21

「……お、起きたか?」


 右目部分を包帯か何かでぐるぐる巻きにされた黒髪の少年、それが目を覚ましたユカリが最初に見た物だった。

 少年、いやヒビキは苦笑いを浮かべながら、椅子から立ち上がって寝台ベッドへと近づいてくる。


「『ディアブロ』の連中は、フリーダと二人でとりあえず追い払った。アイツ等がユカリを狙う事は、暫くの間なさそう――」


 何やら重大な事を言っている風情だが、ユカリの耳には碌に届かず、逆に間抜けな問いを返してしまう。


「……ヒビキ君、だよね?」

「ん? そうだけど? あぁ、この包帯なら大丈夫だ。再生が追い付てないから一応保護してるだけで……どうした!? まだ痛むか!?」

 

 治療出来る者を呼びに行こうと背を向けた、補修跡が各部に目立つ白いシャツの裾を掴んで、大丈夫だと訴える。

 命を賭してまで、戻ってきて欲しかった存在が立っている事に、思わず涙が出そうになるが、ここで泣くのは正解ではない。


「身体は大丈夫だよ。……それより、戻って来てくれて、守ってくれてありがとう」

「そいつは俺のセリフな気がするんだけどな。……ユカリが羽根を手に入れてくれていなけりゃとっくに……」

「相も変わらず機微が読めないというか、何と言うかでヒビキちゃんらしい返しですね。どう思いますかフリーダ解説員?」

「どうして僕が解説員に? まあ良いんじゃないかい、相手がヒビキってところでユカリちゃんも色々察してるよ多分」


 背後の、微妙に開いているドアの隙間からの聞き慣れた二つの声。それに反応したヒビキは、目を剝きながら振り返る。


「お前らの立ち位置何処だよッ!?」

「中立的な人だよ」

「駄目な子を見守るお母さん!」

「よぅし分かった! 駄目な子らしく、今から反抗してやるから覚悟しとけ!」

 言うが早いがヒビキは扉の向こうへ消え、やがてドスン、バタンといった音から、奇妙な三種の声まで飛び交い始める。

 これでは先刻までの真剣な雰囲気など台無しだが、自分が為した事が無駄ではなかったという実感が更に深まった気がした事と、単純に扉の向こうでのやり取りが面白い事で、ユカリは久方ぶりに声をあげて笑った。


                   ◆


「それで、だな……」

 

 微妙に疲労の色が浮かんだ顔で、部屋へと戻ったヒビキはユカリと正対し、ゆっくりと口を開こうとする。

 余計な茶々を入れずに、先刻までとは雰囲気が若干変わったヒビキの言葉をユカリは待ち、結果として耳を疑う事になる。


「……ユカリはさ、ここじゃなくて別のところに行くつもりとかないか?」

「……」

「お前を元の世界に帰してやりたいって気持ちは、全然薄れていない。……でも俺は、どう転んだって弱くて何の権力も無いチンピラでしかない。弱いままでいるつもりはないけれど、時間がかかり過ぎる。権力に関しては言うまでもない。

 元の世界に戻る、って事を考えればここじゃない場所、例えば首都の四天王の所だったりへ行った方が良い。その方が、身の安全だって確保出来る筈だ。だから……」

「ヒビキ君、私はそれを望まないよ」


 皆まで言うよりも早く返されたユカリの返答に、ヒビキは目を見開く。

 客観的に視点から、合理的か否かの問題だけを論じれば、彼の言葉は正しいのかもしれない。加えて、セマルヴェルグに見せられた映像もあって、戻らなければならないという感情も強まってはいる。

 しかし、その感情と並立するほどに、ヒルベリアで出会った者達への感情も強いのだ。

「……私はここにいたい。だから、ヒビキ君の提案は受け入れられないよ」

「でもそれだと……」

「確かに、ヒビキ君の言ってる事は正しいのかもしれない。でも、何者か全く分からなかった時、助けてくれた皆より、私にとってこの世界で信頼出来る人はいないと思ってる。利害抜きで私に接してくれる人達と、私はこの世界でもいたい。……足手纏いにならないように、努力もする」

 

 拙く、独善的との誹りを受けても不思議ではないが、これが今の自分の偽らざる意思だ。そんな感情も込めて、ユカリは目の前のヒビキを見つめる。

 葛藤を義眼に宿し、ヒビキは暫し沈黙。否定される可能性は充分にある。彼が自身をどのように捉えていても、この世界についての理解では自分を下回る事は絶対にない。

 合理的な思考に基づいて、強引に彼自身の抱いた「正しさ」を実現させるのも可能だろう。それに、ユカリが我を通すのならば、ヒビキにもそうする権利はある。

 固唾を飲んで、目の前の少年からの返答を待つ。

 どれほどの時間が経過したのか、についての認識が曖昧になった頃、ヒビキが表情を崩し、ユカリに対して右手を伸ばす。


「……そこまで言うなら、俺にお前の意思を否定する材料は何もない。……不出来な存在なりに最善を尽くすから、これからもよろしく頼む」

「……うん!」


 伸ばされた手を、笑顔でとる。よくよく考えれば、じっくりと触れるのは始めてとなるヒビキの右手は、金属で構成された物とは思えぬ程に温かかった。

「そういやユカリ、これ持っとけよ」

「……?」

 手を離して、部屋を出て行こうとしていたヒビキは、何かを思い出したかのように振り返ってユカリの元に再接近。

「ユカリって利き手どっちだったっけ?」

「右手だよ」

「そっか。なら左手で良いか」


 何やら勝手に結論付けたヒビキはユカリの左手を取り、青い宝石が鎮座する指輪を彼女の薬指に通す。

 

「――え?」


 それはヒビキ達がロドルフォから手渡されたものの

「付けると武器を使うのに邪魔になるな」

「そうだね。……売る?」

「万が一あのおっさんの目に付くような所に行ったらどうすんだよ」

「……」

 といった会話が為され、処理に困っていた代物だった。

 結局、魔術を弾く効果があるとの言葉から、これからも危険に巻き込まれる危険があり、尚且つまだまだ魔術の理解が低いユカリに渡そうと結論が下されたのだが、それを知らない彼女はパニックに陥る。


「ああああああの、ヒ、ヒビキ君? これ、指輪だよね? しかも左手の薬指って……」

「そうだな。……ユカリの世界には指輪って無かったのか?」

「有ったよ。あったけど、私達、これからどうなるかはまだ分かんないけど、こういう物を渡したりどうこうするっていうのは、あの……ね?」

「???」

「もっとこう、ほら、その、何と言うか……」

「ユカリが何言ってんのかよく分からねぇけど、それロザリスの総統がくれたんだよ。魔術を防ぐ効果があるからユカリに渡した方が良いかなって……、どした?」


 怪訝な顔をして首を捻るヒビキを見て、ユカリの頭がかくんと落ちる。

 どうにも、彼は自分の言っている意味を理解していない事がもどかしいし、早とちりをした自分も間抜けだ。

 そんな感情が出たのか、ユカリの口から奇怪な笑い声が漏れだす。彼女の様子を見て、「もうちょっと寝といた方が良いな」だのの無意味な言葉を吐いて、ヒビキは手を振って部屋を出て行く。

 再び一人になったユカリは、顔を真っ赤にしながら右手でシーツを握りしめ、左手を天へと突き上げる。


「と、とにかく! 皆無事だし、私も強くなれた! ……今日のところはそれでよし! また明日からも頑張ろう!」

 

 恥ずかしさを紛らわす意味が大半を占めてはいるが、再びの決意表明を行ったユカリの目には、出発前よりも強い光が宿っていた。

 ちなみに、アークスでは婚約指輪という概念が無い。その辺りで行き違いが起きたのだが、それをユカリが知るのは後もう少し時間が経過して、ライラから話を聞いてからになるのだった。 

 

                  ◆


 ……色々と良くないことも沢山ありましたが、結果としては一応良い方向で終われた、と言えるでしょう。

 ここで、ハッピーエンドとして終われば良いのでしょうが、父さんや母さんの姿を見た今、そんな能天気な考えは流石に持てません。

 全てに於いて最良の結果を手に入れるのは、有り得ない事だと重々承知しています。でもそれを望んだ今、私はそこに向けて足掻く義務があります。

 次元が違うと言われればそこまでですが、今回の経験を糧として、そちらに帰る為の方法を探し出してみせます!



 ……それにしても、指輪を渡されたのはびっくりしました。……私の早とちりもなかなか酷かったのですが、ヒビキ君も、もう少し言い方とかを選んでくれたらなぁ、とか少し思ってしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る