第7話
絢音と少女の二人を引き連れ、静哉は大広間へと向かっていた。勝手のわからない異世界の王城といえど、数週間も暮らしていればある程度は構造を把握出来る。少なくとも毎回の会議や話し合いに使われている大広間であれば、行き方を迷わない位にはなっていた。
「……おい、どこに行くつもりだ」
「ピィ!?」
……約一名を除いて。
どうやらこの少女は第一印象に違わずかなりのドジッ娘であるようで、度々道を間違えては静哉達に正されている。静哉に話しかけられる度に奇声を上げるのは、静哉としても勘弁してもらいたい所であるが。
「うう、しゅみましぇん……」
「いいのよ美由紀ちゃん。あなたはそのままでいいの」
泣き出しそうな少女の頭を撫でる絢音。ここで初めて少女の名前を知った静哉だったが、いかんせん名字では無く名前のためこれでは呼ぶことが出来ない。最も、そもそも今後彼女の名前を呼ぶことが有るのかという話だが。静哉は数秒の間考え、結局ありえないという結論を下した。
余談だが、彼女たちはリア充グループの一員に数えられているというのは以前にも話した事だろう。その為、彼女たちの容姿はかなり良い方に分類される。絢音は美しいタイプの美少女であるし、美由紀と呼ばれた少女はまたタイプの違った、庇護欲をそそられるタイプの美少女だ。町中ですれ違えば「おっ、あの娘かわいいな」となって思わず振り返ってしまうであろうレベルである。
以上のことで何が言いたいかというと、つまりそんな美少女二人を連れている静哉は自然と目立ってしまうということだ。先程からすれ違う王城の関係者の目線は、まず衆目を引く美少女二人に向き、次に静哉の方へ向けられる。「なぜこんな男が?」という感情が透けて見えるような視線を向けてくるのだから、静哉としてはたまったものでは無い。面倒なので、彼女たちからなるべく離れられるようにやや進める歩みの速度を速めた。
「あらあら、女の子を置いていくなんて男の子としては失格ですわよ?」
「……分かった分かった。分かったからその手を離せ」
「ダメです。またどこへ行ってしまうか分かったものじゃ有りませんから」
とはいえ、絢音がいる状況でそんな目的を達成出来るはずも無く。哀れ静哉は彼女の腕に捕らえられ、その速度を緩める他無いのであった。ちなみに美由紀はあわあわと顔を赤らめている。こういった男女の関係にはあまり免疫が無いようだ。最も、免疫がなさ過ぎる気もするが、そこは彼女の魅力として数えられる部分であろう。
腕に抱きつかれているこの状況。そうで無くともリア充グループの女子二人を両隣に侍らせている時点で、クラスメイトなどに見られてしまえばろくな事にならないと静哉は確信していた。
そして、ろくでもない予感というものは往々にして当たってしまうものである。
「おい! お前またくっついてんのかよ! 離れろっていい加減に!」
「……はぁ」
悪い予感が的中してしまい、思わず溜め息をついてしまう静哉。声の主は思った通りに吉良であり、その金に染色された髪を逆立てている。どうやら訓練が終わった後のようであり、周りには稲葉やクラスの奴らもちらほらと存在している。傍目から見ても明らかに怒っているようだ。理由は明白、静哉のこの状況が気に入らないからであろう。もっと言えば自分が好きな人が静哉にくっついているのが気に入らない。彼女もそれを理解してやっている節があるのも、静哉に悪女と判断されている点である。
静哉は彼を宥めるのは無理と判断し、絢音を腕から剥がしにかかった。
「……淡波。離れろ」
「ふふ、分かりましたわ」
あっけなく離れていく絢音。が、恋する男子高校生がそれで引っ込みがつく性格をしているはずも無い。吉良は静哉に詰め寄ると、そのまま犬歯をむき出しにして怒り出す。
「お前!! 絢音に向かってその態度は……」
「お前には関係ないだろう。会議があるんだろ? ここでくっちゃべってる暇はあるのか」
いっこうに相手にしない静哉に歯がみする吉良。が、今日の吉良は頭に血が上っていたのか、ついにその口から暴言を吐いてしまう。
「けっ!! いっちょ前に戦士気取りか? 何も出来ない《無職》の癖に!!」
ピシリ、と空気が固まる。
異世界に連れてこられたこの先の見えない状況で、力の無い者を蔑むような発言は御法度である。クラスの輪を乱すには十分すぎるほどの暴言であるからだ。
先程までニコニコと笑顔だった絢音も、今は熱湯すらも凍るような恐ろしい表情を浮かべている。吉良は自分が何を口走ったかに気付いて顔を青くさせるも、引っ込みがつかなかったのかそのまま言葉を続ける。
「だ、だってそうだろ!? こいつが無職なのは事実だ!! 戦えもしない、俺たちの事を助けもしない奴だぞ!? お前らもそう思ってんだろ!! なぁ!!」
その言葉に周りの生徒は顔を俯かせる。事実、静哉はこの国の言語を読み取る事も出来ない。退魔士としての力はあるが、それを知らない生徒からしてみれば、役立たずと見なされても仕方が無い。少なくとも静哉はそう考えていた。
そう、静哉は。
「……明人君。撤回してください」
静まりかえったその場で、いち早く口火を切ったのは絢音だ。その冷たい表情を崩すことも無く、吉良へと向かっている。
「っ!!」
「私たちは無理矢理召喚された存在です。この力は本来持っているものでは有りません。どこかで誰かに借り受けた力です。それを借り受けなかったからと言って静哉クンを責めるのはあまりにお門違いという物です。それに彼は決して《無職》などでは有りません。彼は―」
「そこまでだ淡波」
静哉の制止の声が絢音の言葉を遮る。これ以上任せていては話してはいけない所まで話してしまうと判断した為だ。ハッと目を見開いた絢音はその身を一歩引いた。
「……申し訳ありません。出過ぎたことを」
「いや、いい。さっさと行くぞ」
そう言って歩き出した静哉達。その背中に稲葉が声を掛ける。
「す、すまない。此奴も悪気は無いんだ。ついカッとなって……」
「別に良い。全部事実だからな」
手をヒラヒラとさせ、気にしていないことをアピールする静哉。
そしてそんな彼の立ち去る姿を吉良はじっと見つめている。
納得のいかない敗北感と、言いようのない羞恥心に襲われた彼は、的外れな憎悪を静哉に向けるのであった。
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