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「バトレノスに、ですか?」
「陛下や将軍の承認は下りている。すぐにでも行って貰いたい」
アークス王国の首都、ハレイドに存在する軍事基地の一つで、パスカ・バックホルツはゴルド・ゲーガン大佐と向かい合っていた。
巨大な身体を有するベスターク人らしい、筋肉で完全武装された二メクトル超の長身の上に乗る顔は、極度の疲労に塗られていた。
「ルチアさんの腕の再生も終了し、また戦闘に復帰したと聞きましたが……」
「彼女一人の復帰では追い付かないんだ」
ゲーガン大佐とマコルガン大佐で率いられる、バトレノン攻略の為に編成された旅団は、アークスの軍隊の中でも練度の高い二千人強で構成されている。そこに、四天王の一翼たるルチア・バウティスタが加わって尚、追い付かないとは、異常事態という他ない。
負傷した肉体の修復の為に、戦線を一時離脱した軍人、普段の彼からは想像も付かない苦い顔を作る。
「ロザリスが戦力を追加投入してきた。こちらの半分程度の人数を一気に投入して来た結果、総人数はこちらの二倍近くに膨れ上がった」
機械技術で上回るロザリスが、それだけの人数を追加で投入される。その事実が、アークスにとってかなり不味いのは馬鹿でも分かる。
下級の魔術なら、ダメージを相当に軽減可能とする鎧や、こちらの物に比べて遥かに性能の勝る発動車や銃などの投入などによって、只でさえ近頃の戦況は芳しくないのに、追加投入となればアークスの勝率は著しく下がる。
だがそれだけの人数の兵力を、幾ら工業製品に不可欠である希少金属が大量に眠っているとはいえ、バトレノス一つに投入してしまえば、他の場所にも出兵を行っているロザリスは苦しくなるのではないか。
抱いた疑問が表情に出ていたのだろう。ゲーガン大佐は諦観に満ちた様子で首を振って、パスカの疑問に答える。
「近頃属領とした場所でも、反発勢力からのゲリラ攻撃を受けていて、ロザリスと言えども余力はあまり無い筈だ。あの総統の思考を、理解しようとする試み自体が愚かなのかもしれないがな」
国力とのバランスや、他の領土を失いかねない危険を犯してまで、一点に戦力の追加投入を行った相手の意思を読み取るより、自らの仕事を果たして終息を早めた方が有意義だ。
そう結論付けて相手の思惑についての思考を打ち切り、国王たるサイモンの護衛は誰が行うのかについて問うと、ゲーガンの渋面が更に渋くなる。
「お前がいない間、陛下の護衛はあのクソガキが努めるそうだ。心配する気持ちはよく分かるが、客観的に能力だけを見ればアレでも十分に役割は果たせる。だから、バトレノスでの任務に集中してくれ」
彼が自分を本心から励ましてくれているのは、痛いほど伝わってくるが、パスカが抱いている懸念とはズレがある。
先日の騒動で、王国に運び込まれたユアン曰く「生きている」石。当初は王立の技研に運び込まれて分析が行われていたが、すぐに王たるサイモンの手元に転がり込む結末を見た。
大した反応を示さなかった上に、路傍の石と変わらぬ組成成分であった為、取るに足りない存在として廃棄処分に傾きつつあった所を、サイモンの希望で彼の元に行く事になった経緯を持つ物質に、パスカは懸念を隠せない。
様々な実験を行い、一定の成果を残していたキャップス博士が、リスクの高い手段を用いてまで欲しがった存在が、ただの石である訳が無い。
更に言えば、建前としては大した反応が無いから、という理由で見逃されたもう一つの石が、奇跡を引き起こしている情報を既に大量に得ているパスカにとって、その判断を信じられる訳が無かった。
幾ら思考を巡らせても、下された決定は不変。疑問の答えが提示されるのが、どれだけ早くてもバトレノスの状況の変化、もしくはロザリス総統ロドルフォ・A・デルタの仕掛けの終了後である事もまた然り。
「俺も傷が治り次第バトレノスに戻る。明後日辺りの復帰を予定しているが、それまでに死ぬなよ?」
「無論、です。貴方も、現場に戻るまでに暗殺されない事を願っています」
遥か遠くまで響き渡る大音声の笑声を発し、身の丈同様に巨大な手を振ってくるゲーガンに対して敬礼を返し、パスカは踵を返して身支度の為に歩き出す。
ホルスターに収められた『反逆者バークレイ』を抜き、弾倉を確認。
六発全弾装填済み、かつポーチの中に予備の銃弾が十分にある事を確認し、小さく溜め息を吐く。
他の四天王が有する武器と違い、バークレイは入手時点でアークス王国で数世代落ち、生み出されたロザリスではとうに記録の中にしまい込まれた、旧式の回転式リヴォルバーが素体となっており、そのままでは現代の戦闘に耐えうる物ではない。
師であるクレイトン・ヒンチクリフが蚤市で購入し、『転生器』の要素を取り入れた改造を行った代物だが、パスカの戦法について無知な者が見れば、眉を顰められるか、笑われる外観である事は変わらない。
汎用品故の高い整備性と、『転生器』の特徴である持ち主への特化の両取りを実現したこの武器を、パスカ自身は非常に気に入っているし、自分一人の命の危機ならば、これ一つで問題なく切り抜ける自信もある。
だが、今回行く場所は一対一ではなく複数対複数の構図であり、これ一つでは心許なく思われる可能性も捨てきれない。
心許なく思われる、では終わらずに不信感にまで発展し、それが戦線の崩壊を招いては笑えない。日常の中でならば、下らない冗句として笑い飛ばせる事が、戦場では死神を連れてくることもある。
自分が案内人になりたくはないし、味方をみすみすと殺したいのか否かについてもまた然り。
その為には、本来の戦法では不要となる武器も携行しておく必要がある。
四天王だなんだと御大層な名前を冠されていても、所詮は一人の組織人。
この言葉を脳内で回しつつ、何を携行すべきか思案しながら歩き出したパスカだったが、すぐに足を止めた。視界の隅に、自らの元へと接近してくる白い鳥を認識した為である。
「ユアンの伝書バトか。通信機を使えば良い物を」
民間に於いても一般的な物になりつつある、機械製品の扱いがいつまでも上達せず、妙に古典的な手段を用いる。ここにはいない年下の同僚の癖に溜息を吐きつつ、鳩が咥えていた手紙を受け取って目を通す。
「助けてください」
簡潔、かつ悲痛な文面にパスカは顔を顰める。
つい先日に起こった密輸人やその石を巡る騒動で、ユアンは異世界からの来訪者と、『魔血人形』の力を試したいが為に、無駄に手の込んだ、そして周囲に多大な迷惑を引き起こす遊びを行った。
四天王の地位によって不問にされる、訳もなく、彼は自らが破壊したダート・メアのレストランや、ハイウェイの修繕活動への従事を命じられたのであった。
『
戦力として計算出来なくなるのは痛いが、そうなるまでの経緯に同情する要素が見当たらない故に、優しい言葉をかけてやる必要もない。
「自業自得だ。諦めて真面目に働け」
こちらも一行で終わる簡潔な文章を手紙の裏面に記し、鳩に咥えさせる。飛び立った鳩が白い点に変わり、完全に視認出来なくなった所で視線を前に戻し、パスカは再び歩き出した。
自らが不在の間、平穏な時間がアークスに流れてくれるようにと願いながら。
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