第5話
静哉達が再びアンタレスに案内され、たどり着いた先は王城の広間だった。先程の場所が教会だったことを考えると、どうにもこの国と宗教の間には密接な関係があるようだ。それが益となるのか、害となるのかを論じるつもりは無いが、自然と静哉が眉を顰めてしまうのも無理はない事であった。
「……やはり不安かい?」
いきなり聞き慣れない声に話しかけられ、思わず体を震わせる静哉。絢音の声であれば慣れているのだが、この声は……。
「……及川先生ですか。どうしたんですか急に?」
「いや何、君は実に冷静に状況を見ていると思ってね。絢音さんも含めて、ここまで冷静になれる人は中々いない。大人顔負けさ」
ああ、と特に目の色を変えるでも無く静哉は応対する。彼からすれば毎日こんな感じの非日常と戦っているため、特に特別な事でも無いのだが。
「なんすかそれ。自慢ですか? 先生も十二分に冷静ですよ。俺は色々あって、特に興奮する事でも無いってだけですよ」
「フッ、私は大人だからな。それに教師として君たちを導く義務がある。冷静さを失う訳にはいかんさ」
「職業熱心っすね」
チラリ、とこちらに視線を向けてくる絢音を、目線だけで適当にあしらいつつ返答する。
「……君たちは本当に仲がいいな」
「はあ? なんすかそれ。俺とアイツがそう見えるんなら今すぐ眼科にいくことをお勧めします」
「私は誰とは言っていないがね」
苦笑する及川。しまった、とでも言うように静哉の表情はぴしりと固まった。
「まあ、絢音さんが君の前で一番良い表情をするのに気付いたのはついさっきだがね。全く、緊急事態に人間の本性が一番よく出るとは言うが、こんな形で生徒達の意外な一面を見てしまうとはな。教師としての自信を無くしてしまうよ」
「……そっすか」
そうは言いつつも、絢音の表情が違うと言うことに気付いている及川は中々に優秀だ。普段の表情をしっかりと見ていなければ、違いなど到底わかるまい。絢音の外面と本性を見ただけで気付くというのは、それほど至難の技であると言うことだ。静哉は心の中で及川の評価を二段階ほど上げた。
「まあ、せっかく異世界に来たんだ。戦争に巻き込まれるのはゴメンだが、精々楽しむとしようか」
「意外とポジティブなんすね」
「負の側面だけ見るのも損だろう。ある程度楽観して、肩の力を抜くのも大事さ」
それに、と及川は言葉を続ける。
「ここでならいい男も捕まえられる気がするし……」
「本音はそっちか」
静哉は及川の評価を三段階ほど下げた。
◆◇◆
静哉達が王城に着いてまず何をしたかというと、定番の王様への挨拶である。王様も何というか、いかにも王様然とした存在である。どこの世界でも王冠は共通のようだ。
「おお! よくぞ来られましたな勇者殿。ようこそ我が国、サヴァール王国へ」
「ありがとうございます。国王様自ら訪れるとは、光栄です」
「なぁに、気にすることではないよ。これから我が国の救世主になってくれるかもしれない若者たちを出迎えるのは当たり前のことだ」
高笑いする国王に、自然と応対する稲葉。一体なぜ彼が応対しているのかと静哉は首をひねる。いつから奴がリーダーになったのかと疑問を覚えつつも、最初からリーダーだったかと自分の仲で結論が出てしまった。
「それではさっそく自己紹介を。我の名前はカルプチュア=アンドレアス。この国の国王をしておる」
「僕は稲葉弘人といいます」
「うむ! 私には息子が一人、娘が二人いてな。いずれにしても年はあまり離れていないので貴殿らにはぜひとも仲良くしていただきたいものだ」
そんな感じの世間話を二、三した後、王が広間から退出し、入れ替わりに黒ローブの集団が入ってくる。先頭には先程静哉達を案内したアンタレスが立っていた。
「それでは、これより測定器を皆様にお渡しいたします。使い方は簡単、その測定器を手に持つだけです。さすれば自然と文字が浮かび上がってくるでしょう」
測定器といいつつ静哉達に渡されたのは、真っ黒な板である。有り体に言ってしまえばステータスプレートだろうか。こんなものに文字が浮かび上がるのかと静哉は矯めつ眇めつしながら眺める。どこからどう見ても黒い板のままだ。
と、そんな感心の声が上がっていた王城の間に、大声が響き渡った。
「すげぇ!! マジで文字が出てきたよ!!」
最初に声を上げたのは……誰ともしれないクラスメイトの一人だ。交友関係の狭い静哉は、クラスメイトの名前をことごとく覚えていない。リア充グループの名前さえ覚えていなかったのだから、ただのクラスメイトなどもっての外だろう。
その声を皮切りに、次々と成功の声が響く。
「わ、私も出来た!!」
「俺も!」
「すっげ、マジでファンタジーじゃん!!」
ガヤガヤと騒ぎが大きくなるが、とりわけ稲葉のグループが最も騒がれている。
「ちょ、稲葉の能力凄すぎねぇ!?」
「えっ、そうか? みんなも十分に凄いと思うけど」
「いや、職業『勇者』とか凄くないはず無いだろ!!」
そんな彼らの喧噪をよそに、絢音は静哉の元へと近づく。
「ふう、ステータス一つで騒ぎすぎですよね……まあ、こんな経験は普通の高校生にとっては新鮮なのでしょうけど。ところで、静哉さんはどうでしたか?」
静哉は無表情―いや、心なしか渋い表情で絢音を見る。
「……なるほどな。おそらくこいつは魔法で作られた道具。そして俺の《魔》を寄せ付けない体質。その二つが合わさるとこうなるって訳か」
「? 何が……」
戸惑う絢音にグイと自らのプレートを突き出す静哉。
「っ!! これは……」
「ま、どうだって良いけどな。俺は俺の方法を取らせてもらうだけさ」
絢音の手の中には真っ黒・・・なステータスプレートが握られていた。
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