7

 とある穴ぐらの中、男の声が聞こえてくる。何度も相槌を打つ辺りから、他者と会話を行っていると伺える男は、うんざりしたような表情で、相手の言葉を待つ。

「以上だ。首尾はどうだ?」

「ダート・メア近辺で目撃情報を手に入れた。すぐに追い付けるだろうよ。……それより、約束は守るんだろうな」

「勿論だ。俺が課したこの仕事を完遂すれば、お前には第二の人生が待っている。バックホルツの首にかけて保証する」

「そりゃぁいいや。たかが密輸人とそこらのガキ抑える対価としちゃ、十分過ぎる」

「油断はするなよ。これは……」

「国家的云々、だろ? 何度も聞いた。今の俺には無用な忠告だ、なんせ四天王だからな。もう切るぞ」

 通話を打ち切り、声を発していた男が穴ぐらを脱すると、全貌が明らかになる。

 一・八五メクトル程度の痩身に、アークスの軍服を纏っているだけでも常人ならば威圧感を覚えるだろうが、何よりも目を引き付けるのはその顔だった。

 一つ一つの部位が、芸術的な造形をしており、一幅の絵画のような印象を抱かせる。

 右目の周囲に刻まれた、前衛芸術の如き複雑な刺青や、両目に宿る高貴さのまるで感じられない光さえも、適当な理屈付けで神託に変えられるであろう美貌の持ち主は、唇を歪めながら自らの発動車に搭乗し、首都の方角へと発進させた。

「密輸人さんよ、お縄の時間だ!」


                 ◆


「おい見ろ、酒の看板があるぞ。買いに行くか」

「万が一身バレしたら不味いって言ってましたよね? 初志貫徹しましょうよ」

「……畜生」

 陽が高い所に位置し始めた頃、ユカリとイザイアは、ハイウェイを用いればハレイドまで二時間程度の場所に位置するマゴッツに辿り着き、レストラン「マッド・ボイラー」に入っていく者達を恨めし気に眺めていた。

 周囲が荒れ地である為か、マッド・ボイラーは元の世界で言うパーキングエリア程度の広さがあるが、発動車を停めるスペースは満車状態である。

 そのような建物が有るにも関わらず、二人がそのレストランからかなり距離のある場所で発動車を停め、半ば野営状態となっている原因は、無論髭面の密輸人にあった。

「思ったより優秀だな、この国の報道やら何やらは……」

 イザイア・ヴァンスライクなる危険人物がアークスに侵入した。発見者はすぐに軍や警察に連絡を飛ばすように、との報道が既に新聞などで出回り始めているのだ。

 ご丁寧に、正解からそれほど外れていない似顔絵も添えて。

 勘が余程悪い者以外は、気付くであろう精度の物を撒かれていては迂闊に入店する事は不可能。

 長距離移動者の情報交換の場所としても機能している、マッド・ボイラーのような場所なら尚更だ。

 結果として、二人は間抜けな野営を荒野の中で展開する羽目になっていた。

「食料とかを強……分けて貰えたんですし、我慢しましょうよ」 

「延々と続く、この塩漬け豚肉地獄を許容出来るのか?」

 宥めようとしていたユカリも、思わず黙り込む。その様に勝ち誇る訳でもなく、心底うんざりした表情で、救助した者達から分捕った眼前の缶詰をイザイアは睨む。

 豚肉に香辛料や油を混ぜて詰めた、別段珍しくも無い代物であり、保存が効く上にタンパク質の類を摂取出来る為に、評判も上々の品だ。

 二人にとって、喜びこそしても嫌悪するような品では無い。渡された物がそれのみで、三日三食ひたすら食べ続けている状況でなければ、の話だが。

「大体だな、軍が調子に乗って馬鹿みたいに作るから悪いんだ。溜まり過ぎてどうしようも無くなったから民間に流しても捌けやしない。自分達で喰いたくなくなったから、俺たちに寄越したんだろうよ!」

 イザイアの吐き散らす怨嗟の声を黙って受けるユカリだったが、聞いている内にとある疑問が芽生えてくる。

 ――缶詰の事情を、どうしてこの人は知っているんだろう?

 ロザリスについての話かもしれないが、語り方からはアークスの話をしている風にしか捉えられない。

 突っ込んでみても良いが、どうせはぐらかされる。ならば、もう少し実のありそうな会話をすべきだろうと割り切って、ユカリはイザイアに問いかける。

「ここからだと、ハレイドまではどのくらいなんですか?」

「ハイウェイが使えりゃ遅くても二時間ってとこだろうよ。使えないらしいから、実際は明日の朝ぐらいになりそうだけどな」

 このメチャクチャな相方との旅も、ようやく終わりに近づいている事実を提示され、ユカリの気分は少し高揚するが、同時に新たな疑問も浮かび上がって来る。

「ハレイドに辿り着いたとして、どうやって検問を抜けて入るんですか? 何と言うか、その……有名人らしいですし、こうやって報道も出回ってるますし」

 悪い方向で名の知れた人間であるが為に、検問を抜けるのは骨が折れるだろう。彼女の抱いた至極もっともな疑問を、しかしイザイアは鼻で笑う。

「俺が有名だからなんだってんだ。お前はアレか、お偉方に判子を押して貰わないと、何も出来ないボンクラ共の思考しか持ってないのか?」

「……強行突破するつもりですか?」

「己の力で全てを切り開く崇高な行為と言いやがれアホンダラ」

 色々とヤバ過ぎる思考の持ち主と、嫌になる程理解出来る答えが返って来る。望んだ物は得られていないが、これ以上話をしていても埒が空きそうにもない。

 そう判断してユカリは口を閉じ、暫く経過した頃にイザイアが小さな声でぼやき始める。

「カラムロックスの影をぶちのめしたらしいから色々準備したってのに、それっぽい事はなーんも起こらない。骨折り損だ」

「……今なんて言いました?」

「お前に聞かせる為に言ったんじゃないからほっとけ」

 身も蓋もない切り返しを受けてユカリが沈黙すると、すぐに妙な電子音が耳に届く。元の世界では類似の音をよく聞いたが、こちらではなかなかに新鮮だ。

 反射的に発信源を探すと、イザイアが煩げに胸元から小さな機械を取り出し、立ち上がる姿が見えた。

「……誰からですか?」

「誰でも良いだろうが。……って、お前これが何か分かるのか?」

「元いた世界に似た物が……」

「また世界が云々か。寝言は寝て言えつったろ」

 会話を聞かれたくないのだろう、イザイアはユカリに声が届かない距離の場所まで歩き始める。

 これで、久方ぶりに一人の時間を手に入れた事になる。

 マッド・ボイラーの駐車場で、野生生物が嫌う成分を含んだ植物を燃やしている恩恵を受け、この場所も一応安全地帯となっている。

「結局、この一連の流れは一体どういう事なんだろう?」

 落ち着いて思考を回せる状況に置かれれば、疑問の解明に取り掛かろうとするのは

必然。だが、如何せん材料が少な過ぎる。

 イザイアを追跡していた黒い影は、衰えていると自称しているものの、元四天王のクレイと互角に打ちあったとはライラから聞いた話だ。

 彼と互角にやれる存在なら追跡者は四天王であり、更に自分が見た範囲での構成者の動きや、クレイの反応等から考えると、ユアン・シェーファーという事になる。

 とすると、クレイが語っていた「四天王は自らの象徴となる武器を必ず用いる」との条件が噛み合わなくなる。

 戦場で武器を選ぶ余裕があるのかと、常識に基づけばそのような批判が出来るが、発言者が元・四天王であったのなら無視は出来ない要素だ。

 加えて言うならば、異常な程に高い戦闘の技量などを持つイザイアにも、本当に只の密輸人なのか疑わしい要素が転がっている。

 そこから先、つまりイザイア本人から何らかの情報を得る段階へ進めないので、これもまた手詰まりなのだが。

「これ以上は……」

 ふと視線を遠くに向けた時、明らかに不味い光景が視界の先で展開されている事に気づき、ユカリの言葉が止まる。

 こちらに戻ろうとしていたのであろうイザイアと、長身の男が向かい合っていた。

 旧交を温めているだのの、呑気な構図であったなら別に誰と向かい合っていようが構わないのだが、両者の纏う雰囲気は何処からどう見てもそんな物では無いのが、ユカリの危機感を煽る。

 ――逃げるのが一番いいんだろうけど、ここまではちょっと距離があるし、相手も隙を与えてくれる相手じゃないだろうし……。

 自分一人で逃げる事は良心が咎めるし、ここまで一緒にいた相手を軽々しく見捨てるのは善とは言えない。

 それに何よりも二人で逃げるより、知識を有したイザイアを欠いて一人で逃げる事を選択すれば生存確率は格段に下がる。

 結論が出たならば、やる事は一つ。どうにかして長身の男に隙を作るのだ。

 人としての真っ当な判断と打算を胸に、ユカリはゆっくりと動き始めた。


                 ◆


「やっっっと見つけたぜ、密輸人さんよぉ」

「誰だお前。サインなら予約してからのお渡しだ。握手がしたけりゃ貴金属と引き換えだ」

「失礼な奴だ。ロザリスを出てからここまでずっと、お前を追いかけていたんだぜ? もう少し優しくしてくれたって、バチは当たんねぇ筈だろ?」

「なるほどなァッ」

 どうにか声が聞き取れる範囲にある岩の陰に隠れながら、様子を伺うユカリの耳に、物騒な会話が刺さる。しかし、それはまだ序の口でしかなかった。

「……で、俺をここまで追いかけて下さったファンの百万とんで百号のお前様は、一体何者なんだ? ちっとばかしこの国には……」

 イザイアの言葉に、元々の美声を台無しにする下卑な笑い声が挿入される。何がそんなにおかしいのか。ユカリのそんな疑問は、続く言葉で粉々に破壊される。

「お前のようなヤツが知らないとは驚きだ。アークス王国の四天王、ユアン・シェーファーの名をな!」

 最悪の予想が的中した事に、ユカリの内心は驚愕で塗り潰されるが、髭面の密輸人の表情は一切の変化を見せない。

「そりゃ御大層な事だ。わざわざ俺如きを抑えるのに、四天王サマは必要ないと思うんだがな。俺よりも強い輩を抑える時にも、四天王は使って……」

 イザイアの眉間に、先端が異様に膨れた銃器が突きつけられる。大きさと二者の距離から考えれば、一発撃てば頭部がはじけ飛んで終わる。そのような状況においても、イザイアは一切表情を変えずに眼前の四天王の言葉を待った。

「疑問を抱く必要はねぇよ。大人しく俺に付いて来れば良い、俺の新たな人生の糧になりな!」

「新たな人生たァ、お前四天王なのに随分と鬱屈とした人生送ってんだな。……その為に、民間人の家を破壊するのはどうかと思うがな」

 貴方もそれに噛んでるんですよ。

 口を滑らせそうになったユカリだったが、ユアンの表情に目を向けて、ほんの一瞬ながら彼に戸惑いの表情が浮かんだ事に気付く。

 ヒルベリアでの一件を知らないように見えたが、それではイザイアをずっと追いかけていた旨の発言と矛盾してはいないだろうか。

 そして、彼が今持っている武器は何だ? 確かに物騒ではあるが、ユアン・シェーファーの象徴である筈の武器の形状からはかけ離れている。

 行動を起こす根拠とするにはあまりにも弱い。だが万が一当たっているのならば、生存可能性は跳ね上がる。賭けてみるのも悪くはないだろう。


「――っ!」


 腰に差したホルスターから銃を引き抜き、躊躇なく発砲。貴重な六発の弾丸の内一発が、ユアンの耳元へと迫る。

「チィッ!」

「よくやった!」

 流石に勘付かれたか、銃弾そのものは躱される。

 だが、眼前には敵がいる。事態を楽しんでいる様にしか見えないイザイアは、回避行動によって乱れたユアンの身体を引っ掴み、遥か彼方のマッド・ボイラーへ向けてブン投げた。

 悲鳴と物が砕ける音が耳に刺さるが、意に介さずイザイアとユカリはヘルメロイに飛び乗り、一気に加速する。

 目に映る景色が狂った速度で後方へと流れて行き、路面の乱れをモロに拾って跳ねまくる発動車の中で、舌を噛まないように細心の注意を払いながら、ユカリはイザイアに問う。

「これからどうするんですか!?」

「もう一人、役者がやって来る。そいつが鬼札となる事を期待しようぜ!」

 ユカリに対して、意味を理解させるつもりが微塵もない言葉を吐いて、イザイアは更に加速板を踏み込んで行った。

 そこから一分も経過しない内に、赤く流麗な車体を持つ発動車が甲高い音を響かせながら、壁に大穴の空いたマッド・ボイラーの駐車場から飛び出してくる。

 運転者は当然ながら、暗灰色の髪の四天王、ユアン・シェーファーである。


「冗談じゃねぇ、ここで終わりだなんてオチは、神が許しても俺が許しはしねぇよ!」


 余裕の無い表情とは正反対の強気な言葉を吐いて、こちらも一気に発動車を加速させる。

 突発的な逃走、追走劇の火蓋が、ハレイドへと向かう道で切って落とされた。


                 ◆


 どんなに栄えた都市の中にも、汚れた部分とは存在する。

 アークス王国首都ハレイドで言うならば、このフラガ通りが該当するだろう。

 人間の動物的な欲望を満たす為の店が立ち並ぶ、この通りの活動時間帯は、当然ながら一般人が寝静まった夜となる。

 今はまだ日が高く、ここの住人は休息の時間帯で人通りはまばらである。昼間であっても治安がよろしくない点は変わらないので、堅気や女子供は近寄らないが。


「~♪」


 明らかに住人の物では無い、甘ったるく調子外れな歌声が通りに響く。華美なドレスを身に纏った桃色の髪を持つ幼い少女、デイジー・グレインキーである。

 歌声に混じって、引き摺っている彼女の身より巨大な大剣が地面に擦れる音がして、非常にやかましい。

 ここにあるような店を利用し、される程には四天王たる彼女は困窮してもいないし、欲に取り憑かれている訳でも無い。

 国王にして雇用主であるサイモンから命じられた仕事をこなすべく、この場所を訪れているのだ。

 通りの中をしばらく歩き、おおよそ中央まで来た時、デイジーは懐から地図を取り出してじっくりと眺める。彼女の為に過剰なまでに平易な表記が為されている地図だが、それでも今一つ理解が出来ないのか幾度も首を捻る。

 首痛を発症するのでは、と無駄な心配を抱く人が現われるかもしれない程に首を捻りながら悩んだ後、デイジーは地図を懐にしまい結論を出す。

「分からないならぁ、ここの人達に聞けば良いのよねぇ~」

 未知の場所に行った場合はごくごく普通の、だがこの場所で行うと危険な方法と化す手段を、デイジーは選択した。

 とは言っても、活動時間帯から外れている為、なかなか人は通らない。偶に通ったとしても、デイジーを認識すると、怯えたように走って逃げて行くばかりで、話を聞けない。

 四天王の顔を知っていたり、知らなかったとしても彼女の背後にある鉄塊同然の剣を見れば、当然の反応ではあるのだが、それに気付かないデイジーは僅かに、本当に僅かに落胆した後、ある物を見て声を上げた。

「おじさん、チョコレートちょーだい!」

「はいよ! ……お嬢ちゃん一人かい?」

「うん!」

「それならちょいとサービスだ。お友達には内緒だよ」

 道化の化粧が剥がれかけている中年男性は、引いていた荷車から氷菓子を取り出し、デイジーに差し出す。

 おおよそ二人前の量だが、在庫処分を行う為なのか、一人前の分の金額しか男性は要求しなかった。


「うにゅにゅにゅ……」


 瞬く間に、カップに入った氷菓子は胃の中へと収まり、デイジーは満足気に笑う。

 彼女を多少なりとも知っている者ならば、やはり年齢不相応に幼い精神構造をしていると感じる所だ。

 だが、少数派に属する、彼女の事を知らない男性は食べっぷりに感心しながらデイジーに問いかける。

「ここの住人かい?」

「違うわよぉ~」

「なら、早く帰った方が良い。ここはお嬢ちゃんみたいなのが来る所じゃないからね」

 彼そのものは無力ではあるが、心の底から相手を心配している事が伝わって来る男性に対し、デイジーは傲然と胸を張る。

「今お仕事してるの! だからぁ、それが終わるまで帰れないのぉ~。おじさん、キャップス博士って知ってるぅ?」

 デイジーの出した聞き慣れない名前に、男性は一瞬の思索の後に申し訳無さそうに首を振る。

 彼自身、ここに住んでいる訳ではなく、単に仕入れと親類の顔を見に訪れるだけなので、在住者について明るい訳では無い旨をデイジーに告げる。

 密輸人に物品の運び込みを依頼した人物の名を、軽々しく出しても良いのかと苦言を呈する同僚がいない故の、直球の試みが空振った事に落胆を見せずに、デイジーは更に言葉を重ねる。

「そっかぁ。ならぁ、この辺りに詳しい人っていないかしらぁ?」

「夜になれば出てくると思うけれど、今の時間はそういう人達もまだ寝てるんじゃないかな」

 男性の言葉を反芻するように、何度も頷いていたデイジーだったが、やがて得心したのか、踵を返して走り出す。

「なら、夜になったらまた来るわぁ。おじさん、アイスありがとぉ~」

「気を付けて来るんだよ、この辺りは治安が良くないから」

「大丈夫よぉ~、デイジーちゃんに敵なんかいないものぉ~」

「そっかそっか。……え、デイジーってあのデイジー・グレインキー!?」

 今更自分の正体に気付いて驚愕している男性を他所に、デイジーは通りを駆け、金属が擦れる音が騒々しく響く。

 夜にはまだまだ時間があり、城に戻って遊ぶ事も可能だろう。都合の良い事にルチアの娘という鬱陶しい存在は、今の時間帯はまだ学校であり、完全に自由の身という事になる。

 何をして遊ぼうか、で彼女の頭の中は満たされ、キャップス氏、とやらが頭から消えつつあったその時

「わぷっ!」

 突然脇道から出された障害物に躓き、デイジーは宙に浮く。転倒する所までは至らず、無事に着地したデイジーの視線は当然障害物の出処へと向かう。

「私にぃ、何か御用かしらぁ?」

「用があるからこのような事をしているんだ」

 無機質な声が返され、数人の若者がゾロゾロと姿を現す。

 揃いも揃って、この通りの住民らしい悪趣味な格好をしているが、声の調子と光の消えた眼を見るに、何らかの制御下に置かれているのは間違いない、とデイジーは判断した。 

「アンタ達ィ、キャップス博士の手の連中ねぇ~?」

 何の衒いもなく若者達は揃って頷く。密輸人の件と絡んで、キャップス博士を捜査していた官吏達が揃いも揃って死体で出てきたのはこのせいかと、思わぬ所で答え合わせが為される。

 普通の人間ならば、自分達から種明かしをしても良いのかと呆れるところだが、デイジーはそのような些末な感情は抱かない。

 敵意を持った人間が現われたならば、全て排除すれば良いだけだ。自分には、その力も権利も有るのだから。

 実にシンプル、かつ危険な思考で心を満たしていく眼前の少女を、若者達はじりじりと取り囲む。

 相手は完全に逃げ場が無くなった、と判断した所で側面に位置していた男が飛びかかった。 

 転瞬、飛びかかった男は不可視の斬撃を浴びて肉塊への転生を遂げた。

 自己としての意識を喪っていても、本能的な恐怖は残っているのか、若者達は明らかな狼狽を見せた。


「どうしたのぉ~? さっさとかかってきなさいよぉ~」


 この場で唯一感情に変化の無いデイジーの両の手には、先刻まで引き摺っていた巨大な剣が握られていた。

 斬った男の血を喰らったかの如き、鈍く輝く赤黒い刀身を持つ剣を弄びながら、デイジーは言葉を並べて行く。


「生ある者はねぇ、みぃんな何らかの役割を押し付けられて踊る人形なのよぉ。デイジーちゃんだって、それは変わらない。……あなた達にも、新しい役割を与えてあげるぅ」


 巨大な剣を正眼に構え、デイジーは嗤う。


「このシャッタードールちゃんの糧になりなさぁい!」


 そして、虐殺劇の幕が開いた。

 体格などからは想像も出来ぬ速度で、デタラメながらも完全にデイジーの制御下に置かれた剣舞を前にして、操り人形如きが対抗出来るか、との問いには容易に回答を提示出来るだろう。

 まず正面にいた者の腹に刀身を突き出して内臓を蹂躙、そのまま払いに移行して、右側にいた人間の身体を破壊する。

 この時点で、操り人形としての本懐を果たすよりも、自らの命を守る方が重要であると、残された者は判断を下して逃亡の準備を始める。

 逃げ遅れた一人に対して、股間から頭部へと一気に刀身を走らせ、その者の血を浴びながら、デイジーは狂気と狂喜の咆哮を上げる。

「無駄よぉ、『血閃戯画ラインアート』ぉ!」

 左手に握った『幻想禍げんそうかパーセム』を自らの腹に突き刺し、溢れ出た血液がシャッタードールへと吸収され、巨大な刀身に刻まれた紋様が紅く輝いて脈を打ち始める。

 そして逃走を始めていた若者達に対してではなく、地面に向かってシャッタードールを突き立てる。

 地面の舗装が砕ける音と震動で、眠っていた通りの住人が顔色を変えて飛び出してくる。観衆が増える事にも意を介さず、デイジーはパーセムで自らの腹部の肉を更に抉り取った。

 赤黒い物体が地面に堕ちると、地面に刀身に刻まれたそれと同様の紋様が走り、獲物に向かって伸びて行く。

 ヒトの走る力を遥かに上回る速度で伸びて行く線から逃れられず、獲物の全身も赤黒く染まった時、デイジーの姿が掻き消えた。

 転瞬、若者達の身体が紋様に沿って切断される。

 恐怖の表情のまま、骨と肉と内臓と皮膚が細切れにされて宙を舞い、一瞬地獄絵を形成した後に落下して路地を激しく汚す。

 斑点が大量に付いたデイジーの顔は、悪魔の如き歪んだ笑みを浮かべていた。


「役割しゅうりょぉ! 自分の役割を果たして死ねるなんて、王族の人でも難しいからぁ、誇って良いのよぉ」


 陶然とした口調で、両の手に握った大剣をデイジーは見つめる。

 バルロック合金を主として構成された一・六メクトルの長大な刀身を持つこの大剣は、先日の『塵喰いスカベンジャー』との戦いで片方が破損したパーセムの代役、だけでは留まらないと断言出来る破壊力を示してみせた。

 極限までの破壊力、というデイジーの希望を叶えるべく、斬撃だけでなく打撃でも一撃必殺の威力を実現する為に重量は類似の剣の六、七倍となり、常人ならば持ち上げる事さえも困難な代物と化した。

 パーセムと違ってこれは背負ったり腰に帯刀して持ち運ぶ事は困難であり、今回は引き摺って連れてきた。

 だが、常識的な治安を持つ所であったり、他国で用いる際にそんな事をしていたら、五歩進めばその場所の治安維持の人間に止められる事は必定であり、何らかの対策が必要なのは間違いない。

 もっとも、今のデイジーにとってはどうでも良い事である。

 肉片の一つにシャッタードールを突き刺し、そこからキャップス博士の魔力を読み取り、彼の居場所を探る。

「ん~、この辺りにはいないけれど、ハレイドの中にはいるわねぇ~」

 ハレイドにいるのならば話は早い。この都市の陽の部分はパスカが調べ終わり、陰の部分についても、半分以上の探索が終了している。自分は、残った陰の部分を調べるだけで良い。

 歩き出そうとした時、自らの腹の鳴る音に気付いて足を止める。派手に動き魔術を用いたせいか、先程腹の中に収めた氷菓子は満腹感を齎さなくなっていた。

「もう一回食べてから行きましょぉ~」

 あっさりと前言撤回し、デイジーは足取りも軽くシャッタードールを引き摺りながら歩いて行く。顔と着衣を赤く汚した少女を見て、様々な汚れを見慣れているこの場所の住人でさえも、慄いて顔を背ける。

 そのような凡人の反応など意にも介さずに、デイジーは悠然と歩を進める。

「こっちの仕事はちゃんと完了させるわよぉ。だからユアンも、キチンとお仕事をこなしてねぇ~」


 誰に聞かせるでもない呟きを残して。

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