佐嘉神社、五番にて。

海月智

第1話(完)

「あぁ、よう来たね。ほうらこっちだよ」

 そう柔らかく微笑み手招きする恵比寿さんに手を振り返す河童の頬が、やっと集会場所である佐嘉神社に着いた安堵からにへらと緩んだ。

「お久しぶりですなあ!」

「そうねえ、変わらず元気しとるかい?」

「まあ大して変わりはせんですな。川へ遊びに来るこどもが減ってしまって寂しい思いはしとるけども」

「そうね。最近は外で遊ぶこども自体が減っとるようだしなあ」

 お参りに来るのも正月ばかりだ。と、小さく零す恵比寿さんの笑みがわずかながら曇る。河童はそれを受けなんとも言えずに頭を掻いた。

「そういやあ他の奴らは?わざわざ武雄から出向いた俺より遅いなんてのは許されまい」

「そうねえ、わたしの都合でここが集会場所なばっかりに、お前には毎年大変な思いをさせてしまうなあ」

「いやなに、恵比寿さんが謝ることじゃなかとです。たまには離れた場所の川に来るのも良かもんですよ。俺が言いたいのは、いつもその辺にうろついている猫や狐はまだ来とらんのかということです」

「ふむ、そういえばそうだ。いつもお前が着く前には来とるのに」

 言われて見ればと首を傾げる恵比寿さん。その背にふわりと影が差したかと思えば、大きな狐が尻尾を揺らしながら現れた。

「私なら先からここにおりますよ」

「おや」

 いつの間にか来とったねと笑う恵比寿さんと対照的に、河童は怪訝そうな顔をして狐を睨む。

「性格の悪い奴だ、どうせ俺がお前の悪口を言うのを待っとったんだろう」

「待っていても待っていなくても、お前は私の悪口を言うではないか」

「そういうところがいけ好かん」

「私もお前を好いちゃおらん」

 言い合いののち、同時につんと顔を背ける狐と河童。今度はその様子にたまらず笑ってしまった化け猫が草陰から姿を現す。

「なんだなんだ、喧嘩か?狐と河童のやり合いなんて面白いもんは滅多に見れんのだから存分にやってくれ。ほうら、狐と河童の小競り合いが始まるぞお!鳥も犬も人も魚もよってらっしゃい見てらっしゃい!」

 楽し気な猫の声を受けてざわざわと草木が揺れた。その音に狐と河童は揃って顔を歪める。

「見世物じゃないんだぞ!」

「河童はともかく、狐なんかは動物園にでも行けば見られるでしょう。わかったら去りなさい。さもなくば呪いをかけますよ」

 何かが集まった空気は主に狐の一声であっという間に散ってしまった。化け猫は「あーあ」とつまらなそうに顔を洗い、恵比寿さんの足元へ擦り寄る。

「猫よ、お前も先からいたのか?」

「そうですねえ、いるもいないも見る者次第、恵比寿さんの思うがままですにゃあ」

 問いにわざとらしく普通の猫のような仕草で甘える化け猫を、恵比寿さんは慣れた手つきで撫でてやる。そうして、あぁ撫でると言えば、と小膝を打った。

「猫よ、お前さん磯撫でには会えたとね?」

「あぁ、それがまったく。風の強い日に海辺を見ちゃあいるんですがね。やっぱり遠目から見ても“撫でるように泳いでいる”んじゃあ気づけません。河童はどうだ?水辺の者同士、会ったりせんのかにゃあ?」

「そのわざとらしくにゃあにゃあ言うのをやめんか。まあ、会わんな。海にいるような巨大なもんが川に来るわけもない。話を聞いたのも随分前だし、今も“撫でて”いるのかどうか」

 河童の答えに猫はううん、と唸る。

「化け猫とはいえ猫の端くれ、大きな魚には会ってみたいもんだが中々叶わんものだな。博識なるお狐様は何かご存じないかにゃあ?」

「そのわざとらしい猫撫で声を……いえ、河童と同じことを言うのは癪ですね。ふむ、磯撫で……聞いたことはあれど確かに姿を見たことはない。人間を襲うものであるらしいから、私達には興味がないのではないか?」

「にゃーるほど。じゃあ人間に化けていれば釣れるかもしれんのか」

「逆に背中の針に引っかけられて食べられちまうかもなあ」

「その時はその時さ」

 意地悪に目を細めた河童をさらりと流した化け猫に、狐は忍び笑いを漏らした。河童はつまらなそうに口を尖らせている。

「今年もたくさん集まってきたねえ」

 あやかしたちの談笑に釣られてか段々と周りを囲む影が暗くなってきたのを見て、恵比寿さんが嬉しそうに呟いた。それを聞いた猫はにやりと笑い、招き猫よろしく手をあげる。

「もっと呼びましょうか。神さまも妖怪も寄っといで!」

「先ほど散らした者をまた呼び込む気なのか。無暗に関わらない方が良いというに」

「首を突っ込まなきゃ楽しめないことだってあるさ。子猫が欲しけりゃ路地裏に入れと言うだろう?」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、と言いたいのかな」

 呆れた様子の狐にそれそれ、と頷く猫。やけに静かだと思えば手水舎で皿に水を汲んでいる河童。

 毎年恒例、集会という名のただただ久しぶりに顔を合わせて好き勝手言い合う様子を、恵比寿さんはにこにこと眺めている。

 続々と寄って来た動物たちはただの動物なのかあるいはあやかしなのか。隅で不思議そうな顔をしているこどもは座敷童の類かはたまた迷い子か。狐も猫も河童も、今宵ばかりは正体なんか知らん顔。ただ楽し気に、この五番社の神様と笑っている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

佐嘉神社、五番にて。 海月智 @limpflig

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ