第6話

ステータスが表示されないという、前代未聞の事件から数週間が経った。


静哉はあれからいくつかの話し合いを重ね、結果非戦闘員ということで後方支援につくことが決定された。彼としては自らの術を使えば戦うことはできるが、わざわざここで明かしてやる必要もないと判断しこれを承諾。クラスメイト達の嘲笑と侮蔑の視線に晒されつつも、大人しくその場から引き下がったのである。


では現在何をしているのかというと、彼は与えられた自室で本を読んでいる。ほかの生徒たちは皆訓練に行ってしまったが、静哉は非戦闘員の為、そのような訓練をする必要がない。その代わりと言ってはなんだが、こうしてこの世界の知識を蓄えることに勤しんでいた。


読んでいた本をパタンと閉じ、しかめっ面により凝り固まっていた自らの眉間を揉み解す。



「……ダメだ。全く読めねぇ」



……残念ながら、異世界の本は彼の知識を増やす事にすら一役買えなかったようだが。


まあそれも無理はない。異世界であるからして、地球とは文字の仕組みがまるで違う。万年英語赤点の静哉にこれを読み解けというのはあまりに酷という話だろう。これが魔術によって《他言語理解》というスキルを授かったクラスメイト達なら話は別なのだろうが、生憎と静哉にそんな都合のいいものは搭載されていない。ではなぜ初日に静哉がアンタレスら異世界人の言葉が分かったのかというと、反対に彼らが《他言語理解》のスキルを持っていたという何の面白味もない話である。


魔術を受け付けない体質をこれほど呪ったことがあっただろうか。本を放り出し、ベッドに横たわりながら静哉はため息をついた。



「……せめて淡浪がいれば、な」



退魔業における静哉のバディ。鬱陶しいとばかり思っていた彼女だが、その彼女を自発的に呼びたくなるのも彼にとっては初めてのことである。異世界に来てから調子を狂わせられてばかりだと静哉は天を仰いだ。


とその時、彼の部屋のドアが控えめにノックされる。



『静哉クン? いますか? いるなら開けてくださぁい』



……図ったようなタイミングで来る奴だ。静哉はゆっくりベッドから起き上がると、彼女を迎え入れる為にドアを開ける。その先には見慣れた絢音の笑顔と、恐縮そうに畏まった女子が一人……



「お邪魔しまぁす」


「お、お邪魔します……」


「邪魔すんなら帰れ……ってちょっと待てお前等」



遠慮無しに入ってきたことで一瞬流されそうになった静哉だったが、慌てて二人を引き留める。彼が想像していたよりも一人多い。いったいどういう事だろうか。


部屋に入ってきたもう一人の見知らぬ女子。確かクラスメイトだっただろうか。その記憶さえ最早曖昧な静哉であったが、その少ない記憶容量を最大限に引き出した結果、絢音と行動を共にするリア充グループの一人であると気が付いた。最も、名前などは分かるはずもない。いくら記憶を探ろうと、覚えていない物は存在しないのだ。



「誰が女子を拾って来いと言った。捨ててこい」


「あらあら、いいではありませんか。潤いの足りない静哉クンに美少女二人で癒されて貰おうという粋な計らいですわよ?」



チッ、と思わず舌打ちをしてしまう静哉。言っていることが間違ってないということが余計に性質が悪い。


一方の名も知らない女子は未だにビクビクと怯えている。無駄に傲岸不遜な性格であるよりかはマシだが、こうも怯えられてしまうと会話にならない。とりあえず彼女との意思疎通は諦め、絢音の方へと向き直る静哉。



「で、何しに来たんだ? ちょうどこっちも頼むことがあったから、態々向かう手間が省けて助かったが」


「あら、用がなければ来てはいけないのですか? ……と言いたい所ですが、用はあります。全員に大広間への召集が掛かりました」


「……はぁ。面倒なことだ。非戦闘員サマまで呼び出さなくてもいいだろうに」



ガリガリと頭を掻き、ため息をつく静哉。そういえば、と絢音が言葉を続ける。



「頼ってくれるのは嬉しいですけれど……どういう風の吹き回しでしょうか?」


「まあ、こっちとしてもいろいろあんだよ。お前に頼らざるを得ない理由がな」



いつもの調子で会話を繰り広げる二人だったが、怯えていた少女が唐突に声を上げる。



「は、はわわ……本当に絢音しゃんに乱暴な言葉遣いで話していましゅ。絢音しゃんの言う通りでした」


「でしょう? 私もこんな風に接してくる同年代の子は初めてでしたわ」


「……おい絢音。一体こいつに何を吹き込んだ」



静哉の低い声に驚いたのか、体を震わせて絢音の後ろに隠れる女子。こんなのが戦闘に参加できるのか、と静哉は心の中で疑問に感じた。



「あら、何も言っていませんよ? ただ素敵な親友がいる、ということを詳しく話しただけですわ」


「けっ、まあどうでもいい。本題はこいつだ」



静哉はベッドのサイドボードに投げ捨ててあった本を手に取る。



「こいつを翻訳してくれ。残念ながら俺は文字が読めないからな」


「え? そうなんですか? でもみなさん普通に会話して……あっ」



話している途中で気が付いたのか、はわわ少女は言葉を切る。



「……ま、そういうこった。頼んだぞ淡浪」


「あら、添い寝しながら枕元で読み聞かせてあげてもいいのですよ?」



そう言って妖艶にほほ笑む絢音。隣の少女も「あわわ……大人の世界でしゅ」と顔を真っ赤にさせている。ため息をつきながら頭を抱える静哉。本当に、彼女の前で何度ため息をついたことか。



「……いいからさっさと行くぞ。召集の要件を済ませるのが先だ」


「うふふ、わかりましたわ」


「大人……おとにゃ……」



いつも通りの絢音と暴走中の少女を連れて、部屋から出る静哉。そういえば少女の名前をまだ聞いていないな、と思い出したが、まあいいかと自己完結させる。基本的に関わりたくないことには徹底的に関わらない男である。これを俗にクズというのだ。覚えておかなくてもいい。

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