16
「どう思いますか? とは一体何の話だ?」
「何の話だって、決まってるでしょう」
レフラクタ特技工房の一室で、眠る異世界からの来訪者を挟む形で、ファビア・ロバンペラとライラック・レフラクタが向かい合って会話を交わしていた。
内容は無論、ライラにとっての友人二人とディアブロとの激突についてだ。
火の点いていない煙草を弄びつつ、年齢不詳の医師はライラを冷たく切り捨てる。
「常識で考えれば分かるだろう。勝率は限りなくゼロに近い」
分かってはいたが、優しい言葉が欲しかった。そのような意思をライラの目から感じ取ったファビアは、敢えて厳しい現実を淡々と提示していく。
「才能に恵まれ、これまでの人生で正しい努力を積み上げ、実地で殺し合いの経験を培ってきた相手に、あの二人が優位に立てる要素は一つもない。高潔な意思とやらで戦局が易々と覆るならば、民衆による圧政の破壊が、歴史の中でもう少し増えていただろう」
身も蓋も無さすぎる事実の指摘に、ライラは思わず黙り込む。
流石にやり過ぎたと思ったのか、苦い顔をしたファビアは立ち上がる。別の卓に積まれていたクレイトン・ヒンチクリフが二人に渡すようにと
正確に言えばハンナ・アヴェンタドール個人についての資料だ。
「レヴェントンの方は良家の出だけあって、在野に流れている情報も限りなく少ない。だがハンナは別だ」
ライラが目を通した資料には、かなり際どい方法を用いて集めたのであろう情報も存在しており、その中にはハンナの精神面での弱点とクレイ直筆で加筆された部分もあった。
「養子として引き取ってくれたアヴェンタドール夫妻、このレヴェントンって奴とその家族がいたから、ハンナ・アヴェンタドールは精神的に立ち直り、いまやロザリス最強へと成長して幾多の武功を上げてきた、ですか。これに一体何の意味が?」
読んだ限り、弱点というよりはある戦士の華々しい復活劇にしか読み取れなかったのだが、何か別の意味があるのだろうか。問いに対して「単純な事だ」とファビアは返す。
「二人の実力差は大きく乖離しているが、レヴェントンの単独出撃はあっても、逆はない。この事から精神的な支柱がレヴェントンと考えられる。その点を考慮して奴を上手く扱えば、ハンナの精神的安定が削られ、勝機がほんの僅かだが生まれる」
理屈としては大体飲み込めた、だがどうやって利用するのかが問題となる。戦闘経験が無いなりに、ライラは策を検討してみるものの、根っからの決闘者相手ではどれも難しいとの結論が出る。
「今考えても疲れるだけだぞ。そもそも策を引っ張り出せる状況にまで、戦いを持って行けるかどうかも厳しい話だ。それを考慮してお前に地雷の埋設を依頼したのだろう」
「やっぱり、潰されてますよねぇ……」
肩を竦めた、自分よりほんの少しだけ背の高い医師から視線を外し、寝台で眠っているユカリに目を向ける。
ヒビキの未来をどうにか繋いだ少女は、今度は彼女自身の未来の危機に陥っている。最悪の事態とは別の道は、二人の勝利以外の結果では生まれない。
己の肉体的な、そして魔術に関しての才覚の絶望的な欠如によって、傍観者としての立場に立つことを強いられている状況を呪いつつも、ライラはただひたすらに、二人が生存した上での勝利を願う。
◆
「さぁさぁ行ってみましょう! ライ・リー・ライのテンポでね!」
「くっ!」
戯けた調子で放たれる大槌の強襲が迫り、既に頭部からの出血が目立つフリーダは表情を歪める。
一気に距離を詰めての振り下ろしから、レヴェントン諸共回転しながらこちらへ迫り、そして最後はまた振り下ろし。
非常に単純な繋ぎの攻撃の一手目は後退で回避。二手目も同様。だが、三手目で槌が身体を掠め、フリーダはバランスを崩す。
大槌の一撃が地面に落ちた事で生じた揺れが、フリーダの回避行動への移行を阻害。必中の状況へと相手を引き摺り込んだレヴェントンは、幼さの残る顔に残虐な笑みを浮かべる。
「ゲームセット!」
槌の柄頭が突如として上下に分割される。それによって視認できるようになった箇所に大量の穴が開いていることに気づき、フリーダの表情が歪み、全身が総毛立つ。
恐怖で思考が著しく鈍化しながらも、左腕の骨が折れる程に無理のある動きで後退し、フリーダは地面に伏せた刹那。
大槌に刻まれた全ての穴から、爆炎が噴き出した。
狂熱を伴う風に全身をぶん殴られ、奇妙な呻きと食い縛った歯の一部が欠ける音を聞きながら、フリーダは吹き飛んで大地を転がる。
全身から煙を吐き出し、身体の肉が焼ける不快な臭いを堪能しながら、辛くも立ち上がったフリーダの目に疑問。
「……その槌は只の打撃武器じゃないね。一体どういうカラクリが?」
「敵に秘密を教える馬鹿がいると思う⁉」
「いないだろうね、ヒビキならやりそうだけど」
「ま、お兄ちゃんももう駄目そうだし終わらせてあげるよッ!」
会話を打ち切り、レヴェントンが再び突進。恐らくこちらに回避をするだけの余裕がないとの判断に基づいた為の直線的な動き。
確かに、始動が遅れた敵など最早只の的でしかない。しかし、その的は引き攣った笑みを強引に浮かべる。
――正解だけど、間違いだよ。その動きは!
血が多分に混じった唾と砕けた歯を吐き捨て、フリーダは迫り来るレヴェントンを見据える。
確かに、相手の動きは年齢相応からは遠く、詰め所のトルバート達を叩きのめした事実にも納得が行く。
だが、フリーダは眼前の相手以上に速い者、即ちクレイトン・ヒンチクリフと力を解放していたヒビキ・セラリフとの戦いを経験している。
故に時間さえ与えられれば、回避、そして次への布石を打つ事も十分に可能。
槌が頭部に直撃する寸前、フリーダは身体を滑らせて攻撃を回避。次いで『
未だ槌に振り回されているレヴェントンの脇腹に、渾身の右を叩きこむ。
鎧、そして身体の下にある内臓に、拳が伝わる確かな感触。レヴェントンの身体が、衝撃によって僅かに乱れる。
「まだだ!」
甲高い苦鳴をあげる敵の胴を掴み、そのまま担ぎ上げて空中に半円を描き、一気に地面へと叩き落す。
鈍い音を体内から発しながら、大の字になって地面に叩き付けられたレヴェントンは、先刻のフリーダと同様、周囲に血を撒き散らす。喀血もしている点から判断するに、砕けた骨が内臓に突き刺さっている筈。
運が良ければ、このまま放置していても死んでくれるだろうが、ディアブロ相手に幸運を期待するのは愚者の思考と判断。
フリーダはトドメを放つべく右手に魔力を集中し、迷いなく撃発させる。
「――ッ!」
『
「うぬぼれ過ぎでしょ。お兄ちゃんの味方に元・四天王がいることも知ってるし、あのヘンテコな力を持ったお兄ちゃんの速さも知ってる。こっちも、大体分かってやってるんだよ?」
燐光煌めく防壁が、レヴェントンの周囲に展開され、フリーダの拳を強制的に停止させていた。力押しで捻じ込もうとしても、拳に纏った岩が湯気を立てて崩れ始める結果しか齎さない。
諦めて背後に飛ぼうとした時、全身に激痛が走り、今度はフリーダが喀血。
地面から伸びあがった『
金属の糸で縫い止められて動けない敵を見て、レヴェントンは邪悪な笑みを浮かべ、右手首の力のみで大槌『御する者バスケス』を跳ね上げ、フリーダの側頭部へと導く。
「死んじゃえ♪」
「――ッ!」
脳を破壊されれば終わる。覆せぬ絶対の事実が接近する恐怖が背中に走り、フリーダは肉が千切れることも厭わずに右腕を『
轟音と共に両者が停止。膂力の差から押し切れると判断して力を込めたフリーダは、自らの身体に生じた異変で手を止める。
転瞬、フリーダの右腕が震え出し、骨も残さず弾けて消えた。
「ありゃ、腕だけか。失敗失敗」
酸欠の魚のように、間抜けな口の開閉を繰り返すフリーダとは正反対のレヴェントンは、一切の躊躇なくフリーダの股間に蹴りを放つ。
鈍い衝撃と、目の前に星が飛び交う錯覚を引き連れて、ヒルベリアの大地を転がっていくフリーダだったが、頭部に激痛と衝撃を感じたのと同時に強制停止。
「……よう」
「……やあ」
意識が飛びそうになるのを堪えて立ち上がり、衝撃の発信源に目を向ける。声からすれば当然なのだが、そこには友人であるヒビキ・セラリフが立っていた。
「なかなか酷い有様だね」
「お互いに、な」
ヒビキも悲惨な有様で、生身の右目がある場所に裂傷が走り、腹部からは桃色の物体が零れ落ち、右太ももには『
『
表情から察するに闘争心は失ってはいない様子だが、絶望的に形成不利な事は友人も同じ。そんな事を考えていると、ヒビキが血と共に言葉を吐き出す。
「フリーダ! 『
「すぐに破られる! どういうつもりだい!?」
「一旦流れを切らねぇと死ぬだろ!」
ヒビキの視線の先を見ると、ハンナ・アヴェンタドールが烈風を伴侶として、こちらに接近してくる様が飛び込む。
背後からの耳障りな歌と断続的に届く地響きから推測するに、挟撃の意図が嫌でも伝わって来る。
フリーダが残っている左腕で『白岩玉壁』を発動。二人の周囲を白い石柱が囲み、その上からヒビキが『
前方、後方どちらからも激突の音が轟き、氷と岩の壁が軋む。『
「そっちの状況は?」
「ハンナに「見せてやろう、私の真の力を!」だったか何だか言われて一方的に嬲られてただけだ。おかしいよな、正義が勝つってんなら俺たちが勝つ筈なのに」
「考えてみなよ。あの二人は才覚に恵まれ、正当な努力を積んで社会的な立場を確立しているんだ。税金も払わないし、碌に教育を受けていない、犯罪者予備軍の僕たちとは違う」
「なるほど! あっちが正義の味方で、俺たちは引き立て役として無様に殺される悪人って訳か!」
「その通り!」
岩の壁の中で、二人の少年が蒼白な顔で血反吐を吐きながら大爆笑。第三者からは、正気を失ったと断じられる事は間違いない構図だが、無理にでも笑っていないと心が死ぬ。
壁の外の二人も異様さに後退るほどに笑った後、内側の二人は真剣な表情を作る。
「……何回『妖癒胎動』を使える?」
「一回だね。習得したてで、どうしても無駄が多い。ヒビキが超・魔血人形として覚醒すれば良いんだけど」
「犯罪者予備軍に、正義の味方みたいな覚醒が起こる訳ねぇだろ。ハンナを正攻法で倒すのは二人がかりでも無理だ。大技を当てようにも隙が作れない」
「となると……」
二人でレヴェントンを先に叩く案は、初期段階で却下されている上に、何度か誤射を装い仕掛けたヒビキの攻撃を、全てハンナが阻止している事実もあって完全に潰えている。
よって、第三の選択肢に頼る事が確定しているのだが、お互いにそれまで保つのか。そもそも状況をそこまで持って行けるか、辿り着いても相手が乗ってくれるかと、不安要素が山積している。
それらを解消する為の時間を与えぬと言わんばかりに、岩の壁に少しずつ裂け目が入り始める。身体の修復が完了した二人は目配せを交わし、背中合わせの状態で己の得物を構える。
「とりあえず、策を実行出来るまでは生きていよう」
「了解……行くぞッ!」
岩の壁に向かって思い思いの攻撃を仕掛け、出来た穴からそれぞれ別の方向へと飛び出していく。
転瞬、ディアブロの二人の攻撃によって、岩の壁は根元の地面諸共、世界からの退場を果たした。
「望み通り、一対一でケリつけてやんよッ!」
「そうこなくてはつまらないな! ……来いッ!」
狂気に全てを委ねた叫びをあげて、お互いの得物を激しく絡み付かせながら、ヒビキとハンナは遠くへと離れて行く。
居住地から離れている上に、ディアブロ側の何らかの仕掛けがある為、巻き添えを食う者はいないだろうが、疾走しながら殴り合う二人の戦い方は大迷惑な物である。
遠のいていく二人を呆れた目で見ながらも、残された二人も真剣な表情を作って戦闘体勢に移行。
「君も大変だね。あんな戦闘大好きな人が相方で」
「それはお互い様じゃないかなぁ。ま、僕もヌルリとお兄ちゃんをブチ転がしにかかるから覚悟しといてね!」
「やってみなよ。出来るものならね!」
仕切り直しと言わんばかりに、フリーダは咆哮と共に突撃する。
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