5

 ザルバドにとって貴重な、余所者の登場から数日が経過した。

 その余所者は観光を楽しむのではなく、この地に訪れてからずっと、物好きな定住者からの手解きを受け続けていた。

 物好きに属する側、即ちハルク・ファルケリアは疲労の色を一片たりとも見せずに、地面に転がる余所者に向かって声をかけた。

「ま、大体このくらい出来れば、最低限どうにかなるだろう。少しやり過ぎたかもしれないが、立てるかい?」

「はい……」

「ヒルベリアでクレイ君に教えて貰っていましたか? 凄い上達速度です!」

「そ、そうですか?」

 荒い息を零しながら地面にへたり込む奇特な余所者、いやユカリも、二人の言葉に笑みを零す。

 二人が想定していたというそれよりも、少ない日数で合格の判定を貰えた事は、彼女自身、そして彼女がここに来る理由となった存在の為にも、非常に大きい利益がある。

「今日は赤いご飯を作りましょー!」

「アイネがいないから作り方が分からん」

「簡単ですよ! ご主人の血で……みぎゃっ!」

 物騒な言葉を漏らすルルの頭頂部を掴んで揺さぶりながら、ハルクは口角を釣りあげて笑みを作り、ユカリに語りかける。

「初歩の初歩のそのまた初歩、卒業おめでとう。食後と明朝、最終確認を行う。それまでは好きにしてくれて大丈夫だ。飯が出来たら呼ぶよ。赤い飯は出ないから安心してくれ」

「心して食べて下さいね!」

「はい!」

 笑いながら、足取りも軽く去って行くハルクとルルを見送って、ユカリはエル―テ・ピルスを見上げる。

 二十年以上前に二人が辿り着き、そしてセマルヴェルグと戦った山頂は、彼女の視力などから考えれば当然だが、ここからは視認出来ない。

 終着点が見えなくとも、目標はハッキリと言える。今はこの山を登り切る事だけを考えるべきだ。

 二人から出題された問いとその回答を、ひたすらに繰り返す。提示された実物の像を記憶の中で再構成していく。

 命が懸かっている点は非常に大きな差異が存在しているが、単純な正解不正解の判断を問われる課題と回答の暗記は、元の世界で幼い頃から出題されている。戦闘訓練と比較すると、スムーズに自分の糧として取り込む事が出来ている自覚はある。

 五、六巡程反復による復習を終えた頃、いい加減に戻るべきだろうと判断して、ユカリは立ち上がって歩き出す。

「少し良いですか?」

「ひゃっ!」

 彼女が歩き始めてすぐに、そして突如として現われたハルクの娘、ティナ・ファルケリアに呼び止められてスッ転ぶ。


「あ、あぁ、ティナさんでしたか……」

「ティナで結構です。あなたの方が年上ですし」

「は、はい……」


 腑抜けた言葉を溢すユカリに、呆れの表情を浮かべていたティナだったが、すぐに真剣な物に切り換えて問うてくる。


「明日、貴方はエル―テ・ピルスに登るんですよね?」

「は、……うん」

「しかもそれは他人の為、と来ましたか」 

「……何か変かな?」


 この程度はすぐに理解してくださいよ、とでも言いたげな呆れを浮かべた灰色の目を向けられる。だが向けられても理解出来ない事は不変であるので、沈黙の継続をユカリは選択する。


「……セマルヴェルグから羽を奪取する事が出来た者は、出る所に出れば様々な恩恵を得られます。それだけの仕事なんですから。私は信じてはいませんが、貴方は別の世界から来たそうですね。ヒルベリアの出来損ないの為なんかに使わず……」

「――ッ!」 

「遅いですよ」


 頭に血が昇り手を振り上げたユカリの首筋に、煌々と輝く紅の剣が突きつけられている事に気付き、彼女の動きは強制的に止められる。

 察知出来なかった事実によって、彼我の間に存在する圧倒的な実力差を痛感させられるが、今は大人しく引き下がる場面では無いだろう。


「……出自だけで知った風に語らないで下さい」 


 ハルクとはまた別方向の鋭さを持つ、ティナの灰色の目を睨む。


「あなたがどのような人間であるか、出会ったばかりの私は知らない。だからあなたの全てを否定する事は出来ない。……けれど、ヒビキ君達を出自だけで語るのは許さない!」

「ご高説を垂れようとも、現実に変化は起こりませんよ。貴女ではエル―テ・ピルス登攀は不可能です。……他人の為という、安くて浅ましい理由を行動理由とし、実力も足りない貴女では」


 ユカリの精一杯の返しを鼻で笑い、内に抱いた意図と感情が明確に伝わって来る笑みを残して、ティナは踵を返して歩き出す。腹立たしい程に整った歩調で小さくなっていく背中が完全に見えなくなるまで、ユカリは睨み続けていた。

 両者共に察知していなかったが、二人のやり取りには、一人だけ観劇者がいた。ハルク・ファルケリアその人である。

 伝え忘れていた事が有った為、ルルを夕飯の準備の為に先に帰らせて、ユカリの元へと向かっていたところで遭遇したこの光景に、彼は嘆息する。

 ――だから力の優劣じゃないんだ、俺なんか目じゃないくらいに出来た子なのに、どうして気付けないかなぁ……。

 嘆きつつ、ユカリも家に向かった事を確認してから茂みを出る。

 追いかけて、元々自分が戻って来た目的を果たしても良いのだろうが、言おうとしていた中身を考えると、頭に血が昇っている相手の捻子を、更に変な方向へと回してしまう可能性が高い。


「一日二日じゃ冷却にもならんかもしれんが、明日言うか……」


 茂みを出て、家へ向かおうとしたハルクだったが、複数の気配と自らの周囲を魔力の壁が覆っていく事を察して足を止める。

 ルルを持っていれば強行突破が可能だったが、生憎彼女は既に自宅に戻ってしまっている為、今は無手の状態。自身の間の悪さにハルクは苦笑する。

 

 完全に包囲されたと彼が判断した頃、数名の武装した男が姿を現す。


 階級章などのあからさまな自己主張や飾り気の無い装備を見るに、敵はイカれた愛好家の類ではなく本職であると、おおよその見当をつける。

「その紋章、ロザリスの人間か。引退したロートルに何の用かな?」

「あの少女を渡して頂きたい」

 問いは返されず、単刀直入に目的のみが告げられた。

 一線を退き、アークスの中枢に対する影響力を完全に喪失しているハルクに対してだからこその返しだろうが、彼らの極々短い言葉に対して、彼は僅かに疑問を抱く。

「異なる世界から来た、ってあの子の主張が本当だとしても、あの子そのものは凡庸な力しか持たない。個人的な見解だが、リスクを犯す価値はないと思うよ」

「総統が望んでおられる。それだけで十分だ」

 ロドルフォ・A・デルタに対して、無知な大衆が抱く印象から推測すれば、最早思考は無意味だ。しかし、曲がりなりにも国を統治する人間が、他国にいる無力な少女を強引な手段で奪いに来るという話は馬鹿げている。

 異なる世界の情報を欲している、以外の理由があると考えるのが妥当だ。結論付け、問おうとしたハルクだったが、相手の動く気配を察し咄嗟に首を右に逸らす。

 乾いた発砲音と共に、一瞬前まで顔があった空間を弾丸が掠め、背後の壁に着弾してけたたましい音を立てる。

 まだ近くにいる筈のティナ達が、この音に反応しない辺りから推測するに、この壁は何らかの魔術を用いた物であり、救援は期待するだけ無駄と割り切って、ハルクは両膝を撓める。

 救援が期待出来ないのならば、自分で片付けるまでと、明確な意思表示を行った元四天王に対して、周囲の者達は失笑を漏らした。


「貴方が四天王であれたのは、魔術も、機械工学も未熟であった時代だからだ。この現代に於いて出る幕など……」

「無い、か。真っ当な発想だけど、それじゃ四天王には勝てないぞ? ……あ、元、だった」


 兵士が皆まで言う前に、一人の首筋に手斧の刃が深々と喰らい付く光景が展開されていた。いつの間に、そしてどうやって接近されたのか、相手にその種を明かす前にハルクは手斧を無慈悲に走らせる。

 頸動脈を引き裂かれた男は、赤い噴水を一瞬だけ展開した後、絶命して地面に崩れ落ちた。

 『転瞬位トラノペイン』の類を使われたのならば、察知は可能だった筈。それ以前の問題として、眼前の男は一切の魔術を使えない。混乱するロザリスの軍人達を見て、元・四天王は口の端を釣り上げる。


「所詮、その程度の分析しか出来ない君達に――」

「ロートルの戯言を相手にするな! ぶっ放せぇッ!」


 恐怖に駆られて先走った一人の男が、弾倉が空になる勢いで出鱈目に引き金を引き、釣られて残る者達も追従した。

 ロザリスで産み出された最新型の魔導銃が持つ、優れた追尾性能を以てすれば、どれだけ相手が秀でていても一発は当たる。相手が被弾して動きを止めたところで、一気に畳み掛ければ勝てる。

 自分達の武器の性能や、相手が魔術への対抗手段が皆無である事実などから出された予測は、ハルクがその内の一人に組み付いた事で粉砕された。

「は、はな――」

「良い夢見ろよ」

 一切の綻びが無い笑みと囁きを残して、ハルクが男から離れたのと、彼に全ての弾丸が着弾して、ありとあらゆる魔術のフルコースが始まったのは、全くの同時だった。

 形容し難い悲鳴と共に、泥濘へ転生する同僚の様子を目の当たりにして、今度こそ完全に動きが止まった人数の減った男達に対し、元・四天王は悪鬼の微笑みを浮かべて語り掛ける。

「武器の力を過信し過ぎた、いや、俺を見くびり過ぎたな」

「あ、あんた一体どうやって……」

「冥土の土産として教えるなら、魔力の有無に関係なく視る事は出来る」

「……は?」

「どれだけ鍛えた所で、ヒトは竜や特段の発達を果たした生物にはなれない。魔術の発動によって生じる、魔力の流れの変化に伴う筋肉の動きは抑えられない。それを見て、実際に発動されるより早く仕掛ければ、負ける筈はない。簡単過ぎて、君達なら欠伸が出てしまうだろ?」


 言っている事は理解出来るが、実現の可能性が著しく低い行為を平然と語る相手に対し、男達の背中に得体の知れない恐怖が走り回る。


「まぁなんだ。音とかがこの中では聞かれないみたいだし、ある程度なら無茶も効く。……色々と吐いて貰おうか」


 場違いな明るい声と笑顔をお供に連れて、ハルクは手斧を構え、男達へと接近していく。

 霊峰の麓で、誰にも聞こえない絶叫が壁の内側で響き、すぐに消えた。

       

                 ◆


 ヒルベリアがヒルベリアである最大の要素となっている、マテリア・マウンテンには、今日も国中のゴミが延々と放り込まれていた。

 最大のゴミ生産場所たる、首都ハレイドからの直通ハイウェイが復旧したのはまだ一昨日の事なのだが、既にマウンテンの名に恥じない量のゴミが積み上げられていた。

 ヒトという種族の業の深さを、図らずとも伝えているマウンテンの中の一つで、揃って渋面をしている複数の存在が、思い思いの得物を構えて対峙していた。

「おい良いのかフリーダ、三対一は流石に……」

「かまいませんよ。全力で来て下さい」

 アークス国軍のヒルベリア担当、つまり左遷組の中で本日は非番となっている三人は、フリーダと呼んだ茶髪の髪を持つ少年の言葉に、戸惑いの色を浮かべて顔を見合せたが、少年の意を汲む決断を最終的に下した。

「怪我しそうになったら止めるからな。……行くぞ」

「はいっ!」

 左遷組の一人で、一昨日ようやく首都で行われていた、煙草の密造に関する査問から解放されたイアンゴ・バルバッツァの声に、気合いの入った声で返したフリーダは腰を落とす。

「――ッ!」

 槍を構えて突っ込んできたイアンゴに、フリーダは初手に全力の右ストレートを選択。

 相手の持つ得物が、軍から支給された物であっても、フリーダの両の手に装備されている『転生器ダスト・マキーナ』、『破物掌甲はぶつしょうこうクレスト』ならば十分に破壊出来る。

 だが相手が後二人いる点について、対人戦闘経験の少なさのせいか、フリーダの意識は薄かった。

 当然ながら軍人である彼らがそれを見逃す訳もない。

 ハンマーを持ったリック・デルトラズと、長剣を振り上げたティエリー・ハドンの二者が迫る。

 イアンゴの槍を右の拳で押し返し、反応が遅れたものの、ティエリーの長剣は左腕で弾き飛ばす事が出来たが、彼の抵抗もそこまでだった。

 がら空きとなっていた、フリーダの右脇腹にリックのハンマーが突き刺さる。

「かっ!」

 極めて短い苦鳴を上げたフリーダの両足は地面を離れ、そのまま全身が宙に浮く。

 すぐにゴミの中へと突っ込んで止まるが、息を吐いたり痛みに酔うより先に、横に飛んで離脱。

 イアンゴの放った『溶解突ヴォラーグ』が大地に突き刺さり、周辺のゴミが異臭と煙を発しながら形を崩していく。

 それにほんの僅かに遅れて、残る二者の放った魔術が同じ地点で炸裂。再び地層を形成しようとしていたゴミが全て消失し、地面が顕わになる。

 『魔血人形アンリミテッド・ドール』の力を解放した友人や、元四天王の力を見れば弱く見えるが、眼前の三人は左遷されたとは言え、嘗ては国に力を認められ、正しい訓練を行ってきた者達だ。

 自分如きが舐めて挑めば、短時間で死体に変えられる。

 そう自分を戒め、畏れを抑え込む為フリーダは叫ぶ。

「訓練の割に、容赦が無いですね!」

「そりゃぁ、容赦したら訓練の意味もないからな!」

 一斉に突撃を仕掛けてきた三人に反応して、フリーダは両の手を打ち鳴らして『白岩玉壁ラピオール』を発動。白く、至る所に六角柱状の結晶のある岩石が身体の周囲を覆っていく。

 鋼鉄製の武器をも弾き返す、フリーダの持つ中では最強の防御も、三人纏めての集中砲火に晒されれば、あっさりと崩壊を始める。

 だが、これは一応計算の範囲内。

 本当に重要なのはここからだと主張する意味も込めてか、フリーダは吼えた。

「『器ノ再転化マキーナ・リボルネイション』ッ!」

 フリーダの咆哮に応えて、両手に身に付けたクレストは鈍い光に包まれ、竜のそれに酷似した漆黒の鱗を纏う異形の手へと変質する、だけでは終わらずに、彼の両腕も二回り以上の肥大化を果たす。

 『白岩玉壁』を完全に破壊して突っ込んでくる三人を見据え、右腕を引き絞り、フリーダは渾身の一撃を放つ。

 が、二者の拳が激突する寸前、彼の腕は急速に異形の姿を崩し、日頃目にしている常人の姿へ回帰していく。

 疑問で塗り潰され、完全に攻撃する事から意識が逸れてしまったフリーダだが、三人の動きは止まらない。否、勢いが付きすぎたせいで止まれない。

 そうなると、これから起こるは一つしかない。

 三人も慌てて停止の動きに入ったが時すでに遅し。

 それぞれの得物がフリーダの身体に激突。接触点に傷を作り、そこから血を噴き出しながら、フリーダは白い岩の壁をぶち抜いて吹き飛び、地面に転がされた。

「お、おい! 大丈夫か!?」

「……は、い」

 『癒光ルーティオ』を発動して傷を塞ぎながら、リックの慌てた声にどうにか答える。痛みに悶え続けていたいが、今のフリーダにはそんな時間は無い。目だけで意思を伝え、説明を求める。

「取り敢えず、『器ノ再転化』での形態変化を普段のそれと大きく変わらない物にしたのは悪くないと思う。俺たちは専門家じゃないから、詳しくは言えないけどな」

「……」

「だが逆にそこが落とし穴なんだろう。魔力の流し方はそう変わらないが、流し込む量は確実に増えるし、制御も難しくなる。慣れている物の形をしていると、無意識の内に普段と同じようにやってしまう。最初だから仕方ないんだろうけどな」

「仕方ない、と言える状況じゃないですけどね……」

 何故今、フリーダが新たな力を求めたのか、それは昨日ライラの家に投げ込まれた一枚の手紙にある。

 アークスの言葉を理解し切れていないが故の、恐ろしく拙い文面の手紙の送り主は、ヒビキを限りなく死に近い所へ追い込んだレヴェントン・イスレロで、その中身も実に勝手極まりない物だった。

「仕事も果たせなかったし、不完全燃焼だし、もう一度そちらに向かわせて貰います。どうせ君は無力な友人達によって生き返らされるだろうから、お返事はそれからで大丈夫だよ! 次こそは、君の息の根を止めて仕事を果たすって、僕もハーちゃんも燃えてるから、よろしくね♪」

 寝床から出てこないファビア以外の、手紙を読んだ者達の心が一瞬冷え、そして沸騰したのは言うまでもない。

 どう転んでも、圧倒的な強さを誇る『ディアブロ』の二人が襲来する事は覆せないし、復活を果たした時の、ヒビキが逃げを選択するとは思えないが、彼が一度敗北を喫しているのは揺ぎ無い事実だ。

 そして彼らを下すだけの力を持つ者に助力を求める事は、クレイによってあっさりと却下される。

「そこらの雑兵じゃ墓が増えるだけだ。呼ぶなら四天王だが、国内にいるかどうかが怪しい連中をアテには出来んし、流石にロザリスの中枢にいる輩を相手には、四天王と言えども勝手には動けない。ヒルベリアじゃなけりゃ、外交問題でどうにか出来たかもしれないが」

 ロザリスが犯罪都市コルタロを放置しているように、アークスが普段ヒルベリアを放置しているのは、ゴミ捨て場として国にとって必要ではあるが、それ以上の価値がないからでもある。

 だが、何かが起これば両国共に、殊更にその場所について取り上げ、行動を起こす為の布石へと繋げるのは間違いない。

 内情を知っていても、手放しに肯定出来る場所でないヒルベリアを、正しく育った者のどれくらいが理解してくれるかは、厳しい物がある。

 四天王をアークス側に引っ張り出されれば、どれだけ無理な屁理屈を使ってでも、ロザリスが厳しい反応を仕掛けてくる可能性が高い。

 その辺りを考えると四天王は動いてくれる筈もなく、自分達でどうにかするのが、一番マシな結末を引き寄せられる可能性が高いと結論付けられる事になる。

 そこで、自分がヒビキと共に戦う自薦したのがフリーダだった。


「お前には家族がいるだろう。悪い事は言わん、止めておけ。あの二人は、精神論で覆せるような実力の相手じゃないぞ」


 クレイには冷静な指摘によって制止されたが、意思は変わらない。

 あの時ヒビキと共にユカリの元へと向かっていれば、自分もディアブロと対峙し、数字上は互角の戦いが行えただろう、との悔恨が、フリーダの中では消えない。

「状況から考えて、ディアブロがやってくる気配はなかった。最初に気付いておきながら、追い付けなかった俺が悪い。お前は責任を感じるな」

 と、更なるフォローもされたが、言葉で解決する問題でもない。

 ――自己満足? 自殺志願? そうかもしれないね。でも、選ばなきゃいけない事なんだよ。

 異なる世界からの来訪者も道を選んだのにも関わらず、十年近い付き合いがあり、様々な行動を共にしてきた友人を見捨て、一人日常への回帰を果たすなど、選べる筈も無かった。

 こうしてイアンゴ達に稽古をつけて貰い、『器ノ再転化』の完成と、戦闘技術の向上を図っているが、今のところ成果は芳しくない。

 仮に完成したところで、自分が『ディアブロ』の連中と互角以上にやり合い、叩き潰せるような事は有り得ないと分かっているが、それでもやらないよりはずっと良い筈だ。

「俺たちは一旦戻るが、お前はどうするんだ?」

「もう少し練習してから、別のマウンテンに稼ぎに行きます。……少しでも、身体を動かしておきたいんです」

「……無理はするなよ」

「……はい」

 気遣いに首肯を返し、去って行くイアンゴ達を見送った後に、フリーダは再び体勢を低くし、戦闘態勢に入った。

 ――兆しは見えた。でも、完全に使えるようにならなくては意味がない。……その為には!

強者の気配が消えた事を敏感に察して、寄り集まってきたバスカラート達に対し、フリーダは疾走しながら拳を振り上げた。

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