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「そう、覚えていてくれて良かった。で、話は……まだ切るな、おーい?」

 通信が切られ、ハルク・ファルケリアは溜め息を吐いて、持っていた旧式の通信装置を机に放り投げる。

 これで十七人目、中枢にいた割りに少ないハルクのアテがまた消えた。

「まーた切られたんですか?」

 肩の刺青が目立つ金髪少女、ルーゲルダの問いに首肯を返す。

「特におかしな事は聞いていないんだがな。最近の陛下の様子を少しで良いから教えてくれ、って聞いたら切られる。税金の支払いはやっているよな?」

「ちゃんとしてますよ! 私を誰だとむむむっ!」

 余計な語りに突入しそうになったルーゲルダの口を塞いだハルクは、窓越しにエル―テ・ピルスを眺め嘆息する。

 異世界からの来訪者を名乗るユカリ・オオミネと、彼の娘たるティナがエル―テ・ピルスの迷宮に突入してから丁度二週間。

 前者がここに訪れた目的である、少年の生命のリミットは今日だ。

 送り出したハルクも彼女が目的を達成できたのか、また娘のティナは無事なのか。どうしても気になってしまい、元四天王と言えども普段通りに振る舞えずにいた。

「二人は大丈夫でしょう。ユカリさんには意思が、ティナちゃんには力があります。心配している程、悪い目は出ないと思いますよ!」

 元・相方の言葉に一瞬表情を緩めたハルクだったが、すぐに険しさが戻る。

 彼と話を続けてくれた者達が皆、ユカリにの情報を得ていない風情だったのが、妙な胸騒ぎを呼んでいるのだ。

 確かに彼女の外見は一見すれば極東の島国、もしくはインファリス大陸に存在する央華の者と名乗っても特段疑問を呈されないだろう。ハルクも迂遠な言い回しで尋ねたので、相手が気が付かなかった可能性も大いにある。

 加えてヒルベリアという、国交のある小国以下の存在と断じる者が政府に多数いる場所に来たのならば、彼女の情報を誰も持っていなくても納得は出来る。

 ハルクが抱いた疑問を否定する要素は揃い、逆に肯定する要素は皆無。にも関わらず、胸騒ぎがどうにも治まらない。 

 加えて、現国王のサイモンについての問いかけを行うと、皆言葉を濁して逃げた事実。二つを組み合わせると不信感は募るばかりだ。

 ハルクは先代国王や、『決闘王子デューツェン』ことヒルガルト・マイアーに見出された為、現王サイモンについての知識は、初等教育の子供達より多少マシ、程度の物だ。

 そんな彼でも、サイモンがとても大衆には見せられないし話せない、珍奇な物作りに勤しむ趣味がある事は知っている。

 それについては後輩たちがよくぼやいていた事を、ハルクは今更ながら思い出す。

 一つ一つの要素を組み合わせて考えれば不自然は消える。とうに中枢から離れた身分の者が邪推するのは無意味な行為だ。

 常識的な結論に着地しようとしたが、やはり疑問はこびりついたまま、といった表情を見せるハルクを見て、相方は努めて明るい声を発する。


「そんなに気になるなら、ハレイドに行って直接聞きましょう! 機械越しに話をしようとするから、駄目なのかもしれませんし!」


 相方から単純明快な発想が提示され、一瞬ハルクは虚をつかれたような表情を浮かべたが、すぐに同意を示す。


「それが一番早いな。ティナが帰って来てからだから、準備込みで来週ぐらいに出発しようか」

「そーしましょう! 私も付いて行きますからね!」

「お前が一緒だと無駄に金が……特に食費が」

「レディー相手に失礼じゃないですか!?」

「俺より年上だろお前」

 現役時代に交わしていた物と似た、戯けた会話している事に、懐かしさを覚えつつハルクは立ち上がり、キッチンへと向かう。


「今日は何にするんですか?」

「鶏を絞めたから――ッ!」

 隠すつもりのない殺気が身体を叩き、ハルクはそれに反応して伏せながら転がるような形で居間へ飛び出す。

「な――」

 ルーゲルダが驚きの声を発するよりも先に、キッチンの鍋や器が次々と破裂し、耳障りな演奏会が開始される。

 外にあった食器が全て破壊されて、音の嵐は止んだが、二人は警戒を止めない。

 理由は単純、まだ下手人はここに留まっているからだ。


「―――そこですねッ!」


 空気と魔力の流れで侵入者を察知したルーゲルダが、達人の冴えとキレを持った回し蹴りを、何もない空間に向けて一切の容赦なく放つ。

 呼応して、ハルクも腰に差しているナイフを五本纏めて抜き、予備動作無しでルーゲルダの足の先に向けて投げた。

 

 だが次の瞬間、鈍い音が生まれて二人の攻撃は弾き返される。


 空中で刃が無惨に折れたナイフを、無言で見つめるハルクだったが、次の瞬間、空気を割って顕現した存在の異様さに瞠目する。

 身長が一・四メクトル程度の、等身大の子どもの人形に一応見えるのだが、左腕が途絶して金属管が露わとなっており、両足は静止状態でも妙な振動が続いていると言う点だけでも、単なる遊戯用とはとても思えない。

 そして何より、右目が二人の驚愕と恐怖を掻きたてていた。

 異様に肥大化した右目は心臓のように鼓動を打ち、反応して眼球全体が変色していく。精神を病んだ者が作りだした、出来の悪い装飾を見ている気分に陥らせるそれを人形が突如として見開き、ハルクは反射的に後ろに飛ぶ。


 転瞬、彼が立っていた箇所の床が歪み、粉砕されて大穴を開けられた。すぐに仕掛けの正体に気付いたハルクは相方に向けて怒鳴る。


「『壊界劇コラプティ』を使ってくるか。……ルルッ!」

「あいさ!」

 奇怪な人形を飛び越えたルーゲルダが発光し、その姿を細い刺突剣に変えハルクの右手に収まる。

 眼前で生じた現象には無反応のまま接近し、腕を肥大化させて振り下ろす人形への対応に、ハルクは斬り上げを選択。

 刺突剣での選択としては致命的なミスと判断されるだろう。


 次の瞬間、ルーゲルダの姿が肉厚の両刃剣に転じていなければ、の話だろうが。


 刺突剣の周囲に黄金の刃が展開され、金属同士が激突する不快な音を響かせて、人形の腕が明後日の方向に消える。

 戦闘で腕を主体としているのかどうか、読めない以上この段階で降伏勧告を行うつもりは、ハルクに毛頭ない。

 一度ルーゲルダを納刀して敵のがら空きの懐に入り込み、必中の間合いで彼女を鞘走らせる。


欠落ノ風刃インパーフェクション


 烈風を纏った黄金の刀身が人形の腹に突き刺さり、内部に仕込まれていた器官を破壊。血反吐に似た黒い液体を撒き散らし、人形は壁を突き破って家の外へと追放されていく。

「終わりですよっ!」

 追撃とばかりに、再び人の姿に転じたルーゲルダが壁に足を突き立て、壁を疾駆。瞬く間に距離を詰め、黄金の光を纏った右拳を敵の顔面に撃発させる。

 後頭部が背中に付くのではと錯覚させるほどに、人形は首を曲げ、更に速度を上げて退場させられた。

「……終わりましたかね?」

 剣の姿に戻ったルーゲルダを構え直し、ハルクは無言のまま緊張状態を維持。姿を見せぬまま接近し、予備動作無しで重力操作の魔術『壊界劇』が使用可能。

 そして何より、あの不気味な目。只の物盗りで片付けられる筈もない。

 ここまでやれば大抵の存在は死ぬ。だが、あの人形は大抵、の範疇から外れていないだろうか?

 元・四天王の懸念は予想通りにして予想外の、そして最悪の形で的中する。


「『欠落ノ風刃インパーフェクション』」


 ――――なにィッ!?


 ついさっき自分たちが放った物と、何もかもが同じ攻撃が襲来。予想外が過ぎたせいで反応が遅れた結果、回避不可能となった一撃をモロに受け、腹部に裂傷を作ってハルクは床に転がる。

「い、いまのは……」

「ああ、俺の技と同じだ」

 傷の痛み以上に、娘以外に真似られた事の無い技を、見ず知らずの相手にそのまま返された動揺が大きい。

 これまでの人生で、自分が積み上げてきた物全てを否定された様な感情を抑えつつ、音もなく戻って来た人形を睨みながら、ハルクはルーゲルダを中段に構える。


「君の所属は敢えて問わない。どうせ答えるつもりも無いだろうしね」


 無言を保つ人形の奇妙な右目が僅かに細められた途端、緋色の幕が開いてハルクを呑み込みにかかる。床や壁が焼け焦げ周囲が地獄へ化していく中、元四天王は突撃を選択。

 否、生来魔力を有しないハルクには、この選択しかないのだ。

 火傷を負いながらも、ハルクは右腕に握ったルーゲルダを掲げ、彼女に向けて意思を伝える。それに反応し、ルーゲルダの刀身には淡い黄金の光が宿る。


「『黄華決戦突スラスト・オブ・ルーゲルダ』ッ!」


 輝く黄金の槍が炎の幕を剋り、僅かな感情の揺らぎも見えない人形の腹部へ切っ先が叩きこまれる。

 腹立たしいほどに完璧な再生を果たした腹部を割り、ハルクの顔にも再び黒い液体が飛散するが、突如槍が停止して貫通は叶わない。

 おまけに、人形は自らの傷に頓着する様子がない。この事実から導き出される残酷な結論は――


「『黄華決戦突』」

 

 開いた人形の腹部から、またしても同一の黄金槍が射出され、ハルクはルーゲルダ諸共押し戻されて床に転がり、火傷を負う羽目になった。

 二度同じ事が起これば、抱いた疑問は確信に変わり、確信は恐怖に変わる。

 圧倒的な魔力を持ち、こちらの手札を完璧に模倣できる存在に対し、対抗手段が乏しく生来魔力有しない自分に、勝ち筋はあるのか。

「……」

 もう一度放たれた『黄華決戦突』を弾き飛ばし、痺れの残る腕を叱咤して人形を射程に捉え、ハルクは斧に転じたルーゲルダを頭頂部に叩き込む。

 空気を搔き乱す音、金属が擦れる音、そして火花が家の中に撒き散らされる。

 機動力が皆無に見える両足を器用に使い、更に火球を放って追撃を抑えた事で、人形は最悪の事態を免れる。

 だが、金属で構成された頭髪が幾本か両断された事を受け、人形の目に今までなかった物が僅かに宿っていた。


「やっと感情を見せてくれたか。俺は嬉しいよ」


 優しい声、だが真剣そのものの表情でルーゲルダを正眼に構え、元・四天王は懐かしさも感じ始めた肩書きを淡々と名乗る。


「名乗ろう。アークス王国、元・四天王『最も強き弱者ミスター・ノーバディ』ハルク・ファルケリア。君を壊して、手掛かりを掴ませてもらう」

「そして私は『忘却の麗刃』、ルーゲルダ・ファルケリアです!」


 ハルクは魔力を有しない欠落を持つが、ルーゲルダの方も製造される際、注入する魔力量と魔術式にミスがあったせいで、自我を持ち、所有者の行動を阻害する欠落を有している。

 欠落を持つ者同士が組んだ事で、ハルクは魔術に対しての理解と対応手段を、ルーゲルダは主が魔術を使わない為に、行動を阻害せずに全力を出せる環境を得たのだ。

 致命的な欠落を持つ相手に強者の持つ気配を感じたか、右目を明滅させて、人形は再び臨戦体勢に転じる。

 先刻までとは桁違いの、殺気と闘争心がハルクの肌を激しく叩く。

 相手の手札も、出自も読めない。合理主義的に思考するならば、勝率は極めて低いので投降する。これが正解となる。

 だが、ここで投降する選択肢は正解ではないと本能が叫んでいる以上、ハルクは戦わなければならない。そして――


「勝てる勝てないの問題じゃあないな。……勝たなきゃ駄目な時だなッ!」

「ぶっ飛ばしてやりましょう!」


 獅子吼を上げて、ハルクは正体不明の人形と対峙する。


                 ◆

 

「ここが頂上、かな?」

「でしょうね。しかし、この高さだと落ちたら死ねますね」

「それは言わないで欲しかったかな……」

「すみません……」


 ユカリとティナが二人で行動する事を選択してから、数日が経過していた。

 丁度刻限となる日に、エル―テ・ピルス山頂へ辿り着けたのは偶然か、それとも必然か。そんな事を思いながら、ユカリは周囲を見渡す。

 自然の産物とは思えない平坦な空間は、世界史の教科書で見た、コロッセオに似た雰囲気を持っている。実際これから行う事は、そこで行われていたのとほぼ同じなのだが。

 ユカリが緊張と決意で固く拳を握りしめている間、ティナは注意深く周囲を見回し、静寂を保っている空間を眺め首を捻る。


「ここが山頂という事ならば、セマルヴェルグがいなくてはならない。一体何処に……」

「やつがれに挑む者が来たか」

「!」


 尊大な、しかし限りのない慈悲と寛容さも感じさせる声が耳に届き、二人が上方へ目を向けると、信じ難い光景が広がっていた。

 怖気を感じさせるほど青い空に巨大な亀裂が刻まれ、そこから七色の発光体が湧き出て、二人の眼前へと降り立つ。

 暫し蠢いた後、発光体から一対の巨大な翼が飛び出し、七色に瞬く羽が大量に撒き散らされ、それは太陽光を反射して、空に虹がかかったかのような錯覚を二人に抱かせる。


「――わっ!」

「――つぅッ!」


 翼が打ち下ろされて放たれた、台風に等しい力を持つ翼風から二人が目を背けている間に、竜に近い形状をした巨大な二本の足と、剣として成立するであろう鋭い嘴、そして血の紅に染まった鶏冠を備えた頭部が露わになる。


「『大怪鳥』セマルヴェルグ……!」

「いかにも! やつがれこそが『エトランゼ』……んんっ?」


 名乗りを上げようとしていた大怪鳥が、妙に人間臭い仕草で首を捻り、疑問の言葉を投げる。


「片方はファルケリアから伝えられていたが……、その髪の色に、不遜な灰色の瞳、貴様ファルケリアの娘か?」


 ユカリ同様、圧力に呑まれそうになりながらもティナは首肯。すると、山頂に大怪鳥の高らかな笑声が響き渡る。


「なるほど! 歴史は繰り返す物だが、ファルケリアの次にやつがれに挑む者が異邦人とファルケリアの血を継ぐ者とはな! 面白い! ファルケリアに与えられし規則に則り、貴様達と力を交えようではないか!」


 セマルヴェルグの巨大な翼が再び開かれ、呼応して威圧感が放出。ユカリ達の身体が竦みあがる。

 嘗てヒルベリアで対峙した影とは比較にならない、本物の持つ力に、死の予感が身体を支配していくのを感じながらも、ユカリは問いかける。


「規則、とは一体何なんですか!?」

「単純な物だ。挑戦者の力量に応じて、勝利の条件を定めるだけだ。お主たちの場

 合、そうだな、やつがれに傷を与える事が出来れば勝利としようではないか」


 言葉を受けた二人の表情が、中途半端に口を開いた間抜けな物で固まる。


「傷を与えるって、一撃でも攻撃を与えたらって意味ですか?」

「如何にも! だが甘い条件だと――――」

「……舐めた口を叩くなッ! 『欠落ノ光刃インパーフェクション』ッ!」


 憤怒の咆哮と共に、ティナが二本の剣を抜刀。

 目にも止まらぬ速度で放たれた二本の剣から、紅と紫の光が迸り、それは瀑布と化して大地を砕き喰らいながらセマルヴェルグへと迫る。


「ほう、ファルケリアの抜刀術か! いや、奴の物よりも数段高い完成度! 素晴らしい!」


 称賛の言葉すら吐く余裕の態度のまま、セマルヴェルグは翼を振り下ろす。


「……え?」


 すると、ユカリの横にいた筈のティナの姿が消えていた。


「だが、まだ甘い」

「………………ガハッ!」


 苦鳴のする方向に恐る恐る振り返る。すると、ティナが黒焦げの状態で地面に転がっているのが視認出来てしまった。よく見ると、彼女の左の膝は消失し、どす黒い血溜まりが形成されつつある。


「一体何を――」

「……重力操作、『歪界重業歌カラビティルマ』……ッ!」


 片方の剣を杖代わりにして立ち上がり、血反吐と共に魔術の名と思しき言葉を吐いたティナに対し、セマルヴェルグは再び翼を打ち下ろした。

 瞬く間にティナの傷は癒え、先刻までと変わらぬ姿を取り戻すが、彼女の表情は苦味を湛えた物。


「二つ目の規則だ。命のやり取りではない以上、やつがれは貴様等をすぐに無傷の状態に戻す。満足行くまで、己の持つ全てをぶつけるが良い!」


 再度ティナが抜剣し、ユカリも疾走しながら発砲。

 紅蓮の剣閃と、『泡砲水鋸バボルム』の泡が大怪鳥に迫るが、やはり相手は動く気配が無い。


「温いな」


 巨体から数メクトル離れた所で、ティナの掲げた刃は停止させられ、泡は明後日の方向へと飛んでいく。

 魔術が効かない現実に、小さくはないショックを受けたが、ユカリは残された泡と共にセマルヴェルグへと接近。ウラグブリッツを抜き、弾丸による魔力を付与した突きを放つ。


「ほうっ!」

「――っ!」


 ウラグブリッツはセマルヴェルグの周囲に貼られた『歪界重業歌』の鎧を、ほんの僅かに変形させ、本体に切っ先を届かせんと咆哮を上げる。

 ――何故効くのか、そんな理屈はどうだって良い!

 疑問を投げ捨てて、ユカリは全身が砕けかねない勢いで、力を入れ更に切っ先を捻じ込んでいく。その間にティナも立て直して『竜翼孔』によって飛翔。全身に炎を纏い、『溶解突・強襲ノ型ヴォラーグ・カヴァリエルト』を超高空から仕掛ける。


「……良い組み立てだ。ファルケリアもよりにもよって、やつがれの骨を基盤にした得物を渡すとはな」


 遠くから、セマルヴェルグの感嘆が籠った声が聞こえてくる。

 ――あれ?

 何故遠くから聞こえてくるのか? 答えは一つしかないのだが、原因が分からずに混乱したユカリの思考は、固い感触と喪失感で取り戻される。

 低い視線で、かなり遠くに映るセマルヴェルグを捉える。またしても何らかの魔術を使われたのだろうか。

 額から滴る血を放置し、右腕を使って立ち上がろうとするが、出来なかった。


「……」


 不審に思い、視線をそちらに移したユカリの顔から、血の気が失われる。


 肘から先の腕が、消失していた。


 桃色の肉と骨が奇妙な断面を作り出し、そこから赤い液体が断続的に噴出する。

 恐る恐る前方に向けると、転がっているウラグブリッツの柄の部分に断面の先、すなわち見慣れた右手がくっついている。

 遅れてやってきた右腕からの激痛で、ユカリは絶叫しながら身体を曲げる。地面に断面が擦れ、痛みは更に増幅されて彼女の立ち上がる気力を削っていく。


「いかんな。……力加減が分からぬ」


 多少の困惑を含有した言葉が耳に届くのと同時に、ユカリの全身が光で覆われ、痛みが消え、捩じ切られた右腕が再構成される。

 十秒も要せず、ユカリの全身は何事もなかったかのような状態を取り戻していた。

 生じた現象だけでも、己の正気を疑う程に驚くべき所ではあるが、相手が誓約とやらを律儀に履行してきたことも驚きであり、それによって、ユカリは僅かながらも希望を抱く。

 大怪鳥は宣言通りにこちらの負傷は全て治療してくる。つまり、何処までユカリ達の精神が保つか、そして精神が折れるまでに傷を与える手段を見つけ出せるかの勝負になる。

 ――ティナはともかく、私はド素人。……すぐに精神の限界は来る。……それまでに何とか突破口を見つけなきゃ!

  途中、転がっていたウラグブリッツを拾い、ユカリは決意を胸にセマルヴェルグの元へと疾駆する。

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