15
アークス王国首都ハレイド。
技術革新によって、都市化が進行し失われた過去の空気を未だに残す、王族が住まうギアポリス城に、たった今一人の珍客が足を踏み入れた。
「止ま――」
城を守護する無数の軍人は、水晶の髑髏が各所を彩る鎧を纏った万変の瞳を持つ女、カロン・ベルセプトが手を一振りしただけで、催眠術にかかったように地面に倒れ伏した。
正門から堂々と侵入を果たしたカロンは、一切の迷いなく歩み目的地に向かう。
この城の真の所有者は私だ。
そう宣っても、誰もが信じるのではと錯覚させる程、一切の迷いの無い傲然とした行進を前に城にいた者は皆道を譲る。
結果、想定より遥かに早く最上部に辿り着いた彼女は、躊躇なく王の間に繋がる扉を開く。
「あら、お出迎えは貴方達なのね。二人ばかり足りないようだけれど」
「……」
「アンタ如きぃ、デイジーちゃん一人で楽勝よぉ~」
王家の過去の栄光を証明するような豪奢な空間に、彼女のお目当ての存在はおらず、代わりに王家を守護する四天王の二人、パスカ・バックホルツとデイジー・グレインキーが、武器を抜いた状態で立っていた。
暴発寸前のデイジーを抑え、パスカが一歩前に進み出てカロンに問う。
「貴女の名も力も、卑小な存在なりに知っているつもりです。戦う意思はこちらにはない。退いて頂けるとありがたい」
「生憎貴方達ではなく、雇用主に用があるの。無差別に戦う気はないから、サイモン・アークスを出しなさい」
立場上、到底承服不可能な要望を受け、苦い表情を浮かべたパスカの口が閉じられ、眼前の存在と交戦するか否か、迷いの気配が浮かぶ。
彼の脇を桃色の髪を揺らし、身の丈を超える両手剣『絶対道徳シャッタードール』を掲げたデイジーが擦り抜けた。
「待――」
「話し合いなんて無意味よぉ~! ここはシンプルに……」
「それには同意する。けれど、貴女は弱過ぎる」
「!」
年齢と種族の限界を遥かに超えて突進するデイジーの背後。
初動が遅れた筈のカロンが悠然と立ち、既に手にした得物で仕掛ける体勢に至っていた。
「――ッ!」
同僚の死の予感に突き動かされ、パスカは部屋に及ぼす被害を思考から締め出して『反逆者バークレイ』を抜き、引き金を引いて『
天井や床から湧き出た八つの球体から、金属をも一瞬で融解させる必殺の炎が音よりも速く吐き出されるが、船頭は花畑を歩む軽快な足取りで回避し、彼女同様、回避に移行したデイジーに接近。
同僚の回避を妨げる事を避ける為、『終焉ノ炎弩』の発動を強引に停止したパスが。はバークレイを変形させ、『
即興で作り出した、空間の揺らぎだけが存在を示す刃による斬撃を放つ。
「二対一は卑怯じゃない?」
肩書からすれば最悪の冗句と共に、船頭がその場で
三者の武器が一秒にも満たない時間接触。そして四天王二人が為す術もなく弾き飛ばされた。
天井に叩き付けられる寸前で体勢を立て直したパスカに対し、デイジーは武器の重量と、敵の動きを読めなかった事実から来る精神的な動揺で反応が鈍い。
絶好の隙を衝き、カロンは水晶の鎌『刈命者オルボロス』で斬撃を仕掛ける。
どうにか対応してシャッタードールで受けにかかるが、両者が激突寸前でカロンは空中で一回転してデイジーの斬撃を回避。盛大に空振った両手剣の内側に身体を滑り込ませる。
超人的な反応速度と、年齢不相応な筋力によって両手剣は翻されるが、船頭は長大な刀身を蹴って舞い上がり、車輪のように回転しながらデイジーの左腕を切断して背後に抜ける。
「あ……ぐぅぅぅぅッ!」
「叫んでいる余裕があるの?」
「デイジー!」
冷えた声と共に、デイジーの首筋にオルボロスの切っ先が当てられ、皮膚を押して赤く染めていた。
船頭が少し力を込めるだけで、総頚動が損傷して四天王は死に至る。
実力の上下と戦いの終着点とその過程、全てを理解した上で放たれた問いは、事実であっても放った当人以外には屈辱でしかない。
「舐めるなァああああああッ!」
光の無い目を血走らせ、デイジーは怒号と共に右腕一本でシャッタードールを投げるが、オルボロスが僅かに動いただけで軌道を逸らされ、窓を粉砕した長剣は城の外に追放される。
無意味となった行動に反応せず、デイジーが『
傷口から吐き出された無数の赤がカロンに殺到し、回避の素振りを見せなかった彼女の肉体を一色に染める。パスカが放った上方からの『
「自身の血を導線に『
「……!」
無機質な分析の声が、空間に投げられる。
そして、『鉄射槍』の牢獄を突き破って飛び出た右腕が、デイジーの首をしかと掴んで中空に吊り上げていた。
『
どれを辿って攻撃するかなど、到底ヒトの処理能力で見切る事など出来ず、四天王同士であっても、放たれる前に倒す事が最適解とされた技を破るなど、二人からすれば信じられない現実だった。
右手からパーセムが滑り落ちて軽い音を響かせる中、デイジーは四方八方に視線を動かし、パスカは俯いたまま動こうとしない。
彼らを目まぐるしく変色する瞳で一瞥したカロンは、わざとらしい溜息を吐きながら動く。
跳ねて後退する彼女の脇を『
同僚を脅かす眼前の存在の排除が、何よりも優先すべき事。そう結論を下したパスカに笑みを浮かべ、『
構成する無数の鉱石によって漆黒と化した水晶で、光と熱を逃がすのではなく吸収する事に特化した盾を掲げカロンが前進。
瞬く間に、彼女を世界から退場させる為に放たれた七条の炎が着弾するなり、漆黒へ取り込まれ場違いな平穏が戻る。
強度と吸収力の両立の問題から実用が極めて困難な魔術の目撃と、切り札が完封された現実に驚愕するパスカに、至近距離から『
業物級の切断能力を付与された微細な水晶片と、『
「殺しはしないわ」
言葉通り、放たれた光弾は常識の範囲内の威力と速力に収まっている。だが、元の魔術の威力が仇となった。
彼女と最も離れた位置の壁に吹き飛ばされたパスカは、全身に重度の熱傷と無数の擦過傷を刻まれて沈む。
「『
「――――っ!」
用済みの盾を消滅させ、右腕に持つオルボロスを軽く振るう。
たったそれだけで、カロンにとって死角となる角度から迫っていたデイジーが、胸に刻まれた斬線から血霧を噴出させて崩れ落ちる。
アークス王国最強の一角である二人の、あまりにも早過ぎる戦闘不能。
世俗に生きる者なら、一生武勇伝として使える事象を瞬時に為した事実に、特段の感情の起伏を見せぬままカロンが口を開く。
「別に取り決めをした覚えは無いけれど、暴力で排除を試みたあなた達に、私は勝利した」
「違うッ! 私は負けて――」
平常のふざけた部分が消えた、殺意と恐怖で満たされた咆哮を上げるデイジーを、水晶の装甲が目立つブーツで腹を踏みつけて黙らせ、カロンは続ける。
「暴力を先に持ち出したという事は、勝利した私の要求を飲む義務があなた達にはある。サイモン・アークスを出しなさい」
「その要望には答えられないなぁ。高身長で男前、誰にも真似出来ない技を持ち、なかなか重い過去を持つ、まさしく主人公なこの俺を、まだ倒していないからな!」
色々舐め腐った発言と共に飛来した、黄金の弾丸をオルボロスで受けたカロンの足が、僅かに後退する。先刻より少し力を強く込めて押し返し、得物を翻して追撃を放つが、乱入者は側転で回避し距離を空けて船頭と対峙する。
「ユアン・シェーファー」
「大・正・解だ。あぁ組織を軽んじるお前がどうたら~とか、そういうくっだらねぇ問答は要らねぇよ。友達助けんのに理由はいらないだろ? お前は友達いないから分かんねぇか。引き篭もりのババァだし」
顔に刻まれた鷲頭竜の刺青が目立つ四天王、ユアンが放つ安い煽りに口に半月を描き、カロンは接近戦を選択。妥当な選択だが、読みに反して四天王も彼女と同じ選択を行う。
美丈夫の拳と水晶の鎌が激突。物体が擦れ合う事で生まれる悲鳴と火花が散る中、ユアンの左拳がカロンの腹部目がけて撃発。船頭の鎧から『
眼前の男が想像を超えた力を持っていると判断し、万が一の敗北を回避するべく、カロンは出力を引き上げる事を決断。
「――あぶねッ!」
『
天井に設えられた照明器具が微塵に破壊され、輝く破片の雨が降る中、ユアンは両の腕を交差。『
緊張を維持した状態でオルボロスを一度下げたカロンは、相手の両手両足を覆う、複雑な装飾が施された黄金の手甲に気付く。
「あなたの武器を変形させたものかしら?」
「流石に分かるか。『魔蝕弓ケリュートン・リヴァイヴ』とでも呼んでくれや。遠く離れてチマチマ削る以外能が無いと値付けしている、お前みたいな馬鹿をぶっ殺すには最適だろ?」
『シルギ人』の中の少数部族『グナイ族』が、魔力を用いた戦闘中の武器変形やそれを活かす為の戦闘術を編み出していた事は、カロンの知識の中に当然存在する。
更に、彼女は過去に用いた者との戦いを経験し、そして勝利していた。
――けれども断絶していなければ、世界最強議論に名を連ねていたであろう逸材を、過去の知識だけ判断してはならない、か。
七色に移り変わる目を細めたカロンがオルボロスを掲げ、口の端を釣りあげて笑うユアンが両の手甲を激しく打ち鳴らして腰を落とす。
膨大な魔力と凶悪な殺気が放出され、無意識に身体を震わせた二人を他所に、対局者は言葉の刃をぶつけ合う。
「あなたの部族はアークスに絶滅させられた。近頃の行動を見る限り、憎しみに囚われたままのようだけれど、何故アークスの飼い犬のままでいるのかしら?」
「最後の一瞬まで飼い犬でいる方が、色々と便利だろ? ……それとまぁ、後は気まぐれだ」
――ユアン、やはりお前が……!
ある確信を抱いたパスカを垣間見たユアンは、微笑を浮かべて突進。
多彩な戦闘術を有する相手に手加減は不要。結論付けたカロンが、オルボロスに魔術を紡ぎながら迎撃体勢を取った。
殺戮と破壊を撒き散らす戦舞が開始されようとした時、両者の中間点に小さなガラス玉が放り投げられる。
ガラス玉は無音で世界から退場させられるが、二人の注意はそれを投げた存在の方に向き、視認するなりユアンは舌を打って城から退場し、カロンはオルボロスの切っ先をそちらに向けた。
「他人の住居の中で、設備の破壊を伴う戦闘に私は許可を出した覚えはないよ」
「……!」
現アークス国王、サイモン・アークスが微笑を湛えて王の間の入り口に立っていた。真の所有者らしく、ゆっくりと歩を進める相手に対し、カロンは問いを投げる。
「……異なる世界の住民を、大量に呼び込んだな?」
「さて、何のことやら」
「とぼけるなッ!」
怒声と魔力が同時に放たれ、王の間の装飾品や家具の類が微塵に砕け散り、場に転がされた四天王二人は、湧き上がる吐き気と絶叫を必死で押し留める。
単純な暴力で遥かに勝る二人が動けない中、無力なヒトである筈のサイモンは悠然と歩み、船頭の横を擦り抜ける。
「もっとも近い拉致はペリダスを始めとした存在、いや、あの少女とごく近い関係の少年か。あの世界から過去に大量の存在を拉致しているが、彼らが生存、もしくは帰還出来たケースは皆無。……貴様は何をするつもりだ?」
「貴女も、異なる世界の存在の拉致が頻発する事態に対抗して、あの少女を召喚したのだろう? ……もっとも、与える筈だった力は殆ど何者かに奪われてしまったそうだが」
全てを知っていながらも、はぐらかす形で切り返してくる相手に更なる怒りを募らせながら、カロンは自身の精神の暴発を抑え込んで問いを重ねる。
「異なる世界の存在を大量に呼び込めば、どちら側にも不幸が起こる。故に、私であっても召喚はこの数千年で片手で数える程に留めている。それを……」
「それが貴女達、いやエトランゼも含めた存在の傲慢だ」
「何?」
「世界の調停者の看板を掲げていても、所詮行き過ぎた戦争の抑止程度。言ってしまえば、盗人が場を去った後に必死で捕縛手段を考えるような物だ。貴女達はこの世界に生じる最大の問題には、一切手を打とうとしなかった。それが世界の理としてね」
表情を強張らせるカロンと、会話の意味が理解出来ずに固まった四天王二人を他所に、ここではない何処かを見つめるサイモンの言葉が続く。
「多様に存在する世界が何だと言う? 私が愛するのはこの国とこの世界だ。少なからず異なる世界の存在がに牙を剝いている現状がある限り、私は止まるつもりなどない。……幸いなことに、賛同者もそれなりにいるのでね」
「フィニティスの施設で行っている研究か?」
「ご想像にお任せするよ。貴女の事だ、自分の目で確認する事も出来るだろう。一つだけここで決意表明と行こうか。私は何があろうと持論を曲げるつもりなどない。絶対に完結させてみせる。例え、この身を犠牲にしようとね」
一切の揺らぎのない宣言を残して、サイモンはカロンに背を向けて奥へ去っていく。
全体を見据えれば、カロンには自身が今何をすべきかの答えは既に見えている。
サイモン・アークスを殺害する事、これに尽きる。
単純極まりなく、自身の力を振るえば数秒で完了させられる選択を、しかし彼女は選べない。
どれだけ疑わしくとも現段階では疑惑でしかなく、カロンの想像している事象は影も形も無いのが実情。
現状のまま、大義の為に殺害など出来る筈もなく、実行した後に生じるこの国の混乱を、カロンという存在では止める事が出来ない。
時代、地域、そして歴史解釈によって救世主と破壊者と立ち位置が変動する『エトランゼ』とは異なり、彼女をヒト側から見た立ち位置は『救いも滅びも齎さない者』でしかなく、中途半端な存在の下に、善悪の判断をハッキリと付けたがるヒトは団結しようとしない。
サイモン以上の国の旗印に彼女はなれず、そして大義の後に生じる少数の犠牲を受け入れて下々の者に押し付けられる程に、非情にはなりきれない。
彼女が彼女であるが為に直面する現実によって、カロンは単なるヒトにこの場の戦いに完全敗北し、いつまでも立ち尽くしていた。
◆
サータイ山脈の中でも五千メクトルを超える霊峰エベネカイセは、今日も白と黒だけで全てが構成されていた。
何処かに住まうとされている『白銀龍』アルベティートの力によるものなのか、この山に吹雪が吹かない時期、時間は存在しない。
全てを拒絶する白の世界がどこまでも続く中、その色彩を乱す影が蠢く。
「流石に……厳しいな……」
体力の消耗を抑える為、一切の言葉を発さずに登り続けてきたクレイトン・ヒンチクリフは、今にも風に吹かれて千切れ飛びそうな古びた地図と周囲を、交互に見比べて小さく呟く。
エルーテ・ピルスと同様、魔術の飛行で登ることは不可能なこの山に突入してから、既に数週間。嘗ての同僚が残した『ムラマサ』の探索は困難を極めていた。
――頂上は単純過ぎて、簒奪者を生む危険性が高い。だから、付近であってそのものではない。この辺りにありそうなんだが……。
雪洞を寝床にして、数日間をこの高度での探索に費やしているが、結果は問うまでもない。防寒具を纏っていても、身を侵す寒冷地特有の傷が、身体に刻まれつつある状態で、クレイは半ば諦観を抱きながら周囲に視線を巡らせ――
「!」
どこまでも続く白の景色の中で異彩を放つ、東の国の宗教施設に配されるという「トリイ」なる赤の物体を発見し、クレイは残された体力を振り絞って駆け出し、地面の雪を一心不乱に掘り返し始めた。
空からの新たな雪の侵略を受け、どれだけ掘っても目的に辿り着かず、更に自身の身体に雪が積もり始めて、体力が加速度的に消耗し、視界がブレ始めても尚、狂ったように一点を掘り続けたクレイの指先が、硬質な物体の感触を伝える。
手応えを感じた地点の周囲をかき回した末、感触が目当ての物である可能性が高いと判断したクレイはそれを握り、そして紫電によって白の絨毯に弾き飛ばされた。
「十年? ぶりぐらいだっけか。ツラも体も変わってねぇなァ、クレイトン」
「会えて嬉しいぜ、『ムラマサ』」
「俺の親の名前で、本当の名前じゃないっつってんだろうが。……まーずっとそう呼んでた鈴羽が悪いんだけどな」
雪の上で受け身を取ってバランスを崩し、結果としてクレイは現れた存在を拝む形で対峙し、冷え切った彼の長身から汗が噴き出す。
装飾の類が排され、艶消しの黒一色で形成された無骨な鞘で覆われても尚、七五二ミリメクトルの刀身から放たれる威圧感と、ヒトの本能に恐怖を刻む『気』で、クレイの身体は勝手に震え始める。
同僚にして師、そして世界最強議論で確実に名前が挙げられる女傑、スズハ・カザギリが有していた五つの刀の一つにして『
適合者が振るえば、あらゆる抵抗を貫通して竜を一撃で屠り、山海を断ち割る。
人智を超えた力を眼前で目撃した経験もある為に、攻撃を受けない問いを考える必要が生まれて、手早く切り出せないクレイに痺れを切らしたのか、ムラマサが先手を打つ。
「お前が態々ここにやってきた理由は大体分かる。何かロクでもない事が起きようとしていて、俺の力を横取りされないように来たってところだろ?」
「……」
「だが残念だ。俺は仲間の死を受けて反抗ではなく逃亡を選び、そしてあの時よりも力の落ちているお前に使われるつもりはない。と言うか、誰に使われるかはもう決めてんだよ。……いや、偶然にも決まったんだなこれが」
最悪の可能性の提示を受け、最善の選択がムラマサの破壊となるが、それが浮かび上がったクレイの胸中には汚泥の苦みが広がり、顔を歪める。
持ち主のいない状態でも、ムラマサと戦った場合の勝率は五分を切る。
全盛期のクレイであってもその程度なのだから、今の彼では、敗北の可能性の方が圧倒的に高いのは当然の帰結。
それでも最悪の存在に振るわれた場合よりは、相打ち、最悪ここで死ぬ事になっても力を削る方が良いと判断し、震えながらも背中のオー・ルージュに手を伸ばすクレイに対し、ムラマサは乾いた笑声を上げる。
「安心しろ。嘗て鈴羽と引き分け、今も有名人なヴェネーノが偶然ここに来たが、本人が望まなかった。まー他人の武器をコレクションと電池扱いしてる奴は俺からも願い下げだけどな」
「……ヴェネーノ以上の実力者にアテがあるのか?」
ムラマサは使い手に高い技量と強い意思を求める。
一国を単独で壊滅させる力と、歪みながらも強靭な意思に基づいて行動しているヴェネーノ以上の逸材がいるとすれば、クレイの実力では対処しようがない。
それでも真実を知る為、彼が恐怖を押し殺して放った、猛吹雪の前に掻き消されそうな弱々しい問いに、妖刀は全体を揺すりながら愉快そうに返す。
「お前、あの変身趣味のチビが死んでから更に脆くなったな。……昔のよしみで教えといてやる。鈴羽が自害したと伝わって来た時に、既に俺は新たな持ち主を決めていた。クソみたいな輩がクソみたいな真似を引き起こす時、即ちもう少し先の未来まで、ソイツの覚醒は無いし、俺も誰かに抜かれるつもりはない。……しかし、だ!」
声と共にムラマサが空中で方向転換して、鞘に収まったままクレイの元に接近。
身を固くする男の周囲を幾度か旋回した後、妖刀は元から彼の装備品であったかのように左腰に収まった。
「……おい」
「ソイツの覚醒まで、お前の傍にいてやるよ。……まっ、抜かせるつもりはないけどな。選ばれちまった可哀そうな奴が誰か、そしてソイツの真実が知りたいのなら、『飛行島』に向かうこったな。あの島もそろそろ、インファリス大陸上空に来る筈だ」
「居てくれるだけで助けてはくれねぇのな」
「当たり前だろ。相棒になりえない雑魚を助ける意味がないだろが」
嘗てと変わらない辛辣な切り返しに苦笑したクレイの顔が、不意に引き締まる。
轟轟と吹雪が猛る世界の中に、獣の臭いの色が差し、それは爆発的に強まりながら退路を塞ぎつつクレイの周囲に接近を続ける。
やがて現れたのは、白の世界に溶け込む配色の毛皮を纏った雪狼の一種『グラルス』の群れだった。大型の馬並みの体を高い身体能力で繰り、ヒトの持つ短剣並みの牙で獲物を狩る彼らを見れば、登山者や狩人は無駄と知りながらも逃走を開始する。
ヒトが逃走に意識を集中する事によって生まれる隙を衝いて、三十頭近い群れで獲物を捉えるのが、彼らの基本的な対ヒトの戦術だ。
体躯とこの環境への適性の優劣、そして数の差等を判断材料にすれば、逃げない者はまずいない。
だからこそ、自分達の姿を見て逃走に移行しないクレイに対して、グラルスは侮りの色を消し、そして元四天王は犬歯を剥き出しにして笑う。
「お前たちも狼だが、生憎俺も昔、狼と呼ばれていた存在でな。姿だけじゃビビる筈もないんだよ」
背の『紅流槍オー・ルージュ』を構えて腰を落とし、全身から魔力を放出し始めたクレイを見て、グラルス達は円の形状を描く形で彼の周囲を走り始める。
自らを囲う円状の疾走と、グラルス達が生来保持している魔力、そして雪が吹き荒れるこの環境を活用して『
「一応言っとくが、俺は助けねぇからな。適性の無い者には――」
「はいはいはいはい! なら黙って見てろ、逃亡者の力って奴をな!」
ムラマサの言葉を遮る形で咆哮を上げながら、クレイは跳躍。
オー・ルージュの穂先に赤き雷光を灯し、決意と共に『
――長くやるのは無意味。……一撃で終わらせるッ!
元・四天王とグラルスが激突。そして、両者は生まれた赤雷に呑まれる。
赤雷は轟音を響かせながら吹雪を切り裂き、地に積もる雪を融解させて雪崩を引き起こしながら天へと昇っていく。
雪崩と、地盤そのものが破壊される音、そして雪狼の悲鳴。これら全てが複雑に絡み合う事で生まれた、即興の音楽がサータイ山脈に長く長く轟いた。
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