キャバクラに、ブス。


 「貝谷さんに、ちょっと聞きたい事があるんですけど」


 休憩中、近くの牛丼屋でテイクアウトしてきたキムチ豚丼にがっついていると、コンビニ袋を持った真衣ちゃんが旧家室に入ってきて、俺の正面に座った。


 「ん? 何―?」


 「私の妹、キャバ嬢じゃないですか」


 「あぁ。マスクメロンちゃんね」


 真衣ちゃんの妹は、『マスクメロン』という源氏名で巨乳キャバクラで働いている。本当の名前は真理ちゃんで、月一で髪を切りに来てくれる、俺の大事な顧客だ。


 「その、マスクメロンの事なんですけど…」


 「真理ちゃんって呼んでやってよ。妹でしょ」


 「キャバ嬢って、たいてい店内恋愛禁止じゃないですか。でも、メロンはボーイと付き合ってたんですね。それがこの前、店長にバレちゃったらしくて、彼氏はボッコボコにされて辞めさせられて、メロンは契約違反のペナルティーで百万円を請求されたんです。払うまで辞めさせてもらえないって。メロン、まだ大学生で大学名を知られているから、逃げられもしなくって。こういう場合、店の規約を破ったメロンが悪いわけだから、やっぱり支払わなきゃいけないんでしょうか」


 真衣ちゃんが、自分の妹をメロンと呼びながら、妹の相談をしてきた。しかし、コレは…。


 「だから、真理ちゃんって呼んであげてって。つか、それは俺に聞いて欲しい話じゃなくて、俺を通して馬場添に聞いて欲しい話だよね?」


 真衣ちゃんの真意を突くと、


 「ほんの気持ちです。食後のデザートにどうぞ」


 と真衣ちゃんがコンビニ袋の中からシュークリームを取出し、豚丼の近くに置いた。


 「安っい賄賂だな」


 シュークリームに笑いつつ、ポケットからスマホを出した。


 画面を親指でスクロールしながら、馬場添のアドレスを探していた時、倉田くんがこの前、巨乳に家で待っていて欲しいとか、巨乳に膝枕されたいなどという話をしていたのを思い出した。


 今回は倉田くんに聞いてみようと、さっき真衣ちゃんに聞いた話をLINEメッセージに打ち込み、送ってみた。


 倉田くんも休憩中なのか、たまたま手が開いていたのかは分からないが、すぐに既読になり、ほどなく返事が来た。


 【それは、労働基準法第十六条に抵触しているので、罰金の支払いはしなくて大丈夫です】


 倉田くん曰く、真理ちゃんに支払い義務はないらしい。


 「労働基準法第十六条に抵触しているから、払わなくていいんだってさ」


 そのまま真衣ちゃんに伝えると、『なるほどー』と言いながら、その旨を真理ちゃんにLINEした。


 あっさり解決したから、真衣ちゃんの妹の話は気にも留めていなかったのに…。


 『貝谷さん。お聞きしたい事があります』


 数日後、定休日に何の予定もなく家でゴロゴロしていると、真衣ちゃんから電話が掛かってきた。


 「どうしたー?」


 『妹がお店に『法律で罰金は支払わなくていいはずだ‼』って言って辞めようとしたら、店に先月と今月の給料の支払いを拒否されてしまったそうで…。今も粘って交渉中みたいなんですけど…』


 真衣ちゃんが、忘れかけていた真理ちゃんの話をし出した。


 「今って、今現在って事?」


 『はい。留学するために働いていたので、支払ってもらわないと困るって言って…。今、お店で店長に掛け合っているみたいです。給料の支払い拒否って違法じゃないんですか?』


 「ちょっと倉田くんに確認してみる。一旦切るね」


 真衣ちゃんとの電話を切り、倉田くんのアドレスを探しながらふと、『今、真理ちゃんが店にいるなら、倉田くんを連れて行って交渉してもらった方が早くないか?』と過った。


 倉田くん、巨乳好きだし、連れて行ったら喜ぶかもしれない。


 「倉田くん、巨乳キャバクラに行こう」


 早速倉田くんに電話を掛ける。

 

 『急に何言ってるんですか。行きませんよ』


 「プライベート携帯に出るって事は、もう仕事は終わってるって事だよね? 行こうよ行こうよ。倉田くん、巨乳好きじゃん」


 『僕は、胸を売りにしている巨乳ではなく、隠れ巨乳が好きなんです』


 「倉田くんの癖はどうでもいいんだけどさ、この前話したキャバ嬢の子がさ、罰金の支払いを拒否したら給料を払ってもらえなくなったらしくてさ。今、店で揉めてる真っ最中らしくて。倉田くんの力を貸して欲しいんだ」


 『そういう事ですか。じゃあ、お店の名前と住所をLINEしておいてください。お店の前で待ち合わせしましょう』


 困っている人を見過ごせない倉田くんは、俺のお願いを快諾してくれた。


 まさか倉田くんと巨乳キャバクラに行く仲になるとは…とちょっと笑えた。


 真理ちゃんの店に向かうと、その店の前で倉田くんがキャッチに絡まれている姿が見えた。


 「倉田くーん」


 倉田くんに駆け寄ると、


 「このお店、一時間二千円で飲み放題らしいですよ」


 キャッチからしっかり説明を受けた倉田くんが、俺に料金形態を教えてくれた。


 「イヤイヤイヤ、遊びに来たわけじゃないでしょ。遊んでもいいけどさ」


 『目的が違うやん』と倉田くんにツッコミを入れると、


 「あの今日、真理ちゃん…マスクメロンちゃんってお店にいますよね? なんか、店長と話が拗れていると聞いたので、弁護士さんと一緒に伺いました」


 キャッチのバイトくんに、真理ちゃんに会わせて欲しいと交渉。


 「…マスクメロンちゃん?」


 真理ちゃんの奇抜な源氏名が引っかかる様子の倉田くん。


 「真理ちゃんの源氏名だよ。尖ってるよね」


 「その攻めた感じ、嫌いじゃないです」


 倉田くんと談笑していると、インカムで店内と連絡を取り合ったキャッチが、


 「こちらへどうぞ」


 と店の中へ俺らを誘導した。


 キャバ嬢とお客さんが戯れるキラキラした店内を通り過ぎ、薄暗い事務室へ案内された。事務所のドアを開けると、


 「助けて‼」


 叫ぶ真理ちゃんの髪の毛は、強面の男に鷲掴まれているわ、見るからにヤクザみたいな人間が複数人いて、そいつらが一斉に倉田くんと俺を睨みつけるわで、何かの任侠映画を見ている様だった。


 「…真衣ちゃん。真理ちゃんは話し合いなんかしてないじゃん。監禁されてたんじゃん」


 顔を引き攣らせながら隣を見ると、倉田くんは膝をガクガクさせ、今にも座り込んでしまいそうになっていた。


 「こっち来いや」


 と漫画に出てきそうないかにも怖い人が、倉田くんと俺の服を掴み、投げ捨てる様にソファーに座らせた。


 これはヤバイヤツ。絶対にヤバイヤツ。警察に…この状態でどうやって警察を呼べばいいんだ? 電話を掛ける隙がない。どうしようどうしよう。…馬場添。


 店側の人間に見つからない様に、ソファーの隙間にスマホを挟むと、馬場添に電話。


 何も喋れないし、馬場添の声が店側の男たちに聞こえてもヤバイから、スマホのマイクに指を押し付け、馬場添の声を封じた。


 状況を察してくれ、馬場添。と最早祈る事しか出来ない状態。


 「で? 弁護士さんが何の用?」


 何の用事なのか分かっているくせに、脅しながら倉田くんに尋ねる店長らしき男。


 「…ま…真理さん…マスクメロンさんのお給料の支払いの事で…『は? 聞こえないんだけど? もっかい言ってみ? 何つった?』


 か細い声で震えながら答える倉田くんの顎を、俺らの周りを取り囲んでいた男の一人が掴んだ。


 「暴力はやめてください」


 男の手を掴んで止めると、その男に右頬をぶん殴られた。痛みよりも、久々に誰かに殴られた驚きで一瞬目の前が真っ白になった。…これは、下手な事をすると殺されるパターンだ。


 給料を払ってもらっても、命がなければ意味がないと判断した倉田くんが、店側ではなく真理ちゃんに『ひとまず給料は諦めましょう』と説得を試みた。


 しかし、それは既に俺たちが店に来る前に真理ちゃんが店側に提案したらしく、『給料二か月分でも罰金分になっていない。その分働け』と弾かれたらしい。


 真理ちゃんはそれを受け入れたらしいが、話の途中で罰金は三百万円だったと話を塗り替えられ、今に至っている様子。


 罰金三百万を真理ちゃんが受け入れ、解放されたとしても、下手に法律に詳しい弁護士の倉田くんまで逃がしてもらえるだろうか。後々面倒な事になっては困ると始末されたりしないだろうか。倉田くんを巻き込んでしまった事を激しく後悔。


 自分の命はともかく、倉田くんと真理ちゃんは助けなければ。どうすればいいんだと、つるつるの脳みそで一生懸命考えていると、部屋の外から、


 「はーい。通してー」「どいてー。邪魔すると業務妨害で逮捕するわよー」


 と言う声が聞こえてきた。そしてその声がどんどん近づいてきて、


 「どうもー。警察でーす」「どうもー。弁護士でーす」


 と明るい感じで警察と名乗る女と馬場添が複数人の警察官を従えて事務所に入ってきた。そして、


 「はーい。風営法違反で逮捕でーす」


 警察の女が店長の目の前に逮捕状を突きつけた。


 「今は二十四時半ですねぇ。風営法の一号は二十四時以降の営業は違反ですねぇ。今もお客さん、馬鹿騒ぎしてますねえ。絶賛営業中ですねぇ」


 警察の女が店長に向かってニヤリと笑った。なんか、どことなく馬場添に雰囲気が似ている。


 「ここは『ガールズバー』。二十四時間営業可なんだよ‼」


 店長が言い逃れを試みる。


 「そんな言い訳、こっちは余所で耳が腐るほど聞いてるのよ。仮にここがガールズバーだったとしても違反でしょうよ。さっき、テッカテカの中年男性と、髪の毛グリングリンの女が肩寄せ合って座っていたもの。ガッツリ接待行為してるじゃない。証拠も動画で確保したから、これ以上クソみたいな反論しないで。クソ面倒臭いから」


 『はーい。署に連れてってー』と警察の女が、部下と思われる警察官に指示を出した。


 「待て待て奥寺。こっちの用事が済んでない」

 

 馬場添が『奥寺』らしき警察の女の肩を掴んだ。


 「ねぇねぇ、この若者二人とオッサン一人はどうして拘束されているの? まさか、マスクメロンちゃんが罰金を払わないから? なんか、給料が未払いになっているみたいな事も小耳に挟んだんだけど…。それって労基の十六条と二十四条に抵触するわよねぇ。ねぇ、どうして?」


 馬場添が、既に逮捕が決まっている店長に詰め寄った。


 「労基は違反してねぇよ。罰金も取らねぇし、給料もちゃんと払うしな‼」


 真理ちゃんから罰金三百万を取ろうとしていた店長が、少しでも罪を軽くしようとさっきまで言っていた脅しを引っ込めた。


 「ほうほう。そうそう、さっき店内で客と店員が揉めてたわよ。ぼったくりがどうのって。確かに物凄い高い金額請求されていたけど、計算合ってる?」


 しかし馬場添は更に店長を追い詰めると、


 「馬場添先輩‼ このお店はひとり一時間二千円の飲み放題です‼ 話し合いに来た時に料金請求されたら証拠として出そうと思って、キャッチの人との会話を録画しておきました‼」


 倉田くんが立ち上がり、馬場添に自分のスマホを手渡した。


 「はい、倉田。良く出来ました」


 スマホを受け取った馬場添が、奥寺さんと一緒に動画を確認。


 「おぉ‼ しっかり撮れてるじゃん‼ ナイスゥ‼ ぼったくりって、言った言わないの水掛け論になっちゃって、摘発するのが難しいのよね。でかしたぞ、若僧」


 奥寺さんが倉田くんの頭をワシワシと撫でた。


 「てことで、馬場添の用事はもう済んだ? 私はもう署に戻って大丈夫?」


 奥寺さんが、『さっさと仕事に戻りたい感』を醸し出す。


 「もう大丈夫。ありがとね、奥寺。助かった。今度ご飯奢るわ」


 馬場添が奥寺さんの肩をポンポンと叩くと、


 「高給取りの馬場添さんには、『だから、いくらなんだよ』っていう時価の寿司でもご馳走してもらおうかしらねー」


 と奥寺さんは『イヒヒ』と悪戯っ子の様に笑って見せた後、長時間の拘束でぐったりしていた真理ちゃんに目をやり、


 「ウォーターメロンちゃん、一応病院に運んでー」

 

 と部下に指示しながら事務所を出て行った。

 

 「イヤ、マスクメロンちゃんだわ」


 と呟く馬場添に、

 

 「イヤイヤ、真理ちゃんって呼んでやってよ」 

 

 と、ツッコミを入れると、


 「つか、何やってんだ、貴様ら」


 馬場添が白けきった目で俺たちを見た。


 「ごめんて。つか、よく俺たちの居場所が分かったな」


 両手を合わせながら馬場添に謝罪。


 「貝谷から一言も喋らないし、こっちの問い掛けにも応えない、とても迷惑な電話が掛かって来て、しばらく耳を傾けていたら、よく分からない男たちが脅迫する声が聞こえて来て、『なんだコレ、片腹痛いな』と思っていたら、倉田の声も聞こえて来て、倉田のGPSを調べたら、おっパブに辿り着くっていうオチ」


 『何? 笑わせたかったの? 笑えばいいの?』と俺らを馬鹿にする馬場添に、


 「おっパブじゃないです。巨乳キャバクラです」


 倉田くんが、どうでも良い要らぬ訂正をした。


 「奥寺さんって人は馬場添の友達?」


 だから倉田くんの話は広げず、違う話へ。


 「そう。大学からだから、かれこれ十六年の仲」


 『もうそんなに経つかぁ』と感慨に耽る馬場添。


 「馬場添と奥寺さん、相性良さ気だもんな。性格が激似」


 「あぁ、それ分かります分かります。二卵性の双子って言われたら納得してしまいそうですよね」


 俺のツッコミに倉田くんが同調して笑った。


 「てゆーか倉田、おっパブに来る時間があるなら、この前負けた裁判の勉強でもしなさいよ。次も負けたら倉田の面倒は一生見ないからな」


 馬場添がそんな倉田くんの額をペシンと叩いた。


 「だから、巨乳キャバクラですって。すぐに帰って勉強します。馬場添先輩も貝谷さんも真っ直ぐ帰宅しますよね? 今、タクシー三台手配しますので。馬場添先輩、今日は本当にありがとうございました」


 倉田くんが叩かれたオデコを摩りながら、スマホアプリでタクシーを予約。


 十分後にタクシーがやって来て、それぞれ帰宅の途につく。


 タクシーの中で、長い一日だったなぁと目を閉じる。が、もし馬場添が来なかったらどうなっていたのだろうと考えるとゾッとして、すぐに目を開けた。


 この日はなかなか寝付けずに、翌日は目の下にクマを作りながら仕事をするハメになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る