12:そして人形は踊り狂う
「ヒビキの奴、使ったな」
「使ったとは、一体何を?」
「ヒトの限界をぶち破る機能を使ったんですよ」
当事者の一人であるライラは、二人の救出が間に合わず転がっていたクレイと、あくまで交渉にやってきたと主張するパスカ・バックホルツと共に第三マウンテンの光の壁を睨み付けている。
「かつて王立兵器工廠には大陸全土を征する為に必要な最強の兵士を作るべく、打ち出された計画が幾つか有った。その中の一つ『
何故この男は四天王を面と向かって呼び捨てに出来るのか。疑問に思いつつも、クレイの言葉を継ぐべくライラは口を開く。
「肉体の器官を幾つか魔力塊である血晶石に置き換え、体内に有する魔力の量を飛躍的に上昇。厖大な魔力に耐えられる様に何十種もの希少金属で肉体補強を施し、身体能力も人間から逸脱させる。更に『
「左目、右腕、左脚そのものと神経系統、後は肺の片方。血晶石の比率は天然の物が六、カルス・セラリフの魔力が多分に含まれた人口の物が四、だったな?」
「大体合ってます。後は脳もカルス・セラリフの魔力が籠った物で多少の強化が施されています。これで、強化された肉体を存分に活かしきるだけの処理能力を手に入れているんです」
説明を受けている間に、顔が急激に青ざめて行ったパスカは、暫しの沈黙を経て呻きに似た音を絞り出す。
「そこまでやってしまえば、彼はカルス・セラリフの生まれ変わりも同然では……」
「大正解だ。ヒビキはカルスが健在の頃、奴から魔術や剣術、そして戦闘術を教わっているし、改造部分から放出された魔力で、無意識に動きに補正がかかる。首都でお前達と会った時、まったくの未経験にも関わらず、竜とそれなりにやれたのもそのお陰だ」
「多過ぎると思うのは、俺が無知だからですか? それだけの箇所を……言うなれば異物に置き換えてしまえば、自己への疑問を引き起こし、戦闘どころでは無くなってしまうのでは?」
『魔血人形』が葬られた第一の理由を、今の説明だけで指摘してくるとは流石四天王と、ライラは舌を巻く。
種明かしはあまり話すような内容ではない。
だが、事態終息後に待ち受ける事を考えると、ある程度情報を渡しておいた方が良いとライラは判断し、内心でヒビキに謝罪しながら口を開く。
「確かにそのような危険はあります。でもヒビキちゃんは、そんな物を感じる余地が無かったんです。彼は元々ヒルベリアの住民ではありません。十二年前、さっき言った体の部位を喰われた、瀕死の状態で第二マウンテンで転がっていた所を、カルスさんが助けた。そして、何らかの手段で意思を問われ、改造を受けたんです」
「なんだって!?」
「死を恐れる感情は誰も逃れられない。疑問だ倫理だののご高尚なオハナシをしている余裕は、アイツには無かったんだろうな。ライラ、力を全て解放しているようだが、その手の練習はしてるのか?」
今度はクレイから痛い所を突かれ、ライラは表情を更に歪める。
「日常生活に困らない程度の解放しか、ヒビキちゃんはした事がありませんよ。義手義足だなんて、偏見と差別の的でしょ? だから、使いたがらなかったんですよ。「自分が人形と認めるみたいで嫌だ」って。魔力を有した生物の肉を食べるのが最良なのに、血晶石を少しずつ食べて魔力の補充を行っているのもそのせいです」
「気持ちは分かる。だが不味いな」
クレイの言いたい事はパスカにも伝わったようで、まるで自分の事のように沈痛な表情を浮かべている。気付かぬ内に、彼女も二人と似たような表情に変わっていく。
光球を睨みながら、ライラは内心でヒビキに呼びかける。
――早くケリを付けるんだよ。長くやればやるほど、ピンチになるからね!
◆
「――ァッ!」
宙を舞いながら身体を捻り上げ、ヒビキは旋回しながら一気にスピカを
風切り音を上げ、蒼白い閃光が世界を喰らいながら、カラムロックスに襲来する。
魔人は翼を用いて巨体に似合わぬ俊敏な回避で直撃を免れるが、彼の身体を彩る骨が変質して形成された棘は、綺麗に断面を露出させる形で斬り捨てられた。
棘が大地に突き刺さる音を聞きながら、ヒビキは地面に降り立ち、 休む事なく強化が為された両足のバネを存分に生かして高々と跳躍。
首筋へスピカを振るうが、これは読まれていたようで、魔人から不可視の速度による刺突が放たれた。
両者の得物の切っ先が、常識を超えた速度で激突。
転瞬、空間内で魔力の大爆発が発生する。
「――っう!」
隅で縮こまる他ないユカリの身体を、狂ったように吹き荒れる暴風と、粉微塵に粉砕されたゴミが襲う。
地面に伏せているのもやっとの状態である事実すら忘我する、目を疑うような光景が展開されていた。
世界を混迷に陥れたとされる最強の魔人を相手に、先程まで圧倒的な劣勢に立たされていたヒビキが、一歩も退かぬ押し合いを展開しているのだ。
視界を犯す閃光と、聴覚を破壊する程の反響音が結界内部で延々と踊り狂い、物理的な波濤と化して大地に大量の亀裂を刻み込む。
両者共に浴びせられる相手の魔力で大量の傷に塗れ、身体を軋ませるが、それは一瞬の内に再生が為され、互いを叩きのめす事から意識を逸らす事はない。
常識から考えれば、身の丈が遥かに上回っている相手にヒトが膂力で、そして再生力で勝てる筈が無い。目の前で常識が破壊されつつあるユカリは、只々瞠目するしか出来なかった。
押し合いの継続で分が悪いと先に判断を下したのは、カラムロックスだった。
背に生えた翼に幾何学模様が描かれ、『
「
絶叫と共に力の解放度合いを引き上げて、カラムロックスの槍を強引に押し返し、ヒビキはスピカと共に
彼の周囲を包囲し始めた鋼鉄の糸が、一瞬にして紙屑同然に切断された。
力の解放と同時に刀身に高圧の水流を纏い、切断能力の飛躍的上昇を果たしたスピカと、自らの身体能力が有るからこそ可能となった圧倒的な芸当に酔う事なく、ヒビキは更に仕掛ける。
敢えてスピカを手放して宙を舞い、続けて魔力の流れを一気に右腕へ集中。
ヒトから生み出されたとは思えない、歪んだ音を胴と肩口の繋ぎ目から発しつつ、限度を超えた動きに悲鳴を上げる己の肉体を無理矢理従え、暴力的な速力で発光する右腕を振るった。
脳と神経が焼ける感触。弾け飛ぶような勢いで放たれた右腕に身体が引かれる感覚。そして肉にめり込む確かな手応え。
破砕音とくぐもった悲鳴を上げながら、猛る魔人は『
狂ったような動きで振り回される長槍を、躱しながらその場で旋転。
強化された事で可能となった、出鱈目な速度の踏み込みと、神速の斬撃が魔人の肉体を蹂躙し、右腕が明後日の方向に消えていく。
だが、これだけやっても相手は倒れない。斬り飛ばした右腕も、すぐに再生が始まり、眼前の魔人は活力に溢れた咆哮をあげる。
その現実が、ヒビキにとって重い。
力を解放した所で、持久戦に持ち込まれれば相手に分があるのは自明。ダラダラ戦えば戦う程、こちらから勝機は失われていく。
――迷うのは後でも出来る。ここは一気に行くぞ!
疾駆を始めたヒビキに呼応するように、カラムロックスは両の手を掲げて『
接触する寸前、『
地面に大穴が穿たれるが、それは業火に焼かれてすぐに見えなくなる。
大地を一瞬にして溶解させて炎は消失。しかし焼け跡の中にヒビキの死骸はない。
「俺ならここだッ!」
発砲の反動で飛翔したヒビキは、『輝光壁』の壁を器用に蹴り、加速しながら魔人との距離を一気に詰める。
呼応してカラムロックスも翼を翻して宙に浮き、迎撃体勢を執った。
膨大な魔力から放たれる、大量かつ強力な魔術を受け、傷を作りながらもヒビキは突進を続け、必殺の間合いへと潜り込み、一度スピカを納刀。
魔力の放射を強めて更に加速し、両者がすれ違う瞬間、鯉口を切る金属音を鳴らしながらヒビキは叫ぶ。
『
一陣の風が戦場に吹いた。
転瞬、無数の斬線が魔人の強靭な肉体に描かれ、地割れが大地に生じる。
一瞬の内に生み出された無数の傷口から、豪雨の如き勢いで血液が噴き上がり、亀裂へと注ぎ込まれていく。
想定を遥かに超えていたのか、カラムロックスは苦痛の咆哮を上げ、膝を折る。
すれ違い様の一瞬で、幾百もの不可視の斬撃を放つ超技をみせたヒビキは、更なる攻撃を仕掛ける。
一文字を魔人の身体に描いた後、魔力の放出で強引に方向を転換、まるで空中に足場が出来たと見る者に錯覚させる予備動作の後、更なる高空へと飛翔。
先程とは異なり全身を用いた突きの構えを取った。
カルス・セラリフの編み出した必殺の剣技『鮫牙閃舞』を以てしても、倒れない相手には最早策は一つ。
――心臓に叩き込めば良い。それで終わりだッ!
重力の法則に従った落下だけでなく、魔力放出が為す加速によってかかる反動は生身の左半身と右目の限界を超えて軋み、脳はメイ・デイを延々と発し続けているが取り合わずに更に加速。
肉体の活性化によって、全身から放出している自らの血液と魔力は後方へと取り残されて尾を引く。
闇を駆ける蒼の星。この場の唯一の観劇者たるユカリの目に、ヒビキの姿はそのように映った。
皮膚を突き破ったスピカは防御の姿勢など執らせる猶予も与えず、一切過たずに心臓へと切っ先は吸い込まれていく。
勝利を確信した神速の一撃は――
「なっ!?」
魔人の骨と肉を貫くに至ったものの、心臓に刃が届くよりも速く肉体修復が為され、ヒビキはスピカの悲鳴を聞きながら弾き返された。
こうなれば超高速の突撃が仇である。地面にも深々と突き刺さる羽目になり、貴重な時間を浪費。
どうにか立ち上がった頃には、カラムロックスも地面に降り立ち、体勢の立て直しを完了させていた。
有利に運んでいた戦況が全て白紙に返され、この形態のスピカと自身の膂力の組み合わせでは、敵の心臓を討つ事は不可能との結論だけが圧し掛かって来る状況に、ヒビキは舌を打つ。
――ならっ!
「『
左手のスピカを再度変形させ、ヒビキは地を蹴って走り出す。選択したのは超至近距離から全ての力を絞り出した弾丸を放つ、策とも言えぬ単純な物。
だが、今はその選択しか見つけることは出来なかった。
カラムロックスもヒビキの行動に反応し、『
慣性による打撃を受けて、身体を激しく揺さぶられながらも砲台を構え、左目で照準を合わせる。
構えてから一秒も経たぬ内に、砲口には魔力が充填されていき、蒼の輝きが強まっていく。
意図を理解したのか、カラムロックスは再び『奇炎顎』を宙に放ち、自身も速力を上げながら槍を構え、潰しにかかるが、明らかにヒビキが高威力の攻撃を放つ方が速いのは、誰の目から見ても明らかだった。
ヒビキは自らの手に勝利がある事を確信する。
だが、現実とは最悪のタイミングで、最悪の事象を齎す。
「……嘘、だろ?」
ヒビキの身体は、彼の意思とは無関係に崩れ落ちた。
同時に左目の視界もブラックアウト。呼吸も乱れ始める。『魔血人形』としての改造部分が、全て力を失ったのだ。
こうなってしまえば、最早ヒビキはどうする事も出来ない。走るどころか、歩く事さえもままならなくなる。
こうなる危険性を理解はしていた。忠告も受けていた。だから、ある程度は覚悟もしていた。
だがよりにもよって、それは最も来て欲しく無い時にやってきた。
「畜生が! 動け、動いてくれぇッ!」
吼えてみても、自由に動くのは左腕のみ。他の部位が動かない今のヒビキは、地面を無様に這う以外出来る筈も無かった。
カラムロックスの放った、身の丈を何倍も上回る巨躯の猛牛が迫る。感覚が吹き飛ぶ程の熱量と絶望を引き連れた炎によって、ヒビキの右目だけで描かれる視界は真っ赤に染まった。
◆
「どういう事だ、魔力が消えたぞ!?」
状況の変化は当然外にいる三人にも伝わり、ライラは地面を殴りつける。恐れていた瞬間が、遂に訪れてしまったのか。
「……やっちまったか」
苛立たし気に吐き捨てた自分の方に視線を向けた二人に対し、クレイは淡々と言葉を紡いでいく。
「血晶石は魔力の放出と貯蔵、そして自然回復に優れた物質だ。だが、当然限度はある。所詮ヒトの身体の大きさなんだから、やり過ぎれば空になる。一度空になれば、通常のヒトの身体における魔力同様、しばらく補充するのに時間がかかる。それは『
「しかし彼は、カルス・セラリフからの手ほどきを受けた筈でしょう? ならそのような事態は……」
パスカの疑問を、クレイは鼻で笑って切り捨てる。
「カルスの魔力と剣術を覚えていようと、身体は脆弱なヒビキの物だ。天才の動きを再現する事で、余計な負担がかかってるんだろう。それじゃ、どうしても無駄な放出が生まれる。確かに手解きは受けている筈だ、そして最低限の技術と身体能力がアイツにはあるし、才能もある。一定以上の修練も行っているだろうな」
「……でも、それはあくまでこの街で『
「ま、端的に言えば、このタイミングでのエネルギー切れはアイツの自業自得って事になる。……結果論だがな」
クレイの〆の言葉に、ライラとパスカの顔が曇る。おもむろに、四天王は腰に差したホルスターから銃を抜いて構えるが、すぐに制止させられる。
「止めとけパスカ。幾らお前と言えども、準備が不十分な状況では『エトランゼ』の作った結界は破れない。……この状況なんざ誰も想定していないから、お前のせいでも無いさ」
「……はい」
二人の会話を聞きながら、ライラは必死で策を探すが、まず結界の中に侵入する手段さえも出てこない。自分もどうしようもなく無力である現実を突きつけられ、目を閉じる。
――ごめんねユカリちゃん。鬼札の役割を勝手に期待しちゃって。でも、全ては君にかかってるんだよ。……奇跡を起こしてみせて。
手前勝手な願いであるとは分かっているが、現状は最早彼女が奇跡を起こす事以外では打破出来ない。
ただひたすらに、ライラは奇跡を願った。
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