5.リ・メイク・ブルーブレード

 正しいってのは難しいお話だ。

 世間の皆が絶賛する価値・判断が、ある日には狂気に満ちた大間違いと言われるのは、教科書を開けば、いや普通に生きていれば一回は見る事象だろ? 

 ぶっちゃけた話、「正しさ」の概念の強さは、服や娯楽の「流行り」程度の物なんじゃねぇのかな。で、その変化の希少価値は、腐った野菜と同じくらいだろうな。

 ある時は皆から持ち上げられて必死で追い、それを冷笑したり否定する奴もいるけど、持ち上げられている間はそんな声は踏み潰される。けど、廃れちまえば皆で仲良く袋叩きってな。

 そこは俺を含めたヒトの弱さなんだと思う。

 だからむかーしの賢者様達は、必死で「規則」を生み出し、守るように色々してたんだろうな。最低限のラインは作っとかねぇと、個々の「正しさ」が氾濫して殺し合いから絶滅一直線だったろうしな。

 当然、最低限の所をなぞり続けるだけじゃあ、発展は止まる。

 絶対に反していると判定される場所を犯さないように、注意を払いつつヒトは同族間で色々やってきて、大国が出来たりした訳だ。

 で、問題なのは賢者様達は沢山いて、それぞれ似たような、でも微妙に違う「正しさ」を掲げた規則を作ってるトコだ。どれだけ抑え込んでも、出来るヤツは勝手に頭角を現して色々為しちまうのは、まさしく神様とやらの思し召しだ。俺にも分けて欲しいね。

 賢者様が複数ってことは、即ち「正しさ」も複数ある訳だ。

 食い違いをどうにかする為に話し合いがあり、どうしようもなくなったら戦争をして、勝者の理論が「正しさ」になるんだろうな。

 ……生物は皆そうだって? まっことその通り。敗者は去るのが自然と生物の摂理、脇役に甘んじられる可能性があるだけ、ヒトの世界は有情だから文句を言うな?


 実に正しいねクソッタレ。反吐が出る。


 内在する「正しさ」を否定された存在は、生きていたって死んでんだよ。

 何があったのか、十二年前の俺は知らなかったし、知った今も理解するつもりなんぞない。

 内在する感情は、俺の種族の絶滅を肯定しないし、火種となった軋轢も、石斧を振りかぶった相手に『終焉ノ炎弩カタスフレア•エミッション』をブチかます真似を肯定出来る「悪」とは到底思えない。だから、俺は父さんや母さんの託した物を否定して動く。

 成そうとしている事や、今に至るまでの道を卑怯者の腰抜け野郎の振る舞いと言われたって構いやしねぇよ。「正しさ」を焼かれた間抜けは、カスみたいな物にも縋り、それを成す為にどんだけ矛盾して醜い行動でもやれるモンだ。

 では開演と行こう。グナイ族の残りカスの描く、滑稽な踊りをな。

 お付き合いしてくれたキミへの返礼は、成した後の俺をぶっ殺す権利でどうだ?


                  ◆


 大公海の只中に存在する群島の一つに、当代ケブレスの住処は在った。

 インファリス大陸と、アメイア大陸の丁度中間に位置する島に向かう者は、海竜を始めとした海棲生物や、船の補給に関する問題等の障壁にで皆無に等しい。

 世間から隔絶された孤島で唯一の建造物にして、小規模な工場と形容可能な、一家だけで使用するには余りに巨大な施設の一室。一・八一メクトルと小柄なドラケルン人は、自身が生み出した魔剣を振るう者と対峙していた。

「私達の生み出した魔剣を手にする者は、それこそ二千年前、ハンス・ベルリネッタから無数に存在しているが、手にした後に所有者が何度も整備に訪れるなど想像もしていなかった。そうせず済むよう作った筈だが」

「死体を積み上げる物を作りたくないだのと、意味不明な理屈を振り回して、究極の僻地に移住した貴様の行動が想像不可能だ。武器は何かを殺す物だろう。加えて問うなら、子供達はどうするつもりだ?」

「他の二人程度ならよかったんだがね。ヴェネーノ、お前のような者を見ると嫌になるという話だ。……ハーディ、お母さんのところに行っていなさい」

 壁に凭れた状態で立っている、ヴェネーノと呼ばれた男。

 彼の完璧に鍛え抜かれた上半身に刻まれた、無数の刺青を興味深そうに触れていた男児が、父親の命に従い部屋を退出。潤滑油が消えた事で、室内は先刻と大きく異なる緊張を内包した空気が満ちる。

「俺を相手にして、怯えの気配を見せないとは、あの子供は良い筋をしている」

「子供は大人より得体の知れない物への耐性が強いだけだ。仮に見立てが正しくとも、お前の様な道には歩ません。……この仕事を継がせるかも、今悩んでいる」

「ケブレスの血を持つ者が他に何をするつもりだ?」

 『生ける戦争』を始めとした、物騒極まる異名とそれに違わぬ凶行を繰り返し、全世界から討伐指令が出されている男、ヴェネーノ・ディッセリオン・テナリルスからとは思えぬ平凡な問い。それを受け、職人ティル・ケブレスは窯の炎を調整しながら苦笑する。

「あの子のしたいようにさせるさ。大陸に移動する手段も一応ある。正しい道を歩むためにも、いずれここを出て行かなくてはならない事だけは確かだ」

「血の呪いは縛られている身には疎ましいと感じるだろうが、解放されても決して楽になれんぞ」

「世界最強になると宣い、世界中から指名手配されたお前に言われると説得力が高いな」

「俺に不満があるのならば、ザルコを使って通報してくれても構わん」

「依頼主を通報する馬鹿がどこの世界にいる? それに、あの飛竜はお前の指示以外聞かないだろう」

「少なくとも俺の周囲には腐る程いるが?」

 生きる世界が違う男との会話に倦んだのか、ティルは溜息を零した後、炎で内部が埋め尽くされた窯に顔を寄せ、深呼吸の要領で息を吹き込む。

 すると、彼の口から炎が吐き出され、窯の火勢が更に強まる。

 竜の血を受け継いでいるとされ、体に排炎器官を有するドラケルン人でも、火を道具として使う時には文明の利器を用いる。

 種の器官はあくまで外的の排除が主たる用途であり、日常使いをするなら必須となる火勢の調節といった行為は不可能。唯一の例外が、独自の魔力循環方法を手にしたケブレスの一族だ。

 ドラケルン人の内、彼らだけが持つ技術を活用する事で、竜鱗同様の強度と、実際のそれより遥かに軽量で使用者の負担軽減を実現した防具や、逆に竜鱗やその先に在る骨肉をも破壊する高性能の武器製造を実現している。

 そして、二千年前の大戦においてハンス・ベルリネッタが単身で『エトランゼ』の一頭を討伐した時に有していたのが、ケブレス家が生み出した『征竜剣エクスカリバー』だ。

 以降、卓越した技量を持ち、ケブレス家に認められた者は彼らが生み出す『魔剣』と称される剣を握る事がドラケルン人の習わしとなった。

 当代たるティル・ケブレスが生んだのは『金剛竜剣フラスニール』に『散竜剣クレセゴート』

 そしてヴェネーノが持つ『独竜剣フランベルジュ』の三本だったが、選んだ三人が揃ってドラケルンの社会から追放される事態は、彼にも予想外だった。

 魔剣と所有者に関する、ドラケルン人の内紛に嫌気が差し、従えた竜に乗って他者との交流が無いここに移住したが、所有者の一人である眼前の男だけは、度々接触を図ってきている。

 敵を喰らう事こそ最良の整備方法で、通常の武器で必要とされる整備を必要としないケブレスの武器を、わざわざ打倒した生物や採取した鉱石を持ち込んで強化、修正を行わせる所有者は歴史を遡っても非常に少ない。

 そのような事に時間を割くより、強大な生物達に挑む方が、華々しい名声を得られる上に闘争へ投じる時間も長くなる為、一見すると彼の行動は非合理的に映る。

 だが、強力な武器を手にしただけで終わらせず、間断なく武器と己の技量の向上を狂的に追求する姿勢が、ヴェネーノを最強たらしめているとティルは理解しており、故に、フランベルジュは眼前の男を選んだのだ。

 加えて孤島の特性上、食料危機の不安を常に抱える当代ケブレスには、狂戦士が対価に持ち込む大量の食料は非常にありがたい為に、国や都市に知られれば斬首が確定する危険な依頼を継続して受けている。

「今回は持ち込んだ素材に新しい物が多いな。身体の刺青もまた増えたようだが、一体どこにいた?」

「最初は東華に向かい、そこで六人の強者を倒した。その後インファリスに戻ってアリエッタと戦った後、西側に帰還して海峡を越え、アトラルカ大陸に辿り着いた後は追手を倒しつつ砂王竜に挑むべくタドハクス砂漠で張っていたのだが、ハンナが打倒されたと聞きインファリスに再び向かうと決めた」

「ハンナを倒した奴と戦う前に、現時点で最高のパフォーマンスを出す為に武器を強化する事にした訳だ。殆どの相手に無手で勝てるだろうに、お前も変わらんな」

「現状に甘んじて整備を怠れば、どんな業物も一瞬で鈍らと化す。ヒトの持つ強さも同じだ」

 『ケブレスの魔剣』の当代継承者で、無論常人を置き去りにした高い基準ではあるが、生まれ持った肉体だけで序列付けを行えば、カレル、ハンナ、ヴェネーノの順となるのがドラケルン人の共通認識となっている。

 魔術が戦闘の核になる状況が不変である限り、魔術の構築から発動までの速度が、ヒト型生物の平均と比して圧倒的に劣る欠陥を持つヴェネーノが、常識的に考えて最弱とされるのは疑いようがない。

 ティルが最初に生み出した魔剣『独竜剣フランベルジュ』がヴェネーノを選んだ際にも、現在の狂的な強さを持たない彼が持つ事には、賛否が激しく分かれた。

 魔剣の選択も、否定的な見方をしていた者の意見も、現状を見るに正しいとすべきなのかと嘆息し、ティルは窯の中で熱されていたフランベルジュを取り出して掲げる。

 持ち主の頭髪に酷似した色に染まった、自身が生んだ業物を観察するティルの双眸に、形容し難い感情が宿るが、魔剣の親はそれを外界に表出させずに作業へ移行。

 景色を揺らがせる熱を抱えた剣を、複数の竜の甲殻を用いた、ケブレス家が代々受け継いできた魔剣専用の作業台の上に置き、ヴェネーノが持ち込んだ鉱石を溶かした物を振りかける。

 両者が接触した瞬間、反発を示すように多数の色を映し出す炎が刀身から盛大に噴出するが、それらはすぐ魔剣に取り込まれていく。変色と明滅を繰り返す魔剣に対し、ティルは両手で握った金槌を刀身に向け、全力で振り下ろした。

 金属同士の歯でな接触音と火花で彩られた室内で、口出し不要と理解している故に、暫し沈黙していたヴェネーノだったが、不意に鋼の瞳に疑問の色が浮かぶ。

「ティル、フランベルジュには自我と意思疎通能力が宿っているのか?」

「適不適の判断、所有者を切り捨てる、この二点から何らかの自我はあるだろうが、意思疎通能力はない。アークスのルーゲルダの事例は特殊な上に、あの特性付与は武器の性能を大きく落とす為、正気の者は行わない。何かあったか?」

「近頃、フランベルジュの声が偶に聞こえ――」

 返答を断つ形で、ティルは腰に差した護身用のククリ刀を、フランベルジュの整備を行いながら投げた。

 壁に凭れた状態のまま、狂戦士は首を僅かに動かして回避し、壁に当たったククリ刀は反転してティルの手に戻る。返答に苦笑するヴェネーノに、当代ケブレスは意図的に平坦な声を投げる。

「武器はどこまでも物だ。持ち主を選ぶ魔剣も、そこは変わらない。声が聞こえると言うのなら、何を聞いたのか知るつもりもないが、それはお前の中にある迷いなのだろう。迷いが生まれ始めているのなら、世界最強だなんだの世迷言は捨てて、大人しく死刑台に上がれ」

 迷いを抱き、それに苦悩する事が知的生命体の特権でもあり、弱点でもある。

 そして、ヴェネーノ・ディッセリオン・テナリルスは全てを背負って、自身の望む道を選んだ。

 マトモな存在からは絶対に理解されない、客観的に見れば最低の選択を為しているが、その為に前進を続ける純粋で強靭な精神に類い稀な物を感じたからこそ、フランベルジュは彼を選び、ティルは協力を続けている。

 止まる事は、三者の選択を踏み躙る事でしかない。

 そして、今の段階で過去の選択を翻す事は、死の宣告に等しい。

 十全に理解しているのか、ヴェネーノは含みの籠った笑声を漏らし、右手を軽く振って肯定の意を示す。

「貴様に指摘されるのは少し不愉快だが、肝に命じておこう。整備は終わったのか?」

「終わったよ」

 ケブレスの魔剣をティルが両手で放り投げ、彼の身の丈ほどもある長大なそれをヴェネーノは片手で受けて回転。戦闘開始時の姿勢で目を閉じ、動いた。


 そこから先でティルが認識出来たのは、魔剣が信じがたい量のエネルギーを纏った事、それだけだった。

 

 竜巻にも等しい力を直に受け、竜の襲撃を想定して設計された建物や設備から、激しい軋みが生まれ、ティルに至っては吹き飛ばされた挙句、壁に叩き付けられて呻く羽目になった。

「魔力の伝達が百分の二秒速くなっている。鍛錬してもなかなか削れぬ時間を、こうもあっさり削ってくるとはやはり素晴らしいな」

「微差をすぐに把握し、実践出来るお前は色々とおかしい」

「それが出来なければ、俺はとうに死んでいる」

 転がるティルを立たせながら、ヴェネーノは満足気に何度も頷き、魔剣を背に戻す。対面する度ヒトの領域を逸脱していく男に、赤子の時から彼を知る筈の当代ケブレスは、ある種の憧憬と恐怖を抱く。

 そこで妻から食事が出来たと声が飛び、ティルは抱いた感情と共に設備の火を消して立ち上がる。

「お前も食べていけ」

「良いのか? 知っているとは思うが、無駄に食うぞ」

「アンジェもお前が来た段階でそれを想定して作っているさ」

「では、ご相伴に預かろう」


                 ◆


 食事を終えた二人は、持ち主の生活様式と環境上、放置されているも同然の船着き場に向かった。

 遮る物が一切存在しない青い海を背景に、背に巨大な翼を生み出した狂戦士は、当代ケブレスに背を向ける。

 仕事が終われば、後は他人同士。

 この思考に準じた行動を互いに徹底しているからこそ、今まで関係が継続出来ていると理解する二人は、食事の後は一言も会話を交わさずここまで来た。

 このまま飛びたって去るのが平常の流れの中、ヴェネーノはティルが未だかつて目撃したことの無かった躊躇を一瞬表出させ、振り返って重々しく口を開いた。

「恐らく、今日が貴様と会う最後になるだろう」

 全く予想外の宣告に対し、虚をつかれた様子で硬直するティルを鋼の瞳で真っすぐに捉えながら、ヴェネーノは言葉を紡ぎ出す。

「数年前から何者かに監視を受けている。無論、大公海の中にあるここでは気配は無い。だが、気配の持つ力は年々力を増し続けている。これ以上ここを訪ねて、貴様や家族を巻き込む可能性を抱える事は心苦しい。物資はザルコに話を付けている。では、な」

「待てッ! ……気配とやらは、お前ほどの者が恐れる強さなのか?」

「世間は俺を妄執に囚われた醜悪な男と呼ぶが、気配をそれに準えると、奇妙なまでに純粋な意思で、途方もない悪を為そうとしている。力の増幅具合から考えると近い内に動き出すのだろうが、アレは危険だ」

 大それた悪事を行っている張本人のヴェネーノが、危険だと断じる『誰か』の正体など想像したくもないが、ヒトの想像力はどうにも無駄に豊かで無軌道。ティルの思考は無意味で、そして恐怖を加速度的に増大させる想像に、瞬く間に埋め尽くされる。

 ――ヴェネーノが行っている事は、壮大だが国や個人の破壊に過ぎない。恐らく、世界が一致団結して討伐にかかれば討たれる。それよりも大きい悪など……。 

「先は考えるな。貴様が名誉や地位を捨ててまで手に入れた生活を、手放したくないのなら、な」

「……お前は挑むのか?」

「さぁな。世界全体を見据えた指し手の前では、俺とて津波の前に立つ虫に過ぎんが、フランベルジュや貴様に関する情報、そして俺の力と技は絶対に渡さんとだけ誓おう。……では、竜と共にあらんことを」

 現代では同族内でも廃れつつある古の別れの言葉を残して、狂戦士は背の翼から『暴颶縮撃』の圧縮空気を噴出。立っていた場所を僅かに削り取って飛翔し、瞬く間にインファリス大陸へ舵を切る。

「待てヴェネーノ! お前は――」

 魔剣を生みし者の声は後方に押し流されて瞬く間に消えたが、ヴェネーノは強化が成された聴覚で拾い、口の端を歪めて嗤う。

 ――案ずるな、俺は死なん。必ずや全てに勝利する。貴様は、俺が頂点に立つ姿を黙って見物する権利をくれてやろう。

 物騒な返答を腹の中で何度も唱え、ヴェネーノは次に戦う相手に思いを馳せながら飛行速度を上昇させていく。

 感情の高揚に呼応して漏出する魔力で、身体を赤く染めた狂戦士は流星のように空を奔り消えた。

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