスト』の小さな火球が射出。翡眼を赤く染める。

「しゃらくせぇ!」

「だろうな!」

 完全に後手に回りながらも、セイリルスが達人の技巧で振られる。火球を微細な粒子に変えながら空気を攪拌し、光の幕をぶち破って迫る鉄塊を刃が真っ向から受け止めた。

 この場所で有り得ない激震を生んだ激突と、足裏から煙を発し、透明な大地に擦過痕を刻む衝撃にも怪物は無傷。自由な左手から蔦を伸ばし、蓮華の肩から生まれた無数の『鉄射槍ピアース』を叩き落としていく。

「――ッ!」

 カラクリ仕掛けの速力で跳ね上がった右足を顔を引いて回避。砲撃を葉を重ね合わせて受けつつラフェイアが後退。正面に立つ鈍色のヒト型を捉える。

 『古塊人ゴーレム』のそれに近い、肥大化した足が蠢きながらヒト型に戻り、槍状の右手も足に倣う。赤を放っていた背部から濛々と噴き出す白煙が周囲を揺らめかせる。

 サムライの完全武装形態に回帰した蓮華が、水彩を構える。奇跡を引き起こした鈍色の波濤は、指令を待つように瞬きながら鎧の形を保っていた。

「自律式の液体金属鎧か。大戦以前のガラクタを、よく実戦まで持ってきたな」


 微量の感嘆が混ざる声に、蓮華は無言。


 科学技術が発展した国に限定されるが、現代にも液体金属の防具は存在している。ハンナ・アヴェンタドールを筆頭とする、ロザリスの精鋭が装着者の一例と言えよう。

 現代で用いられる物は機械で駆動し、あくまで対象部位の防御に用途が限定される。蓮華が纏う鎧は彼の意思で自在に形態を変え、攻防両面の機能を果たす。

 上を目指す程鮮明になる、修練で埋められない体格差と運動能力の差。これを埋めるべく足掻き続けた蓮華の解が、稼業の中で発掘し、現在彼が纏う鎧だった。

 水彩を抜いて展開される形が第一段階で、自在な変化を齎す現状が第二段階。発掘時になかった区切りを設け、ここまで使用を控えていた理由は無論ある。

「逃げ回ればアタシの勝ちだが、それはそれでつまんねぇ。せーぜー足掻いてちょーだいな!」

 蓮華だけが痛みを抱く叫びと共に放たれた二本の業物を、右手から伸ばした『鋼縛糸カリューシ』が絡め取る。先刻と立場が入れ替わったようにラフェイアが宙に浮きかけるが、そこで蓮華は糸を手放し反転。

 横薙ぎの一閃を、水彩を立てて止める。火花が目と鼻の先で散る中、セイリルスが跳ね突きに変化。

 咄嗟に頭を下げて躱し、鎧を削られる嫌な感触を堪能する蓮華が視線を戻すと、頭部へ竜の顎が落ちる様が映る。数多の怪物を屠ったエルナトを、性根はともあれ高い力量の持ち主が振るえば、ヒトなど一振りで千人が消える。

 加えて、音も無く生まれた植物人形によって機動力を潰された。逃げ場はなく、只解体される事が必定と化している。

 詰みに追い込まれた状況で、サムライは誰にも聞こえない声量で呟く。

「燃えろ」


 転瞬、ラフェイアの全身が赤に染まる。


 鎧に穴を開け、内部に溜まった熱をぶつける奇策に、断頭の組み立ては中断されるが、生きた植物は燃え尽きるまでの猶予が長い。

 自然界に存在する事実と、敵の力量を掛け合わせて弾き出した予測を肯定する形で、炎に包まれたラフェイアが蠢く。即応した蓮華も水彩を掲げ前進。

 両者の得物が再度交錯する寸前、怪物の右腕が電光の速度で振られる。が、流麗な刃は空気を裂くに留まった。


「そのまま死んでろ!」


 咆哮と共に、緑に塗れたヒビキが必殺の刺突を放つ。

 迎撃を躱すべく空中で故意に失速し、強引に再加速。出鱈目な手順を踏んだ蒼の襲撃を、ラフェイアが刃の交差で受けにかかるが、衝撃を殺しきれず身体が弓のように反れる。

 厖大な魔力を活用し、交差を解いた剣の切っ先から『希灰超壁』の盾を紡ぐも、崩れた勢いを取り戻すには足りず、怪物は二人の斬撃をマトモに受けた。

 刀傷を刻んで吹き飛びながらも、空中で体勢を立て直したラフェイアの着地点に、鎧から伸びた『神宴槌ゲムニル』がめり込み地面が弾ける。

 ヒトの関節可動域を全力で飛び越えた、一周回って芸術的な体捌きを塵芥と植物の亡骸舞う世界で披露したラフェイアは、セイリルスから『壊界劇コラプティ』を。エルナトから『廃殻ノ手コルトアム』を紡ぎ異刃使い二人を迎撃。

 激烈な重力波で左腕を捩じ切られながら、辛うじてスピカを右手で引き寄せたヒビキが後退。彼の絶叫を押し流し、蓮華は掲げた右掌から『煌光裂涛放レイクティルス』を放って迫り来る波の破壊に全力を注ぐ。

 ――鎧を破られたら生身に『廃殻ノ手』が届く。そうなったら、終わりだ!

 視界を埋める銀灰色の波濤を、胴回り程の太い光が穿つ。徐々に速力を増して波を突破した光は牙を収めず、その先のラフェイアへ向かう。

 発動者の装甲にも波紋を描く灼光を、回避する術は怪物にない。だが、受け止める術はあった。

 糸が解けるように緩み、伸び上がった肩の装甲が食人植物『ディオプラヌ』に変化。牙の並ぶ花弁が光に真っ向から食らいつき、魔術を無意味な粒子に転生させる。

「なッ――!」

「ほらよ、返すわ」

 驚愕する蓮華の水彩を右手で払いのけながら、再び開かれた花弁から『煌光裂涛放』が紡がれる。行先は、左手の再生が成ったヒビキだ。

 怪物の大道芸も強力な鎧も持たない彼は、直撃した時に生き延びる確信が無い。そして、死を甘んじて受け入れる潔さもまた然り。

「――ッ!」

 疾走を強引に中止し、反動の殴打に顔を歪めながら義手の力を全開。出鱈目な動きで左腰のデネブを抜き、『万断晶シュラルタル』を纏う剣を光線に捩じ込む。

 魔術同士の相克で、辛うじてヒト一人存在可能な隙間を得たヒビキは、スピカとデネブを躊躇諸共投擲。隙間が閉ざされる寸前、蒼光の粒子が散り彼の姿が掻き消える。

「二度も同じ手を食うと思うか?」

 嘲笑と同時、ラフェイアの脇腹に滑り込んだスピカが二刃に挟まれ停止。忍び寄っていた蔦が歯噛みする彼を宙に浮かせ、そして沈めた。

 左肩が砕ける音を撒き散らして地面にめり込み、黒い泡を吐きながらも、ヒビキは右腕でスピカを跳ね上げ、己の顔を擦り潰さんと落ちてきた踵を食い止める。

 体勢が致命的に悪い上、再生に注力すべく右腕へ全力を配分出来ず、徐々にラフェイアの踵が視界を埋める。逃れる術が浮かんでは消えていく、無意味な思考に没しかけた彼の耳に、火薬式拳銃特有の発砲音。

「今時そんなモン使うのかよ」

「使った方が良い時もあるんだよ」

 銃弾を掌で易々と弾き、自身の頭部周辺に刺さる光景を鑑賞して、顔を引き攣らせるヒビキの処刑に戻ろうとしたラフェイア。何の障害もなく顔を踏み潰すだけだった彼女の動きが、中途半端に止まる。

 隙を衝き、左足で地面を蹴って射程から逃れたヒビキは、高純度の苦痛に塗れ各所が色を失い崩壊するラフェイアを目撃。

 唖然とする彼の眼前で、銃弾の速力で飛来した巨大な拳が怪物を強かに捉えた。流石と言うべきか、腹部の貫通に留めて死を免れたラフェイアだったが、低下した再生速度に比例するように、精緻な動きを欠いた足が縺れ身体が流れる。

「終わらせるぞッ!」

 腕の巨大化を止め、水彩を構えて疾駆する蓮華の咆哮に背を押され、スピカをラフェイアに向け放る。距離を詰める間に再生が成った左手でスピカをしかと掴み、幕を引くべく身体を捻り――

「終わんのはそっちだろ? 『刻界ノディバイド』ぉ……『円刃アーキュラス』!」

 満面の笑みを浮かべたラフェイアが、両手を前方に伸ばす。


 視認した次の刹那、ヒビキの両足から接地感が消え失せた。


 幾度も経験した神経を直接刻まれる痛み。加えて、身体を撃ち抜いた何かに魔力が食われていく感覚。二つに呑まれつつあったヒビキだが、「次」へ向かう敵の姿を受けて我に返り、咄嗟に右腕を伸ばす。

 透明な地面と義手の接触で舞う火花、そして不快な擦過音に顔を歪めながら、ヒビキは変形させたスピカから『奔流槍クルーピオ』を放ち、急所に飛来する花弁を撃墜。

 撃ち漏らした赤を受けて傷が爆発的に増加し、湧き上がる痛みを無視して前進を試みるが、敵意の弱まりを感じたヒビキはスピカを納め、蓮華を見つけて駆け寄る。

 腹部を斜めに抉り取られ、傷口から黒と蒼の液体を溢しながら、落下寸前の内臓を強引に押し戻すヒビキ。彼と大差ない惨状のサムライは、全身から煙を噴出させながら身体を揺する。

「随分男前になったな」

「んな事言ってる場合か。……さっきのアレは?」

「『散瘴雨ヴァルナジカル』。ヒビキの年なら知らないか?」

「知ってる。ってかアンタ、下手したら俺も死ぬようなモン使ったのか」

 端的に言えば除草剤の効果を持つ『散瘴雨』は、一定以上の生物には無効化される程度の効果で、嘗て一般人しか使わない魔術と認識されていた。


 転機となったのは二十二年前、アメイアント大陸の二国の激突だった。


 国土の大半を占める森林を活用し、絶対的な戦力で勝る相手を撹乱し続けた小国ハトルを、プラウディム共和国が大火力による圧殺を諦めて打ち出した方針が、森を消滅させるという物。

 お題目を放り捨て勝利の為に生み出された新型の除草剤と、それと同等の効果を持たせるべく改良された『散瘴雨』は、国土を覆う森林の八割を瞬く間に消滅させる結果を叩き出すと同時に、ハトル国民の大半を破壊した。

 体内に入り込み、タンパク質や遺伝子を瞬時に損傷させ死に至らしめる作用は、植物に留まらずヒトにも届く凶悪さを持ち、生き延びた人間に重篤な後遺症を置いて行った。

 プラウディムが崩壊した現在も深い爪痕を残した魔術は、大元の除草剤共々条約で使用が禁じられ、解かれる未来は恐らくない。

 弾かれた銃弾が掠めていれば、『魔血人形』の再生作用との綱引きに賭ける状況になっていた恐怖。加えてラフェイアの性質上必殺となるべき魔術が、数秒の隙を作っただけで終わり、何の爪痕も残せず自分達が負傷した現実を受け、二人の間に流れる空気は重い。 

 未だ続く停滞を振り払うように、声が絞り出される。

「敵を食らって傀儡に使う。『喰命昇転舞花アヴァ・ターシア』は理屈だけ見ればシンプルだ。『散瘴雨』を打ち消したのも、身体を形成している部分を傀儡の物と置き換えたんだろうよ」

「出てくる植物人形を全部殺し尽くせば、再生効率が大きく落ちて最終的には殺せる。ここまでは分かるんだけどな」

「俺達の身体を削る事で魔力を奪い、再生の糧にしてる以上、そのやり方をするには……アンタが保たない」

「あ、気付かれてたか?」

「『付け焼刃』持ちの勘だ」

 異様な説得力を持つヒビキの端的な言葉に、装甲を解除して苦笑を浮かべた蓮華は、既に醜悪な火傷に頭部を支配されつつあった。

 勘が当たっていた事への動揺を隠すように、わざとらしさが滲む平坦なヒビキの声が、怒号と炸裂音が飛び交う最上層に投げられる。 

「攻守両面完備で、使用者の意のままに機能拡張が可能。おまけに現代の物みたく機械に頼らないから破損の心配もない。はっきり言って出来すぎだ。……過ぎた薬が毒になるように、鎧の使い過ぎはアンタが危険だ。反動そのものは戦闘不能になるだけで済む俺の、何倍もな」

「……良い目してるね、お前」

 わざとらしく肩を竦める蓮華だったが、ここまで付き合えば危険を重々承知しているとヒビキも理解出来、だからこそ活路の無い現状が重い。

 指摘通り、鎧の機能を最大まで活用すると、蓮華は何百度の高熱に包まれる。保護の為に『白嶺囁ノーレ・リース』の冷風を常時発動させても火傷は逃れられず、それに伴う体力の消耗も止まらない。

 鎧の駆動と『白嶺囁』の発動を並行して行えなくなった瞬間、身体を襲う高熱の蹂躙に耐える頑健さは、真っ当なヒトにはない。

 正しく諸刃の剣を纏う男は、ヒビキの視線に肩を竦めて応じながら、頭部装甲を再度整え水彩を掲げる。

「議論は後ってか」

「勝てば幾らでも話せるだろ?」

「……そりゃそうか」 

 シンプルな結論に着地した二人は、標的を変えたラフェイアを追って透明な地面を蹴った。

 

                   ◆


 豪風に乗る七色の花弁が、背中合わせで円を描く三人の少女に、悪意に基づき降り注ぐ。

「良いですか、死ぬ気で腕を振ってください! 当たれば死にますよ!」

「分かり、ました!」

 腰に収まった剣の咆哮に従う形で、ユカリは握ったウラグブリッツを振るう。他の二人が魔術を用いて派手に撃墜する光景と比すると、遥かに効率も見栄えも悪いが、辛くも花弁の雨を切り抜ける。

「……本体は見えないのに、延々攻撃が来る。生殺しですね」

「で、でも! 違って植物人形は消えましたよ! これは良い傾向……だと良いんですが」

 雨が止み、苛立ちと焦りが露わになったティナの呟きに、千歳が反応するがその声に力はなく、彼女自身楽観論を一切信じられていない様子。

 マトモに戦える二人の動きを阻害しない様、自身を守る事に徹していたユカリは、どちらにも口を出せなかった。

 本体を打倒せねば終わりはないが、そもそも脅威とみなされていない為か、三人は延々と植物人形と、時折飛んでくる魔術を相手取らされ続けていた。

 動けないが為に援護も叶わぬ歯痒い状況は、一先ず終わった。ならばやるべき事は一つ。息を吸い込んだユカリ。彼女のが急速に傾ぎ、土気色に変わっていくティナと千歳の顔が急速に遠ざかる。

 理解が追い付かず視線を暫し彷徨わせた後、駆け上ってきた激痛と血飛沫の発信源にユカリは目を向け、そこに在る異常さで感覚が止まる。

「いやー遅くなって悪いね! 順番変更してやるからありがたく思えよ」

 両脚の太腿から下を斬り落とされ泣き喚くユカリを他所に、無傷のラフェイアが出現。即応したティナの斬撃を真っ向から受け止め、千歳の手裏剣を握り潰した手から『剛錬鍛弾』を放ち、二人を纏めてなぎ倒す。

「貴様ッ!」

「おーおーおー天才の血統は威勢が良いねぇ。そこで転がってる淫売も見習えって話だが、アタシは差別をしない性質だ」

「……!?」

 コーデリアの柄に伸ばされたティナの右手をへし折り、彼女の左腕に捻じ込んだセイリルスが『嵐刃ストゥルス』を紡ぐ。


「白いの黒いの黄色いの、ヒュマからドラケルン、大人・子供・男・女、天才も凡人もぜーんぶ平等にぶっ殺してやるさ」


 持ち主の左腕が内側から切り刻まれ落ちていく紫電を蹴り上げ、蔦で絡め取って即席の三刀流を実現したラフェイアは、死角からの一撃を悠々と押し返し、『奇炎顎インメトン』で千歳を火達磨に変え放り捨てる。

 数秒間一人きりが確定したユカリは、再生が成った足で立ちウラグブリッツを構えるが、エルナトが空間を撫でて生まれた暴風を受け、成すすべも無く地面に縫い付けられる。

 立ち上がろうとした彼女の首に、三つの冷たい感触。

「まぁ一丁上がりってなぁこういう事だ。お前は雑魚でアタシは強者。これがひっくり返る結果なんてのは、世界は提示しねぇよ」

 ラフェイアの声は、案外淡々とした物だった。

 その理由があまりに単純で、ユカリは自嘲気味に笑う。

「奇跡の大逆転やら、愛や正義や信念の力を否定はしない。力を持たない奴がそれを振りかざすのはダサ過ぎるって話だ」

「分かり切った事を今更言われても、心には……」

 首の皮が裂かれ、声が止まったユカリの視界が明滅し、目の前に映る蒼空が不鮮明になる。痛みから考えるに、竜の牙を模した加工が為されたエルナトで斬られたと、妙な分析を行う彼女の頭部にラフェイアの踵が落ちる。

 鼻と歯から生じた嫌な音を聞きながら、視界が急速に上昇していく。視界が蒼から翠に変わった刹那、ユカリは小さく呟く。

「お願いします、ルーゲルダさん」

「任されました!」

 威勢のいい声と、白い腕はユカリの腰から届いた。

 至近距離からの不意打ち、しかも腕だけ飛んでくる状況に対応が遅れ、三本の刃で直撃を免れたラフェイアの脚が幽かに後退。その隙を、現れた黄金は貪欲に食らう。


「行きますよ……『欠落ノ風刃インパーフェクション』ッ!」

 

 主張が激しい鷹の刺青が踊る腕を覆う、黄金の光刃が怪物の肉体を捉え、ほんの数秒間だけ黄金が最上層を支配する。

 二つに分かたれた肉体はすぐさま再生を開始し、元の形状を取り戻す。復活したラフェイアは、視線をユカリと現れた少女へ交互に向ける。

 戦場に全く相応しくない白のワンピースを纏い、腰まで伸びる金髪は光を掴んで輝く。勝気な印象を持たせる蒼眼が、ユカリを見て僅かに緩んだ後、ラフェイアに戻されて引き締まる。

「貴女、見下しているユカリさんに嵌められてばかりですね。いい加減恥ずかしくないですか?」

「そういうのは殺してから吐く台詞だ。とっとと消えな、型遅れ」

「私は長く戦えませんから、貴女の望み通り退場しますよ。役目も果たせましたしね」

「役目? 一体何の――」


 気付きに至ると同時、ラフェイアが旋回。


 種類の異なる物質との激突で歪んだ音を奏でながら急襲を退け、飛翔して追撃を免れた怪物に、ルーゲルダの声が重ねられる。

「私がここまで出張らなかったのは、ユカリさんに指示を貰ってたからです。貴女のお人形に阻まれず、完調な状態で喧嘩を売る為にねッ!」

「解説入れると馬鹿っぽいですよ、ルーゲルダさん」

 呆れた声と共に水無月蓮華が降り立ち、続いてヒビキから千歳までの、怪物に挑むと決めた者全員が彼に倣って着地。彼らは例外なく負傷が完治し、体内を巡る魔力も満ち溢れている。


 即ち、全員が戦闘開始時と同じ状態でラフェイアの前に立っていた。


「分断した後、放置していた私達の前に現れたという事は、ヒビキ君達との戦いが一段落付いたという事。皆の力量なら、そこまで戦えばあなたの動きや戦術を理解出来ている筈。……これが全てです」

 ルーゲルダの放った『欠落ノ風刃』は、ラフェイアの打倒を端から目的とせず、彼女がばら撒いた植物人形の駆逐。そして『慈母活光』をぶつけて、消耗していたヒビキ達の回復を目的としていたのだ。


「大道芸はもう飽きた、終わりにしようぜ」


 スピカを抜いてヒビキが跳躍。他の者達も、各々の攻撃体勢を執ってそれに続く。

「良いねぇ良いねぇ、こういう仕込みがあったってのは! 乗り越えてこそ、アタシが主人公の証明になるよなぁ!」

 怒りが一周して喜びに変わったのか、満面の笑みを称えたラフェイアは『昏界森繁永録ユーグ・ラース』を自身に発動。樹木が複雑に絡み合って形成された鎧を纏い、一行を迎え撃つ。

「――っ!」

 ワードナを発砲し『渇欲乃翼エピテナイア』を発動したユカリもラフェイアに挑むべく、ウラグブリッツと剣に回帰したルーゲルダを携え飛翔。

 禁じ手で戦いを振り出しに戻せた。そして、彼女自身口にした通り、ラフェイアの動きに対する理解が深まった今なら、戦闘開始時に比べて格段に良き戦いが可能で勝率も上がる。

 組み立て通り状況は推移している。後は、ここからの頑張り次第だ。

 そう自分を奮い立たせて、ユカリは六対一で展開される戦いの隙間を探す。


 心に巣食う、一抹の不安を消せないまま。


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