第8話
静哉たちが大広間へとたどり着くと、そこには既に及川の姿があった。一体どこに隠し持っていたのか、彼女は静かに紫煙をくゆらせている。それがまた様になっているのは彼女にとって良いことなのだろうか。少なくとも結婚を望んでいるアラサーという身分からしてみれば不利な条件では無いだろうか。静哉はそんな感想を思い浮かべつつも、態々地雷を踏む必要はないと胸の内にしまっておいた。
静哉たちが入ってきたことに気付いたのか、及川はこちらに手を振って自分のもとへと招きよせる。
「おや、静哉君に絢音さん……それに美由紀さんか。なんだか珍しい取り合わせだな」
「御機嫌よう先生。私たち二人で静哉クンのことを元気づけてあげていたんですのよ」
「ハハハッ、そりゃいい。堅物そうなこいつにもついに春が来たか!」
バンバンと背中を叩かれ、迷惑そうな表情を浮かべる静哉。
「ははは、はぁ……ついに静哉君にも抜かされてしまったか……また一歩、青春が遠のいていく……」
陽気になったと思えば途端に陰気になる。まことに躁鬱の激しい人物である。
そんな及川の状況など露知らず、生徒は次々と大広間へと集まってくる。やがてその生徒たちの列が収まり、しばらくした後に騎士甲冑を纏った金髪の人物が広間に入ってきた。
「勇者のみなさん、おそろいのようですね。今日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。こうして呼び出したのも、実は皆様に伝えなければいけない事がありまして」
物腰は柔らかであり、まさに騎士として訓練された理想の人物のように思える。王城で彼を見かけたことのない静哉は、隣にいた絢音に小声で質問する。
「おい、あいつ誰なんだ?」
「あの方ですか? 彼は私たちの戦闘訓練を受け持っている王宮付きの騎士団長、ヴァーレン・シュケントルムさんですわ。剣の腕はなかなかの物でしたわよ?」
「……ふぅん」
「あら、もしかして……嫉妬、しちゃいました?」
「けっ、んなわけねぇだろ」
「あらあら、手厳しいですわね」
そんな会話を余所に、騎士団長ヴァーレンの説明は続いていく。
「一週間後、『アーティミトル迷宮』というダンジョンの一つに挑むことが決定した。勇者の君たちには、待ちに待った実戦だ」
静哉は彼のその言葉に目を見開いた。
ちなみに余談だが、彼は異世界の人間であるため、当然のごとく異世界の言語を扱う。勇者たちはスキル《他言語理解》を持っている為、会話に困ることはないが、静哉はそうもいかない。本来ならば欠片たりとも理解できない筈の言語であるが、ではなぜ騎士の言葉を聞き取ることが出来たのか。
答えは簡単、絢音の護符の効果である。
静哉の体質は《魔》を受け付けない代物。が、あくまで受け付けないのは《魔》だけであり、神仙の力ならば問題なく扱えるし、受けることが出来る。もっとも、静哉自身不得手なせいで滅多に使わないが。
今回は聞こえる言語を自動的に翻訳してくれる護符というものを手早く絢音が作ってくれたのだ。随分と都合のいい技にみえるが、都合をよくするために生まれるのが技術というものだ。静哉は誰にとも知れない言い訳を心の中で連ねるのであった。
閑話休題。
ヴァーレンの放った『迷宮』という言葉にみな一様に目を輝かせ始める。戦いへの忌避感は、彼らには今のところほとんど無いようだ。それがいいことなのか悪いことなのか、少なくともいい方向へは到底転がりそうにはないだろう。
その後はヴァーレンからのダンジョンの説明がしばらく続いた。
ダンジョンとは魔物を生み出す根城のようなものであり、奥に行けば奥に行くほど強力な敵が増えていく。そのダンジョンの核を潰せば魔物は生み出されなくなり、消え去ってしまうらしい。今回行く迷宮はそれほど敵も強くなく、一般の兵士でも十分に戦える程度のレベルであり、生徒たちに危険はないと。
ここまで説明を聞き静哉が感じたことは、まず自らの情報との齟齬である。
静哉の知識に寄れば、魔物とは《魔》が生物に取り憑いて生じる悪しき生物である。だが、彼の説明に寄れば魔物は迷宮が産み出しているという。一体この違いは何処から来ているのか。無視しても構わないレベルの問題なのか。そもそもこの世界の魔物と静哉の知る《魔物》は本当に同じ存在なのか。頭の中でぐるぐると疑問が渦巻く。
「……ではこれで説明を終える。解散!!」
そうこうしている内にヴァーレンの説明は終わり、皆ガヤガヤと騒ぎ始めている。話の内容はやはりというか、迷宮のことで持ち切りだ。そんな彼らには目もくれず、静哉は絢音に声を掛ける。
「……淡浪。少し話がある」
「ええ、わかりましたわ。美由紀ちゃん、少し待ってて」
「は、はひ!」
そう伝えて物陰へと入っていく二人。そんな彼らの後姿を、吉良はジッと見つめていた。
◆◇◆
「そんじゃ、話し合いだ。これからどうするかってのを方針だけでも決めておく必要がある」
早々に口火を切る静哉。その真面目な雰囲気を邪魔するのも気が咎めたのか、絢音はいつもの笑顔を崩さずに頷く。
「そうですわね。当面は元の世界に帰る、という事で良いのでは無いでしょうか」
「ま、最終目標はそうなるな。じゃあ中間目標をどうするか、となるが……」
「帰る手がかりを探すにしましても、クラスでの集団行動である以上制限は付きますし……いっそのこと、静哉クンが退魔士だと知って貰ったほうがよいのでは?」
絢音の言葉に静哉は首を振る。
「忘れたか淡浪。俺ら退魔の者はその正体を一般人に知られてはならない。そうしなければ、奴らは必ずパニックに陥るからだ」
「それは……」
退魔士の間で決められている五つの掟、その一つが正体の秘匿である。《魔》の存在というものは世間に公表されていない為、無用に公開してしまえば混乱を招いてしまうというとの懸念から、退魔士の間では遵守されている決まりである。もちろんそれは静哉達も例に漏れない。静哉にステータスプレートが存在していれば異能の力を授かったということで誤魔化しも効いたのであろうが、生憎と彼に能力が無いということはクラス中に知れ渡っている。そのような策は最早通じないだろう。
「人の集団は強大であり、脆弱だ。異世界に連れてこられた状況で、無用に負担を掛けることもない」
そう言い切り、静哉は頭を掻く。
「……とはいっても、このままじゃジリ貧なのは確かだ。俺は手がかりを探すため、この遠征から別行動を取らせてもらおう。適当に死んだような工作をしておく」
「しかし、そうしてしまえばまた彼らに……」
「どうだっていいさ。今更評価を気にするような繊細な性格はしていない。それよりも、通信用の護符作っとけよ。連絡取る必要があるからな」
言いたいことだけ言うと、これで話はおしまいとばかりに背を向ける静哉。去っていくその背中を見て、絢音はため息をついた。
「……全く、自分勝手なのですから」
そんな男でも付いて行ってしまうのはなぜだろうか。単に彼が自分のバディだからか。
それとも―。
「……ふふっ、考えるだけ野暮ですわね」
そう呟くと、彼女は静哉の後へと続くように駆け出した。
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