第10話

初心者が最初の腕試しとして挑むことが多いと言うこのアーティミトル迷宮。生徒達は戦いの初心者ではあるが、いかんせんステータスが高いため、特に苦戦することもなく迷宮を攻略していく。彼らに躊躇がないというのも、大きな要因の一つだろう。なんと言っても、相手は魔物だ。倒したところで血を吹く事もなく、ただ霧となって溶けていくだけであるため、生物を殺しているという実感は生まれない。



(……あれ、元は普通の生き物だって言ったらどうなるかねぇ)



静哉は心の中で嘆息する。最も、生き物だという事実を知ったところで、《魔》に深く取り憑かれた生物に関してはどうしようも出来ないが。言うだけ無駄だと結論付けた彼は、改めて傍観に徹しようと心に決めた。


一方、絢音達のグループは、現在先頭で魔物を切り捨てながらズンズンと奥へ進んでいく。



「いやー、弱いなこいつら! それとも俺達が強ぇのか? ま、どっちだっていいけどよ!」


「油断は禁物だ、明人。俺達だって無敵じゃ無いんだからな」


「へーきへーき! こんなんどってことないぜ!」



最前線で元気よく交わされる男二人の会話だが、吉良の視線はチラチラと後ろの絢音へと向いている。恐らく、あからさまなほどに強さを主張することで、好きな女子に振り向いてほしいという涙ぐましい男の努力だろう。異世界に転移して力を得た今なら、頼りになる男としてアピール出来ると踏んだのである。


最も、絢音からしてみれば特に珍しい物でも無いため、特に反応することも無かったのだが。むしろ彼女としては、ことあるごとに何処かへ行こうとする問題児、由香を留めることで精一杯であった。



「うーん、二人とも凄いっスねぇ。ウチもあんな風にスタイリッシュに戦いたいっス」



しゅばーん、どばーんと口で擬音を言いながら、空想の剣を振るう由香。絢音はやや疲れた顔をしながら、そんな彼女の頭を撫でる。



「ええそうね。でも由香、勝手に変なところに行っちゃだめよ? お願いだから、私の隣に居て?」


「お? なんだ寂しいッスか? 仕方ないッスねー絢音ちゃんは! ウチがいないとダメダメなんだから!」


「……もうそれでいいわ……」



バシバシと背中を叩く由香に、げんなりとした顔をする絢音。彼女の代名詞である、笑顔の鉄面皮を剥がすことが出来たのは結構な偉業かもしれない。


そんな姦しい女子達の会話を背に、男達は魔物を狩り続ける。



「……俺のアピール、伝わってんかな」


「あ、あはは……」



吉良の言葉に苦笑いするしかない稲葉。基本的には頼りになるイケメンも、友人の色恋についてはどうしようもないようだ。色恋に困ったことが無いからか。だとすれば世の中のモテない男子全てを動員して彼を討ち取らざるを得ない。


閑話休題。



「んー? ここは……」


「だだっぴろい空間に先のない道……終点って事か?」



稲葉達の視界には、広大な空間が広がっていた。体感にすればそこらの野球場程はあるだろうか。天井もかなり高く、壁についている松明では到底先が見えない。


稲葉達の後ろから、残りの生徒たちと共に追い付いてきたヴァーレンは、その空間を見渡し、稲葉達へと告げる。



「……うむ、確かにここが終点だ。ここまで広い空間は終点以外、この迷宮にはない」



ヴァーレンの言葉に安堵する生徒達。が、中にはやや不満げな声を漏らすものもいた。



「まじかよ! 迷宮のラストっていえばラスボスだろ!」


「こんな仰々しい空間置いといて何もないのかよ!」



吉良や一部の男子は、いまだ昂った感情を抑えられないようで、ヴァーレンへ向かって不平を主張する。かといってヴァーレンがどうこうできる筈もなく、彼はただその端正な顔を顰めさせるに留めた。



「そうは言われても、私にはどうすることも出来ん。昔はここに強力な魔物がいたらしいが、随分と前に狩られたと聞いている」



幾人かの男子はそれでも文句を言うが、ヴァーレンの続く言葉に黙らざるを得なくなった。



「何より君たちは、我が国にとって大切な存在だ。いまここで下手に傷付ける訳にはいかないのだよ……」



自分達を思いやっての行動と言われてしまえば、さしもの男子達も何も言えなくなる。一部の女子等はそんなヴァーレンの事を嫌にキラキラとした目で見ている始末だ。まあ性格も顔もイケメン、その上騎士なんて言われてしまえば、過去のシンデレラ願望が復活しても可笑しくはない。


静哉はそんな彼ら彼女らを、代わらず覚めた目で見つめていた。



(『大切な存在』、ねぇ。ま、確かにそうだろうさ。魔王の侵攻を防ぐって言う大切な役目があるからな……ん?)



ふと、何かの気配に気付いて上を見上げる静哉。隣にいた美由紀も釣られて上を見るが、ただ暗闇が広がっているだけだ。だが、隣の静哉にはなにかが見えているようで、その口の端をニヤリと歪めている。



(―喜べ男子共。『ラスボス』の登場だ)



ズン!!、と。


何かが落下した音と同時に、彼らの足元が激しく揺れる。



「な、なんだ一体!?」



鍛えられたが故の反応か、咄嗟に腰の鞘から剣を抜くヴァーレン。その他の騎士団員も各々構えをとる。


一方、あれだけラスボスが欲しいと豪語していた男子達は、驚愕から未だ復帰できていない。唯一吉良が反応できている位か。その彼も拳に炎を纏わせるだけで、口をあんぐりとあけ、間抜け面を晒している。


着地時の衝撃か、床から上がった土煙がようやく晴れる。そうして露になった敵の姿は―



「こっ、こいつはまさか……」



―巨大な百足であった。



「《センチピード・アッシュ》……!?」


『グギャギャギャギャ!!』



ヴァーレンの驚きに応えるように、魔物はその耳障りな声を上げた。

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イービル・イレイザー~魔物も《魔》だから払える…よね?~ 初柴シュリ @Syuri1484

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