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 まず最初に身体が感じたのは、矢鱈と主張の激しい太陽光線だった。

 次いで、身体の節々を襲う鈍い痛みに完全な覚醒を強要され、クレイトン・ヒンチクリフは遅々とした動きで起き上がる。

 謎の存在との激突によって空中で意識を喪失したにも関わらず、身体に接地感がある点に激しい違和感を覚えるが、それよりも速く彼は自身のすべき事を行う。

「……カルメルは、無事か」

 隣で伸びていた巨鳥の身体を手早く検分し、彼の生命や飛行に支障が出る傷はなかった事実に安堵し、周囲を見渡したクレイの蒼眼が真円を描く。

 背後に広がる残酷さも感じさせる美しい青から判断するに、ここは地上よりも宇宙に近い場所の筈。ヒト族であるクレイが、何の対策もしていない状態で呼吸を行えている現状も相当異常な話だが、周囲の光景を見て気付いた事実と比してしまうと些事と感じてしまう。


 彼が立つこの場所には、一定の秩序が存在していた。


 両足を確かに受け止める大地は、土ではない堅い物質で形成され、植生の規則を完全無視した多様な植物共が隙間を縫うようにして茂っている。一見した際に脳が樹木だと処理していた細い物体も、注意深く観察すると何らかの作為が籠められた形状だと気付く。

 遠方からは、どう都合よく捉えても穏やかな気質を持っていると解釈不可能な生物の咆哮が、クレイの耳へ無数に届いている。

 追放は死に直結するであろうこの場所の生態系は、恐らく地上の秩序など無視した異常な代物であり、強力な連中が集う事は疑いようがない。

 最後の詰めに、遥か彼方に屹立するくすんだ白の巨大建造物や、巨大生物の腕の如き、有機的な湾曲を見せる無数の尖塔は、どれだけ強引な解釈を用いても自然物に括る事は不可能な代物だった。

「狙い通りの場所に来れたじゃねぇか。おめーの引きの強さは尊敬するわホント」

「ならここが……」

「そう! この世界の歪みと悪意が集う場所にして、あの「シグナ」が眠る島だ!」

 喧しく笑う妖刀の言葉を受け、驚愕に満たされていたクレイの表情が引き締まり、背負っていた『紅流槍オー・ルージュ』が彼の手で強く握り締められる。

 目的地と定めていた飛行島に降り立ったが、真の目的達成には、巨大建造物の頂点まで辿り着く事が必須と考えるのが妥当で、さすれば話はまだ始まったばかり。

 加えて、ムラマサが名を出した「シグナ」とは恐らく二千年前の戦士、シグナ・シンギュラリティを指し、彼女の遺体は現代でも探し求めている者が絶えない。アルベティートと対峙して散った彼女の死に場所が本当にここなら、強大な生物が島内に掃いて捨てるほど生息している事が真っ当な話となる。

 失策を犯すことなく、最良の選択を行い続けたとしても命が失われる可能性が消えない魔の領域に、自分以外の誰かを付き合わせることを、クレイの良心は拒んだ。

 未だ意識を取り戻せないカルメルの傍らに、覚醒したら撤退しろと記した書置きを残して、クレイは前に進む。

 硬い床を一歩進むごとに増大していく敵意と殺意は、元四天王の肌に強烈な痺れと痛みを齎す程に強い。全盛期ならともかく、現在のクレイが生きて突破出来る保障は何処にもない。

 妖刀の物言いから判断するに、生存の報酬として支払われる真実とやらも、ロクでも無い物だと考えるのが妥当だろう。

 嘗て彼がそうしたように、尻尾を巻いて逃げるのが最高の答えなのかもしれないが、それで得られるのは事態の停滞ただ一つであり、それは今のクレイが望む物ではない。

「……悪魔か殺人鬼か、それとも古代生物か。さぁ、何が出る?」

 湧き上がる恐怖を上から押し潰す為か、不敵に笑った元•四天王は、武器を構えた状態で、悪夢の島の中心部へ前進を開始した。


「今言ってあげなくて良いの? 彼の実力は知っているけれど、無傷で生き残れる保証はどこにもないわ」

「……」

「まあ良いでしょう。私とあなたの目的は別にあるもの。先にそちらを済ませた後に考え直しなさい」

 七色に変化する瞳を持つ完全武装の女と、右目に無骨な眼帯を装備した中性的な男の視線に気づかぬままで。

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