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「ねぇパスカ、ユアンは何処に行ったのぉ?」
「密輸人の捕縛に向かっている。事務仕事が嫌だとゴネていたら、都合の良い事に身体を動かす仕事が見つかってな。疲れるから嫌だとも言っていたが、まぁ仕方ない」
「馬鹿のクセにぃ、イキがるからそうなるのよぉ」
「背中を預ける仲間にそんな事を言うんじゃない。それに、お前だって城内の作業を放置し過ぎると、前線に出られなくなるぞ」
「天才のデイジーちゃんをぉ、前線に出さない選択なんて有る訳ないでしょうぅ~?」
アークス王国首都ハレイドに聳え立つギアポリス城。肉体的な大小の差の大きい二人がズレた会話を展開しつつ、城内を闊歩していた。
気苦労が顔に焼き付いているスーツに眼鏡の男性、パスカ・バックホルツは、相方のズレた返答にこめかみを抑える。今日もまた、彼は頭痛止めの世話になりそうだ。
相方にして気苦労の最大の要因たる、桃色の髪に華美なドレスの少女。デイジー・グレインキ―は今日も変わらず仕事をしない。
実戦での実力と肉体、精神両方の年齢の幼さから甘く扱われる事が多いが、そろそろ厳しく言った方が良いのかもしれない。思索に耽る彼の上着の裾をデイジーが引いた。
「そう言えばぁ、ユアンからお手紙預かってるのぉ。読んでもつまんないからパスカにあげるぅ」
「預かり物はすぐに渡せといつも言っている……」
中身を一目見てパスカの動きが止まると同時に、遠くから「お茶の時間ですよー」と侍女の声が聞こえてきた。
「はぁい! 行きまぁす!」
三段階ほど気持ちを上方に向けた声を発しながら、デイジーは同僚の制止を無視して声の方へ駆けて行く。
空しく宙ぶらりんになった手を下ろし、パスカは溜息を吐きつつもう一度殴り書きの文字を睨む。
「アンタ方だけ例のアレを目にするのは平等の原理に反するんで、俺も遊ばせて貰います。経費として、ツインボウとお人形の準備よろしく。ケリュートンは俺の方で管理しておきますんで、そこんとこはご承知下さい」
単語や文章自体に不明な点は見当たらないが、意図が完全には読み取れない。
幾つか解釈を思い浮かべてみるが、正解と言えそうなそれは、あまり平和な物ではない。
「いざとなれば俺が出れば良い。ユアンの行動なら、デイジーに比べればまだ始末はつけやすい。それに、アレを本人が持っているなら、遊びもまだ安全な筈だ」
『
「この中で身長が一・八四メクトルの者は前に出ろ。体系は問わない。該当するにも関わらず、前に出なかった者は順番を早めるよう通達を飛ばす」
意図が読めない故、集められた百人程度の者達の間でどよめきが湧くが、「順番を早める」の言葉に動揺したのか、すぐにパスカの指定した身長の男達が並ぶ。
体格的に劣るパスカの冷徹な視線に冷や汗を流しながら、決が出るのを男達は待った。
十分程経過した時
「よし、もう良いぞ。君だけ残るように。後は戻れ。それと、しばらく二人きりにしてくれ」
「はい」
納得はしていない様子だが、自らより高位の存在であるパスカの指示に逆らえる筈もなく、刑務官は粛々と囚人を元の収容場所へと連行していく。
完全に自分と男以外の気配が消えたと判断し、パスカは腰のホルスターから『反逆者バークレイ』を抜いて、男の額に突き付ける。声の形を成していない悲鳴を歯の隙間から漏らして硬直する男に、パスカは淡々と言葉を並べる。
「これから俺の出す提案を飲めば、殺しはしない」
「ててて提案って、いいい一体何なんですか?」
肉体的な要素では全て勝っているのにも関わらず、男は汗をダラダラと流し、発する言葉にも余裕が一片たりとも無い。
パスカ・バックホルツという男の地位、そしてそれを手に入れた実力を考えれば、当然の反応だが。
「お前には生まれ変わってもらい、ある仕事をしてもらう。どのような仕事を行うかは、生まれ変わりが成功した時伝える。簡単だろう。受けてくれるな?」
一応問い掛けの態だが、立場などを考えれば、選択肢は一つだけしかないと男は理解していた。壊れた人形の様に、高速で首を何度も縦に振る。
肯定の意を受けたパスカは、何の躊躇もなくバークレイの引き金を引いた。薬莢が排出されると同時に、極彩色の光と濛々とした白煙が銃口から発せられ、男の顔へ殺到する。
痛みと恐怖で絶叫しながら、無様に地面を這い回る男を無機質な目で見下ろし、パスカは淡々と言葉を投げかける。
「安心すると良い。痛みと恐怖を乗り越え、仕事を成し遂げれば、お前は無事新たな生を手に入れる事が出来る。……それに、だ」
一旦区切りを置き、再び吐きだされた彼の言葉と表情は、竜すら竦み上がる冷酷な代物に変化していた。
「お前がここにいる理由である行為。それを受けた被害者の痛みなど、この程度ではすまない筈だ。新たなる人生への切符を掴みたくば、この程度耐えてみせろ」
◆
同日の違う場所の夜。正しい夜を忘れつつある、高層ビルが立ち並ぶ街並みを、人影が疾駆していた。
身に纏う紫の装甲は激しい亀裂が入り、役割を果たせなくなりつつある。
走り続けていたが、疲労が溜まっていたのかやがて足を止める。太い道へ逃げたかったが、道が分からない。この世界に表われたばかりの人影にとって、逃げる事は決して体勢の立て直しには繋がらない。
「どうする、どうする? 一度、そう、隊長にさえ会え――」
殺気を感じて、咄嗟に飛び退く。壊れかけていた兜が、動きに付いてこれずに舗装の行き届いた道路へ落ち、乾いた音を立てる。
転瞬、破砕音が轟く。
兜だけではない、その下の道路まで派手にブチ抜かれ、水道管なども粉砕され、派手に水を噴き上げている。兜を失った首なしの人影は、敵の放った一撃に戦慄を覚える。
「わっ、ホントに僕の財布の中身みたいなんだね! 『正義の味方』って凄いや!」
あまりに幼い声に、人影は猛攻を躱しながら、敵の少年を図る。どこからどうみても、十五歳にも満たない年齢の少年だ。瞳に宿る光も、この世界で出会い、そして退けてきた者達とは異なり、「楽しい」以外の感情が見えてこない。
故に、人影は恐怖と焦りを覚える。
常識の枠にいる存在ならば、こちらが圧倒的に有利だ。それに拘泥している内に、叩き潰してしまえる。だが相手は見た目や先刻の一撃などからの、当たり前の判断として常識を飛び越えてしまっている。
つい先日この世界に顕現した『正義の味方』、孤高なる紫は、頭部の無い状態のまま己の武器を構え、弱気を振り払って大仰な仕草と共に吼える。
「貴様が幾ら強くとも、所詮子供。この私の超技を受けるが良い!」
少年の足が止まり、顔に少し陰が差した。不可視の魔術『
ほんの僅かな量を曝露しただけで、戦闘続行が不可能になる程の嘔吐や倦怠感を呼び起し、量が増えれば呼吸困難で死に至る。
身体の損傷が酷い為、周囲全てを拷問と殺戮の空間に変える事は出来ないが、ひとまず眼前の少年さえ対処出来れば、今はそれで良しと判断し、孤高なる紫は離脱の姿勢を執った。
「では少年よ。また会う日を楽しみに……」
「生憎、貴様にそのような日は訪れない」
孤高なる紫の視界が急激に低くなる。彼に認識されぬまま少年の隣に現れた、長身の白銀の騎士が持つ巨大な剣で、両足を切断されていたのだ。
地面に無様に転がった、幾分身長が縮んだ孤高なる紫。彼の様々な部位に『
「まままま待て! お前のような者なら知っている筈だろう!? 我らは仲間を喪えば喪うと……」
剣から姿を変えた槍が、腹部を貫き、黒い液体が道路に飛散する。
「だったら何だ? ……仲間も全て殺し尽せば良い話だ。それに、毒ガスにしか頼れない雑魚如きが死んだ所で、大した強化にも繋がらないだろう」
飛散した液体を浴びながらも尚、美しく輝く白銀の騎士は、冷酷に命乞いを切り捨てて『
槍に宿った、竜の鱗さえも蒸発させる高熱に全てを破壊され、『正義の味方』孤高なる紫は、命を奪われた。
ゴミを払うかのような動作で槍を引き抜いて、柄と穂を分離させて腰に戻した騎士は、地面に伏していた少年を助け起こす。
「立てるか?」
「何とかね。正義の味方さんが本調子じゃなかったから、即死までは行かなかったよ」
「レーヴェは毒ガスへの対抗策を習得する必要があるな」
「はーい……」
レーヴェと呼ばれた少年が頬を膨らませるのを、苦笑しながら見ていた騎士の頭部の装甲が震えだし、消失していく。
すると、腰にまで届く程に長い銀の髪と、氷を想起させる色をした鋭い目が印象的な若い女性の、疑問に塗られた顔が顕わになる。
「しかし『正義の味方』の顕現の頻度が高くなっているな。こうも高頻度になった事は無かった筈だ」
「あれじゃない? アークスにやってきたって噂の、自称・異世界人のせいじゃないの?」
「総統閣下が仰られていた存在か。迷惑な話だ」
「その異世界って奴に総統は興味があるらしいから、僕とハーちゃんが駆り出される日も近いかもね!」
ハーちゃん、と呼ばれた女性は苦笑しつつ、『正義の味方』の亡骸を検分し、持ち帰るべき物を集めて腰に巻いた鞄に詰め込んで、レーヴェと呼んだ少年の手を取る。
「戻ろう。あまり遅いと、ご家族も心配するだろう」
「ハーちゃんと一緒なら、父さんも母さんも何も言わないよ!」
「そこまで信頼されていると言うのは、少し恥ずかしいな」
命を賭したやり取りの後とは思えぬ程、呑気なやり取りを交わしながら、二つの人影は街の中に吸い込まれていく。
インファリス大陸の覇権を争う大国、ロザリスにおいても、舞台に上がらされる人物の選定は着々と進み始めた。
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