第9話
いよいよダンジョンへと出発する日になった。薄く雲のかかった天気の下、練兵場へ集まった血気盛んな生徒達は、多少の差はあれど皆鼻息を荒くしている。人間という遺伝子に刻まれた闘争本能なのか、強い力を棚ぼた的に手にした影響であろう。
一体そんな力にどれ程の意味があるのか。静哉は一歩引いた位置で壁にもたれかかって座り、覚めたような目で彼らを見ていた。
(所詮は借り物の力だ。それに振り回されて短い人生を終えるのが相場に決まってる)
彼は瞑目して自らの過去を思い返す。あれはひどく雨の降りしきる日、その真夜中のことだったか―
「静哉クン?」
「っ!?」
唐突に静哉の視界に入ってきた人影が、静哉へと声を掛ける。肩を振るわせつつ静哉が見上げた先には、声の主、絢音が彼の事を不安げに見ていた。静哉は直ぐに調子を取り戻すと、彼女へと話し掛ける。
「……なんだ淡浪か。いつもの集まりはどうした」
「あらあら、私に頼んだ事すらも忘れておいでですのね。折角貴方の為に苦労してこの札を作ったのに……」
「嘘つけ。お前それ三分で作れるだろ」
よよよと泣き崩れる絢音に、それでもなお冷たい言葉を掛ける静哉。彼女はその完璧な泣き顔を、しかしコロリといつもの笑顔へ戻す。
「あらあら、バレてしまいましたね。そろそろこれも通じなくなってきましたか」
チラリと下を出し、茶目っ気の溢れた表情をする絢音。並みの男ならば一瞬で陥落しそうなそのギャップに、しかし静哉はそれでも沈まない。最早世界レベルの不沈艦と例えられても、誰も異議は唱えないであろう。ギャルゲーであれば隠しキャラを飛び越えて攻略不可能なキャラと設定されるまである。断言できるのは、こんなキャラクターを出して一番苦労するのは作者だということだ。
「当たり前だ。何年お前と組んでると思ってる」
「あら、まるで夫婦みたいですわね?」
「お前の目が節穴だと言うことは良く理解出来たよ」
静哉は溜め息を付き、呆れた顔をする。
と、ようやく全員が集まったのか練兵場に騎士達が入ってくる。その先頭に立っているヴァーレン・シュケントルムは、全員の注目が向くように声を張り上げた。
「勇者諸君! これから私たちは『アーティミトル迷宮』へと潜ることになる。簡単な迷宮だが、だからといって油断はするな。せっかくの初陣を、不名誉な死で終わらせたくないだろう?」
初めて『死』というワードが出たことで、生徒達の間で軽いざわめきが起こる。が、それも一瞬のことで、やがてそれまでの興奮にざわめきという不安は押し流されてしまった。
思ったよりも空気が緊張しなかったことをやや不満に思ったのか、心なしかヴァーレンの眉が顰められる。
「……とにかく、死なないように頑張ってくれ。人数が多すぎるのは問題だが、安全のために全員で一斉に行動することになる。くれぐれも身勝手な行動は起こさないように」
その言葉を最後に、彼は背のマントを翻しながら立ち去る。入れ替わりになるように、彼の部下であろう騎士が生徒達の前に立ち、細かい指示を出し始める。
「……全く、戦いに行く自覚ってのがあんのかねぇ」
「まあ、端から見てもあるとは言い難いですわね……静哉クン、これを」
「ん、ああ。有りがとよ」
絢音から差し出された通信用の護符を受け取る静哉。それを懐にしまいつつ、彼はようやく重い腰を上げて、壁際から立ち上がった。彼は仕事に関しては出来るだけ早く終わらせて、面倒なことは後に残さない性質である。そんな彼がここまで積極的にやろうとしないということは、それだけ気が乗らないということの証明だ。
◆◇◆
「でやぁ!!」
気の抜けるような掛け声と共に、その声には似つかわしくない白銀の大剣が振るわれる。速度も腰も乗っていない一撃だが、確かにそれは魔物であるスライムを両断した。
『ピギィーーーーー!?』
甲高い断末魔を上げながら、霧となって溶けていく魔物。切った張本人である生徒は、満足げな顔をしながら周りの生徒からの祝福を受けている。
「深山すげーな! マジでゲームの登場人物みたいだったわ!」
「だろ? これでも鍛えたんだぜ?」
(それで鍛えてるんだったら才能は無いな。やめた方が良い)
心の中で見知らぬ生徒へと悪態をつく静哉。誠に性格が悪いことこの上ないが、聞こえていない内は誰も責める事は無いので、一向にその悪癖が治る気配は無い。こんな人物が人知れず人々を《魔》から守っているのだから世も末である。
静哉は名前も知らない彼らから視線を外し、続いてリア充グループへと目を向ける。彼らは今まさに狼型の魔物と戦闘中で有り、中々良い勝負を繰り広げているようだ。素早い動きで敵を翻弄しようとする魔物だが、稲葉達はそれを易々と許しはしない。
「行くぞ明人! 合わせてくれ! 《ホーリーチェイン》!」
「了解!」
技名を叫ぶと共に、稲葉の右手に握られた片手剣が光り輝く。彼がその剣を無造作に振るうと、剣の軌跡が光によって示され、続いてその軌跡が鞭となって魔物の足下へと絡みついた。
そして魔物が動けなくなった所に、吉良がその拳を携えて一瞬で懐に詰め寄る。
「これでも食らいな! 《炎熱拳・砕》!」
炎を纏った彼の右拳が狼へと突き刺さる。魔物は悲鳴を上げる暇も無く、その体を火の粉と共に虚空へと散らした。
「よっしゃ! 決まったぜ!」
「上手く行ったな。怪我も無いようで何よりだよ」
端から見ていた静哉も、その実力に内心で舌を巻いていた。初心者にしては迷いの無い動きに、不格好ながらもとれている連携。死の恐怖が無いからとも言えるが、それでもここまで動けるとは想像もしていなかった。
さわやかな笑顔を浮かべた稲葉が、後ろの絢音達へ振り向く。
「絢音に由香、怪我は無いか?」
「ええ。問題ありませんわ」
「怪我一つ無いよ!」
稲葉の言葉に明るい声で応える絢音達。ちなみに由香というのはリア充グループ最後の一人であり、クラス一のアホでもある早見由香はやみゆかの事である。静哉も名前だけは知っている。名前だけは。彼からしてみればそれだけでも上等といえるレベルである。
見ればあちこちで騎士が付き添いながら戦闘を行っている。安全の為か、完全な支援要員や静哉などは比較的後ろの方に配置されており、周りを何人かの騎士が固めていた。
「ふ、ふええ……大きくて怖いでしゅ……」
「……なんでお前がここにいるんだ」
静哉の服をはっしと掴んでいるのは、先に挙げたリア充グループの一人であるはずの美由紀である。プルプルと涙目で震えるその姿は、誠に庇護欲をそそられる物である。最も、静哉にそれが通用するかは別の問題であるが。
「ぴぃ!? あ、絢音ちゃんからここなら安全だと聞いて……」
「あいつ……」
絢音にしてやられたという事実に軽く歯噛みする静哉。これでは自らの本分を果たしづらくなってしまう。途中で脱落しようという計画には幸い支障は無いが、一体彼女は何を考えているのか。
思考に耽り始めた静哉の裾を、涙目の美由紀がクイと引く。
「あ、あの……」
「……はぁ。わかったわかった、多少は付き合ってやるよ」
泣く子と地頭には勝てぬ。そんな諺が頭に思い浮かんだ静哉は、溜め息を付きつつも彼女の事を受け入れた。
(……ま、バレずに処理は出来るからいいか)
その背後で溶けていった黒い霧には誰も気付かずに。
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