2

 馬鹿とクズと敗北者で形成されるゴミ捨て場の街ヒルベリア。そこから馬車で二時間程度の所に位置する街ラープ。

 アークス王国の首都たるハレイドとは比較にならないものの、最新型の発動車を買える人間がそれなりにいる程度に発展している。

 故に、犯罪もヒルベリアと比較すると多少なりともズル賢く、即物的でない物が発生するのだろう。そして被害者の恥じらい等の感情も大きいが為に、掃き溜めの人間にも処理のお鉢が回る。

「体裁気にすんのは分かるけど、ヒルベリアの『塵喰いスカベンジャー』に頼むってのはなかなか余裕のない話だよなぁ。結構な額積んでたし」

 とある雑居ビルの屋上で、白いシャツに黒いズボンの装いで、一筋だけ青色が存在する黒髪の少年が、欠伸混じりに鞘に差した異刃を弄りつつ言葉を零す。

 微妙に陰のある彼の視線は、白昼にも関わらず街を疾走するスーツの男と、少女の時間無制限の鬼ごっこに向けられていた。

 因みに、男は結婚詐欺師だと依頼者から説明を受けている。

 一体どんな手口を使ったのかと少年は興味を抱き、依頼者に聞いてみたかったが、報酬を減らされるのが怖くて言えなかった。とは余計な話だ。

 予想以上に少女の身体能力は高く、今に至るまでの二十分間、男に振り切られる事なく追跡出来ていた。しかしそろそろ限界が近いのか、男との距離が広がり始めている。

 少女の意向を汲んで、相手が魔術等の攻撃行動を執らない限りは手を出さないつもりでいたが、拘泥の末に仕事を失敗しては元も子もない。

 

 今の自分には、金が必要なのだ。

 

 少年は雑居ビルから飛び、男の前に降り立つ。

「よぅおっさん。逃げ道は無いぞ」

「ひぃっ!」

 腰に差した異刃いじんを引き抜いて、蒼の鋭利な切っ先を鼻先に突き付けると、男はその場にへたり込む。 

 逃れる為の抵抗を何も見せない事に、少年は拍子抜けする。

 ――反撃の試みもしないのか。今までよく詐欺師やってこられたな、こいつ。

 呆れつつもすぐに斬りつけず、ヒビキは視線の先にいる少女の姿が大きくなる事を待った。

 律儀さか馬鹿さか、はたまた臆病さの証明か、少年が見せた絶好の隙を目の当りにしてもまるで動かない男の背に、少女は手に持っていた中折れ式のリボルバー型の銃を突き付ける。

「――っ!」

 背中に押し当てられた冷たい感触の正体が想像出来てしまい、身を硬直させる男。彼に対して酷薄な笑みを浮かべ、少年は少女に声をかける。

「ユカリ、そのまま引いて良いぞ。そいつはそれで発動してくれるからさ」

「でもヒビキ君……この近距離だと、銃弾で怪我しないかな?」

 ユカリと呼んだ少女の問いに、ヒビキと呼ばれた少年は笑いながら言葉を返す。

「ライラが言ってただろ? そいつの銃弾自体に殺傷能力は無い。ついでに魔術自体もな。だからま、死ぬ事はない」

「そっか……それじゃ、行くよ」

「まままま待つんだ! 殺されるまではしてない筈だ! 金なら幾らでも……」

 男が声を遮る形で、ユカリは自らが持つ銃の引き金を引いた。男の絶叫が響き渡るが、特徴的な発砲音と硝煙の香りはいつまで経っても現われず、代わりに男の足元の地面が砕け、そこから幾本もの蔦が這い出てくる。


 『操蔦腕リエナス』が発動したのだ。


 蠢く蔦が悲鳴を上げる男の身体に絡み付いて縛り上げ、一切の逃走行為を封じてみせた事に、ヒビキは安堵の溜め息を漏らす。

 仕事を完遂させられそうな点も重要だが、今回最も重要なのは、ユカリが他人の魔力を籠めた弾丸を用いたとはいえ、魔術を使用出来たという点だ。

 恐らく魔力を保持していない、しかも異世界出身の者が使用出来た事例は、なかなかに貴重な事案だろう。使える魔術が極端に少ないヒビキもあまり偉そうに言えないが。

 ――魔力が無けりゃ、銃弾に籠めた他人の魔力も使えないってのは結構あるらしいからな。取り敢えず一人で護身が出来そう、か。

 王国の人々が例に使う先々代四天王の一翼についての逸話が頭を掠めるが、それも一瞬の事。ヒビキはユカリの肩を叩きつつ、声をかける。


「お疲れ。それと、魔術の使用成功おめでとう。練習すりゃもっとド派手な事も出来るようになる。今日は派手な飯を食いに行こうぜ!」

「ありがとう。ヒビキ君達が練習に付き合ってくれたからだよ。……でも、ご飯は私が作るよ。借金を返さないといけないから、こうして塵拾い以外の仕事もしてるのに」

 借金、の単語に少年、いやヒビキ・セラリフは苦い表情を作る。二週間ほど前に色々やらかした結果、治癒の魔術だけでどうにもならない状況にまで身体が損傷したヒビキは、アークス王国の上層部の判断で外科的処置を受け、完璧な五体満足の状態を取り戻した。

 ここで話が済めば素晴らしい美談で完結し、こんな面をする必要も無い。

 相手が厚意だけでそんな事をしてくれる筈もなく、ヒルベリアに送り返される際、パスカ・バックホルツから手渡された紙には、なかなか楽しくなる額を請求する旨が記されていた。

 利息がついていない分まだ有情なのかもしれないが、ヒビキの金を稼ぐ力からすると厳しいのは変わらない。


「どっかに一攫千金な依頼でも転がってねぇかな……」


 何らかのトラブルの断続的な発生で、最近ゴミの投棄の間隔が乱れがちなヒルベリアの仕事だけでは到底返せない額面であるが故に、こうして近辺の街の人間からの仕事依頼も目ざとく拾って行うようになったが道は遠い。

 王女アリアから、使い走り同然の依頼も舞い込むようになったが、それもリスクとリターンの天秤の釣り合いは取れていない、旨みの薄い物だ。

 生活費や武器のメンテナンスでも当然金は消える。残った金を返済に充てても、鼠の涙程度にしかならないのが現実だ。

「大丈夫だよヒビキ君! 『千里の道も一歩から』って私の世界では言うから。コツコツ頑張れば絶対返せるよ! 私もこうやって魔術を使えるようになったし、二人で動いていこう!」

 気丈に励ましてくれるユカリに、ヒビキはぎこちない笑みを返す。

 気持ちは非常にありがたいが、彼女をこちらの事情に巻き込んでしまうのは、あまりいい話ではない。


 彼女を元の世界に戻す。


 第一の目的を早急に達成せねばならないが、未だ有力な何かを録に掴めていないのは、ヒビキも友人達も歯痒さを感じる物がある。

 ともあれ、ここでうだうだと思索に耽っていても何か変わる訳でもない。さっさと依頼を終わらせようと、やけに静かになった男に目を向ける。

 すると、先刻まで見えていた衣服が僅かにも見えなくなり、全身が蔦で完全に覆われ、奇妙な観葉植物のような姿になっていた。

 『操蔦腕』にしては強すぎる気がして、ヒビキは問いかける。

「……ユカリ、何回引き金を引いた?」

「え? 一回だけだけど……」

 弾倉を確認しながら言葉を返していたユカリが硬直したのを見て、嫌な予感を覚えたヒビキは、恐る恐る彼女の手に握られた銃の弾倉を覗き込む。

 六発装填の銃には、一発も弾丸が籠められていなかった。

「……最初、何発籠められてたっけ?」

「六発……」


 二人の表情が揃って引き攣った。


 どういう理屈か知らないが、一度引き金を引いて、全ての弾丸に籠められた魔力が放出されてしまった様子。ユカリがほぼ初心者でも、六発全て使い切れば、魔術に対する耐性が低い者を現状の絵面に変えるのは容易だろう。

 敵性生物の討伐や、犯罪者の殺害等が依頼の中身なら、この状態でも何ら問題はない。

 今回の依頼は詐欺行為を行った男の生け捕りであるが故、致命的に不味い。

 元々血色の良くない顔を更に変色させ、ヒビキは奇怪な緑の像と化した男を担ぎ上げた。意図を察したユカリに目だけで合図を送り、走り出す。

 さっさと解放してやらないと、真面目にご臨終しかねない。

 そうなれば、一スペリアたりとも得られないのだ。『牽火球フィレット』で蔦を焼き切っても良いのだが、男まで焼いてしまっては元も子もない。

 病院に担ぎ込む思わぬ出費も、この際受け入れるしかない。


「ライラの奴、不良品売りやがったなぁぁぁぁッ!」


 呪詛の言葉を吐きながら、ヒビキはユカリと共に近くの病院に駆ける。


                ◆


「……なんか寒気が朝から止まらないよ。風邪かなぁ?」

 ヒビキ達が蔦人形を救出すべく走り出してから、数時間が経過し、夕暮れ時へ突入し始めていた頃。

 友人から呪詛の言葉を吐かれていたとは知りもしない、紫髪にツナギの少女ライラック・レフラクタ、通称ライラはいつも通りヒルベリアの街から出る事なく、自らの本日最後の仕事をこなしていた。

 依頼人の元へ整備や改良を施した武器や、修理した家具を運ぶのは、彼女の仕事の一環として最早日常に組み込まれており、一・四七メクトルの十七歳にしてはかなり小柄な身体に似合わず、大体の品物を己の身一つで担いでも身じろぎ一つなく、ヒルベリアの悪路を闊歩していく。

 しかし、今日の彼女の足取りは普段と比すると重い。原因は、彼女の両肩に担がれた長物と革の鞄に無造作に放り込まれた鉱石であるのは明白だろう。

「結局出来なかったなぁ。クレイさんの事だから、何か言ってきそう……」

 ボヤきを伴侶に引き連れて、ヒルベリアのメインストリートから外れ、第四マウンテンの近くにポツリと建っている、今にも崩壊しそうなボロ小屋へと辿り着き、ドアをノックする。

 ノックに呼応してベリベリと嫌な音が発生し、外壁の一部が剥がれて地面に落下して砕け散ると同時に、ドアが開く。

「ライラか、入って良いぞ。話は中で聞く」

「ではおじゃまして……って、汚っ!」

 家の主である金髪碧眼の長身男性、クレイトン・ヒンチクリフの許可を得たライラは、一歩足を踏み入れるなり、表情を盛大に歪める。

「人ん家に入った第一声にしちゃなかなか失礼だな。世辞の一つでも言えないと、嫁に行けねぇぞ」

 無秩序に散乱している様々な物体を蹴って、床に座ったクレイから間延びした声が放られる。だが、この惨憺たる部屋を見て、世辞を言える者などいないとライラは口には出さずに思う。

 メチャクチャに切り分けられた生物の部位だの、再生の可能性皆無な武器の残骸だの、冒涜的に積み上げられた書物が寄り集まり、並び立つ存在なき無二のゴミ屋敷が形成されていた。

 ヒルベリアに存在する、アークス王国各所からの廃棄物の投棄場所『マテリア・マウンテン』ともタメを張れるのではと内心呆れながら、ライラは肩に担いでいた長物をクレイに手渡す。

「申し訳ないんですけど、オー・ルージュはウチじゃ強化のしようがないです。クレイさんが渡してくれたルベンダム石を使って加工するには、炉の温度も圧力も足りません」

「そうか。まっ、あんま気にすんな。他を当たってみるわ」

 軽い口調でクレイはオー・ルージュと赤い石、ルベンダムを受け取ったが、ライラの内心は重い。

 やはり、任された仕事を遂行出来ずに終わるのは忸怩たる物がある。そんな彼女を見て、無駄に若く見える金髪男は笑う。

「圧力と熱量が足りないんだよな? なら、俺が『壊界劇コラプティ』と『溶解突ヴォラーグ』を使ってやろうか? 効率がメチャクチャ上がるぞ。まぁ、ここ五年ぐらい使ってないから自信ないけどな」

「それはなかなか……ってウチの工房を壊したいんですか!? そんなの使われたら、木端微塵ですよ!」

「戯言なんだから笑って流せよ。そういやヒビキとフリーダはどうした? あいつらとユカリ君を加えて一まとめだろ?」

「お菓子みたいに扱わないで下さいよ。ヒビキちゃんとユカリちゃんは借金返済の為に依頼を受けてラープに。フリーダはおばさんが拾った高純度の血晶石を売ったお金で、三日前から一家でフォルトンに旅行です。三日後ぐらいに帰って来ると思いますよ」

「借金なんて踏み倒せば良いのに、律儀だなぁ。シーズンから少し過ぎてるが魚が美味い所だ、羨ましい。ここの出身と知れたら面倒だが、まぁアイツなら黙らせられるだろうな」

 一人得心が行ったように頷きながら、クレイは持て成す意思の一応の表明か、床に転がっていた菓子の缶を開けてこちらに勧めてくる。

 明らかに賞味期限が過ぎている物を見て、ライラは顔を引き攣らせ、食べずに済ませる方法を必死で模索する。

 ――食べたら取り返しの付かないアレな事が起こる気がするんだよっ! えぇと、何かないかな……。

 すると、ある一枚の物体がライラの目に飛び込んできた。元々この国を守護する者として、満たされた生活を送っていた彼にとって大した物では無いかもしれないが、十分に時間は稼げるだろう。

「ク、クレイさん! その写真一体何ですか? 結構昔のだと思うんですけど、天然色加工って時代的に凄いですよね」

 アークスに於いて魔力に頼らない記録媒体を用いた撮影機は、三十年前にようやく色付き動画が撮影可能な物が民間で売られるようになった。そこから劇的な進化を遂げた結果、現在アークスの技術はロザリスと同等まで向上を果たしている。

 だが、写真の劣化具合から推測される年代には、気軽に使えるのは軍人に限られていた筈だ。貴重さを分かっているのかそうでないのか、クレイは頭を掻きながら写真を拾い、ライラに手渡す。


「十六、七年前に撮った写真だ。金髪が俺で眼帯付けてんのが『悪夢乃剣ドゥームズレイ』オズワルド・ルメイユ。俺達の首引っ掴んで引き寄せてんのは隊長『無限刀舞センノヤイバ』スズハ・カザギリ。後一人は分かるだろ? 今も現役『証明者セルティファー』ルチア・クルーバー……今はバウティスタか。新型の撮影機が出来たから、被写体になってくれって言われたんだよ」


 淡々とした口調と裏腹に、クレイの表情からは過去を懐かしむ色が少なからず感じられた。

 常人離れしている生活を送り思考も少しズレているが、彼にとって四天王時代の思い出は、常人のそれとは何ら変わらない大切な物なのだろう。

 いらない事をよく喋る普段の彼の性格を考えると、自分から積極的に過去を語らないのは少し不思議な気もするのだが。

 ひとまず、痛んでいるであろう菓子から注意が逸れた事でライラは安堵の息を吐き、引っ掛かっていた疑問をクレイに投げかける。

「ところで、どうしてオー・ルージュの強化なんて発想を? クレイさんなら、狩りに出向かなくても一生遊んで暮らせるし、実際今までそうして来たでしょう?」

 個人の事情に首を突っ込むのは御法度。まして依頼を達成出来なかった自分が知る権利など無いのかもしれないが、抱いてしまった興味はどうにも収まりそうにもない。

 問いに、クレイは年齢不相応に若々しい顔に不敵な笑みを浮かべる。

「別に大した理由じゃないさ。若者の熱に突き動かされて、昔放り捨てた物に再び挑もうとしてるだけだ」

 迂遠な言い回しだが、何となく言わんとしている事も、指し示す物の巨大さも何となくだが伝わって来た。

 片鱗を見ると、全て知りたくなってしまうのが人の性。ライラが更に聞き出そうとした時――


「――わっ!」


 轟音と振動で身体がぶん殴られ、床に伏せさせられる。立ち上がろうとした時、身体が強引に宙に浮くのを感じた。何事かと視線を巡らせると『オー・ルージュ』を背負ったクレイに自らが抱えられていると気付く。

「ちょっ、クレイさん何する気ですか!?」

「どう考えても自然現象に因る物じゃない爆発だ。ついでに、この街の人間じゃない魔力を感じた。この二つが揃ってる状況で、チンタラ動いてる暇は無いだろ?……『竜翼孔ドリュース』ッ!」 


 咆哮、暴力的な加速、そして破砕音。


 全てが消えた時、二人はクレイの背に出現した金色の翼の力で、彼の家の屋根を突き破って飛翔し、先程起きた事象の発信源へ向かう。

「高い! そんで速いですよクレイさん! もう少し抑えて……」

「急がないと逃げられる可能性がある。爆発とかには慣れてんだろ? なら耐えられる筈だ」

「そんな無茶苦茶な……」

 クレイが抗議を完全に無視して加速した結果、二人は非常に短時間で発信源と思しき場所へ辿り着く。

 何かがあばら屋に突っ込んだ風情で、濛々と黒煙と炎が上がっている。不幸なあばら屋は恐らく全壊間違い無しだろう。

 内心で冥福を祈ろうとしたライラだったが、浮遊感などから解放され、マトモな判断力が戻って来た結果、飛来してきた方向などからある疑問が湧き上がって来る。

「あれ、この家ってもしかして……」

「『蜻雷球リンダール』ッ!」

 ライラの思考を遮るようにクレイが魔術を発動。

 勝手に名前を付けているが、その実は初心者でも使える『牽雷球ボルレット』だ。彼の実力で異様な程の輝きを見せているせいで、一見しただけではそうは見えないが。

 聞く者を腹の底から震わせる咆哮を伴侶に、数え切れぬ数の紅の雷球が空中へ向かい、そして弾けた。

「――な、なんですかあれ……」

 元・四天王の放った光球を、空中に浮遊する黒い影が握り潰す光景を目にし、ライラは答えを返してくれる者がいないと分かりながらも、そう漏らした。

「そこの黒いの、とっとと失せな。……これはお願いじゃあない、命令だ」

 笑顔を浮かべ、軽い調子で言葉を吐いているクレイだが、すでにオー・ルージュを両の手に持っており、事態が穏便に終わるとは微塵も考えていない様子。

 面倒事を増やしたくないので影には大人しく退いて貰いたい。

 そんな願いは、影の手に風が踊り始めた事で潰えたと、ライラは賢明な察した。

「やる気があるのは結構だ」

 クレイは犬歯を剥き出しに嗤い、跳躍する。


 転瞬、彼が立っていた地面に巨大な刻印が刻まれた。


 突っ立ったままでは、間違い無く全身が輪切りにされていただろう。

 殺傷能力が相当に高い『嵐刃ストゥルス』をいきなりぶっ放すとはなかなかにヤバい相手。風圧で吹き飛ばされて、地面を転がりながらライラは肝を冷やす。

 ライラがスッ転がっている間に、クレイは影にオー・ルージュによる突撃を仕掛け、相手もそれに応じた事で、空中での不可視の演舞が炸裂する。

 単純な手数は圧倒的にクレイの方が多いが、致命傷となりうる物だけを的確に防ぐ影の技量によって、一度の舞いでは決着が着かず、両者とも一度距離を取ろうと試みた。

「良い腕だ、全力で叩き潰して……」

 皆まで言わず、地面に降り立った元四天王は突如戦闘態勢を解いてライラを抱え、黒い影に背を向けて全力疾走を開始する。

 一体何事かとライラは一瞬混乱するが、反転した視界が、黒い影が炎を纏ってあばら屋に突撃を仕掛けている光景を見て総毛立つ。


 ヒト型の爆弾が、ヒルベリアの大地に炸裂した。


 再びの音と振動に今度は熱も加わり、二人の身体を容赦なく舐める。

 間一髪の所でクレイが『擬竜殻ミルドゥラコ』と『怪鬼乃鎧オルガイル』を発動し、皮膚と筋肉、そして骨を強化した事でどうにか助かったが、死に途轍もなく近い所まで向かったと察し、ライラの背に寒い物が走る。 

「逃げたか、どういうつもりだあの気狂い……」

 ひとまず危機は去ったと判断した段階で、クレイはライラを放り出して爆心地へと歩む。燃えカスの集合体の前で屈み、やりたい放題暴れて消えた黒い影の手掛かりを得るべく、未だ燃え盛る炎を物ともせずに瓦礫を漁り始めた。

 これだけ派手に焼かれては、家の中の物の発見は期待出来ないだろうと思いながらも、ライラも作業用の手袋を装着してクレイの補助に回る。

 五分程、両者無言のまま瓦礫を退けていると、妙な金属音がクレイの持つオー・ルージュの穂先から生まれ、覗き込んだライラは目を丸くする。

「発動車ですかねこれ? しかし、やけに綺麗に残ってますね」

「タダの発動車じゃない、ロザリスのBTMが出した最新式の『ツインボウ』だ。最近軍で使われ始めた様な代物の持ち主が……おい、人間がいるぞ。しかも生きてる」

「えっ!」

 呆れ声と共に伸ばされたクレイの指の方向を見ると、確かに発動車の運転席に人間が座していた。

 顔の多くが髭で覆われた大柄の男は、まるでやり手の商人の様な、しかしありふれた装いをしており、素性の推測は不可能。

 クレイの指摘通り、本当に男が生きているのかについては、その筋に関しては未熟なライラは判断出来ない。

 しかし、確信を抱いている様子のクレイは無言でソイツを助手席に蹴り飛ばし、自分は運転席に座して躊躇なく加速板を踏んだ。

 車輪は暫し空転を起こしたが、やがてツインボウはゆっくりとゴミ溜めを割って前進し、全貌を外気に晒す。

 これだけの激しい爆発に晒されながらも、ほぼ無傷というのは気を失っている持ち主にとっては非常に幸運な出来事だろう。

「一応聞きますけど、どうするつもりですか?」

「お前んとこの工房に纏めて放り込む。目を覚ましたら尋問する。話を聞かずに暴れるようなら殺す。今考えてんのはそこまでだな」

「めちゃくちゃシンプルかつ乱暴ですね。……あ」

「ん? どうし……」

 ある程度ツインボウを動かした事で露出した箇所にあった燃えカスを見て、ライラは、そしてクレイも硬直する。

 燃えカスと化している物が、二人にとって見慣れ過ぎている人物の私物である事が、ハッキリ分かってしまった。

「あんまり言いたくないんですけど、ここってヒビキちゃんの家ですよね?」

「思いたくはないがそうだな。これは誤魔化しきれん。いっそのこと、もっと派手に吹っ飛ばして何もかもを亡き者にする方が楽だぜ」

「駄目ですよそんなチョイスは! とにかく、無事な物を取り出して……」

 どしゃっ、と言う背後からの音で、二人は再度顔を見合わせる。このままずっと固まっていたいが、そうしていても現実は変わらないのだと己を鼓舞し、ライラはからくり人形の様なぎこちない動きで振り返る。

 想像通りの、そして、今一番来て欲しくなかった人物がそこに立っていた。


「え、えぇとヒビキちゃん。これは、その……」

「俺の家が、燃えている……!」


 ライラの友人にして最近クレイの弟子にされた少年。そして原状回復が不可能なまでに焼けた不幸なこの家の持ち主、ヒビキ・セラリフが、元々悪い血色を更に悪くして硬直していた。

 彼の後ろでは一か月ほど前にここヒルベリアに現われた『異なる世界からの来訪者』ユカリ・オオミネもヒビキ同じ状態で立っていた。

 帰って来たら住処がいきなり焼失していたという経験は、反応を見るに彼女の世界においても一般的ではないようだ。

 

 一般的であってもそれはそれで困るのだが。


 何も言えずに、ヒビキは崩れ落ちた。

「ヒ、ヒビキ君っ! 気をしっかり持って!」

「そうだよ。こんな所で死んじゃ駄目だよ!」

「……ナチュラルに死んでる扱いって、お前なかなか酷いな」

 三者三様の反応だが、選択は三人とも一致を見た。

 気を失ったヒビキと、諸悪の根源たるツインボウとその持ち主と思しき人物を、収容しても問題ないスペースを持つライラの家まで運び込んでいく。

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