回想:片道切符は掴まれた

 ヒルベリアの外れに広がるゴミ塗れの平原。正確を期するならマウンテンと呼称される場所に二つの影。

「よっし見たな!? ならやってみろ。ヒビキなら出来る!」

「う、うん。やってみる……」

「しゃんとしろしゃんと!」

「い、痛いよおやっさん……『鮫』――」

 環境への適応を放棄した薄着を纏う『おやっさん』なる青髪男に押され「ヒビキ」と呼ばれた、まだ初等教育段階と思しき子供は、緩やかに湾曲した蒼の異刃を構えてゴミの大地を蹴る。

 年齢を考えると驚異的な速度に達したヒビキは、無心で跳躍。そして異刃を構え……バランスを崩して盛大に転げた。

「ああああああああぁぁ……」

「あっちゃぁ……」

 走るより速く遠ざかっていく少年を見て、頭を掻いた男の足元が爆ぜた。

 粉塵と化したゴミが舞い上がって騒々しい音を立てる中、風と同化して宙を駆ける男は少年の進路上に降り立ち、分厚い掌を突き出した。

 気が抜ける音を立てて、男の身体が僅かに揺れる。

「ご、ごめんなさい」

「気にすんな。子供は失敗してナンボだ。でもま、反省会はしような」

「うん」

 顔を汚した黒髪の少年、ヒビキからの謝罪を大笑で流した男は腰を降ろして口を開き、男女の区別が付け難い顔のヒビキも一言一句聞き漏らすまいと身構える。

 聞き手の年齢が些か低く、中身の実戦特化が過ぎる二つを除けば、どこでもお目にかかる光景と言える。

 教導役がノーティカ史上屈指の戦士、カルス・セラリフ。

 たった一つの事実で、この光景から受ける印象は大きく変質するだろうが。

 今しがた教えている剣技『鮫牙閃舞カルスデン・ブレスタ』も、数多の敵を挽肉に変えてきた紛うことなき殺しの技で、親が子に伝える物として著しく不適切だ。

 外と内が著しく乖離したやり取りが一段落した時、マウンテンの地面を蹴る乱雑な、しかし軽い足音が生まれ、発信源に目を遣ったカルスの表情が緩み、反対にヒビキの表情は引き攣った。

「ヒービーキちゃん!」

「ら、ライラちゃん……」

 紫色の髪をゴムで縛り、小柄な体を覆うツナギには工具が詰め込まれたポケット。サイズこそ小さいが歴としたエンジニアブーツで足を覆った、小さな技師然とした少女、ライラック・レフラクタは、二人の前に立つなりヒビキの手を掴む。

「おじさん、ヒビキちゃん連れてって良い!? 新しいおもちゃが出来たんだ!」

「良いぞ、子供は子供同士で遊ぶもんだしな。怪我はするなよ」

「へーき、お母さんが見張ってるから!」

「……また変な爆弾を作ったの?」

「今度はもっと凄いよ! 絶対楽しいから行くよ!」

「い、痛いよライラちゃん……」

 ライラが言い放った、「今度はもっと凄い」を聞いて男か女か今一つ分からない顔を少し青くしたヒビキだったが、勢いの差に押し切られ左手を引かれていく。

「夕飯までに帰ってきたら良いぞ」

「……分かった、行ってきます」

「おう、行ってこい」

 鍛錬の中断への後ろめたさの表れか、引き摺られながら視線を向けて来るヒビキに、カルスは「別に構わない」と言わんばかりに笑顔を浮かべながら右手を振る。養父を見て踏ん切りが付いたのか、ヒビキは小さく笑った後ライラに向き直り、そのまま振り返らずに駆けて行った。


 残された男は、長い息を吐いて左手を一閃。


 ゴミの大地に突き刺していたレヴィアクスを引き抜き、正眼に構えた状態で停止。漏れ出す魔力で地面が幽かに震え、全身から蒼の花を散らしていたカルスだったが、新たな気配を感じて緊張を解いた。

「子供ってのは良いモンだよな。大人の下らないあれこれを無視して関係を築ける」

「ライラックと、フリーダ君を除けばあの子に友人はいない。その論は誤りと私は考える」

「言葉も話せなくて走れなかったし、良い子だけど性格の線が細いからな。ま、でもこれからだろ」

 娘と入れ替わる形で現れたノーランの、子供染みた言い分を適当な笑みで流したカルスだったが、彼から紙束を差し出されるなり、彼の表情は急変する。

 食い入るように記された文言を読み、時折ノーランの助力を受けつつ紙束を完読した時、ノーティカ最強と呼ばれた男は長い長い溜息を吐いた。

「血晶石を大量に集め、対象の世界に関わる物を捧げれば二つの世界が繋がる、か」

「今までの物より使えそうだろう?」

「『五柱図録』が使われる辺りが特にな」

 嘗てヒト属と敵対した五頭の怪物達は、個別で信仰の対象にする地域や思想は存在しているが、全員纏めた形の信仰は皆無に近い。

 理由は諸説あるが、ただ存在を伝える為だけに『エトランゼ』を纏めて描いた五柱図録は、宗教の類で用いられた事がなく、ましてや世界を跨ぐ方法に用いられる話など言わずもがな。

 魔力の塊である『血晶石』と本人所縁の品。これらと組み合わせて云々という話は、記された効果と比するとあまりに貧相だが、それが逆にカルスやノーランの興味を引き寄せた。

「ストックは使えないから時間はかかる。けど確実に試行は出来るな。っし、やるか!」

「ま、待ってくれカルス!」

 決意を瞳に湛え颯爽と歩き始めたカルスを、ノーランは慌てて呼び止める。出鼻を挫かれた事に、不満も露わに足を止めた戦士に、落魄れた男が問うた。

「何故あの子供に拘る? 分け与えられたお前の力が無ければ、あれは……」

「危険なだけで価値がないってか? 俺達が立っていた場所から見れば、あながち間違っちゃいないな」

 痛い所を衝かれたとばかりに、カルス・セラリフは首を振りつつ笑う。暫し感情の赴くままに声を漏らしていたが、やがて目からふざけた成分が抜け、ノーランを真正面から見つめる。

 前線を離れてかなりの時が経とうと、磨かれた技をヒビキ以外に披露しなくなっていようと、本質に変化や錆び付きはない。貧弱な男の全身に汗が滲み始めた頃、鮫の口から言葉が放たれる。

「お前の論理は否定しないし、別にあいつの親に成り替わろうなんて思っちゃいない。ヒビキが言葉を理解した時に、事実は全部教えたしな」

「ならば何故……」

「俺は『ガレオセード』の出身だ。守るべき物も守ってくれる物も無い。理由はこれで良いか? 明日から俺は血晶石を探す。お前も準備はしといてくれ」

 放り投げられた単語を耳にして立ち尽くすノーランを他所に、カルスは迷いない足取りでマウンテンを後にする。

 ――ガレオセード。まさか実在していたのか……。

 現在は比重も小さくなっているが、カルスの出身国ノーティカの外貨獲得手段に、傭兵の出荷があるのは、少しでも歴史に触れた者なら皆知っている。

 国の重要な商品である為に、傭兵の単語から想像されるような粗野な者はノーティカの基準では弾かれ、幼年期から様々な教育を受けた者だけが出荷される。それを育成する為の機関が『ガレオセード』だとノーランは文献から知った。

 だが選別方法については暗い噂ばかり漏れ伝わり、当人達は決して語る事はないものの、赤子を攫った、見込みのありそうな子供の両親を殺害して連れてきた、といった噂も流れている。


「国に家族? そんなのいねぇよ」


 出会った頃に聞いた答えを、たった今の言葉と組み合わせると、風も吹いていないのに、可能性を弾き出した男の身体が震えた。

 縁もゆかりもない子供に入れ込んでいるのも、そこから考えると分からなくもない。だが、異なる世界からの来訪者は得てしてこの世界の存在に牙を剥く。

 今は無力な子供でも、カルスから教育を受けて日々を過ごせば相当な力が身に付くだろう。その時もまた、ヒビキという子供が『正義の味方』の類と同じ道を歩まない保証は、何処にも無いのだ。 

 ――落ち着け、只の子供に対して飛躍し過ぎている。それに排除の観点で見れば、元の場所に戻すのは最良の選択だ。

 最初にヒビキを見た時から抱き続けている、彼自身も理解に苦しむ不穏な何かの過熱を強引に鎮めようと、カルスの提示した方法が最良と何度も脳内で唱えていたノーラン。


「な……ッ!」


 肺腑を揺るがす爆発音と、足元のゴミの幽かな揺れがそれを打ち消し、発信源に覚えのあった彼は、泡を食ったように駆け出した。

「また失敗したな、ライラック……!」


                  ◆


「ライラちゃんがまた変な物作ったのか。で、ヒビキは止めようとして巻き込まれた」

「うん……」

 生者が住まう家には、各々違う匂いが染みついている。カルス・セラリフとヒビキ・セラリフの家は機械油や古い血の匂いに加え、仄かに海風の匂いが混ざる、まさしくノーティカ戦士の住まいそのものだった。

 もっとも、展開されていた会話は気弱な子供を慰める父親という、緊張から程遠い代物だが。

 爆発の発信源に向かったカルスと、同じように反応したノーランが見た物は、大地に刻まれた陥没を前に唖然とするライラ。そして、魂が抜けたように立ち尽くすヒビキの姿だった。

 全力の謝罪を繰り返すノーランをいなして帰宅し、いつもより深く負の方向に沈んだ様子のヒビキとやり取りを続けていたが、今に至るまで彼の表情は冴えない。

「ライラちゃんのがああいう奴の知識が多いのはしょうがないし、止められなかったのもしょうがない。だから泣くなって、お前のせいじゃないんだから……」

 あちこちを煤で汚し、目の端に涙を溜めたヒビキが纏う憂いが、遊びでの失敗以外を含んでいると気付きを得て、カルスは崩していた姿勢を正す。

「無意味な盗みや殺し以外なら怒らない。だから言ってみろ。俺は嘘を言った事はないからな!」

「……おやっさんも、ボクが邪魔だって思ってるの?」

「ノーランとの会話、聞こえたのか?」

「いきなり音がよく聞こえるようになって……」

 ヒビキが持つ機構『魔血人形アンリミテッド・ドール』の機能暴発はありふれた事象だが、今回は些かタイミングが悪い。思わず舌を打ったカルスだが、数分の沈黙の後、腹を括ったのかヒビキの目をしかと見据える。

 血縁は無いと一目でわかる顔作りだが、力を分け与えた結果、鏡で自分を見るような気分に時折陥らせるヒビキが何を求めているのか。これを正確に理解した男は、ゆっくりと口を開く。

「お前をここじゃない場所に行かせようとしてるのは本当だ。……あーまだ泣くな、話は最後まで聞け」

「……」

 小さく頷くヒビキの姿に痛みを覚えながら、カルスは彼なりに脳をフル回転させて言葉を継いで行く。

「俺は本当の親じゃない。本当のご両親は、何処か遠い場所にいる。黴の生えた理屈かもしれんが、子供は本当の親と一緒にいるべきと思ってるから動いている」


 答えに顔を歪め、ヒビキの頬を一筋だけ涙が伝う。雑ながらも愛情を感じさせる動きでそれを拭い、カルスは柔らかい笑みを浮かべる。


「変に考えんな。俺はヒビキと一緒にいて楽しいし、何かの代わりと見た事も無けりゃ、離れる事も望んでいない。けどな、俺がお前と一緒にいて幸せな時間は、本当のご両親がお前を失って悲しんでいる時間だ」

 身体の修復を終え、最初にやり取りした時に分かっている事だが、ヒビキに実の両親の記憶はない。

 彼にとって親とは眼前のカルスで、実の親が云々と言われてもピンと来ないのは百も承知の上、カルスも両親の記憶や思い出が無い。

 これでは説得力など皆無で、その点を流せる程にヒビキが嫌な形の成熟をしていない事もまた然り。

 けれども、ヒビキと過ごす時間が取り換えの効かない物で、それを失っている両親の痛みは想像出来る。故に、痛みを伴おうとも二人の別れは必然と伝えなければならない。

「何を選ぶかはお前が決める事だ。でも、ご両親と一度会う事は絶対に必要なんだ。何が好きで嫌いなのかも、一度経験しなきゃ分からないだろ?」

 納得に至らないが、ある程度理解は出来たのかヒビキは小さく首肯を返す。こんな話を理解する必要など、本来この年齢の子供にない。この時点でヒビキは重い荷物を背負わされている。

 おまけに、軟着陸させる話術を持たない自分が話すだけで、余計なダメージを負わせている可能性も高い。嫌な方向に舵を切った思考を振り払うべく更に言葉を継ごうとしたカルスの目に、突如閃光が奔る。

「……ヒビキ、ちょいと用事が出来たから出てくる。鍵はちゃんと閉めて、俺が戻るまで絶対に外へ出るな」

「え? う、うん。……気を付けてね」

「安心しろ、ロクデナシこそ生き残るのが世界だ」

 纏う物の変化に戸惑いながらも、素直に答えたヒビキの不安げな顔に軽い笑みと声を返し、カルスはレヴィアクスを担ぎ家を出る。そして、内部からの施錠音を確認するなり激流と化した。 

 驚異的な脚力と肺活量を駆使して、昼間ヒビキとの鍛錬で訪れたマウンテンに辿り着いたカルスは、少年に向けていた物と百八十度異なる色を目に宿し、低く唸る。


「遠路はるばるご苦労なこった。今更何しに来た?」


 虚空に投げられた声に応じる形で、宵闇が揺れ、深海の青を纏った集団が忽然と現れる。垣間見える肉体的特徴が、カルスの持つそれと同一の集団でひと際目立つ、甲冑魚『ダンメイヒクオス』の頭骨を纏った男が一歩進み出る。

「まだ気の迷いで済ませると、御前様は仰っている。考え直せ、カルス・セラリフ」

「十年近くを気の迷いにしようなんて、後継者の育成失敗も甚だしいもオイ」

 剣呑な返答に気色ばむ集団を、口火を切った男が制する。凶暴な光を輝かせ始めたカルスは――

「最低限は出来るんだな。偉いぞ」


 不遜に、かつ禍々しい笑みで集団を評した。


 煽り同然の評を受け、怒りは増幅していくが、放射されている物を受け、軽挙を抑えた集団を他所に、裏切り者の声がマウンテンに響く。

「道を違えた奴を連れ戻しても、戦力増強は有り得ない。寧ろ悪影響しかないだろ」

「御前様の意思だ。それだけの価値がお前にはある」

「連中の意思に従う気がありゃ出てねぇよ」

 相手を受容するつもりがない、互いの主張を只ぶつけ合う時間が暫し流れる。実に無意味な時間の中、集団の一人が小さく呟いた。

「ごっこ遊びで××××××ってる奴が偉そうに。将来食うから、今は大事にしてやってんのか」


 嘲りを吐いた口と、それを捻り出した頭部が纏めて吹き飛んだ。


 海中から引き揚げた希少金属を精製して生み出された『ビスカリル合金』製の保護具を易々と砕き斬った男から、集団が散開。円を描く陣形で各々の武器を構える。

「……退路を捨てたか」

「最初っからそんなモノは無かったさ。それより、ちゃんと周りを見な」

「!」


 カルスの右手が、一人の戦士の頭を捥ぎ取っていた。


 始動から停止、そして実行まで全てを相手に捉えさせずに動いた男は、埃を払う軽さでレヴィアクスを振るう。

 蒼の刀身は、飛び掛かっていた戦士達の身体を纏めて二分割し、彼らは内容物をバラ撒きながら、生物共の餌に変わる。振り抜いた勢いを活用し、カルスは身体ごと半回転し『泡砲水鋸バボルム』の巨大な泡を破壊。レヴィアクスから『棘歯共射カン・トゥーター』を紡ぎ、高圧噴射された水の針が戦士の急所を捉える。

 血の噴水が続々と設置されていく中、左腕を軽く振って刀身に纏わりついた血を落としたカルスは、首の後ろを雑に擦る。

「戦場こそが飯のタネ。それがノーティカだった筈だろ? 何なんだこの弱さは」

 大きな失望が籠められた声に、誰も反応出来ない。海竜を只の肉塊に、城塞をも廃墟に変えた戦士の挑発に無策で乗れば、仲間の後を追う事と骨の髄まで理解しているのだ。

「……貴ッ様ぁ!」

 ただ一人、会話を試みていた甲冑の男を除いては。

 背負っていた双剣が放った渾身の斬撃を、カルスは敢えて回避せずに右腕を突き出し、左手のレヴィアクスは上へ跳ね上げる。

 肉と金属、二種の激突音が奏でられる中、カルスは笑みを浮かべる。

「突進するのは『幻波影ウェラードゥ』の虚像で本体は上から攻める。懐かしい、良い一手だ」

「黙れ!」 

 水飛沫を突き破った右手が柄を握る。

 不可視の速度でレヴィアクスを引き、再び押し込む。夜空に散る火花にと同化した男は敏速に立て直し、垂直に落ちてくる鮫の刃を真っ向から受ける。

 圧力で全身が軋み、盛大な悲鳴を発する腕に鞭を入れ、斬首を免れようとするに留まらず押し返しにかかる男の目は、憎悪で満ちていた。

「俺をガレオセードに取り込み、殺しの術を叩き込んで道具に変えた貴様が、ヒトとして生きる? 寝言も大概にしろ!」

 叫びを受け、カルスの表情が場違いに緩むが腕に籠められた力は変じない。

 闘争で名声を築いた男は、感情の揺らぎで今成すべき事を忘れない。ヒビキに見せていた顔を捨て去ったまま、淡々と呟く。

「俺は逃げた。体制変革からも、俺を取り込んだ奴への復讐からもな。お前が俺をどう罵ろうが構いやしない。今を守る為に、汚い力を振るうだけだ」

「ほざけ!」

 『怪鬼乃鎧オルガイル』で筋力を瞬間的に強化し、男は拘束から免れ肩を激しく上下させながら体勢を整える。彼の準備が完了するまで、嘗てノーティカ最強と称された鮫は残る全員を肉塊に変えていた。

 格の違いを徹底的に見せつけられながらも、男は内在する感情だけを燃料に双剣を構える。

「殺してでもノーティカに連れて帰る。そして貴様も絶望を知れ!」

「教えなかったか? 『勝者だけが全てを定義する』って。くっさい青年の主張は終わりだ。ついでに、お前の命もな」

 憤怒の波濤を嗤って受けた鮫が始動。男も己の全てを絞り出して加速する。


 ここから展開される一方的な虐殺を、ヒルベリアの夜空は唯々傍観し続けていた。

  

                 ◆

 

「やはり食いついたか。こうもあっさり行くと拍子抜けだね」

「回りくどい、とは思わなかったのですか?」

「強力な存在は知性が低い、いやそもそも持っていないと世間から揶揄されていても、それぞれ凡人とは異なる所に譲れない何かを持っている。その点を衝かなければ、彼らは動かせないさ」


 茫とした光を放つ球体が、ぽつりと置かれた空間。


 球体に映し出される、現在進行形でヒルベリアに於いて展開中の一方的な殺戮を見物する、二つの声が淡々と響く。

 何らかの加工で、年齢性別を判別出来ない領域まで歪んだ声のやり取りは、眼前の光景を一応会話の俎上にしているが、闘争その物への興味は極めて薄い。

 寧ろ、球体に映る片方がこの先歩もうとしている道への興味が強く顕われていた。

「無数の血と悪意を踏み越えて得た力は、何人たりと模倣出来ない純度を持つ。私達が必要な物をあんな残骸で得られるのなら、とても効率的だと思わないかい?」

「それはそうですが……」

 言い淀んだ一方の声を受け、もう一方は含みを持った言葉を返す。

「君は効率を求め過ぎている。目的達成に真摯なのは美徳でも、楽しむことを忘れてしまうと、何も達せられないよ」

 言葉が投げられた後、沈黙が広がる部屋で身じろぎの音。

「最後までご覧にならないのですか?」

「彼が盤面に上がるまでが、私の見たかった物だ。一切予測を外れない、結果が決まったこの戦いを最後まで見る必要はない。ここで覆されるようなら、私は彼を対象にしないさ」

 言い残して遠ざかる気配と、躊躇を見せながら追従したもう一つの気配。

 二つ完全に消えると同じ頃、尚も光を放ち続ける球体に、カルス・セラリフの一撃が男を完膚なきまでに解体した光景が映し出された。

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